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 ――やあ、リリィ。リリィが大好きなハーヴィーだよ。

 手紙ありがとう。わざわざ全く同じ手紙を俺とヘンリーに出してくれて嬉しいんだけど、面倒だし俺たちだいたい一緒にいるし、次からは別にしなくてもいいよ。

 俺たちも最初は別々に出そうと思ったんだけど、考えてみると同じ生活送ってるから書くことも同じなんだよね。だから、代わる代わる出そうってことになりましたー。

 決してヘンリーがリリィのことを嫌ってるとか、そういうのじゃないから安心して? 次の返事はヘンリーが書いてくれるよ。多分。

 そうそう。ババアの手紙に書いてあったんだけど、リリィってば熱出して倒れたんだって?

 だからいつも言ったじゃないか。リリィは働きすぎだよ。人間はね、適当に働いて適度に休まないと潰れちゃうんだよ。働き者なのは感心するけど、お兄ちゃんたちの言うことはだいたい正しいんだから、たまには言うこと聞いて大人しく休みなさい。

 こっちは特に変わったことはないよ。俺たちもまだまだ下っ端で大きな任務には滅多に就けないし、毎日おんなじことの繰り返し。

 飽きてきたから、そろそろ誰かがあのやかましいお姫様さらったりしないかなー、なんて。こないだ食堂でヘンリーとふざけてそんなこと言ったら、運悪く隊長殿に聞かれてさ、叱られちゃった。

 ああ、この隊長殿はリリィが知ってるバイエ隊長殿とは別の人だよ。近衛の中にもまたいろいろ組織があってね。俺たちの直属の隊長殿って言えばいいかな。バイエ隊長殿と違って冗談も通じない堅物だよ。

 バイエ隊長殿と言えば、隊長殿、リリィのこと心配してたよ。あとお詫びがしたいんだって。多分リリィはいらないって言うだろうなって思って俺たちが断ったんだけど、あの人そういうとこ融通利かないから。勝手に住所教えるのもあれだし、とりあえず俺たちが受け取ってどっちかの名前でリリィの家に送るよ。何かは知らないけど、多分もらって嫌なものは選ばないでしょ。奥様に相談もしたみたいだから、安心して受け取ってあげて。

 バイエ隊長殿の話してたら思い出したんだけど、隊長殿が迂闊にリリィの話するもんだから、最近また馬鹿共がうるさくって。俺たちそろそろ抜刀しそうなんだよね。

 さすがに問題起こしたくはないからさ、一度だけ、いや一瞬だけ顔見せてやってくれない? 喋らなくていいから。絶対触れさせないから。

 ついでに一日くらい王都を観光すればいいよ。ルカもつれてさ。リリィには休暇が必要だし、ルカにとってもいい経験になるだろう。

 早めに予定教えてくれれば、隊長殿にかけあって俺たちどっちか仕事外してもらうから。約束通り王都を案内してあげるよ。まあ、外してもらえなくてもサボるけど。

 きっと楽しいよ。人も店も、比べものにならないくらいたくさん溢れかえってる。前向きに考えてほしいな。

 以上のことは他言無用。と言うより、母言無用?

 まだ実家宛ての手紙書いてないんだよね。面倒臭くって。リリィには気軽でいいんだけど、親への手紙っていろいろ気を遣わなきゃいけなくて大変なんだよね。迂闊に書いちゃいけないこともあるしー。父さんはともかく、母さんはうるさいから黙っておいてよ。頼んだ。

 ああ、それと。ここからはルカ宛てだから、リリィは読まないでね。ルカが文字を読めないならサムに頼むように。絶対リリィは読んじゃ駄目だよ。

 ルカへ。もう知っているかもしれないけど、君が使っている部屋がもしリリィの部屋の隣なら、寝台の下を覗いてみるといい。きっといいものが――



 グシャッ、と紙が悲鳴を上げて潰れた。

 隣のルカさんがぎょっと振り返る。黒い瞳には驚きの中に少しばかりの不安が浮かんでいるように見えたが、わたしはひとまず思わずつけてしまった手紙の皺を伸ばしてから丁寧にたたんだ。音読しなくてよかった。

「えっと……何か、あった?」

「いいえ、何も。何もありませんよ」

 兄さんの寝台の下には何もありませんとも。ええ、何もありませんよ。

 数年前の一人大掃除を思い出して赤くなればいいのか青くなればいいのかわからず、ただぶすっとしていると、ルカさんはいよいよ不安げにわたしの顔を覗きこむ。なんだか可哀想に思えてきたので、わたしはにっこりと微笑みかけた。

「それよりルカさん、王都に興味はあります?」

「お、嘔吐?」

「……多分考えてる単語が一致してないと思う。王都は国で一番大きな街で、王様たちが暮らしているんですよ」

 ニホンにはないのだろうか。首を傾げると、彼は苦笑混じりに説明をくれた。ニホンにはトーキョーと言う王都があって、あらゆる主要機関が集まっているとのこと。

 詳しく聞いてみれば、ニホンにも王族はいるらしい。けれど彼らは直接国を統治はせず、国民から選ばれた人々が政治を行うとか。不思議だ。王族がいるのに貴族はいないそうだし、その政治を行う人々は成人さえしていれば出自や経歴を問わないと言うし。不可思議でならない。

 王が民を統べるのは当然のことだろう。わざわざ王とは別の人を立てる意味もわからないし、そんなお飾りの王に民が納得しているのも信じがたい。もしこの国なら、その王はすぐに退けられ、その、ソ、ソーリ、ダイジン? とか言う人が王様になる。革命だ。

 昔は王様が直接統治していたのだとルカさんは言った。ニホンは戦争で負け、戦勝国の命令だったらしい。慕われる王から剣を奪うことでニホン人は戦えなくなり、逆に侵略を免れ植民地にならずにすんだ。またそれも不思議な話だ。そんなまどろっこしいことせず、さっさと戦勝国は侵略してしまえばよかったのだ。

 わたしに学がないからそういう発想になるのだろうか? やはり政治は難しい。わたしは料理をしている方が身の丈にあっている。

「ニホンも、ニホンがある世界も不思議がいっぱいですね……」

「そう?」

「そうですよ。ルカさんの話は知らないことばっかり」

 ルカさんが眉を下げて笑った。

 するとお鍋からいい香りがしてきて、わたしは食卓を立つ。底の浅い鍋の中で、イジナが二匹おいしそうに焼けている。

 同じように席を立ったルカさんが、食器棚から適当なお皿を出してきた。それを二つ受け取り、一匹ずつ形が崩れないよう気をつけながら盛り付ける。ルカさんはもう一つのお鍋からジーラをよそっていた。それぞれを食卓に並べ、夕飯の支度は終了だ。

 わたしたちは向かい合わせに座り、手を合わせる。

「いただきます」

「いただきます」

 ニホン人の食前の儀式での言葉をルカさんが訳してくれたのは、つい先日である。ずっと彼を真似て手を合わせても呪文のようなものを覚えられないわたしに、彼が「多分これであってる」と言って教えてくれたのだ。やはり天才か。

 食前には「いただきます」。食後には「ごちそうさまでした」。

 その意味を途切れ途切れ聞いた時には感動したものだ。ニホン人はなんて素敵な人たちなんだろう、と。常に感謝の心を忘れない。素敵だ。

 本日の夕食は、ニホンの伝統的な食卓をなるべく再現した。真っ白なオコメ。焼き魚。これにミソというものを溶かしたスープがあるといいらしいが、まだミソなるものを発見できていないので今日はこれだけ。いずれ絶対に見つけます。

 ルカさんをちらちら窺いながら、ほぐしたイジナの身を少し食べ、ジーラを同じように一口食べる。やっぱり彼の言うとおり、ジーラはなんにでもあうらしい。おいしい。

「でも、すごく食べにくいですね。本当に魚をこのまま食卓に並べるの? 普通は身をほぐしたものを何かに和えたりして出すものだけど……これじゃスプーンはもとより、フォークでも身をほぐすのが大変。まさか、ニホン人は庶民でもフォークとナイフを使えるんですか?」

「……使える、けど。ユリさんの考えてるの、違う。多分」

 ルカさんは少し難しい顔をする。

 基本的に、家庭にはスプーンかフォークしかない。ナイフを持つ家庭もあるが、それはある程度の財力がある家に限る。スプーンやフォークのように木製にはできないので、少しお値段が張るのだ。

 一応学校で簡単な作法を学び、ナイフも使えるよう教わるらしい。けれど、一般市民の多くはナイフを使うのはその一度きり。よってすぐに忘れてしまう。つまり、フォークとナイフを綺麗に使いこなせるというのは一種のステータスシンボルなのだ。

 以前聞いたところによれば、ルカさんの世界にもスプーン、フォーク、ナイフがあるらしい。だから彼は違和感なく使いこなせる。

 ニホンの伝統的な食事だと言うからには、これは一般庶民も食べるはずだ。けれどスプーンやフォークで魚の身をほぐすのは少々骨が折れる。いっそステーキのようにナイフを使いたい、と思うほど。

 だからそう尋ねたのにルカさんは明確な答えをくれず、考えるように首を捻る。

「……ニホン人、本当はフォーク使わない。スプーンも。全部、外国から来た」

「え? じゃあどうやって食べるんですか。手掴み?」

「えぇえ……違う……」

 あからさまにげんなりした顔をされた。

「オハシ、使う。二つの棒」

「棒?」

「うん。ペンみたいな。二つ持って、挟む」

「えぇえ……嘘だぁ……」

「嘘違う。本当」

 ルカさんは右手の人差し指と中指をはさみのように動かし、イジナを口に運ぶ真似をするけれど、にわかには信じがたい。刺すならまだしも、挟むって。しかも両手に一本ずつ持って、というわけでもない。ニホン人もわたしたちと同じ五本指なのに、そんなことができるとも思えない。

 疑いの眼差しを向けていると、ルカさんはむっとして席を立ってしまった。あら、怒らせてしまったようだ。まだ夕飯残っているのに。

 どうしようかと思案しているうちに、彼はすぐ戻ってきた。手には筆記具を二本持っている。元の席に着くと、ルカさんはそれらを右手で持ち、人差し指と中指で挟んだ方を器用に動かして見せた。それはさながらはさみのような動きだ。

「こんな風に。これで、挟む」

「えええ、それどうやってるんですか!?」

「え? どうって、こう?」

「え、ま、まさか、ニホン人はみんなそれができるの!?」

「う、うん? みんなできる。変なのいるけど、たまに」

 なるほど。彼のように操れるかはともかくとして、それならば挟めそうだ。挟むなんて発想がなかった。食器と言えば、切る、刺す、すくう、のどれかだろう。ニホン人ってやっぱりすごい。

 尊敬の眼差しで見つつ、今度その棒も探してみようと提案すると、「オハシだよ」と苦笑混じりに訂正される。オハシ。よし、覚えました!

「そうだ。もしここになくても、王都ならありそう。ミソもあるかも!」

 すっかり話がそれてしまっていたが、そう、王都の話をしていたのだ。

 きょとんとしながら食事を再開するルカさんに、ふふっと笑みが零れる。

「わたしも行ったことはないんですけど、王都って国中の人やものが集まるんですって。もちろん輸入品もたくさん」

 黒い瞳が少しだけ輝くのを見た。興味を示してくれたらしい。

「ヘンリーさんかハーヴィーさんの案内つきだし、何日かお休みを取って行きましょうか」

 提案すると、彼は僅かに躊躇った後、こくりと頷いた。

 王都旅行決定。旅行なんて、旅行好きの両親が亡くなって……いや、兄さんがいなくなって以来だから随分とご無沙汰だ。年甲斐もなくわくわくしてしまう。

 けれど、ここで問題が発生。簡単に言えば、お金だ。

 正直な話、フィーリアの収入は一人暮らしには充分すぎた。

 わたしはマルヴおばさんに注意されるように、同年代の女の子に比べて服や化粧に対しての関心が薄い。趣味は料理と森の散策。料理は試行錯誤の末フィーリアで出すこともあるし、森で採ってきた自生する野菜を食材にしたり、花も店内の装飾に使うばかりで、結局は店のことと取られても仕方がない。つまり、時間もお金もあまり自分のことに使わないのだ。

 よって、生活費を除いた収入は貯金して、ある程度貯まったら店の食器を買い換えたり、調理器具を買ったり、値の張る食材をそろえてみたり。また店のことに使う。

 わたしとしてはとても充実したお金の使い方だったのだけれど、五年目にしてその生活が少し変わった。新しい家族ができたことだ。

 単純計算で生活費が倍になったことになる。それでも毎月貯金する額を減らせば、ルカさんは大食らいでも浪費家でもないので養えた。だいぶ会話もできるようになったし、そろそろお金を覚えてもらって、お小遣いを持たせてもいいと思っている。

 しかし、旅行となると話は別だ。

 隣町から王都へ向かう辻馬車が一日に何台か出ているはずで、それを使って王都まで約半日かかる。けれどずっと乗っているわけにもいかないので、途中で降りて休憩を挟み、同じ馬車に乗れれば楽だけど、乗り遅れて別の辻馬車を探して乗り継ぐことになる可能性もある。それを考慮すると、移動で一日が潰れると言っていい。行き帰りで二日、実際観光するのがまだあちらでの計画を立てていないからわからないけど仮に一日だとして、最低三日はお店を休む。少し気が引けたが、別に痛手ではない。お客さんに少々申し訳ないと思うだけ。

 けれど二日間馬車に乗り、あちらでいろいろ買い物をすることを考えると、貯金だけでは心許ない。観光名所巡りはもちろん、わたしは雑貨店や食料品店にも行きたい。きっと可愛い食器やおいしい食材があるだろうし、ミソにオハシも探して、お土産を買って。ルカさんもほしいと思うものがあるだろう。貯金全額ならば余裕だろうが、これ以上貯金を使うのは何かあった時に困るのでしたくない。

 つまり、旅費を貯めなくてはならない。これが問題なのだ。

「やっぱり、働き手募集は先延ばしかなあ……」

 料理人か給仕人かは問わないのだけれど、働き手を二人ほど雇える余裕はあった。ルカさんが来るまでは。今は生活費が増えたけれど、兄貴分のお陰で収入も増えたので一人くらいなら雇えるかなあと言ったところだ。

 でも貯金を増やしたい。それを考えると、ちゃんと給料を払ってあげられるか怪しい。そもそもこの景気がいつまで続くかもわからない。美青年効果はいずれ終わるし、今彼ら目当てで来ているお客さんが全員常連客になってくれるわけじゃない。また以前と同じ程度に戻れば、多分満足のいく給料は用意できない。

 でももし長引くようなら、今のまま一人で動き回るのもなかなかしんどいんだよねえ、と頭を悩ませるわたしに、イジナの骨を抜くのに苦戦していたルカさんが首を傾げた。

「働き手? ……バイト?」

「ば、ばいと?」

「アルバイト?」

「あ、ある……?」

 わけのわからない言葉に疑問符が浮かぶ。ものすごく間抜けな顔をしているだろうわたしをまじまじと見つめて、ルカさんはどこか思案顔。ちんぷんかんぷんな言葉を説明してくれるつもりはないらしい。

 戸惑いながらも黙ってジーラをもそもそと食べていると、ルカさんが神妙な面持ちでわたしを呼んだ。

「俺、手伝うよ。ユリさん、忙しそう」

「ええ? でも、ルカさんはお勉強もあるし」

「大丈夫。家でする。手伝いたい。……料理運ぶしか、できないけど」

 ルカさんは心持ち項垂れる。けれどそんなの少しも気にならなかった。

 彼がここを『家』だと言ってくれたのが嬉しくて。

 じわじわと湧き上がる喜びに、胸があたたかくなる。

「ありがとうございます。じゃあ、お願いしてもいい?」

 お祭りでも彼にはお手伝いをしてもらったけれど、慣れないながらよく働いてくれた。料理名がわからず注文を受けることができない可能性もあるけれど、その時はお客さんに大声で言ってもらえれば調理場まで聞こえる。問題なんてない。

 何より、その気持ちが嬉しくて仕方がない。

 照れ臭そうに笑って頷いてくれたルカさんの為にも、たくさん稼いで王都旅行をきっと楽しいものにしよう。

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