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とある大学生の暴露

先輩の前で目からビーフシチューを垂れ流してから数日が経った。


あれから何か変わったかというと特に何も変わりない。いつも通り図書館に引きこもって受け入れてはくれない本たちに己をぶつける毎日だ。


ただ週に何回か先輩に図書室で会うことがあった。


特に会話するわけでもなく、先輩は「やぁ」と声をかけて隣に座る。ひとつ席をあけて。そして授業が始まる時間になると「それじゃあ」と言ってどちらかが去るのだ。


それだけ。


それだけが私にとって唯一の大学での人との触れ合いになっている気がした。




それからしばらくして、私は図書室以外で先輩に会った。


その時先輩は友達と一緒に歩いていた。


男数人女数人。先輩以外は皆同じ顔に見える。


対する私は一人。


寂しくはないけど何となく気ハズいというか…そう、人数負けして「これじゃあ太刀打ちできない!」って思ったから挨拶もせずに通り過ぎようとした。


しかし期待は裏切られ、通り過ぎた背後から声が聞こえた。


「春奈ぁ、挨拶」


シカトしてくれればいいのに…先輩のKY


しょうがないから振り返って「こんにちはっ!」って挨拶してやった。とびきりの愛想笑い付き。


「ゴメンナサイっ!ボーっとしてて気がつきませんでしたぁ!」


リア充の友達のマネをした口調言った。


数少ない私の対人スキルである。


これなら先輩の友達に怪しまれたり「何あの子、暗ぁい感じ悪ぅい」とか言われずに済むだろう。


私は非難されたり陰口叩かれたりするのが嫌いだ。


それが自分に対してであろうと他人に対してであろうと関係ない。


負の感情を聞いたり感じたりすること自体が嫌いだ。


要するに私は臆病者なのだ。


先輩の友達は「なにぃ?後輩?こんにちはぁ。超ウケルー」とか言い合っている。


なにがウケルのか。よく分からないがリア充式挨拶はばっちりだったようだ。


しかし当の政宗先輩はむっとした顔をしている。


何か気に障るようなことでもしただろうか。


ところが政宗先輩は突然笑顔になると両手をパンっと合わせた。


「そうだ!俺、春奈と約束してたんだったわ!今日のカラオケキャンセル!マジごめん!」


初耳である。そんな約束などしていない。


リア充友達は「はぁ?」と顔をしている。当然だ。私もしている。


「本当にゴメン!この埋め合わせは必ず!」


「マジ最低ぇ!」


「うちらもだけどぉ、春奈ちゃんもカワイソー!」


リア充友達の誰かがそう言った。私が可哀想?


「ってかぁ、春奈ちゃんも一緒に来ればいいと思う!」


なんだと…


御免被る。長らく図書館という要塞に守られていた私が見ず知らずの人とカラオケなどと…レベルが高すぎる。


他の友達も「それがいいよー!」と言っている。


勘弁してくれ。


「用事があるんで…」そう断ろうと口を開こうとしたところに政宗先輩が割り込んできた。


「はいはい、また今度なぁ」


そう言って友達に別れを告げさっさと行ってしまう。


ちょ、おま。


友達も友達で「しょうがねーなー」って笑って歩き出してしまった。それでいいのか。


私は急いで政宗先輩を追いかけた。


すると後ろから「政宗に高い夕飯おごってもらえー」って声が聞こえた。


振り向くと先輩の友達の一人が手を振っていた。スポーツ青年って言葉がぴったりくる感じで少しマッチョな男の人だった。


私はどうしたらいいか分からず、とりあえず会釈だけした。




政宗先輩に追いついてみるとムスっとした顔がそこにはあった。


なにが気に食わないのかよく分からない。


「先輩なに起こってるんですか?」


「別に」


めめめめめめんどくせええええええ!別にとか超怒ってるじゃん。


「っていうか今日約束してましたっけ?」


「してた」


「これからどこ行くんですか?」


「スタバ」


「スタバに何しに行くんですか?」


「別に」


「………」


疲れる。


先輩はなにをしたいのか。そもそも会話する気ないじゃないか。こっちは珍しく一生懸命話しかけているのに。


帰りたいなあなんて思っていたら突然先輩が立ち止った。


後ろについて歩いていた私は先輩の背中に激突する。


「すいませ…」


「さっき春奈さ、無理してたでしょ」


「は?」


「なんか最初話した時と同じような感じがした」


不機嫌の理由はそれなのかよおおおお下らねええええ!


そりゃ、政宗先輩と最初話した時も超愛想笑い全開だったけどさぁ!


「また警戒されたのかと思った」


警戒していたのは貴方のお友達に対してですよ。


とは言わない。


言ったって先輩の気を悪くさせるだけだ。


「だからちょっと話したくなったんだ。急にゴメンな。ちょっと無理やりすぎたわ」


全くだ。そんな下らない理由の為に私は気を使って時間を無駄にしようとしていたのか。


腹立たしい。


しかし不満は伝えない。


「私も悪かったです。以後気をつけます。それより先輩、カラオケに戻った方がいいですよ」


自分で言っておいてなんだが、これから何に気をつけるのか。


笑わせる。


その場しのぎの身も何もあったものではない言葉。


自分もこれに納得する他人もバカみたいだといつも思ってきた。


しかしこれでこの状態から逃げ出せる。そう思った。


そこでようやくこれまぜずっと背中を向けていた先輩がこちらを向いた。


先ほどまでの不機嫌な表情はなかったがかと言って納得したような表情もなかった。


「春奈はさ、自分の言葉が少なすぎるんだ」


「自分の言葉?」


先輩はなにを言っているのだろうか。


「自分の気持ちをちゃんと人に伝えたことはある?伝えようと努力はしている?」


「はぁ」


「ちゃんと自分の気持ちを言葉にしなくちゃ相手には分からないよ」


「………」


「たとえそれを強く思っていて態度で伝えていると思っていても言葉にしなくちゃそれは伝えたことにならない」


「………」


「俺は春奈から謝罪の言葉を聞きたいわけじゃない。春奈の気持ちが知りたかったんだ」


イライラしてきた。


今までの自分のあり方を否定されている気がした。


これで上手くやってきたのに。


自分の気持ち?自分の気持ちなど他人に理解してもらおうなんて思ったことなどない。


私は人間が嫌いなのだ。


その気持ちに気付かせたの政宗先輩じゃないか。


「自分の気持など伝えてどうするんですか?」


気がつくと声が出ていた。


「嬉しい?楽しい?面白い?自分はそんな感情滅多に感じないんですよ。怒り、ムカつき、焦り。いつも感じてるのは負の感情ばかりです。それを他人に伝えたらどうなります?あいつは暗い奴だとか空気が読めないとか言われるんですよ。伝えたって無駄です。大学生活も気まずくなります。そんなだったら最初から何も言わない方がいい」


今まで押し殺していた気持が止めどなく出てきそうだった。


怖いという気持ちが喋りだす自分を抑えようとしていたが無理だった。堰を切ったかのように言葉が出てくる。


「今が楽しくて面白くて充実していればそれでいい、悩みなど後になって考えればなんとかなるなんていう傾向のある周囲に私は付いていけません。私は今悩んで苦しんで問題に直面して耐えられないと思ってるんです。それをお気楽能天気な周りに相談したり気持を伝えてもその人たちは私を受け止められますか?受け止められるわけありません。口では「大変だね」とか「頑張って」とか言いますけど本心では「なんでそんなこと私に相談するの」って思う人ばかりです。そんなの…余計自分が惨めになるだけ」


ここまで人に喋ったことなどあるだろうか。


きっと政宗先輩は私のこと軽蔑するに違いない。


ここまで私のこと理解してくれた人なんて初めてだったけど所詮は他人のなのだ。嫌われたら捨ててしまえばいい。今ならまだそれが出来る。


「そっか…」


今まで黙って聞いていた先輩が口を開いた。


私は先輩の目を見れない。


「今まで自分の苦しみを人に理解してもらえなかったんだね。それは辛かっただろう」


「先輩だって私のこと軽蔑してるくせにそんなこと…言わなくていいです」


「軽蔑なんてしてないよ」


嘘だ。


今までみんなみんなそうだった。


「応援してる」とか「私は理解してる」とか言っといて本当は理解なんてしてくれていなかった。


私が期待して目を合わせると気まずそうにそらされてきた。


裏切られるのはもうたくさんだ。


「ほら」


声が近くからしたのでつい顔をあげてしまった。


すると正面には政宗先輩の顔があった。


私より15cm近くは背が高いであろう先輩は、腰を屈めて顔の位置を私に合わせている。


「これが嘘をついている人の目に見えるかい?」


不覚にも目を合わせてしまった。


ようやく自分と目を合わせてくれる人が現れた。


私はこの人を信用しても大丈夫なのか?


この人も私を裏切るんじゃないか?


まだ分からない。


色々複雑な気分であった。


だけど先輩の目は嘘をついているようには見えなかった。


こんなことを思う自分を酷く滑稽だと思った。


「ハズカシイ人」


思わず出た言葉に政宗先輩は「このやろっ」と言って頭を小突いてきた。


本当に、私も先輩も、ハズカシイ人間である。


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