Ep 25:存在の意味①
「エレはちょっとおかしい……?」
「うん。だから、もしできるならユリオン……彼女を見に行ってくれないかしら?」
午後の巡回を終え、会長室に向かおうとしていたユリオンは、途中で待ち構えていたリゼリアに呼び止められた。
リゼリアが明言しなくても、その焦った表情からエレノアの状況が楽観できないことをユリオンは理解した。
(まさか噂のせいか?いや、決めつけるのは良くない……)
彼は以前フィリアから聞いた噂を思い出した。自分の近侍を務めるエレノアは、リゼリアの帰還後、元の職務を放棄し、時間を全てリゼリアに費やしていた。そのため、エレノアはNPCの間で評判が下がり、新しい主に仕える行動が不満を招いていた。
「何か心当たりはある、ユリオン?」
「少しだけど、確信はない……」
友人が悩んでいる様子を見て、リゼリアは無念そうにため息をついた。
「具体的なことはわからないけど、その子の悩みは確かにユリオンに関係しているはず」
「……リゼ、どうすればいいと思う?」
「複雑に考えずに、まず彼女と話してみて」
「それだけでいいの?」
(そういえば、エレとちゃんと話すのは久しぶりだな)
ゲーム時代からずっと共に過ごしてきたエレノアが、知らず知らずのうちに疎遠になっていた。
それがユリオンにはとても辛かったが、それはエレノアのせいではない。むしろ、政務に集中しすぎて周囲を顧みなかったユリオンこそが反省すべきだった。
「ユリオン――」
ぱしっ!と音を立てて、リゼリアの小さな手がユリオンの顔を挟み込んだ。
「君の欠点は、問題を自分一人で抱え込むこと。これは君たち二人の問題だからこそ、二人でしっかり話し合わないといけない」
「エレは、自分の気持ちを表現するのが得意ではない。でも、ユリオンなら彼女の心を開かせることができるはず」
「だから、まずはエレの考えを聞いてあげて……彼女の悩みや不安を受け止められるのは、私以外ではユリオンだけなの」
紅玉色の瞳に込められたリゼの真摯な思いを受けて、ユリオンは再び元気を取り戻した。
「君の言う通りだ……ありがとう、リゼ。それじゃあ、今から彼女を探しに行くよ」
「うん。気をつけてね、ユリオン」
友人の背中を見送る白銀髪の少女は、少し寂しげに微笑んだ。
※※※※※※※※※※
リゼリアと別れたユリオンは、<伝訊魔法>でエレノアと連絡を取った。
彼女と二人きりで話したいので、ユリオンは自分の部屋を会う場所に指定した。
簡素に配置されたリビングで、ユリオンはテーブルの椅子に座っていた。
「ユリオン様、どうぞお召し上がりください」
「ありがとう。でも…どうして俺の分だけなんだ?」
水色の短い髪を持つ少女エレノアは、手際よくユリオンにお茶を注いだ。二人きりのはずなのに、彼女はいつも通りユリオンの分だけを用意し、自分の分は用意していないようだった。
「ご心配ありがとうございます。でも、私はまだ喉が渇いていないので大丈夫です…」
「はあ…またそう言うんだ。まずは座って、ちょっと待っていてくれ」
「ユリオン様?」
エレノアが彼の前に座るのを見届けると、ユリオンは立ち上がりリビングを出た。
主人の行動に戸惑いながらも、エレノアは指示に従い静かに待っていた。
しばらくして、ユリオンは一人分の茶器を持ってキッチンから戻ってきた。
ユリオンがティーポットに手を伸ばすのを見て、エレノアは彼の意図を理解した。
「ユ、ユリオン様!お待ちください、私が――」
「気にしないで、これくらいは俺にもできるから」
エレノアの動作を真似て、ユリオンは茶をカップに注ぎ、彼女の前に差し出した。
「ありがとうございます…」
「遠慮しないで」
これで、二人の会話は途切れた。
同時に、ユリオンはエレノアが視線を避けていることに気付いた。
(リゼが言ったほど深刻そうだ、一体何があったんだ…?)
人と話すときには相手の目を見るのが基本の礼儀であり、真面目な性格のエレノアにとってもそれは同じだった。ましてや自分の主人に対してならなおさらだ。
このままでは気まずい雰囲気が続くだけだと感じたユリオンは、話を切り出すことにした。
「最近…どうだい、エレ?」
(まるでお見合いみたいだ…俺は一体何をやっているんだ?)
話題を見つけようと必死に考えた結果、ユリオンはなぜか恥ずかしくなってしまった。同世代の女性と話す経験は千桜やアシェリなどと積んでいたが、それは恋慕の対象であるエレノアには通じなかった。
彼は実際には普通の社交能力を持っているが、好きな相手と接するのが苦手なだけだった。
「おかげさまで、とても幸せに過ごしています…リゼのお側にいられて、自分の創造主に仕えることができて」
「そうか…それならよかった」
リゼリアの名前を出すと、エレノアの顔に柔らかな笑みが浮かび、その笑顔にユリオンは魅了された。
少し気を緩めたのか、エレノアは不意にユリオンと目が合った。
「――!」
はっとしてエレノアは水色の瞳を急いで逸らした。その反応があまりにも露骨で、かえってユリオンは少し傷ついた。
(…この反応は、俺に会いたくないってことか?いや、違う。それなら、理由をつけて俺と会わないようにするはずだ。それじゃあ、一体どういうことなんだ?)
ゲームの競技とは違い、女性との付き合いには完璧な攻略法など存在しない。女性との付き合いが得意でないユリオンにとって、これは最高難度のボスに挑むよりも数段難しいことだった。
そうは言っても、今の彼にできることはゆっくりと探っていくことだけだった。
「何か悩み事があるのかい?よければ、俺に話してくれないか?」
「――!?ユリオン様、なぜ…なぜそんなことをお聞きになるのですか?」
「リゼが教えてくれたんだ。でも、彼女もただ君の様子が変だと言っただけで、具体的に何があったかは教えてくれなかったんだ」
このことを隠すべきかどうか迷ったが、ユリオンはエレノアに正直に向き合うことが必要だと考えた。これは不器用な彼ができる唯一のことだった。
「そうですか、リゼが…」
友人の名前を聞いて、エレノアは理解したように眉を和らげた。
「実は、君の近況についてフィリアからも少し聞いているんだ」
「それは…?」
「君がリゼに仕えることに不満を持っている人がいるらしい…ごめん、君の現任主人として、俺が気付かなかったのは俺の落ち度だ」
自分の近侍を務めていたエレノアがその職を離れ、創造主であるリゼリアに仕えることになったのは、ある意味でユリオン自身の意向でもあった。しかし、彼はその人事変更を公の場で正式に発表していなかったため、他のNPCたちにとってはエレノアが忠誠を誓うべき人物を裏切ったように見え、そのため彼女の名声が傷ついていた。
ここまで話して、ユリオンは深く頭を下げて謝罪した。
「こんなことはやめてください!ユリオン様は何も悪くないんです!これは全部……私の失敗ですから――」
「君がリゼのもとに戻ったのは、俺の指示だった。彼女こそが君を創り出した人だし、君がもっと『母親』と過ごす時間を持つことを望んでいる」
「ユリオン様……のご恩、感謝してもしきれません」
「そんなに大げさにしないで、たいしたことじゃないんだ……そうだ、こうしようか?俺が君の『近侍』の身分を解除するよ。そうすれば君も安心してリゼのもとにいられるし、あとで公の場で発表して、噂をする連中の口を塞ごう」
「あ……」
その提案を聞いたエレノアの肩が激しく震えた。彼女は悲しげに頭を垂れ、小さな猫のように身を縮めた。
彼女の変化に気づいたユリオンは、すぐに自分の言葉が間違っていたことに気づいた。
「やはり……ユリオン様の意味は……私、このみは、もう役に立たないということですか……?」
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
最後に――お願いがございます。
もし『面白い!』、『楽しかった!』と感じていただけましたら、ぜひ『評価』(下にスクロールしていただくと評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)をよろしくお願い致します。
また、感想もお待ちしております。
今後も本作を続けていくための大きな励みになりますので、評価や感想をいただいた方には、心から感謝申し上げます!