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Lesson1 男女を見分ける魔法

 それは端的に言って変な女だった。

 いや、後になって思えば女だったのかもわからない。もしかしたら、新種のモンスターが人間に擬態していた可能性もある。ただ、声は女だった。だから女だ。その時はそんな風にしか考えなかった。


「あの~、ちょっといいですか?」

 申し訳なさそうに声をかけてきて、その女はこう言った。「あなたは男ですか?」と。

 正直何を言っているのかわからなかった。

 男を見たことがないのか、どんな奥地に住んでいたんだと思ったが、男が自分を男だと言った後で、その女は気色の悪い引き攣ったような笑い声を出しながら、そうですよねとひとりで納得して歩き出していった。そして、次はそこら辺の女に男にしたのとは逆の質問「あなたは女ですか?」と尋ねて、キレられて逃げて行った。

 それを見て、男だったら笑い話になることも女には笑い話にならないこともあるのだなと学んだ。

 いつも女房に適当なことを言っていたが、それが間違いだったんじゃないかと思えてしまい、妙に気になったのでその日はいつもより早めに帰宅して久々に妻を労い、夜遅くまでお互いのことを話し合った。結婚してからこんなにお互いのことを話したのは初めてだったかもしれないというぐらい語り合い、幸せな気持ちで一日を終えた。




「あ~あ、ビックリした」

 ちょっと女かどうかを聞いただけなのに、あんなに怒らなくても。

 聞かれて怒るってことは自分でも女らしくないって言ってるようなもんなのに気付かないのかね?

「やだやだ。これだからヒステリーを起こす人間は程度が低いってのよ」

 いや、本当はわかっている。自分でもなんて馬鹿なことを聞いているんだろうと思うから。そもそも見た目から間違いなく判別できる人間に「男ですか?」「女ですか?」って聞くのは意味があるのだろうか?

「意味がなくてもやらないと、師匠の言葉は絶対」

 これは魔法以外で学んだ数少ないことだった。他は正直学べることが少な過ぎて……。



(フィルぺ視点)

「やっぱり本質の理解にはほど遠いわね」

 下界の様子を見ればあの子が苦戦しているのはわかる。だけど、最初から躓いていたら何事も進まない。だから心を鬼にする。


「男女を見分ける魔法の本質に早く気付けるようにほんの少しのスパイスを」



「——てかさ、この質問を続ける必要ってあるのかな? 一応やるけど、別に必要ないと思うんだよね」

 うん、そうだよ。

 師匠の言葉は絶対、それは否定しないけど……間違いは誰でもするものだから!


「——あなたは男ですか?」

 ま、まあそれでももう少しだけ、ね?

「あ゛あ゛ん?」

「あっ……男ですね。わかりました」

 察すること。それが――逃げるってことだ!!


「いや、普通に女だけど?」

「へあああああ!?」

 うっそだ~~~~~!!

 いや、ちょっと待って。……魔法が女だと言っている? えっ? どういうこと?

「……あんた、ドワーフに会うのは初めて?」

「ドワーフ?」

 いや、小説とかで出てくるから知ってるけど、あれでしょ洞窟とかに棲んでて鍛冶とかが得意な小柄で髭モジャなおじいちゃん。

「ドワーフは女にも髭が生えているのよ。そして、これはドワーフの誇りでもある。知らなかったようだけど、気分のいいものじゃないから覚えておきなさい」

「あっ、はい。すいませんでした」

 というかドワーフはみんなあなたみたいなガタイですか? 2メートル近くありません?


「……え~、他の種族もいるの?」

 いや、いるか。

 魔法があるんだもんね。私の知ってる世界とは全くの別世界と考えた方がいいのか。

 う~ん、だけどやっぱりこの魔法の使い道はないような気がするんだけどな~。


『——チリ。聞こえますか?』

「げぇっ!? その声は師匠!?」

『声は出さなくても大丈夫。ただ、あなたは私の与えた魔法について懐疑的なようだから、少しの試練と刺激を与えたいと思います。場所は町はずれの丘の上の一軒家。そこで改めて男女を見分ける魔法を使い、習得してみせなさい』

 えぇ~行きたくない。絶対いい予感がしない。でも、行かないという選択肢もない。こうなると本当に面倒くさい。神でもないのに、神に近い力を持っている奴は本当に面倒くさい。

『ちなみに私は神ではないから、そんなに大きな仕事もないの。だから、あなたの様子はちょくちょく見ることにするわ。……あと、何を考えているかもわかるんだから、舐めた態度を取らないようにね?』

「はひっ!?」

『わかったら、ダッシュ!! 駆け足!!』

 ……ああ。安息の地はない。

 異世界にそんなものは求めていない。早く元の世界に還りたいという願いしかないけど、それにしたってプライバシーを奪われるのはさすがにおかしいと思う。

 今度会ったら……。




 ……丘の上にはたしかに一軒家が立っていた。

 見た目はまあ年数が経っているんだろうなっていう感じなんだけど……なんだろう、それ以外にも何かこう妙な感覚があるような気がする。不気味というかなんというか、あまり歓迎されていないって感じ?

 いやいや、何を考えているの私!

 知らない人の家でいきなり歓迎ムードになんてなるはずがないんだから、これで正しい。間違っていない。異世界に毒され過ぎてる。私は元の世界に還る。絶対に還るんだから、あまりこの世界への感情移入は止めよう。……そのために相手に好かれる魔法を覚えるっていうのは矛盾だけど。


「ごめんくださ~い、誰かいますか?」

「……はい、どちら様、ですか?」

「あっ、すいません。ちょっと聞きたいことがあって……できれば扉を開けてもらえませんか?」

「……すいません。人前に出られる格好ではないのでこのままでお願いします」

「え~と、でもですね、ちょっと困るというか……」

 出てきてくれないと魔法が発動しないんだよ。

 顔を見た状態じゃないと男女を見分ける魔法は発動しない。まあ、見分けるだから当然の条件かもしれないけど、使えない魔法なのに条件も厳しいってこれが本当に初歩の初歩なのかな?


『いい、チリ? あなたに教えるのは【魅了魔法】の初歩の初歩。基礎中の基礎である男女を見分ける魔法。これの肝は見分けることができるから見れば間違いなくわかるわ。ただし、見ないとわからない』

『師匠、それって意味あるんですか? 男か女かなんて大体は見ればわかると思いますけど?』

 どうせなら名前を見ただけでわかるとかなら。

『これはね、見た目で判断している者にこそ使用してほしい魔法。本質を見ることができなければ、本来は恋愛なんて成り立たない。成り立たないということは恋にならない。そうなると独りよがりになる。恋愛で人生を棒に振るなんてことはよくあること。人は見た目がほぼすべて。それは間違いのない法則。そして、この魔法は法則の本質を見極めることができる魔法なのだから』


「あの、せめて手だけでも……」

 こうなったら、露出を促してやる。ワンチャン隙間から顔が見えればこっちのもの。

 こっちだって魔法習得のためにノルマがあるんだからさっさと終わらせたい。

「手!? 手もダメなんです!! もうおかえりください!!」

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