Ep 21:このゴブリンはちょっと強い?②
浮遊都市<方舟要塞>の実戦区域――
ここには、象徴的な大型古代ローマ風のコロシアム――スカイドームアリーナの他、多くの訓練施設が設置されている。ゲームの時代には、<遠航の信標>のメンバーたちが、新しく習得したスキルや召喚獣、武器を試すためにこれらの施設を頻繁に利用しており、実戦愛好者の間で非常に人気のある場所だった。
現在、この区域の一部の訓練施設は、ユリオンの命令により実験室に改造されている。とはいえ、実験室とは言っても、その防御性能は全く低下していない。
その長方形の建物の一つに、二人の男女が観客席に並んで座っていた。
この建物の内部構造は、外国のボクシング会場に似ている。部屋の周囲には段階式の観客席があり、部屋の中央には正方形のリングが置かれている。
「主君、ここにお越しいただき、誠に光栄でございます」
「大げさだよ……もっとリラックスして、美羽」
「ふふっ~かしこまりました」
「あ……」
巫女服を着た狐耳の少女が、いたずらっぽい笑みを浮かべ、銀髪の青年の肩に軽く頭を寄せた。
(本当はそういう意味じゃなかったんだけど……まぁ、これも悪くない)
こんなに自然に甘えてくる狐耳の少女に、銀髪の青年――ユリオンは苦笑いを浮かべた。
しかし、狐耳少女美羽の積極的な態度に、ユリオンは少しの異変を感じ取った。
「美羽、緊張しているのか?」
「え……そ、そんなことありぬ、主君!妾は――」
「こんな時は、無理せずに、俺に頼ってもいいんだよ」
美羽が反論する隙も与えず、ユリオンは美羽の体を引き寄せ、優しく抱きしめた。そして、空いた手で彼女の頭を優しく撫でた。
「……主君、難得に戻り給うたれば、妾はこの期間に得たる成果を、君に示さんと存ずる。しかし……」
「不安なのか?」
「はい……今の成果、果たして主君を満足させられるかどうか……それこそが妾の憂いなれば……」
美羽は顔をユリオンの胸に寄せながら、かすかにうなずいた。
「そうか……美羽、失敗を恐れないで」
「えっ?」
「誰だって失敗するんだ、俺も例外ではない。それに、君はすでに多くの助けをしてくれているんだから、ちょっとしたミスで責めるわけがないだろう?」
ユリオンの慰めに、美羽はゆっくりと顔を上げ、その目を見つめた。
「確かに実験の結果を楽しみにしているが……自分の目的よりも君の努力が報われることを願っているんだ。美羽、君がこの件に多くの心血を注いでいることは知っている。だから、成果が得られれば、君にとっても素晴らしい経験になるだろう。」
「主君……」
(このお方が、かくも妾を思い給うとは……ああ、妾身は何と幸せなることよ――)
主人の心を知った美羽は、恥じらいを浮かべて目を閉じた。
彼女がかすかに顎を上げるのを見て、心の内を理解したユリオンは自然に顔を近づけた。
「ちゅ……んん……!ちゅ……んん……」
短いキスの後、美羽の頬は紅潮し、ふんわりとした笑顔が浮かんだ。
周囲に他の人々がいるにもかかわらず、二人はまるで二人きりの世界にいるようだった。
二人が抱き合っているのを見つけた周囲のNPCたちは、気を利かせて目をそらし、見ないふりをした。こうした気遣いができるのは、彼らが美羽の部下であることも大きいかもしれない。彼らは、主人と上司の親密なやり取りを邪魔するのが無礼であることをよく理解していた。
ユリオンと美羽が離れたのを確認したNPCたちは、現場の仕事を進めるために近づいた。
「ユリオン様、美羽様、お時間が参りました」
「分かった、あとはよろしく頼む」
ユリオンは伝言に来た狐耳の巫女に爽やかな笑みを見せた。その笑顔があまりにも眩しかったせいか、巫女は慌てて礼をした後、顔を赤らめて走り去った。
「主君、これをおかけください」
「うん?これは……」
美羽から手渡されたのは、一枚の単片眼鏡で、薄いレンズが軽やかな印象を与えた。
「主君の思し召しの如く、これは最新の研究成果で、相手の『レベル』を観測できる魔法アイテムでございます」
「もうこんなに早く作り上げたのか……さすが美羽だ、素晴らしい!」
この世界に来てから、ユリオンたちは目視で相手の『レベル』を知る手段を失っていた。これはゲームの世界ではなく、誰の頭の上にもレベルを示す数字が浮かび上がるわけではない。
そこでユリオンは、ギルドから他人のレベルを鑑定する魔法アイテムをこっそりと『借りて』きた。それを美羽に解析させ、その情報を<方舟要塞>のアイテム開発部門に提供し、より機能的で便利なアイテムを作り出したのだ。
この単片眼鏡はその成果であり、ギルドの水晶球型のアイテムと同様に、相手の『レベル』を鑑定する機能を持っている。
「うん、これは確かに素晴らしい」
ユリオンはその眼鏡をかけ、美羽を見た。短い遅延の後、視界の端にLv1,000の表示が浮かんだ。さらにアイテムの性能を確認するため、周囲のNPCたちのレベルを見渡した。
「視認だけでレベルを確認できるのはとても便利で、敵の実力を迅速に把握できる。とても満足している。君たちは本当に良くやってくれた!」
「お褒めいただきありがとうございます。でも、主君……この魔法アイテムにはまだ不備がございます」
「どんな不備だ?」
美羽は言葉で説明するのではなく、実際の行動で示すことにした。彼女はユリオンに再度その眼鏡で自分を見るように促し、次に『スキル』発動の特有の光を放った。
すると、視界の端に浮かんでいたLv1,000の表示がぼやけ始め、『???』という意味不明の記号に変わった。
「これは隠蔽系のスキルか?つまり、このアイテムは現時点では、情報隠匿系スキルを使っている相手の正確なレベルを読み取ることはできないのか?」
「主君の仰せの如し。然れど、他にも欠点が……」
もう一つの異なる光の輪が美羽の体から浮かび上がり、ユリオンがレンズを通して見る光景が再び変わった。
先程の『???』が『Lv300』に変わり、美羽の実際のレベルであるLv1,000とは大きくかけ離れている。明らかに偽装された数字だった。
「偽装も見破れないのか……」
(これでは強敵との戦闘では役に立たないだろうな……まだ改良の余地が多いようだ)
ユリオンたちのように個人情報を巧みに隠す敵に遭遇した場合、このレベル判定アイテムは役に立たなくなる。しかし、このアイテムの開発の初志は、表舞台の下に隠れた強者を見分けるためだったので、現状の性能だけではユリオンの要求を完全に満たすことは難しかった。
「申し訳ございません……主君、なお時を賜りくださいますようお願い申し上げます――」
「謝る必要はない。現時点でこの成果を得られたのだから、俺は満足している。君たちの開発の方向性は間違っていないのだから、後は性能を改良していけばいい」
「感謝申し上げます!妾らは全力を尽くす所存でございます」
美羽は恭しく頭を下げ、ユリオンに感謝の意を表した。
「そうだ、もし可能なら、『種族レベル』と『職業レベル』を判別できる効果も付け加えて欲しい。もちろんこれは必須ではないので、無理にとは言わない」
「承知しました、ご期待に応えます」
<Primordial Continent>のプレイヤーレベルは、上限Lv600の『種族レベル』と、上限Lv400の『職業レベル』の二つで構成されている。この二つを統合した『総合レベル』が、プレイヤーキャラクターの『レベル』となる。
この二つのレベルを明確に区別できれば、プレイヤー間の戦闘に大きな影響を与えることができる。その重要性を理解した美羽は、決意の眼差しで応じた。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
最後に――お願いがございます。
もし『面白い!』、『楽しかった!』と感じていただけましたら、ぜひ『評価』(下にスクロールしていただくと評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)をよろしくお願い致します。
また、感想もお待ちしております。
今後も本作を続けていくための大きな励みになりますので、評価や感想をいただいた方には、心から感謝申し上げます!