Ep 34:魔境入口への進軍③
<諸国連盟>の戦乱が終わってから約一ヶ月が経った。
浮遊都市<方舟要塞>は、いつものように<アルファス辺境大森林>の上空に浮かんでいる。
「また来たか……今月で何度目だろう?」
<方舟要塞>城内の会長室で、銀髪の青年ユリオンは目の前に置かれた書類を見て悩んでいた。
「どうしたんですか、ユリオン会長?」
「千桜……これを見ればわかるよ」
ユリオンが困った表情を浮かべるのを見て、黒いポニーテールを結び、きびきびとした印象を与えるエルフの少女千桜が声をかけた。
椅子に寄りかかるユリオンの手から書類を受け取り、千桜はそのタイトルを読み上げた。
「請願書:<遠航の信標>を中心に国家を建設し、周辺諸国に存在を示すことを希望します」
「なるほど、また来たのね……」と千桜は呟き、ユリオンの悩みの原因を即座に理解した。
「以前も同じの提案が多数あり、我々の名声を広めたいという意図はわかる。しかし、現段階での国家建設は軽率すぎるから、それらの提案は全て却下してきたんだ」
「その理由も軽率で、個人的には賛同できない。ユリオン会長も同じ考えでしょう?だからこそ却下したのでしょう。でも今、何を悩んでいるの?」
NPCたちはユリオンらを非常に尊敬し、宗教的な崇拝に近い程度まで至っている。そのため、このような請願を見てもユリオンは特に驚かないし、これまでも何度も却下してきた。
しかし、今は心境の変化があったのか、すぐに建国の提案を却下せず、千桜と意見を交わすことにした。
「まず、この提案は俺の部下の数名の幹部による連名なんだ。美羽、シーエラ、フィリア、ライインロック……そして他の幹部たち、今回は人数も質もこれまでとは異なる」
「意外だね。以前は2、3人だけの提案だったのに、今回は誰かが背後で組織している感じがする」
「多分、美羽だろうけど、それは重要ではない……問題は彼らが挙げた理由なんだ――」
『建国請願書』には大まかに三つの理由が記されていた。
一つ、 各種情報収集(ユリオンの冒険活動を含む)により、この世界の戦力が大まかに把握できたため、軍事力の面で我々の勢力が優勢であり、明らかに対抗できる国は存在しない。
二つ、 今後、各勢力と接触するにあたり、自分たちの存在を明示する必要があり、特に今後の<諸国連盟>勢力との接触が予想されるため、国家の名目があると各種事案の処理がより便利になる。
三つ、 我々は現在、暗闇の中に位置し、どの勢力とも接触していない。アレキサンダー勢力の存在を考慮すると、彼らが先に表舞台に登場すれば、言論を掌握し、<方舟要塞>に不利な噂を広めたり、我々に不当な罪を着せたりする可能性が高い。それが他国との関係を悪化させる直接的な要因となる。
「請願書に書かれた三点、特に最後の一点は最近俺が考えていたことだ」
「アレキサンダーのことを考えると、彼なら確かにそのようなことをする可能性がある……だから事態がそこに至る前に、行動を起こすか対策を立てる必要がある」
アレキサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオン――<遠航の信標>のかつての古参メンバー。彼はこの異世界に到着して間もなく、ユリオンたちと袂を分かち、世界征服を目指して自分のNPCたちを率いて行動を開始した。
そして、ユリオンたちの存在を知っており、潜在的な脅威となりうる唯一の勢力である。
「……分かった、それは確かに一考の価値があるね」
千桜は一瞬考え、ユリオンの意見に同意した。
「最大の問題は二点目だ。各国の実情を把握するには、現在の情報ではまだ不十分だ。もっと正確で信頼性の高い情報が得られれば、判断もしやすくなるだろう」
「現時点で深い情報を収集するには、この世界の権力者と接触する必要がある」
「それはわかっているからこそ、冒険者活動を通じて外界での情報収集を提案しているんだ。でも、それが効果を上げるのはいつになるかわからないし、情報収集の効率が悪すぎる……」
ユリオンの懸念を聞き、千桜は共感して頷いた。しかし、突破口を見つけられず、彼女は自然と眉をひそめた。
そんな二人の悩みを断ち切るように、突然の通信がユリオンの思考を遮った。
【主君、緊急の事項があります】
【美羽か。話してくれ、何が起こったんだ?】
<伝訊魔法>を使って連絡してきたのは、指揮所にいる美羽だった。
ユリオンの第一軍師である彼女が『緊急』と言うと、ユリオンの神経は一気に張り詰めた。
【先ほど、樹海の外側に配置した偵察型従魔が、約千人規模の部隊がこの森林に入るのを観測しました】
【……予想より早かったな】
アレキサンダーが<諸国連盟>を試す戦争が終わってから、わずか一ヶ月しか経っていない。ユリオンは、どこかの国が要塞の所在を探るために森林を調査しに来る可能性を予想しており、そのためにいくつかの策を講じようとしていた。
しかし、事態の進展があまりにも速く、彼の計画は役に立たなかった。
彼は、以前に撃破した聖国の調査団の遺体を利用し、大量のゾンビを作り出して他国の注意を逸らし、同時にアレキサンダーの拠点を暴露する計画を立てていたが、その準備はまだ完了していなかった。
(先にやられたか、くそ……本当にムカつく)
計画が変わることで生じた挫折感に、ユリオンは舌打ちをした。
【主君?】
【いや、なんでもない……すぐに行く、そこで待っていてくれ】
【御心のままに、他の近侍にも連絡しますか?】
【いや、まず俺が到着してからだ】
美羽との通信を終えたユリオンは、すぐに千桜に状況を説明した。
そして、指揮所に向かって転送し、その場に残った千桜は事態を他の仲間に伝えた。
これをきっかけに、<遠航の信標>と現地勢力の初戦が幕を開けた。
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