二話
時間が飛びますがご了承ください。
……だって、初期の状態じゃ厨二バトルなんてできそうになかったんだもん。
――ゲーム開始から一ヵ月が経った。
はっきり言って、ゲームクリアには未だ程遠い。クリア条件であろう、四つの塔のボスと闘ったプレイヤーすらいない。
目に見えた進展は無いが――プレイヤーたちのレベルアップは進んでいる。近い内に、最も難易度が低いとされる東端の《タワー・オブ・エメラルド》が攻略されるだろう。
ちなみに、現在生き残っているプレイヤーは推測で二万五千。一ヵ月で五千人が死んだことになるが、死亡者の数も減っていくだろうというのが俺の予想だ。人間というのは慣れる。ゆえに、強い。
さて、今俺のレベルは三十一に達した。異常なまでの効率重視の狩りの結果だ。
ソロでレべリングをすることもあれば、初日に連絡先を交換したシェリアと組むこともある。他のプレイヤーとパーティを組むことはほとんどなかった。
そう、今も俺は一人で狩りをしている。
薄暗い洞窟の中に、カラカラと軽い――空洞の棒を打ちつけるような音と、そして俺自身の声が響く。
「――紅蓮 破壊の使徒と成るがまま、
――不倶戴天 其の仇敵滅ぼさん。
――顕現せよ至高の獄炎」
詠唱が終えると同時に、俺の目の前に魔法陣が展開する。複雑怪奇なその模様が妖しく輝き――そして地獄の火炎が放たれる。闇炎複合属性魔法、《顕現せよ至高の獄炎》は一瞬で数匹の骸骨を薙ぎ払った。
しかし、まだだ。
炎の中から生き残りらしい、一匹のスケルトンが飛び出してくる。そいつは俺に向かって、錆付いた剣を向けて突撃してくる。
「しぶとい骨野郎だな」
俺は笑って、腰の鞘から剣を抜いた。数日前に手に入れたばかりのこの剣の名は《セーバー・レーヴァテイン》。モンスターからのドロップ品で、現状では最強クラスの性能を持つ一品だ。
「精霊祝え――!」
短縮詠唱のエンチャントで、レーヴァテインに炎属性を重ねて追加する。もともと紅い刀身は、燃えるように揺らめく紅蓮となった。
俺は突撃してくるスケルトンの双腕を避け、レーヴァテインを振るう。
紅い残像を残した剣戟は、やつのHPを六割ほど削った。
「ラッ!」
俺は振りぬいた右腕を跳ね上げ、スケルトンにトドメの一撃を食らわせた。刃が腰骨からあばら骨を両断し、ポリゴンが弾け飛ぶ。
そこで打ち止め。スケルトンの群れは見事、俺の経験値になった。
「魔法終了」
エンチャント魔法を切って、レーヴァテインを鞘に仕舞う。ここには暫くモンスターは出現しないだろうから、場所を移動しなければならない。
と、そこでメッセージが入る。相手はもちろんシェリアだ。
『暇になったので、狩りでもしません?』
こっちは狩り中なんだよね。とか思いつつ、俺は素早く返信。
『じゃ、いつもんとこに来てくれ』
それから十五分ほどして。
「クドウさーん」
シェリアが現れた。金属鎧で両手用直剣を携えたいつもの格好だ。
俺はそれに手を振って答える。
「よう。ギルドに入ってると大変だな」
シェリアは最強と名高いギルド、『水晶の処女』に所属している。そのギルドは名の通り、女性プレイヤーのみで構成されるギルドだ。とはいえ、舐めてかかってはいけない。彼女らのレベルは全員、トップクラスプレイヤーの域にあるというのだから。
シェリアもその例に漏れず、レベルは俺とほぼ変わらない。光属性魔法と直剣のコンボは、時には俺を圧倒するほどだ。
「そうですねぇ。でもいい事だっていっぱいあるんですよ? この際、クドウさんも私たちと同盟を結んでる『ミスリルセラフィム』あたりにでも入ったらどうです? クドウさんのレベルなら喜んで受け入れると思いますよ、彼ら」
ミスリルセラフィム……確か、クリスタルメイデンとは真逆、男だけで構成されるギルドだったはずだが、確かあそこは……
俺はかぶりを振った。
「やめてくれよ。俺はギルドってガラじゃない。第一、セラフィムっつったら光属性魔法主流のギルドだろ? 俺とは正反対だ」
「そんなこと言わずに入ったら良いのに……」
「……まぁ、前向きに検討しておくよ」
適当に言って、俺は話題を変える。
このことは数日前からシェリアに何度となく言われていた。確かに、ギルドに入ればメリットは多い。デメリットなんて苦にならないかもしれない。だが、俺は仲間と一緒に闘うとか、そういった類のことが好きではない。だからこそ、今のプレイスタイル――思いっ切り威力の強い魔法をぶちかます戦法になったのだし。このスタイルのままギルドに入られても、ギルメンが困るだけだろう。
「それより、さっさと狩りを始めよう。今日のノルマはまだ達成できてないんだ」
「……、分かりました」
半ば諦めたような声でシェリアは頷いた。
「ここに獲物はもういないし、奥へ行こうぜ」
言って、俺たちがいる洞窟の、先が見えない闇を指差す。この先はソロじゃ危ないので普段は行かないのだが、シェリアがいるのなら安心だ。そもそも、この近くのモンスターは狩り尽くしているので場所は変えなければならない。
「了解です。
でも、その前に魔法を掛けておきましょう」
人差し指を上に向けて言い、彼女は詠唱を始める。
「――煌く魂とは、
――其れ即ち神霊の加護を持つ 高潔の心。
――汝 祈れ 勝利を謳え。
――聖戦への希望福音」
シェリアの人差し指が輝き、俺の肩に触れる。その瞬間――俺は頭の先から爪先にかけて白い、神々しい光に包まれた。この魔法は何度も掛けられているから効果も当然知っている。闇属性攻撃に対する五%のダメージカットと、俺には関係ないが光属性攻撃のダメージボーナスだ。
「これでよし、と。クドウさんはこれでいいですよね?」
「十分だよ。掛けてもらえるだけでな」
どういたしまして、と微笑み、彼女は自分自身にもう二つ三つ魔法を掛ける。
これで準備は整った。
「じゃ、一気に行くぞ」
「わっかりました!」
俺たちは洞窟の奥へと足を踏み出した。
……のだが。
「きゃああああっ」
「っざけんなよぉおおおおお!」
ものの十分と経たず、もと来た道を逆戻りする。全力ダッシュだ。
「なんだアレ! 今まではいなかったじゃねぇかッ!」
アレ。そう、それが原因だ。
後ろから俺たちを追い立てるモノの正体は――
「そ、そうですね! ナイトメタル・ビーストなんていませんでしたよね!」
ナイトメタル・ビースト。別名、『騎士獣』。
西洋騎士風の鎧に中身はないのだが、四つん這いで走り、闘うことからそう名付けられたに違いない。
鎧獣はガシャガシャと音を立て、逃げる俺たちをおよそ金属の塊とは考えられないスピードで追従していた。
出口まではあと数百メートルだ。この調子でいけば逃げ切れる。
と、俺が考えを巡らせていたときだった。
「ヒァ――ッ!? クドウさん、前、前ェッ!」
言われて、ハッと前を見れば――そこにはスケルトンの大群が。十や二十ではきかない、その数は五十を優に超している。
「マジかよ!」
俺は走りながら、腰のレーヴァテインを抜く。シェリアも同様に、背の鞘から直剣を抜剣。
スケルトンが攻撃範囲に入るや否や、俺たちは剣を振るう。
カタカタカタッ! と、スケルトンたちが砕け散る。骨の残骸を踏み潰しながら、俺たちは必至に走る走る――。
だが。
「――――――ッッッ!!」
金属音の咆哮が、俺たちの脚を地面に縫いつけた。
スキル、《挑発咆哮》だ。その効果は読んで字の如く、挑発。これを受けたプレイヤーは半ば強引にモンスターと闘わなくてはならない。この場合は、ナイトメタル・ビーストと。
「クソッ!」
クルリと反転する体。俺たちは真正面から騎士獣と向き合う。
こうなりゃヤケだ。やってやる。
俺が決意を固め、獣に飛びかかろうとした瞬間――。
「――戦いほど醜いものは無い」
歌うような詠唱が洞窟に響く。
「――争いほど無価値なものは無い。
――そして なにより、
――戦争ほど人の業が渦巻く 地獄は無い。
――ゆえに裁こう、その愚考を。
――命ずる。
――剣を仕舞え我が皇の御前である!」
そして、終えたとき。
ナイトメタル・ビーストが戦意をなくしたように、その身を翻した。
「……え?」
間の抜けた声を上げるが、これは現実だ。
騎士獣はそのまま、洞窟の奥へと駆けていった。
「ふぅ……」
呆気に取られる俺の隣では、シェリアが汗を拭う仕草をしていた。先の詠唱は彼女のものだ。つまり、彼女の魔法が騎士獣の戦意を削いだというのだろうか。
「光属性上位魔法《剣を仕舞え我が皇の御前である》。戦闘を避けるって意味じゃ、最も優れた魔法です」
この前習得したばかりですよ、と言ってニコリと笑うシェリアに、俺は一生感謝せねばなるまい。というのも、ナイトメタルビーストというのは本来パーティで闘うものであって、決してコンビで倒せるようなモンスターではないのである。九死に一生を得た、とはまさにこのことか。
「さすがはシェリア……メイデンの切り札なだけはある」
「その名前で呼ばれるとくすぐったいです」
と、またチャーミングに笑ってみせるシェリアだが、その笑顔には絶対の自信があった。なるほど、クリスタルメイデンのギルドマスター、聖処女『ジャンヌ』に勝利しただけのことはある。
「さてと、ノルマなんて達成できるはずもなかったが――」
「帰りましょう、即刻」
「だな」
俺たちは疲労困憊した体に鞭打って、街まで一直線に帰った。
無事街に着いた俺は、さっさと寝たくて仕方がなかった。だから宿へ直行しようとしたのだが。
「だめですよ。ギルドに報告するので着いて来てください」
と、シェリアにきっぱりと言われてしまい、なるがままになれとクリスタルメイデンの本拠地へと連れてこられた。
メイデンの本拠地はキウートの郊外に位置する、西洋風の城だ。
漆黒の壁、そして門には鎧を着込んだ番人――これも女だ――、そしてその巨大さを前にしては、俺も緊張してしまったが――中に入れば、そこは言うならば『女子寮』だ。男など普段は立ち入らない、こんな言葉で表現するのもなんだが、花園。もしくは楽園だろうか。
「周りをジロジロ見ちゃだめですよー。彼女たち、やらしい人は嫌いって言ってましたから」
と、シェリアは忠告するのだが、俺も男だ。自然と、視線は俺を物珍しそうに見る女性プレイヤーへと向かってしまう。彼女らは皆美人美女美少女揃いなのだから、気が付けばしょっちゅう、視線が合ってしまう。
結局、ほとんど下を向いた格好で俺は城内を歩いた。長い廊下を歩かされたと思えば、これまた長い螺旋階段を上ったりする。
そんなこんなで、十五分ほど歩かされただろうか。
ようやく、俺はその部屋の前に来た。
「でけぇ……」
黒い金属製の扉は、来る者通さずと言っているような重圧を与えてきて、その両端にはしっかり強者の風格を漂わす女性プレイヤーが控えている。ここがおそらく、『クリスタルメイデン』のギルドマスター、ジャンヌの部屋だろう。
「忠実なる団員、シェリアが仕る。ジャンヌに報告すべきことがあるので通してもらいたい」
シェリアの、いつもの感じからは考えられない毅然とした声に、扉の右側に立つプレイヤーが答える。
「隣の男は誰だ。答えよ」
俺を見て、女性プレイヤーは咎めるような声で問う。その視線には、なぜだろうか敵意さえ感じる。俺は彼女とはあったこともないはずなのに。
「報告の証人である。
さぁ――通してもらおう。私は疲れています」
シェリアの強い視線に、少したじろいだ女は少し迷ってから、いいだろう、と苦々しげに言った。
ギギ、と扉が開く。薄暗い廊下へ、部屋の中から眩いほどの光が漏れてくる。
扉を通る瞬間、扉の隣に立つ女は俺に耳打ちした。
「気をつけろよ、男。ジャンヌ様の前で粗相などしてみろ。
――粉微塵に刻んでやる」
「――――」
その言葉に戦慄しつつ、俺は視線を女から扉の中へと移した。
聖処女ジャンヌ。噂によれば尋常じゃない美少女らしい。それと同時に、とんでもなく強い剣士でもあると。その剣は強く、流れるように美しく――例えるならば、戦乙女の踊りだと言う。
部屋に一歩踏み出し、俺が見たのは――
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