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06 準備する。

 ある日。ルカさんがぽつりと呟いた。

「花。いっぱい」

 黒い瞳をまん丸にした彼の前には、いくつもの箱に詰められた造花。色とりどりのそれらはぎゅうぎゅう詰めにされて少し窮屈そうである。

 わたしは箱の数を確認してから、満足してふうと息を吐いた。

「さあルカさん。お手伝いよろしくお願いしますね」

 にっこりと笑うわたしに、ルカさんはやはり不思議そうに首を傾げた。



 お祭りがやってくる。年に一度、街が一番盛り上がる時だ。

 王国の南北にはそれぞれ大聖堂がある。南には愛と平和を司る女神ブリジア、北には秩序と幸福を司る女神プロスティアが祭られている。

 二人の女神は普段それぞれの大聖堂にいるが、年に一度だけ、次の年の王国の安寧を祈願する儀式を行う為に王宮へ出向くとされている。ブリジアは春の初めに、プロスティアは冬の中旬に一日かけて王宮へ赴き、一晩明けてからまた一日かけて自分の大聖堂へ帰って行くのだ。

 その二日間、大聖堂と王宮を結ぶ道筋にある街は、女神が決して迷わぬよう道しるべとなる。何しろ年に一度しか外に出ないのだ。神でも道くらい誤るだろう。

 ブリジアは可憐な花を愛で、プロスティアは輝かしい光を愛すると言う。だから道しるべとなる街は女神の為に花で、あるいは灯りで街を一杯にするのだ。

 二日間、女神の愛するもので溢れた街は同時に人でも溢れ、昼夜問わずとても賑やかである。お陰で女神は迷うことなく王宮へ辿り着き、無事に儀式を終えて大聖堂へ帰ることができるのだ。

 わたしたちが住む街フルリアも、王宮と南の大聖堂を結ぶ直線上にある。その為、ブリジアの為に街を花でいっぱいにしなくてはいけない。


 というようなことをつらつらと説明してみたけれど、ルカさんはきょとんとするだけでいまいちわかってくれていないようだ。無理はない。今の彼には難しい話だろう。

 苦笑しつつ箱から造花を取り出して、彼の手に握らせる。これはいくつかの造花を紐で繋げてあるものだ。

 本当は生花を飾るのが好ましいのだけれど、正直わたしには毎年花屋に注文できるだけの財力も、手間をかける体力もない。その為、何年か前から同じ造花を使っている。それでも片づける時に汚れてしまったものや壊れてしまったものを入れ替えるようにしているので、おおよそ綺麗なままだ。

「ルカさん。これをですね、あそことあそこにつけて、たらーんって。わかるかな」

 店の壁をいろいろ指し示しながら伝えると、なんとなくわかってくれたのか、ルカさんはこくんと頷いた。そのままお願いしたとおりに動いてくれるので、一応伝わったらしい。

 お祭りは当然、どんな店であれたくさん稼ぐ絶好の機会である。普段は人の往来が少なくても、お祭りとなれば話は別。隣街とは言わず国中から観光客が集まってくる。家ももちろん綺麗に飾るけれど、店は内装まで気を遣わなければならない。

 この時期は年齢性別職業に関係なく街中の人が忙しく動き回るので、誰も飾りつけを手伝ってくれる人はいない。毎年お祭りの直前の定休日に一日がかりでせっせと飾り付けをするのだけど、今年は違う。例年の倍とまではいかなくても、ルカさんのお陰でいつもより順調に作業は進んでいた。

「お祭りの間は露店もあるから、ルカさんはマルヴおばさんにつれていってもらうといいですよ」

「……マルヴさん?」

 ルカさんが若干疲れた顔をする。わたしが目を離した隙にまた妙なお節介を焼かれたのだろうか。

「リリアンさんは?」

「私はお店があるので。毎年のことだし、わたしは気にしないで。ルカさんは初めてだから、興味もあるでしょう?」

 他に店員がいれば少しの間任せるというのもできたのかもしれないけれど、多分いたとしてもわたしはずっと働いているだろう。目が回るほど忙しくて大変なのは否定しないけれど、働くのは好きだ。それに、なんと言うか、お祭りに出てもどうしようもないという気持ちがある。

 眉を下げて笑えば、ルカさんは心持しょんぼりと項垂れた。

「……わかった」

 なんだろうこの罪悪感。



 カラン、とベルが鳴ったのは夕方だった。その頃には店内は赤や黄色、白といった綺麗な造花に溢れていて、あとは外のみとなっていた。

 けれどいくら灯りがついているとはいえ、開店中の看板をかけていない店に訪れる人などいない。不思議に思いながらも振り返れば、どこか疲れた様子のサム先生がそこに立っていた。

「よう、リリィ。ルカも。見事に花だらけだな」

「ルカさんが手伝ってくれたお陰ですよ。それで、先生はどうしたんですか? 今日はお休みなんですけど」

 そうは言っても、お得意様でしかもルカさんのことでお世話になっているサム先生なら、簡単なものくらい出してあげる気はあった。しかし残念なことに食材がない。ありあわせでなんとか作ることもできるだろうけど、食事を提供してお金をもらう側としては申し訳ないものしかできる気がしない。

 肩を竦めると、先生は「いや、違うんだ」と首を振る。

「実は、ちょっとばかり花を分けてもらえないかと思ってな」

「花を?」

「ああ。今学校でも飾りつけやっててな。お前は知らねえだろうが、毎年祭りの何日か前から午後の授業なくして飾りつけすんだよ。何しろ馬鹿みてえに広いからさ。それで教師もガキも一緒になってやってたんだが、造花の発注を担当した先生が一桁間違えて頼んじまったみたいで。足りねえんだよ」

 なるほど、と納得するのと同時、少し同情して苦笑が浮かぶ。

 学校はこの街で最も大きく立派な施設だ。広大な敷地もそうだけど、校舎自体が貴族のお屋敷のようなのだ。まあ実際に貴族の屋敷を見たことなんてないけれど、さすが王立と言わざるをえない格式を感じさせる施設なのだ。その学校が造花で彩られる様は圧巻の一言で、学校を目当てにやってくる観光客も多くいる。いわばこの街の目玉だった。

 それにも関わらず、飾り付ける花がないのは大問題だ。失態を犯した先生のことを考えると可哀想になるが、今現在走らされているのだろうサム先生も可哀想。絶対運動苦手なのに。

 おずおずとルカさんがお茶を差し出す。わたしがついさっきルカさんに淹れてあげたものだけれど、まだ口をつけていなかったのだろう。短く礼を言って受け取るサム先生は、それくらい疲労の色が浮かんでいた。

「足りないって、どのくらい必要なんですか? 今からじゃ注文しても間に合わないものなんですか」

「いや、急いで追加注文した分がなんとか前日に届く。でももう在庫がないとかでな。それでもいつもより随分と少ないが、お陰でノクタリアとカンタリア、講堂はどうにかなる。この際立ち入り禁止にする区域を増やして、そこは省くことになった。あとはオクテリア学舎だが、多分教室一つ分くらいのはずだ。他の奴らが怠けてなけりゃな」

 苛立ったような舌打ちが聞こえる。元々悪い目つきが更に凶悪だ。これじゃあ、初対面の人に教師だと言っても信じてもらえないだろう。

 ぐいっとカップを煽ったサム先生にわたしは苦笑した。

「それじゃあ、そこの箱一つ持っていっていいですよ。教室一つ分には足りないでしょうけど、足しにしてください」

「お。本当か? 助かるよ」

「はい。それは家の分ですから。店のはさすがに無理だけど、家の外装分は取ってあるし、中は最悪森で摘んだ花でも飾ります」

「ありがとな」

 先生にお礼を言われるのって変な感じ。サム先生は食事を出す時にも意外とお礼をくれるけれど、こうして手助けしたことはなかったから。

 くすくすと笑っていると、先生が「よっ」と声を出しながら箱を抱える。

「じゃあ行くな。今度礼に来るわ」

「たくさん食べてくれると嬉しいです」

「おう。教師連中引き連れて来てやるよ」

 ニヤリと笑って、サム先生は店を出て行った。それはそれで大変そうだけど、賑やかで楽しそうだ。

 一体どんな先生がいるんだろうと考えて笑みを零すと、ルカさんが不思議そうにわたしを見ているのに気づいた。

「ルカさん。お茶淹れ直しましょうか」

「……うん。ありがとう」

 少し申し訳なさそうな顔をして差し出されたカップを受け取った。その理由はわからなかったけれど、思いつく前にまた扉が開いて思考を中断せざるをえなかった。

 今度のお客さんはマルヴおばさんだった。

「リリィ、ルカ。今朝ぶりだね。準備はどうだい?」

「はい、順調です。おばさんの方は?」

「私はうちだけだからね。まあゆっくりやるさ」

 次から次へと、今年は例年にはないことばかり起こる。

 世話焼きなおばさんだから手があけば手伝ってはくれるけれど、いつもわたしよりも大変そうな店やお年寄りの家のお手伝いをしている。だから結局手伝ってくれたことはなかった。まさか今年は手伝いに来たと言うのだろうか。

 肩を竦めるマルヴおばさんに用件を尋ねようとして、けれど遠慮なく開かれた扉がまたしてもそれを遮った。

「やっぱりいた。俺たちに押し付けて自分はリリィの世話焼くとか、ひでーババア」

「実の息子よりもよその娘可愛がるとか、ひでー母親」

「あーもう、うるさいね! 遊んでんじゃないよ! 無駄に力有り余ってんだから人様の為に働きな!」

 盛大に顔をしかめて、マルヴおばさんがしっしと犬を追い払うように手を振る。それに対して、わざとらしく頬を膨らませる男性が二人。すらりと背が高い彼らは、『俺たちだって疲れるんだっつーのー』と全く同じ顔で全く同じことをぼやいてみせた。

 随分と久しく見ていなかった気がする。懐かしさが胸に込み上げて、自然と頬が緩んだ。

「ヘンリーさん、ハーヴィーさん。お久しぶりです」

「やあリリィ、久しぶり。敬語じゃなくていいって言ってるのに」

「ああリリィ、久しぶり。遠慮なく兄さんって呼んでくれればいいのに」

「こらこらこら! よりによってリリィに手を出そうとするんじゃないよ!」

『手を出そうとなんかしてないよ。可愛い妹分との再会を喜び合ってるだけだろー?』

 相変わらずのやり取りに笑みが零れる。ガミガミと口煩く何かを言い募るおばさんと飄々とした態度でそれをかわす彼らを見ていると、ぽつんとルカさんが取り残されているのを思い出した。そうだ。いくら慣れたとはいえ、初対面の人に自ら話しかけられるわけがない。

 彼を安心させるようににっこり微笑んで、わたしは手招きする。ルカさんはおずおずと寄ってきた。ルカさんの存在に気づいたのか、彼らもぴたりと静かになってまじまじとルカさんを見下ろす。しばらく見ないうちにまた背が高くなったんじゃないだろうか。

「ルカさん、紹介しますね。こっちがヘンリーさん、こっちがハーヴィーさん。……で、あってますよね?」

「えー。俺がヘンリーであってるけど、リリィまで俺たちの見分けつかないの?」

「無理です」

 だって本当に全く同じ顔なんだもの。せめてほくろの位置が違うとか、瞳の色が違うとか、そういう特徴がなくては見分けなんかつくはずがない。

 一応かろうじて髪型が違うのだけど、二人とも短髪で長さが若干違う程度だ。額が見える方がヘンリーさん、前髪がある方がハーヴィーさんらしい。「そろそろ髪型変えたいんだけどー」などと数年前から変わらない前髪を弄りながらハーヴィーさんがぼやく。やめてください、いっそ迷惑です。

「えっと、二人はマルヴおばさんの子供なんですよ。双子の」

「ふたご?」

『そー。まあ見てわかるだろうけど』

 見事に同調してみせる彼らを見て、「双子」という単語など知らないだろうルカさんも納得したような顔つきだった。ニホンにも双子がいるのだろう。

 ヘンリーさんとハーヴィーさんはわたしより十二も年上で、幼い頃からおばさん同様実の妹のように可愛がってくれた。二人は昔から揃って背も高くて顔も整っていたので、女の子から人気があった。でも二人はそういったものに興味がなかったのか、同じ年頃の女の子よりもわたしの遊び相手になってくれて、わたしもそんな二人が大好きだった。

 懐かしい思い出にほっこりしていると、二人の緑の瞳がちらりとわたしを見る。

「それで? リリィもついに男ができたんだ?」

「えっ!? 何言って」

「ふうん? リリィは年下が好みだったんだ? どうりで今までの奴らじゃ見向きもしなかったわけだ」

「えっ、ちょ、今までってなんの話ですか!?」

『さーあ? なんの話だろーねえ』

 双子の兄貴分はわたしを見下ろしてニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。今までわたしにそんな男性がいなかったことなんてよく知っているくせに。

「違いますよ! ルカさんはそんなんじゃありません!」

「そうだよ、馬鹿息子共。ルカはリリィが拾って面倒見てるだけの外国人さ。最近やっと意思疎通できるようになったんだから」

「拾ったぁ? リリィ、まだホイホイいろんなもの拾ってるの?」

「やめろよなぁ、変なもの拾ってくるの。野良犬に手を噛まれてぴいぴい泣いてたくせに」

 心底呆れた色を隠しもしない彼らに、うっと言葉に詰まった。おばさんにも似たようなことを言われた気がする。

 やれやれと言った空気を押しどけるように、わたしは「そんなことより!」と強く声を張った。

「どうして二人がいるんですか? 仕事は?」

「ああ、そんなこと。たまには帰ってこようと思って。休みもらった」

「そんなに簡単にお休みもらえるんですか?」

『日頃真面目に働いてるからねえ』

 とても嘘くさい。

 彼らは五年前のある日「ちょっと王都行ってくる」と家を出て行ったっきり、帰ってくることもなく、いつの間にか王立騎士団の近衛隊に入隊していた。近衛隊と言えば王族を守る騎士のことで、相当の実力と人望がない限り庶民は入隊すらできないはずだった。人生何があるかわからないものだとは彼らから学んだと言っても過言ではない。

 それ以来気まぐれに手紙を寄越すだけで全く顔を見せなかった薄情者が突然帰郷したと言うのだが、わたしは訝しみながらもやはり嬉しかった。素直に「おかえりなさい」と笑うと、二人はきょとんと目を丸くして、それから褒めるように頭を撫でてくれる。

 すると、バシッと痛そうな音が聞こえた。振り返ると何故かルカさんが背中を丸めてさすっている。マルヴおばさんに叩かれたのだろうか。

 おばさんはふんと鼻を鳴らして、わたしの方へ向いた。嫌な予感がする。残念なことにわたしの嫌な予感はたいがい当たるのだ。

「ところでリリィ、あんた今年も引きこもるつもりじゃないだろうね?」

「……引きこもってるんじゃなくて仕事で」

「今年はルカもいることだし、一日くらい遊びなさい。ああ、私に頼もうったってそうはいかないよ。もちろんヘンリーたちにも駄目だからね」

 読まれていた。マルヴおばさんは何かにつけてわたしを遊ばせたがる。毎年適当に流してきたけれど、ルカさんのことを言われるとかわしきれない。

「一日目は馬鹿息子たちにも手伝わせるから、売り上げは充分だろ。二日目はルカを案内すると思って遊んできなさい」

「何勝手に決めてるんだよ。俺たちだって暇じゃないんだけど」

「お節介に息子を巻き込むなよ。俺たちだって忙しいんだけど」

「うるさいうるさい! 可愛い妹だって言うんならちょっとは手伝いな!」

 別にわたしは放っておいてくれた方が嬉しいのだけど。わたしは好きで働いているんだから。

 けれどヘンリーさんとハーヴィーさんは顔を見合わせて、そのうち『仕方ないなあ』と芝居がかった動きで肩を竦める。

「だけど夜までしかやらないからね、リリィ」

「夜になったら子供は店を閉めてね、リリィ」

「これで思う存分遊べるよ。よかったわね、リリィ!」

 とても断れる雰囲気ではない。

 乾いた笑みを貼り付けると、大人しく成り行きを見守っていたルカさんが小さく尋ねる。

「リリアンさん、一緒?」

「はい。なんだかそうなっちゃいました」

 つたない言葉に苦笑する。そんなわたしに、ルカさんは嬉しそうに「わかった」と頷いた。

 まあ、ルカさんが喜んでくれるならいいかな。

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