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六、「おしまい」

|十一|


 高任は話を聞いてしばらく言葉を失っていたが、やがてううんと納得いかなそうな唸り声をあげた。そして木崎が水鏡をやったことに怒っていた。それでも最終的には理解して、木崎を病院に向かわせ、七枝とくろもようやく署に帰ることができたのだった。

 五十嵐景は七枝がくろを連れていることに少し驚いていたが、むしろ納得したようすだった。というのも、やはりくろを車に乗せていたのは景で(本人が言うにはくろのほうが勝手に乗ってくるらしいが)、日中は署内を適当にうろつかせていたらしい。それが今日は見かけなかったので不思議に思っていた、とのことである。

 そして景は自分の妙な能力には気づいていなかった。

 七枝がそのことを話すと「だっておまえも小学生のときハムスターと話してたじゃねえか」。景少年は以後それを特殊なこととは思わずに生きてきたらしい。

 くろはくろで景との再会をおおいに喜び、顔面に渾身のねこぱんちをくらわせた。


「にゃっ!」


 でも、もふもふの手なら痛くない。



|十ニ|


 一方、木崎は大急ぎでそこへ駆けつけた。受付で名乗ると看護婦がいそいそと先導してくれたが、もっと早く歩いてくれ!と叫びたくなる。早く早く早く。

 はやる気持ちを抑え、運命を扉を開ける。

 そこには柔らかな光が充ちていた。ような気がした。生臭い血の匂いとか全体に漂う疲労感とかはこのさい気にしない。

 ただそこに、妻の姿を見とめて、木崎は駆け寄った。


「幸和子!」

「あ、明彦さん……すごいタイミング。さっき生まれたところなんだよ……」


 そう言って妻の幸和子は腕に抱いていたものを木崎に見せる。

 しわくちゃの顔をした女の子の赤ん坊だ。生まれてまだ間もない身体は小さく、それでも一生懸命に、ああ、と声を上げている。少し声が小さいのが気になるが、無事に生まれてきてくれただけでも万々歳だ。

 というのも幸和子の妊娠はつわりがひどかったり逆子になったりと波乱万丈で、母子ともに健康状態が危ぶまれていた。今朝になって予定日より早く陣痛が始まったとの知らせを聞いたときはほんとうにどうなることかと思ったのだ。幸和子の身体は弱っていて、もしかしたら危ないかもしれない、とも言われていた。

 木崎は喜びとともに妻子を抱き締める。


「ごめんね、傍にいられなくて」


 たまらずそう囁いた。今日一日、それだけが気がかりだった。立ち会いまではしなくていいと幸和子は言ったが、それでも木崎が扉の外にいるほうがまだましなはずだ。

 幸和子はううん、と首を横に振った。

 妻の顔には疲労の色がありありと出ている。しかしその上にこのうえない歓びを塗り重ねたそれは、もはや妻であるというより、すでに美しい母の顔でもある。





|幕|


 はたして、呪われた著作とは一体なんだったのか。

 事件から数日後、現場付近から黒い装丁の書物が発見された。ひどく汚れていて書名は確認できなかったが、手書きの署名らしいものが確認されている。

 さて、僕はしがない交通課の庶務係である。僕がこの本を手に入れたのは、捜査一課の知人からこっそり回されてきただけで、僕自身は事件とは何の関わりもない。だからこそ安全なのだと彼は言っていたけど、まったくなんのことだろう?

 それはそうと、内容だ。

 ──私は長らく古代日本人のルーツを探ってきた。その結果、ある忌まわしい記憶に辿りついた。

 今、私の許に、ひとりの少年が保護されている。彼こそは古代この国に上陸した水棲人類のなれの果てである。水底の民である彼らは、紀元前五十年ごろ、九州地方の西の海岸に上陸し、ヤマタイ国を建てた。ヤマタイとは彼らの言語で陸上の国を意味する。

 ただし海底には多くの民が残された。兄王と弟王は仲が悪く、それぞれべつの地方を治めようとしたのである。しかしその後、海底には記録を抹消するほどの悲劇が起こり、海底の民は危機に瀕した。弟王は兄王に救いを求めたが、兄王はこれをまったく黙殺し、それどころか海底の民に対して上陸を禁じた。そのしうちに弟王は怒りと悲しみに苛まれ、ついに六つの呪いを編み出した。

 呪いはそれぞれイギン、ナフ、オズル、バキ、ラフシル、イヴァと呼ばれ、イギンはもっとも凶悪な呪いだった。彼らは幾つかの破片に分かたれ、それぞれが秘密裏に陸地へ上って発動するものである。

 過去ニ千年の間、呪いはひとつずつ発動されていった。我々はその痕跡を辿ることができる。たとえば、戦前に日本で起きた金融的悲劇のいくつかは、ナフにその原因を見出すことができる。(中略)

 なお我々の身近には今も水棲人類の末裔がいることも併記しておく。そもそも、イギンらの復讐の矛先は彼らに向けられたものであった。

 私が古代資料で得たものでは、水棲人類の末裔たちにはいくつかの共通した兆候がみられる。四肢の水かきが広く、言葉ならざる言葉を聞く。そして彼らは気づかぬうちに、ひとつ個所に集まろうとする性質がある。二股の尾はすでに失われたものと思われる。

 話が随分逸れてしまったが、かの少年、一十(かずと)は、私の確認しうる唯一の水棲人類であり、ふたつに分かたれたイギンの片割れである。もうひとつのイギンが少年に接触しなければ、我々の日本の安寧は保たれる──。




(了)

*最後までお読みいただきありがとうございました。


 今回、終わりかたがなんかすっきりしない!と思われた方も多いかと思います。

 じつを言うと、当初はカズトの正体も含めてもっと詰め込むつもりだったのですが、書いてる人間の体力が持たなかったので無理に締めてしまったのでした。決して〆切に追われてたとかではないですよ……。

 そういうわけで、


 次回、本シリーズの最終作となりますが、今回の内容を引きずったまま続いてしまいます。えへっ☆

 いやほんとすいません。下手な宣伝ですいません。



*誤字脱字報告から文法チェック、感想批評まで随時受けつけております。

とくに感想をいただけますと励みになります! 批評は辛さ問わず勉強させていただきます。


 次回も合わせてどうぞよろしくお願いいたします

                        *実アラズ 拝

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