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さくらの冬

作者: oxy

ある冬の日の午後のことです。もうお昼をずいぶんと過ぎてしばらくたつのに、おひさまがぜんぜん出てこないので、こまかくてさらさらの雪が降っていて、風はつめたく、ほっぺに当たると氷でなでられたのかとおもうほどでした。

通学路になっている道ぞいに流れる川の土手に生える年寄りの一本桜は、ふわりふわりと幹や枝に雪が積もるのを感じながら、学校帰りの小学生の子たちを見守っていました。小学生たちは雪合戦をしながら歩いてきたり、柵をこえて土手に入ってきて、真っ白に積もった、まだ誰もふんでいない雪にバタンと倒れて人型をつけて遊んだりしていました。一本桜は子供たちが遊ぶのをじっと眺めながら、けがをする子はいないだろうか、しもやけがひどくなりはしないかと気をもんでいました。ひとしきり遊ぶと、小学生たちはそれぞれ自分の家に帰って行きました。

そんな小学生たちの群れが途切れて、すこしたって、おひさまがだいぶ西のほうに傾いてきたころのことです。やれやれ、今日も子供たちはみんな無事に帰ったようだと一本桜が安心していると、向こうの、小学校のほうから、一人の女の子が歩いてきました。

赤いランドセルをしょっている、長い髪を首のつけねで二つ結びにした女の子でした。

もう暗くなるのも近いから、遊ばずに帰るんだよ、と一本桜は心の中でつぶやきましたが、女の子は土手のあたりにくると柵を越えて、積もった雪を踏みしめて、はあ、と真っ白いためいきを一つ、もくもくとつきました。

おやおや、早くお帰り、お父さんやお母さんが心配するよ、と一本桜は思いましたが、女の子は白い雪に人型をつけるのでも、雪だるまを作り始めるのでもなく、まっすぐに一本桜のほうにむかってきました。

女の子は、一本桜のすぐ前まで来ると、じいっと眺めてまたためいきを一つ、もくもくとつきました。

一本桜はどうしたのだろう、と思いました。女の子は花も葉っぱも付いていない、丸裸のつまらない冬の桜の木にわくわくしたりはしないものだと、一本桜は思っていたからです。

でも、女の子はやっぱり、一本桜をじいっとみているようです。

少しして、女の子の頭にまで雪が積もり出したので、一本桜は女の子が心配になって、声をかけてみることにしました。

「そこの、そこの娘っ子、一体どうして雪に日に?」

女の子は聞こえてきた声にびっくりして、きょろきょろとあたりを見回しました。でも、、回りにはだれもいません。

一本桜はもう一度、声をかけました。

「わたし、わたしだ桜の木。もし用ないなら早くお帰り」

女の子はまた、今度はさっきほどではありませんでしたけれど、びっくりして、一本桜を見つめました。上から下まで、頭を動かして眺めたので、頭の雪はぱさ、と女の子の足元に落ちました。

「桜が、しゃべった?」

女の子の口はそのまま、少しの間あいたままになっていたので、白い息がふわふわとたゆたいました。

「そうよ、わたしは年寄り桜。たましい宿ってことばも知った」

「ほんとに、しゃべった」

女の子はやっと、口を閉じましたが、おどろいて目はまんまるにひらいていました。

「さあさ、娘や暗くなる。用がないなら早くお帰り」

「え、あ、ちょっと待って。あのね、お願いが、あるんです」

「やあや、これはめずらしい。冬のわたしにどんな用」

女の子は一本桜を見上げながら、眉を下げて言いました。すこし泣きそうな顔でした。

「あのね、わたしのいもうとが、こんど六さいになるんです。それで、お誕生日プレゼント、何がいい、って聞いたんだけど」

女の子の目は、すこし涙がうかんできらきらしていました。涙のせいか、寒さのせいかは分かりませんが、鼻声もまじってきています。

「いもうとが、満開の桜がいいって言うんです。いもうとは誕生日、三月なんですけど。たぶん、来年一年生だから、満開の桜の中を新品のランドセルしょいたいんだと思います。テレビとかでやってるから。それで、叶えてあげたいけど、ここらへんじゃ桜が咲くのって五月とかだから、どうしようって」

一本桜は、だまって聞いていました。

「図書館で、早く咲く桜とかないのかなとか、桜をはやく咲かせる方法とか調べたけど、よくわかんなくて。ね、誕生日当日じゃなくても、四月の最初とかに、桜を咲かせる方法ってないですか?」

一本桜はだまっていました。すこし考えていたからです。女の子の息が三回ぐらいふわふわしてから、一本桜は答えました。

「さくら、桜の春に咲くのは、冷たい冬が去ったせい。もしも雪やら、風やらが、つねよりはやく去ったなら、桜の春もはやまろう」

「え、じゃあ、はやく咲くことってあるってこと?でも、雪や風なんてどうにも出来ないよ……」

「娘、お前のその心、いもうとおもう思いゆえ、わたしに一つ考えがある」

「考え?じゃ、なにか方法があるってことですか?」

「もしも、わたしの積もる雪、枝のつららを落とすなら、わたしが頼もう、春の神に」

「そうすると、四月に満開になる?」

「春のまにまに、春の神の。しかし話せば通じる相手、きっとお前に許すだろう」

「ほんと!?じゃあ、がんばります。よろしくお願いします」

そう言って早速、女の子は一本桜の雪を払い始めました。最初、こげ茶色のごつごつした幹に積もったわずかな雪を払うと、木に抱きついて少しゆらしたり、雪の下から掘って拾ってきた小枝や枯れ草の集めたのを振りまわしたりして、時には少し木に登って、がんばって雪を落としました。ひとしきり終わると、女の子は一本桜に一礼して、帰ってゆきました。雲はもう、だいぶ暗い灰色になっていて、高校生が時折歩いてくる頃でした。


それからというもの、女の子は毎日朝と夕方、桜の木の所に来ては、つららがあれば落とし、雪が積もっていれば払い続けました。毎日、毎日、丁寧に頑張りました。学校の教室掃除よりも、お母さんに注意されたあとの部屋の片づけよりも、ずっと丁寧でした。

一か月がたち、三月の真ん中あたりになって、ようやく少し、風の温度がゆるんできました。女の子の頑張りのおかげか、一本桜のつぼみの殻も、ゆるんできました。

「もうすぐ、咲きますか?」

女の子は目を、涙ではなくきらきら輝かせて、一本桜に尋ねました。

「まだだ、まだまだ、だけれども。」

「いつぐらいに、咲くと思いますか?」

ちょっとしょんぼりして、女の子はききました。

「はやい、はやいさ、つねよりも。もしもこのまま、春の神、私を温めるのならば、四月に咲こう、四月の初め」

女の子の顔が、ぱあっと輝きました。

「入学式に、間に合うかなあ?」


ときにはみぞれか雨が降るくらいには暖かい日が続き、雪が降ることも、つららが枝につくことも少なくなりましたが、女の子は一本桜のところに、毎日、朝と夕方やってきました。

桜のつぼみが、少しずつ大きくなるのが、楽しみでしかたなかったのです。

「まだかな、もうすぐかな」

一本桜も、女の子が目を輝かせるのを見ると、すこし幸せな気分になるのでした。


やがて四月に入ると、一つ、二つと一本桜の花が開き始めました。入学式の前の日には、多くの花が半分よりもっと開きかけていました。

待ちに待った入学式の日、女の子は小学校にいもうとやお父さん、母さんたちと行って、入学式から戻ってくるところで、いもうとの手を引いて土手の一本桜のところに連れて行きました。走って行ったので、お父さんとお母さんはあとから小走りでついてきました。


女の子がいもうとの手を引いて一本桜のところにつくと、そこにはりっぱに、満開になった桜が咲いていました。いもうとが、わあ、と叫んで嬉しそうにランドセルと駆けていったので、女の子も嬉しくなりました。

一本桜が、ふわり、と微笑んだような気がしました。


次の日の朝、女の子は、いもうとの手を引いて学校へ行く途中、一本桜にお礼を言いたくて土手によりました。まだ、満開の桜が見えました。

「ありがとう、ありがとう、桜の木さん。いもうとが喜んでくれて、ほんとにわたし、嬉しかったの」

心の中で言いながら、いもうとの手をはなして一本桜に駆けよると、女の子はぎゅっと、太いごつごつの幹に抱きつきました。その瞬間、びゅうっと強い風が吹いて、女の子はきゅっと両目をつぶってしまいました。

女の子が目をあけると、目の前には当然、一本桜の幹がありました。それでふと、女の子が顔をあげると、不思議なことに桜の花は一輪残らず散ってしまって、丸裸の枝が残るばかりでした。

一本桜はもう、しゃべりませんでしたが、女の子には、一本桜もなぜだか嬉しがっているような気がしました。


その年、五月になっても一本桜は咲きませんでした。そして夏の終わりごろ、台風がきて、そのつよい風のせいで一本桜は倒れてしまいました。もうだいぶん年をとって、根っこが弱くなっていたせいだということでした。

土手に、一本桜はなくなってしまいました。

女の子といもうとは、悲しみました。二人にとって、一本桜はとても大切な思い出でしたから。けれど次の年の春、土手の、一本桜の生えていたあたりを歩いていたふたりは、素敵なものをみつけました。一本桜の子供でしょうか、小さな木の芽が、桜の葉っぱと同じ葉っぱをつけて、沢山生えていたのでした。


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