《3日目》その日と似たあかい空
悩むことは前に進むこと、
立ち止まるのは考えをやめることだ。
私はそう考えている。
悩んで悩んで悩んで、より良い結果を求めることは悪いことじゃない。むしろ褒められるべき、優れた行為だ。
ただ、
前に進むのが疲れたら、時々上を見て空でも眺めてはどうだろう。
そこにあるのは満天の青か、それとも紅蓮か、はたまた闇か。たとえそれがどんな空だろうとあなたを癒し、包んでくれることでしょう。
疲れたら止まってもいい。また何度でも歩み出せばいいのだから。
◆
昼頃になって優輝たちと合流し、お昼を食べることにした。
「俺は味噌とんこつラーメン」
「私はカルボナーラでお願いします」
「僕は煮魚にしようかな」
「私はボルシチで〜」
どんなレストランだよ、というツッコミはなしだ。受け付けない。僕にはレストランの定義なんてわからない。
「替え玉もあるのか。すごいなこのレストラン」
「本当にレストランなの? ここ……」
疑いたくなる気持ちも分かる。だが現実にレストランって看板に書いてあったのだからレストランだろう。きっと。
「一つの店でなんでも楽しめていいんじゃない?」
「いや、そらそうかもしんないけどさ……」
鈴奈はあんまり気にしてなかったが僕は違和感しかなかった。メニューもそうだが店の内装もぐちゃぐちゃだった。洋風の普通のレストランな場所もあれば畳のある和風な場所もあり、中華の回転する机もあった。
「意味不明だな、このレストラン」
「いやいや、味は美味いから気にすんなよ」
隣の机の人に声をかけられた。振り向くとそこには担任の先生がニコニコしながら手をふっていた。
「お〜す!」
「なにしてんすか先生……」
「遊びにきた」
一人でか、とは言わなかった。きっと夫の仕事が忙しいんだろ。
「一人でさみしい奴だと思っただろ〜」
「「「「ハイ」」」」
四人の声が奇跡的に、あるいは必然的に一致した。わざわざみんな言わなかったのに、なぜ自分から言うのか。
「わー、みんな正直な子に成長して先生嬉しいぞ〜」
「先生、ハンカチいりますか?」
「慈悲をください」
泣きそうな顔をして生徒の成長を喜んだ(?)先生はふとあることに気づき少し嬉しそうな顔をした。
「珍しいな、鈴奈が二大勇者と姫様グループと一緒にいるなんて。どうしたんだ?」
「なんですかそのダサいグループ名は」
「えと、私とテルくん付き合うことになったの」
「なに!?」
流石の先生もけっこう驚いたようだった。なぜか悔しそうな顔をして歯を食いしばっていた。
「くっ! 鈴奈に男ができる前にメイド服を着せてやりたかったのに……」
「人の彼女になにしようとしてんスか」
「私は一回着てみたいな〜」
「マジか」
なんとも想定外の出来事だった。好んでメイド服を着ようとする猛者が現れるとは思ってもみなかった。
「そんなこともおろうかと、ホレ」
カバンから出てきたのはフリフリのメイド服二着だった。なんでそんなもの常備してんだよ。
「相棒以上のスケベえもんがいるとは……新型か?」
「同類項にするな。それに向こうの方が旧式だ……ってあれ? 二着あるってことは……」
僕と優輝は二人揃ってゆっくりと恵美を見た。恵美は水を口に含もうとしたが顔を赤くしてやめた。
「……着ないわよ。着替えのスペースもないし」
「なるほど、あったら着ると」
逆転の発想。それは希望の道を切り開く。
「先生、聞こえたか! 恵美の許しが出た!」
「イヨッシャァー! テンション上がってキターー!!」
「ちょっと! アンタたちまた裏切るの⁉︎」
「コ〜スプレ! コ〜スプレ!」
男二人と女のテンションが急ピッチで上昇する。釣られるように鈴奈もはしゃいでいた(無邪気とはときに恐ろしいものである)。もはやこの勢いは止まらないッ!
「でも着替えるスペースがないんだから今すぐどうということはないはず……」
「これなーんだ?」
先生が指を指した先には着替え専用の部屋があった。おそらくはこれ目当てで先生は来ていたのではと僕は推測している。
「ここはレストランじゃない! 私は認めない!」
「その前にここは遊園地なのか……?」
「すみません、お着替えルーム利用さしてください。一時間でお願いします」
「勝手に話を進めないでください!!」
テキパキと準備を進める魔王。その動きは鮮烈されており、無駄はなかった。行為そのものは無駄だが。
「ささ、準備できたよ」
「入りません!」
頑なに断り続ける恵美。そこで魔王は強攻策から作戦を変更した。
「すみません、あの子たちの会計も私と一緒にしてください」
「うまいッ! 僕らのお代をおごることにより恵美の説得を促すつもりだ!」
「恵美のメイド服姿を拝むためなら財布をカラにする覚悟をヤツはもっている……ッ!」
恵美も少し断りづらい感じになってきたようだった。あと一押しだ。そして隣国の姫、鈴奈が動いた。
「私、嬉しかったな。恵美ちゃんやみんなと遊園地に来れて。こんなところ家族以外とは始めてきたし、なにより今まで友達がいなかったから……」
「うっ……」
「ねぇ恵美ちゃん、もっと思いで作ろ?」
「わ、わかったよ。鈴奈ちゃんの……その、思いで作りのためなら」
こ、これは流石にズルかったと思う。しかも鈴奈は天然で言ってるからたちが悪い。
「やったー!」
「うし、野郎どもは外で待ってろ」
「ちょっとまってまだ心の準備が……」
二人に引きずられて恵美はお着替えルームに入っていった。
「なんだか取り返しのつかないことをしてしまったような……?」
「気のせいさ。あ、すみませんカルピスお願いします」
「先生の奢りだからって酷いやつだな」
「後で個別に支払うよ」
僕らがのんきに話してる間、数度に渡って恵美の悲鳴が聞こえた。
しばらくしてからカーテンがゆっくりと開いた。
「ジャーン! どうかな?」
メイド服を着た鈴奈がクルクルと回って僕らに見せてくれた。けっこうオーソドックスなメイド服で少し控えめな印象を受ける。スカートが長かったからか。彼女自身が金髪で目が青いからか、本物のメイドさんみたいだった。
「おおっ! 鈴奈、似合ってるぞ」
「そうだね、僕も可愛いと思うよ」
「やはり、私が見込んだだけはある」
「ありがとう! ほら、恵美ちゃんも早くおいでよ」
お着替えルームの方を見てみると、カーテンを握って体を隠しながらモジモジしてる恵美がいた。この時点ですでにかわい…ゲフンゲフン。
「いや……やっぱり見せたくない」
「そう言うなよ恵美、俺からあとでお礼になにかしてやるよ」
「ほほぅ」
そこで恵美は不敵な笑みを見せて言った。
「そこまで言うなら優輝、アンタがメイドのコスプレしなさい。そしたら見してあげる」
「ハアぁ!?」
なんともとんでもないことを言うものだ。
「嫌だ」
「私には強要したのに?」
「くっ!」
「そんなの男らしくないな〜」
「…チッ! わかったよ」
泣く泣く優輝は条件を呑んだ。そこまでして見たかったのか。
「交渉成立ね」
「分かったから早く見せろコンチクチョウ」
恵美は恥ずかしそうにゆっくりと出てきた。
「おおっ!」
「やっぱり恵美ちゃん似合ってる〜!」
鈴奈に負けず劣らずの可愛いメイド姿だった。メイド服はフリフリのレースが多めのミニスカートのやつだ。半分やけくそなのか、体をくるりと回してくれた。
「う〜ん。二人の性格からして逆の方が良くないか?」
「バカヤロウ! そのギャップがいいんじゃねぇか!」
「まだまだ分かってないわね」
なんか二人に責められた。僕は逆の方がいいと思ったんだがな。
「さて、メイド服に着替えてちょうだい」
「いや〜そういえばもうメイド服がないな〜」
「あるわよ。二着」
先生がカバンからにゅっとメイド服を出してきた。そう、二着である。ここから先はみなさん想像できるであろう。
「二人は女装したら似合うと思って」
「「嫌だあぁぁぁ‼︎」」
「私にここまでさしておいてそれはないんじゃなぁい……? それとも……地獄を見たいの?」
「あ、ハイ。すみません」
恵美がすでに鬼怖モードだ。このモードになったら最後、誰も彼女には逆らえない。
仕方ないのでメイド服を持ってお着替えルームに入る。そのあとの様子は割愛さしてもらう。理由は思い出したくないからだ。
……仕方ない、僕らのメイド服姿を見た女性陣三人の感想だけを紹介しよう。
「あの、ごめんなさい……二人とも。私が悪かったわ」
「けっこう、その……似合ってると思う……よ?」
謝らないでくれ、恵美。逆に悲しくなる。下手なお世辞は相手を傷つけるだけだぞ、鈴奈。
「女装したら似合うと言ったな。あれはウソだ」
くたばれ。
これはのちに語り継がれることのなかった黒歴史、『混沌の勇者』である。ほんと、語り継がれなくてよかった。あれ? いま暴露しちゃってるなコレ……黙っといてくれよ。
「あ、写真撮っといたから。今後私に逆らったら……分かってるわよね?」
「「ハイ……ごめんなさい」」
遊園地でたくさん遊んだ(僕は主に見ていただけだが)僕らは帰ることにした。
「夕日が眩しいぜ!」
「そうだな……」
見上げると空があかくなっていた。僕は少しあの時の赤くて、紅くて、朱い空を思い出してしまった。
「いやー楽しかった楽しかった! 先生大満足」
伸びをして満足げにあくびをする先生を恵美はジト目で睨んで言った。
「先生は屈辱的なことされてませんもんね」
「今日一番楽しんだのは間違いなく先生だ」
「はっはっは! 人生楽しんだもの勝ちなのよん」
ワイワイ騒ぎながら駅に向かっていると、途中に公園が見えた。公園では小さな男の子がサッカーボールで遊んでいた。
その様子をみて優輝が呟いた。
「……あれ、危ないんじゃないか?」
「あ、本当だね」
「注意してくる」
急ぎ足で少年に向かって行った優輝の顔は少し焦っていた。この時の僕はそこまで必死にならなくてもいいんじゃないかとかんがえていた。
少年のサッカーボールが車道に向かって転がるまでは。




