Ep 24:このゴブリンはちょっと強い?⑤
<原初魔法>は第20位の魔法の別称であり、<Primordial Continent>の最高階級魔法でもある。そのため、発動時間が長く、瞬時に発動することはできない。これがシーラーが幻影を使って時間を稼いでいた理由だった。
高階プレイヤーの対戦において、対戦双方はしばしば原初魔法を用いて、お互いの防御を突破したり、回復系スキルを消耗させたりする。特に開戦初期にはこの傾向が顕著で、勝敗を決する目的ではなく、純粋に相手を弱体化させるための行動だ。
ユリオンの現在の防御力を考えれば、正面からこの攻撃を受けても大きな損害はなく、防御結界がいくつか失われるだけだろう。魔法陣の完成度から判断すると、シーラーの魔法は既に発動寸前であり、同じレベルの魔法で反撃しようとしても間に合わない。
もちろん、それは常規手段のみを用いる前提での話だが――
「先に動いたのはお前だ、ならば俺も遠慮しない」
(原初魔法<天罰聖炎>)
真紅の魔法陣がユリオンを中心に展開し、無数の謎めいた魔法文字が陣から浮かび上がる。
「ギ?ギギギ~」
ユリオンが原初魔法で反撃しようとしていることを理解したのか、ゴブリン(シーラー)は皺だらけの顔に嘲笑のような歪んだ笑みを浮かべる。
(今更準備?遅い!受けてみろ、ユリオン――原初魔法<暗夜爆破>!)
漆黒の闇の洪流が万物を粉砕する勢いで、氷の壁の向こうの銀髪の青年に向かって押し寄せる。
厚い氷壁が洪流に粉砕された瞬間、ユリオンの方向から紅蓮の業火が噴出した。
(なぜ彼の魔法が間に合ったんだ!?あれは――!)
シーラーの視線の先には、ユリオンの左手に握られた巻物が見えた。それは(Lv6)創生級アイテム<魔宗書巻>で、その用途は魔法の準備時間を無効化し、最高位の原初魔法でも瞬時に発動できるものだ。
ユリオンはこのアイテムを用いて、自身の原初魔法を早期に完成させたのだ。
真紅の炎と漆黒の洪流が激突し、大量の煙と熱が一瞬で拡散した。極端な熱量で、既に破損していた闘技場は目に見える速さで溶け始めた。
闘技場を覆っていた多重結界も衝撃で激しく揺れ動く。
「原初魔法<迷途者回廊>」
既に準備を整えていた美羽が、原初級結界で闘技場の防御をさらに強化した。結界内から溢れるエネルギーは、美羽の魔法防壁に触れると吸い込まれるように徐々に消散し、消えていった。
二人の対戦が行われている闘技場には大量の煙が充満し、台下にいる人々は内部の状況を全く確認できなかった。
だが、この煙幕は長くは続かなかった。ユリオンかシーラーのどちらかが魔法でそれを散らしたようだ。
「――!主君!?」
煙が晴れ、場内の状況を再確認した美羽は、驚いて声を上げた。
彼女の目に映ったのは、胸に刃が貫かれたユリオンだった。
ゴブリン(シーラー)は煙幕に紛れて、ユリオンの視界が遮られた隙に奇襲を仕掛けたようで、その結果が今の状況を生んでいた。
「ふ――はっ…はは…はははは!!!」
一見すると重傷を負ったユリオンは、何かに面白がっているようで、非常に上機嫌で笑い始めた。そのまま刺された状態を保ちつつ笑う姿は特に不気味だった。
「ギィエ?」
(何なんだこいつ、気持ち悪い……訳がわからん……)
ゴブリン(シーラー)が銀髪の青年の行動に困惑していると、その手首が突然強く握られた。
「つか.ま.え.た~」
(スキル<感官敏锐><強制感官共有>)
口元に血を滲ませたユリオンは、楽しげに口元を歪め、まるでホラー映画のような光景だった。
彼は連続して二つの新しいスキルを発動させた後、ゴブリン(シーラー)は苦しそうに膝をついて倒れ込んだ。
「ギヤア――!!?」
(痛い……痛い!!!どういうことだ……俺、俺は<痛覚屏蔽>を使っているはず……うああ……なぜ――!?)
顔を歪めたゴブリン(シーラー)は、空いている手で『無傷』の胸を強く押さえた。想像を絶する痛みが胸から全身に広がり、思考すらも奪われた。
「なぜ……痛みを感じるのか?そう思っているだろう?不思議だろう……?<痛覚屏蔽>を使っているのに、なぜこんなに痛いのか……」
「あははは……はあ、はあ……教えてやろう、それは俺が<痛覚屏蔽>を使っていないからだ……ああ、くそ、めちゃくちゃ痛い……ははは。わかったか?」
よく見ると、ユリオンの顔色も悪かった。額には汗がにじみ、ずっと笑っているが、話すことすら難しそうだった。
無理もない、彼はシーラーの攻撃をわざと避けず、最初から<痛覚屏蔽>を使わなかったのも、この機会を作るためだった。
彼はスキルで自身の五感を高め、胸の痛みをより一層激しく感じ、その後シーラーの手首を掴んで『リンク』を確立し、<強制感官共有>を発動して、自分が感じた痛みを直接ゴブリン(シーラー)に伝えたのだ。
そのため、身体に何の傷も負っていないシーラーが苦しんで膝をつくことになり、その痛みは全てユリオンから来ていたのだ。
(……ま、まずい、ユリオン……彼は過去にもこういう、自虐的な戦法を好んでいた……だが、これはあまりにも無茶だ!?)
ゲーム時代にはこのような現実的な痛みは存在せず、スキルの効果はキャラクターの状態やHPの変化にしか表れなかった。したがってユリオンの戦術はシーラーの予想を完全に超えており、彼はユリオンがこんな手段を取るとは全く予想していなかった。
「お前に教訓を与えなければ、記憶に残らないだろう、シ……ゴブリン、覚悟しろ!」
「ゲヤアア!!!」
(お前こっちに来るな――!!!くそっ、なんだよ『天命聖騎』!?詐欺だ、これは『狂戦士』じゃないか!?)
心の中で銀髪の青年を罵るシーラーは、必死に彼の拘束から逃れようと狂ったようにもがいた。しかし、掴まれた手はまるで鉄の鎖に縛られているかのように、どれだけ振り払っても無駄だった。
ちなみに、彼が言及した「天命聖騎」は、ユリオンの職業であり、<Primordial Continent>の最高級職業の一つだ。通常は聖騎士のイメージを持たれるが、目の前の銀髪の青年は狂気に満ちた笑みを浮かべており、聖騎士らしさはまるで感じられない。
ゴブリン(シーラー)の努力を嘲笑うかのように、ユリオンはすぐには行動せず、彼をしばらくもがかせてから、強引に彼の体を引き起こし、その後勢いよく頭突きを食らわせた。
ゴンッ――!!!
誇張された衝撃音が響き、二人の額からは多くの血が噴き出した。傷はすぐにスキルの影響で癒えたので問題はないが――
「ギャアァァァ!!?」
「あは、ははは……ちょっと、刺激が……過ぎたかな……」
表情が歪むゴブリン(シーラー)は、悲鳴を上げながら後方に吹き飛んだ。額の痛みの影響で、ユリオンも無意識に彼の手を離してしまった。
「さて……シ、臭いゴブリン……次のラウンドを始めようか。こんなに楽しいんだから……すぐに倒れるなよ――あれ?」
「……」
徐々に近づいてくるユリオンは、ゴブリン(シーラー)にあと数歩のところで、彼がすでに泡を吹いて気絶していることに気づいた。
「おいおい、冗談だろ……<覚醒>を使わなかったのか?まったく……」
普通の人間なら、増幅された痛みによって頭や胸を打たれれば、気絶してしまうのも無理はない。ユリオンがまだ意識を保っていられるのは、戦いの前に発動したスキル<覚醒>のおかげだ。
このスキルの効果で、自分の意識を強制的に保ち、<思考加速>と組み合わせることで、思考の余裕を持ち、理性を失わないようにしている。
「俺が精神干渉系のスキルを持っていないとでも思ったのか……まったく、精神の干渉はスキルや魔法だけじゃないってのに。経験不足だな……」
ユリオンはがっかりした様子でため息をつき、<痛覚遮断>を発動し、続いて回復魔法を使って自分の体を治療した。
ユリオンの合図で、美羽たちは結界を解き、その後、待機していたスタッフが倒れたシーラーの治療に向かった。
「見事な戦いにてございます、主君……されど、失礼を承知で申し上げます。どうか……ご自分の体を大切にして下さいませ……主君に何かあらば、妾は……」
巫女服を着た美羽が小走りでユリオンの元へとやってきた。彼女の涙ぐんだ表情を見て、ユリオンも罪悪感を覚えた。
「ああ……心配させてごめんよ」
彼は頭をかきながら、美羽をどう慰めるかを考えた。
「会長、来たよ。改良された魔物はどこ……え?」
入口からやってきたのは、シーラーの恋人である緋月だった。
彼女の視線は自然と、破壊されたリングへと向けられた。かつて頑丈だったリングは完全に灰と化し、残骸すら残っていなかった。地面は微かに凹み、熱で黒く焦げていた。
もし美羽たちが全方位に結界を張っていなかったら、床はすでに貫かれていたことだろう。
「どうしてこんな混乱しているの……何があったの?」
困惑した表情の緋月が、ユリオンに歩み寄った。
事情を聞かされた緋月は、ため息をついた。
「……つまり、あの倒れているゴブリンがシーラーなのね?まったく、彼は一体何をやっているのかしら……?」
彼女は改めてユリオンに向き直り、礼儀正しく頭を下げた。
「ごめんなさい、会長……忙しいところをシーラーが邪魔してしまって、後でちゃんと叱っておきます」
「気にしないでいいよ。おかげで、いい運動になったし、結果的には悪くない」
「ありがとうございます。でも……ずるいわ、会長だけ楽しんで……」
貴重な実戦の機会を逃した緋月は、少し残念そうに見えた。
「やっぱりそう言うと思ったよ。さっき戦ってみて、シーラーはまだ『補助システム』なしの戦いに慣れていないようだった。だから、特訓をお願いできるかな?」
「うん!任せて!」
ユリオンの頼みを聞いた緋月は、すぐに笑顔を見せた。
「シーラー――ご愁傷様……」
彼女の後ろ姿を見送りながら、ユリオンは心の中で静かに手を合わせた。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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