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異世界の天下布武  作者: ビッグベアー
第一章、ある森よりの始まり
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9、あるいは凱旋のごとく

 アイラにとってその戦はあっというまに終わりを告げた。


 顔役達を説得し終えたかと思えば、弥三郎の指示通りの準備を整えた。そのまま老齢のため陣頭指揮を取れぬ父に代わり、女子供、老人達を森の境の近くまで避難させた

 それらが全て滞りなく完了したのが日も昇り始めた払暁のこと。気が付いたときには日が昇っていた。


 ようやく一息つこうとしたその時、一人の少年が村に駆け込んできた。

 息も絶え絶えで、纏った鎧は返り血に汚れていた。


 最初に彼の姿を認めたアイラはすぐさま護身用の短剣を抜き、先頭に立った。いざとなれば自分を犠牲にしてでも時間を稼ぐつもりだった。

 少年の姿は彼女の目には敗走した落人か、盗賊たちの先駆けのようにしか見えなかったのだ。


 しかし、彼女の警戒は無為に終わることになる。現われたのは落人でも盗賊でもない、村を守るために出陣した傭兵団の一人だったからだ。



 お味方、快勝。

 コレン・ボーダーが張り上げた言葉の意味を、アイラたちはすぐには喜べなかった。

 

 少しの困惑と脱力。言葉の意味をきちんと反芻したその瞬間、彼女は膝から崩れ落ちることになった。


 安堵のあまり腰が抜けてしまうことなどアイラには初めての経験だった。それほどまでにこの数時間で彼女が抱えていた緊迫感と恐怖は大きなものだったのだ。

 

 そのまま眠りに落ちしまいたくなるような疲労感がやってくるが、生憎そういうわけにもいかなかった。


 男衆の戦いの後にこそ、彼女達の仕事が待っていた。

 負傷の手当に炊き出しの準備。その場で眠り込むことができた男たちと違い、アイラを筆頭とした女たちには眠る時間さえなかった。


 特に重労働かつ精神に堪えたのは死体の搬送だ。中には腕のないものや顔の潰れた者もおり、欠けた遺体を前にして気を失うものもいた。

 

 見知った者たちの無残な死に様を目にしてもアイラは気丈に振舞い続けた。自分が動揺すればほかの者達にそれが伝播してしまうとわかっていたからだ。

 どれだけ悲しくともそれを腹の底に沈めるだけの度量が彼女にはあった。一見冷徹のように思えるそれは人を率いるものが身に着けるべきのたしなみともいえた。


「――ふう」


 日もすっかり昇った後で、村長宅の玄関に深く腰掛け、アイラは息を吐いた。


 身に纏ったままにしていた白装束は血に塗れ、まぶたを持ち上げているので精いっぱいだった。


 とりあえず当座の仕事は片付いたが、明日になれば他のやるべきことが現われる。こうして腰を落ち着ける時間さえも勿体無く感じられる、束の間の安らぎを余裕彼女にはなかった。


 そんな彼女の気も知らず、村は勝利に浮かれていた。犠牲を悼む声がないわけではないが、それでも村全体を浮かれた空気が支配していた。

 

 傷の痛みも、喪失の哀しみも、勝利が洗い流してしまう。それは戦争の孕む狂気であり、人の世の営みの正しい姿でもあった。


「――あれは……」


 ふと上げた彼女の視界に映ったのは奇妙な後姿だった。鈍く輝く甲冑に、印象的な三角形の兜、腰に帯びたのは奇妙な形をした細身の剣だ。

 この村の救い主にして、森の魔女の従者である下方弥三郎忠弘の後姿だった。


 その背中を見た瞬間、先程まで感じていた重石のような疲れも忘れ、彼女は駆け出していた。


 何故そうしたのか彼女自身にも分からなかった。熱に浮かされたようだった、


「あ、あの……」


 控えめに声をかけると弥三郎はすぐに振り返る。


 しかし、いざ弥三郎を目の前にするとアイラは言葉に詰まってしまった。

 彼女見つめる弥三郎の瞳には未だに戦場の熱が燻っていたからだ。矢のように鋭い視線に射抜かれていると、何を考えていたかさえ、忘れてしまうそうだった。


 意識してのことではない、弥三郎ほどに戦場になれていてもすぐさま昂ぶりを消すことはできない。発散する手段は良く弁えているが、今は不可能だった。なによりも適当な相手がいない。


「――? 如何した、あー」


「アイラです。アイラ、森で助けていただいた……」


 おおそうであった、などと言う弥三郎に言い知れない口惜しさを感じながら、アイラは考えを纏める。


 少し時を置いたおかげで、どうにか冷静に考えを纏められる。


 そうなると途端に自分の姿が恥ずかしくなる。折角、村祭りのために着飾った衣装は血で台無し、髪が乱れているうえに、目のしたには隈が刻まれている。とてもじゃないが、殿方の前に出られるような格好ではなかった。


「では失礼したアイラ殿。陣後の守り、難儀なされたであろう」


「え、いや、そんなことはないです。従者様こそ、戦場では大将首を挙げられたとか。祝着至極に存じます」


「これはご丁寧に。しかし、我らの働きはアイラ殿含め陣後の守りあってこそ。この弥三郎、心底より謝し申し上げる」


「そ、そんな、私程度、大したものでは……」


 普段の勝気さはすっかりとなりを潜めた調子で、アイラはしおらしく弥三郎に接した。


 今までそれとなく振りまいていた生来の高貴さを彼女は努めて発揮しようとしていた。ぎこちない所はあるものの、彼女の振る舞いは貴族の子女にも劣らないものであったのは確かだ。


 対する弥三郎の態度もそれに相応しいものだった。見下してはいないものの、弥三郎は彼女の事をただの村娘としか見ていなかった。

 だが、彼女の態度と村人を率いる手腕は彼の認識を改めさせた。今はまだ歳若いが、後十年すれば侮れない人物になるのは確かだ、それこそ徴税役人程度なら簡単に煙に巻いてしまうだろう。


「あ、ああ、申し訳ありません。まずお礼を申し上げるべきでした。魔女様と従者様が居られなかったら今頃どうなっていたことか……」


「礼は某ではなく、巫女殿に申されるが良かろう。謝礼のほうもそちらに、もっとも巫女殿が求められるとは限りませぬが」


 しかし、今は未熟さが残る。

 どれだけ度量があっても十六の生娘。いつも完璧でいろというのは余りにも酷だ。


 むしろ弥三郎にとってその初々しさは微笑ましくもあった。心地よくさえ思える。弥三郎の目から見た魔女が完璧さの象徴なら、目の前のアイラは凡庸ではあるものの美しい在り方だった。


 ふと、弥三郎にある考えが過ぎった。

 

 恐らくではあるものの、彼女はあらゆる謝礼を求めないだろう。清廉潔白すぎるというのも考えものだ。無償で村を助けて謝礼も受け取らないというのは、いらぬ疑問を招きかねない。

 どちらが悪いというわけではない。それが人の心というものだ。


 となると、なにか報酬を求めたほうがいいのだろうが、魔女は許可しないだろう。なら、ここは一応の従者としての主の心情をおもんばかって気の利いた手を打つべきだと弥三郎は結論付けた。


「アイラ殿、一つだけ某から頼みがあり申す」


「あ、はい、なんでしょうか? 私にできることなら何でも喜んで」


「そのお言葉痛み入る。ではアイラ殿――」


 弥三郎の頼みの真意はアイラにはまるで理解できなかった。勝者が求めるものしては余りにも謙虚で、そしてなによりも奇異に過ぎたからだ。



どうも、みなさん、big bearです。

ふっかあああああああああつです!!

では、こんなだめ作者と拙い文章ですが、どうかこれからも暖かい目でよろしくお願いします。

誤字脱字報告、ご意見、ご感想、ご質問等ございましたらぜひぜひお書き込みください。

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