《1日目》電話
恵美から電話がかかってきた。もちろん内容は優輝の事だと予測はついた。だが僕は恵美になんと言えばいいのかわからなかった。しかしここで電話を取らないことが最悪の選択なのはわかった。
ゆっくりとケータイを取って応答した。
「もしもし、私」
「どうした……」
「ごめんね、突然電話しちゃって」
「いや」
「……」
「……」
しばらく二人とも黙っていた。僕は何を言えばいいかわからなかったし、恵美も話すべき事をまとめられて無かったんじゃなかったんないだろうか。
五分ぐらいして恵美がゆっくりと喋り出した。
「私と優輝はね、小学校一年生から一緒だったの」
「うん」
「私はね、みんなと話すのが恥ずかしくて……嫌われるのが怖くて……みんなと話ができなかったの。そのせいで、ずっと一人だった」
「そうだったのか」
「うん。そんな時、優輝は私にこう言ったの『一緒に遊ぼう』って。すっごく嬉しかった」
「優輝らしいな」
やっぱり優輝は優しいやつだなって思った。僕も優輝に助けられたから、救ってもらったから分かった。たった一言、だけどその一言が恵美にとって掛け替えのない宝物なのだと。
「私にとって優輝はヒーローだったの。テレビの中のヒーローよりずっとヒーローだった」
「うん」
「憧れだったの……」
「うん」
「目標だったの……」
「うん」
「好き……だったの……」
「うん……」
恵美は泣いていた。静かに泣いていた。僕は恵美の話を聞くことしかできなかった。いや、聞くことが彼女にできる最良のことだと思った。
「優輝が付き合う事、うれしいって思ったのは本当だよ。ただ隣にいるのが私じゃなかったのがちょっと寂しかっただけ」
「恵美はそれでいいのか?」
「うん。優輝はみんなの光、みんなを照らす太陽なの」
「……」
恵美の話を聞くのが少し辛かった。自分の好きな人が自分以外の人の事が好きだと聞いて平気な人は少ないと思う。
だけど恵美もその苦しみに耐えたんだ。僕も耐えなくてはならないだろう。
「だけど、だからこそ優輝を照らす光が今までなかった。だから優輝を照らす光がいるの」
「優輝を照らす光?」
「……例えるならそう、太陽の輝きを反射する月のような人が」
「地球だって太陽の光を反射してるけど?」
「揚げ足取らないでよ」
「ごめん」
恵美は少し笑った。僕も笑った。恵美はゆっくりとした口調で続けた。
「それに、地球はあなたよ」
「僕?」
「そ。自分独りでは光れないけど沢山の人を包み込む……包容力がある。そして、みんなを纏める力がある。みんなといるとあなたは輝けるの」
「……ありがとう。じゃあ恵美は?」
「う〜ん、わかんない」
また恵美は笑った。でも少し悲しそうな笑い声だった。僕は何か恵美に例えられる物を探したがみつからなかった。僕には恵美をみつける事が出来なかった。
「じゃあさ、みつければいいよ」
「えっ?」
「恵美がなんなのか。僕も手伝うから、さ」
「……うん、ありがと」
恵美は微かに笑った。今度は嬉しそうに。少し時間が経ってから恵美はまた話出した。
「ごめんね」
「何が?」
「私が優輝の事が好きなの知ってたでしょ?」
「まぁ、ね」
「優輝から相談を受けた時、困っちゃったんじゃないかなって」
「……」
図星ですと言わんばかりに沈黙してしまった。確かに僕は困りすぎて《元の世界》では事故にあってしまったわけだが。もちろんそんなことは言わなかった。恵美を更に傷つけてしまう。事故のせいで優輝が……
「こっちこそ、優輝の告白を止めなくてごめん」
「止めてたら怒ってたわよ」
「……ごめん」
「いいよ……なんて。許すような立場でもないけどね」
弱気になってしまった恵美にかける言葉が見当たらなかった。仕方ないのでとりあえず僕は話題を変えることにした。
「……明日は来るの?」
「もちろん。国語が本当にやばいんだよ」
「古文は難しいもんな」
「そ、なにがなにやらサッパリよ。教えてくれる?」
「いいよ。明日はみんなで僕の家に泊まってわからないこと全部解決しちゃおう!」
自慢じゃないが家は広い方だった。兄が社会人になっていたので部屋も空いていた。女子が泊まっても問題ない。
「勉強会から勉強合宿になってない?」
「ダメかな? 面白そうだと思ったんだけど」
「そうゆう事は皆に伝えてから決めなさい。でもまぁ私は賛成ね」
意外と恵美は乗り気になってくれた。少し明るくなってきた恵美に僕は密かに安心した。
「じゃあ二人には私から言っておくわ。鈴奈ちゃんのメアド知らないでしょ」
「よろしく。ありがとう」
「どういたしまして。ふぁあ……眠たくなってきちゃった。連絡もしないといけないしそろそろ電話切るよ?」
「そうだな、お休み」
「電話ありがとね。お休みなさい」
電話を終えた僕は恵美の言葉を思い出し驚いていた。いつの間にか鈴奈とメアド交換するまで仲良くなっていたからだ。
恵美は僕を地球のように包容力のある人だどいってくれた。しかしそれは僕じゃなくて恵美なんじゃないかと思った。自分が好きな人と付き合ってる人と友達になれるなんて、そう簡単にできる事じゃない。
そう思ったが恵美の言葉も否定したくなかった。僕の事をそんな風に思ってくれていた。そう考えると嬉しくなる。
「……まぁ、地球が二つあってもいいかな。ちょうど《ifルート》と《元の世界》二つあるし」
なんともバカな結論だ、と僕は笑った。それから何と無くルーシーに質問することにした。誰かに肯定して欲しかったからだ。
『……ルーシー?』
『なに?』
『二つ地球があったらダメかな?』
『いいんじゃない? 私はそうゆう《世界》も創ったし』
『そうだよな』
『でも……』
満足感に浸っていた僕にルーシーは透き通るような声でキッパリと答えた。
『あの子は地球じゃない』
『えっ?』
ルーシーの一言に僕は驚いた。会話を聞いていたことにではない。恵美が地球である事を否定されたからだ。ルーシーに否定された僕は少し困惑した。
『だったら恵美はなんなんだ?』
『いつかわかるよ』
『なんだよそれ』
『彼女を見つけるのはあなたの役目』
『……』
僕には恵美をみつけだす自信がなかった。
《元の世界》で病院に恵美を置き去りにして去った自分にはそんな資格無いんじゃないかと、拳を強く握りしめながらそう思った。当然この考えはルーシーにも伝わった。
すると直ぐにルーシーは実体化した。真っ直ぐ僕の目を見てルーシーは告げた。
「……じゃあなんで彼女を地球に例えたりなんかしたの?」
「恵美をみつけたかった。恵美の居場所を知りたかった。創ってあげたかった」
「だったらその意思に従いなさい。あなたの彼女への思いこそ彼女をみつける為の資格だと私は思うわ」
ルーシーはそっと手を握ってくれた。大丈夫、と語りかけるように。ルーシーの手は雪のように白い肌をしているのにとても暖かくて、僕に安らぎをくれた。ルーシーとしばらく手を握り見つめあっていたら少し自信が湧いてきた。
僕の心境の変化に気づいたのかルーシーはニコリと微笑み、手を離した。
「……もう遅いし寝なさい。明日は勉強合宿なんでしょ?」
「うん。お休みなさい」
「お休みなさい」
ベットに入り目をつぶっていると歌が聴こえてきた。優しい曲調の歌詞が無い不思議な歌。何処かで聴いたことがある。
歌詞は自分の中にある、そう感じた。
昨日投稿した短編小説「黒薔薇の王女」はこの「ifルート」から派生した作品です(殆ど関連性はゼロですが)。ルーシーが創った世界の内の一つです。
「黒薔薇の王女」の方の後書きでこの事を書いたんですけど、「ifルート」の後書きでは書き忘れてしまいした。1日遅れのお知らせとなってしまってすみません。
これからも「ifルート」関連の短編小説をちょくちょく書くつもりです。




