《2日目》罪
名前も、声も、性格も、容姿も…その全てを知らない、出会ったこともない彼に私は恋をしていた。
いったいどんな名前なんだろう、どんな声なんだろう、どんな性格なんだろう、どんな姿をしているんだろう…そんな風に私は毎日のように彼のことを考えていた。
そして私は彼に出会った。
ああ、やっと逢えたよ。私達の大好きな彼に。
◆
優輝と鈴奈はどうやって知り合ったのか。何故付き合うまでの仲に発展来たのか。僕と恵美が知らなかった真実をようやく聞くことができた。
『小学五年生の頃なんだけど、その時の私はひとりぼっちだったの』
僕の病気が治ったのは小学四年生なので、その約一年後には出会っいたことになる。そんなに前から知り合っていたとは思っていなかった。
鈴奈はひとりぼっちになった理由を話し始めた。
『私には《世界の記憶》があったから自分から人に近づかないようにしていたの。変に思われてもイヤだし』
鈴奈は《世界の記憶》で長年苦労していたようだ。この《ifルート》はルーシー曰く《一億番代の世界》みたいだ(《ifルート》の名前をつける時に一億から始まる名前をつけようとしていたためそう思われる)。
その中で鈴奈がいる《世界》はどれだけか分からないが、その中にはこの《世界》に似た物も沢山あっただろう。記憶が混線してしまうのも無理はない。
そして鈴奈はさらにひとりぼっちだった理由を付け足した。
『それに私はハーフだからみんなと姿が違うし少し避けられてはいたかな。目は青くて髪は金髪だし』
僕が通っていた学校は髪を染めてはならなかったので薄々そんな気はしていた。地毛なら校則違反じゃ無いし、金髪なのに少し日本人に近い顔立ちだったからハーフやクォーターだろうなと思っていた。
恵美は鈴奈を安心させるように優しく囁いた。
『私は鈴奈ちゃんの髪と目の色好きだよ』
『……ありがと』
鈴奈は少し嬉しそうだった。壁越しなので様子は見えなかったがおそらくは金色のアホ毛をユラユラ揺らしながら喜んでたことだろう。
そしてまた鈴奈は小学五年の記憶を語り始めた。
『ひとりぼっちなだけならまだ良かったんだけどね、そういうわけでも無かったの。ある授業で私は《世界の記憶》を使ってズルしたの。まるで未来予知みたいに答えが当たるものだから、みんなは私の事を人気者のように扱ったの』
『……それで、どうなったの?』
『それでね、みんなはそのうち私の事を避け始めたの。私の言うことは当たる、魔女だ、悪魔だって。気がついたら私は本当に独りになってた』
今まで相当キツイ思いをしてきただろう。鈴奈の声も少し落ち込んだ風だった。
『それでね、私はそんな生活がイヤになって家出したの。どこか遠くに逃げたかった』
『……』
恵美は静かに鈴奈の話を聞いていた。当然僕からはどんな表情なのか見えなかったがきっと真剣な表情で聞いていたと思う。
鈴奈は話を続けた。
『かなり遠くまで行っちゃって、私は迷子になってしまったの。暗い夜の道を独りで泣きながら歩いてたの』
その後の言葉は今までの声とは打って変わり、とても明るかった。それはまるで太陽の光を反射する満月のように、暗い夜空を照らす月光のように。
『そんな時、テル君と出逢ったの!テル君は迷子になった私の事を助けてくれて、無事に家まで帰って来れたの』
『これが優輝と鈴奈ちゃんの出逢いね』
『うん。それから私は中学に進学する時に引っ越したんだけど、それが今住んでるこの街なの』
その声を聞いて僕は呟いた。
「小学校が違うなら僕や恵美が鈴奈を知らないのは当然か。いや、恵美は体育が同じだから鈴奈の事を知ってはいたのか。髪が金髪で目立つし」
「俺も中学入学時は鈴奈がこっちに来たことを知らなかった、と言うより鈴奈を助けたことも忘れてた」
「……鈴奈が可哀想だよ」
「すまん……今は思い出してるから勘弁してくれ」
鈴奈は話を続けた。
『それでね、せっかくこっちに来たんだから私はあの時助けてくれた男の子を探そうって思ったの』
『その言い方……もしかして優輝は名前を言ってなかったの?』
僕の隣で優輝が苦笑いした。
『うん』
『……よく見つけ出せたね』
『こればっかりは《世界の記憶》に頼りたくないなって思ってたからなかなか見つからなくて。でもその分見つけた時は本当に嬉しかったよ』
『いつ頃見つけたの?』
『三ヶ月ぐらい前かな』
『入学からだいたい一年ぐらいじゃない!隣のクラスなのになんでそんなにかかったの?』
少し恥ずかしそうに鈴奈は言った。
『同じ学校って発想がなくて……』
その発想はなかった。アホの子なのか天然なのか、その線引きは実に難しい。天然は無害らしいので天然ってことでいいか。
恵美も流石に少し呆れているようだ。
『私、鈴奈ちゃんと友達になって少ししか経ってないけどだいたい分かってきたよ』
『……あうぅ』
一方僕の隣の優輝はと言うと。
「そういうところが可愛いんだよな。うん」
そんな事を言うので僕は優輝が鈴奈のどこに惚れたのか、少し気になった。
「優輝は鈴奈のどこに惚れたんだ?」
「どストレートに聞いてくるな……どこって言われても、よく分からないんだよな。可愛い所とかいい所は思いつくけど好きな所は……なんて言うか言葉に出来ない何かって感じ」
優輝にしては珍しくはっきりとは分からないみたいだった。
「言葉に出来ない?」
「心とか、魂とか……いや、もっと深い、その先にある何かなんだと思う」
心や魂のその先にある物、一体それはなんなのか。僕は今だにその答えに辿り着けない。
色々考えているうちに鈴奈がまた喋り出した。
『それで隣のクラスにいることが分かったから会いに行って迷子になった時助けてくれてありがとうってお礼を言ったの』
『そうだったんだ』
『そのあと何度かあって、二日前にテル君から告白してもらって付き合ったの』
『告白の時、優輝はなんて言ってたの?』
流石は恵美、僕の聞きたい事を言ってくれた。隣の優輝が僕に聞かせないために抵抗しようとした。
「お前は聞くな」
「嫌だ」
「くそっ!」
「おっと、ここで騒いだら向こうにそれが伝わってまた怒られるハメになるぞ」
「……チッ! もういい俺は寝る」
恥ずかしさに耐えられなかったのか、優輝は寝てしまった。
そして鈴奈が嬉しそうに言った。
『テル君はね、俺と結婚してくれって言ってくれたの』
『……』
恵美は驚くを通り越して唖然としている。手順を間違えすぎだろ。
僕は布団の中にうずくまっている親友の方を見て言った。
「……バカなの?」
「テンパっちゃったんだよ。本当は付き合ってくれって言おうと思ってたんだ……」
どんなテンパり方だよ、とツッコミしたかったが告白する度胸もない僕にその資格はないので黙っておいた。
そして恵美がまた質問をした。
『それで鈴奈ちゃんはなんて答えたの?』
『もちろん、よろしくお願いしますって答えたよ』
『……oh』
彼氏がこれなら彼女もこうか。まさしくバカップルだよ。
恵美なんか驚きすぎて英語になっちゃってたよ。
『でもまだ二人とも結婚できる年齢じゃないからそれまではお付き合いしましょうってなったの。私は結婚できる国に行って結婚するって手もありだと思ったんだけど……』
『それはなしよ』
流石の恵美もツッコんだ。
『まぁ冗談はともかく』
『あ、冗談だったのね』
僕と恵美は少し安心した。鈴奈が言うと全部本当に聞こえるから困る。それから鈴奈は優しい声でこう言った。
『テル君の告白、とっても嬉しかったな。多分私は《世界》で一番幸せ者だよ』
僕はそのセリフを聞いて思った。《元の世界》で鈴奈の幸せを奪ったのは僕なのだと。鈴奈だけじゃない。恵美や優輝の幸せも僕が奪ったのだ。
自分の犯した罪の深さを再認識してから僕は寝ることにした。
長かった2日目ですが今回で終わりです。最近何かと忙しいので投稿ペースが週一ぐらいになってしまいます、申し訳ありません。そこで今回から小説更新時に活動報告をしようと思います。
これからもifルート《あおい空から始まる物語》をよろしくお願いします。




