Ep 13:二人で過ごした午後①
緊急会議が終わり、<遠航の信標>のメンバーたちは次々と会議室を後にした。
会長室で仕事をする予定だったユリオンは、ドアを出る直前にリゼリアに呼び止められた。
「……」
「……」
二人は廊下を歩きながら、言葉を交わすことはなかった。後ろについていた護衛のエレノアも、二人の間に異様な空気を感じ取っていた。
(リゼの機嫌が悪いみたいだけど、何があったのかな……?ユリオン様は何か心当たりがあるのかしら?)
エレノアがその答えを探している間に、三人はリゼリアの部屋の前に到着した。
「ユリオン様、リゼ、あのう……私はちょっと姉妹たちの様子を見に行ってもいいですか?」
「え?ああ……問題ないよ、安心して行ってきて」
「うん、私も大丈夫。エレノア、姉妹たちの訓練を手伝うつもりなの?手加減してあげてね」
エレノアのお願いを聞いて、ユリオンとリゼリアは快く許可を出した。彼女が言っていた『姉妹』は、リゼリアの手によって作られたNPCたち、紅音とシェスティのことだ。エレノアは既にlv1,000に達しているが、二人はまだlv500前後で、そのため、ほとんどの自由な時間を訓練に費やし、それによって実力を向上させようとしている。
もちろん、ユリオンとリゼは、二人の状況をよく理解しており、エレノアが時々訓練を手伝うことも知っているため、彼女のお願いに不審は抱かなかった。
主人たちからの許可を得て、エレノアは短く礼を述べてその場を離れた。
「……」
(エレがいると、もしかしたら雰囲気が和らぐかもしれないと思ってたけど……結局、自分でなんとかするしかないか)
少し重い気持ちを抱えながら、ユリオンはリゼリアの後に続いて部屋に入った。
「ユリオン、少し座っててね。お茶を用意してくるから」
「いいよ、そんなに気を遣わなくて」
「エレから学んだ技術を見せたいんだけど、ダメ?」
「いや、もちろん問題ないよ……うん、じゃあお言葉に甘えて」
「ふふ、楽しみにしててね」
少し気分が良くなったようなリゼは、軽やかな足取りでキッチンへ向かい、ユリオンはリビングで一人休憩することにした。ただ座っているだけでは落ち着かないので、彼はギルドの操作パネルを開き、外出中にNPC部下たちがアップロードした各種報告を閲覧し始めた。
(外出調査の『行商組』が追加予算を申請してる。詳細な明細もあるし、承認は問題なさそうだ。でも、その前に、美羽と意見を交換してみよう。彼女は人員配置を担当しているし……それと、現場の責任者とも話をしてみるのもいいかもしれない)
現在、ユリオンは<遠航の信標>のNPCをいくつかのチームに分けて王国の商業都市—ジゼを中心に活動させている。多くのリーダーはアシェリの部下で、彼らはレベルは高くないが、商業、料理、医術などの生活技能に精通しているため、他国に潜入して長期間の任務を遂行するのに適している。
彼らの任務は情報収集ではなく、<遠航の信標>が利用できる勢力や人脈を表舞台で築くことだ。同時に、この世界をより深く理解するためでもある。やはり、現地の人々でなければわからないことも多いからだ。
(次は、忍者小隊からの手紙か。許可した『人員拡充』に感謝しているって……凪らしいな。彼女が休暇から戻ったら、何か実力を発揮できる機会を準備しておこう。きっと喜ぶだろう)
情報収集とユリオンの護衛を担当する凪は、昨日から1か月の休暇に入っていた。休暇といっても、新しい隊員を訓練するため、半ば仕事半ば休暇といったところだろう。何にせよ、ユリオンは彼女が休暇中にジゼを離れて他の都市に行くことは考えていなかった。これまでは外出探索の際、必ず凪を連れて行っていた。これは彼が情報員の働きを重視している証でもある。
(ん?『娯楽施設の増設希望』って……誰が書いたんだ?署名は――アシェリ??)
「え、どういうこと……?」
意外なフィードバックを受け取ったユリオンは、少し面食らった。同じプレイヤー仲間がNPCの報告チャンネルを使う理由に興味を持ったが、それ以上にその内容が気になって仕方なかった。
<方舟要塞>の中には専用のリラックスゾーンがあるものの、その配置は見た目重視だった。ゲーム時代は利用率が低かったので気にされなかったが、今では全時間を拠点で過ごすアシェリにとって、娯楽施設の不足は大きな悩みの種だった。
「『退屈すぎるよ、ユリ、なんとかしてよ』って……まったく、俺は何でも出せるネコ型ロボットじゃないんだからさ……具体的な要求もなしにどうしろって言うんだ。はぁ――次に会った時に言ってみるか」
アシェリのメールには、娯楽施設の不足に対する不満が書かれていたが、具体的な提案は一切なかった。それがユリオンには、彼女の言葉が中途半端に感じられた。
「昔からこうだったな、彼女は。強敵よりも退屈を恐れているんだ。ずっと拠点に閉じこもっているのは、彼女には耐えられないだろうな」
「アシェリのことを話しているの?」
「えっ、ああ……リゼ、戻ってきたのか、驚かせないでよ」
「ユリオンが集中しすぎてたんだよ、驚かせるつもりなんてなかったんだから」
リビングに戻ったリゼリアが、半目を開けてぼやいた。彼女は慎重にトレイをテーブルに置き、茶器を取り出して、自分とユリオンの前に並べた。
「ところで、リゼ。よく俺がアシェリのことを話してるってわかったね、これは新しいスキルかな?」
「……何言ってるの?私たちは昔からの仲なんだから、そんなの当然わかるよ」
「それもそうだな」
ユリオンは肩をすくめてリゼから茶杯を受け取り、「ありがとう」と言って口に運んだ。
「うーん……」
強い視線を感じつつも、ユリオンは知らないふりをして、茶を味わうことに集中した。
「……うん、悪くない」
「ふぅ――よかった」
「ふふっ、何をそんなに緊張してるんだ?」
「だって…ユリオンが無表情だったから、口に合わないのかと思って……」
ユリオンの反応に満足できず、リゼリアは少し頬を膨らませた。
「ユリオン、『悪くない』って言ったけど、本当はそんなに満足してないんでしょ?」
「そんなことないよ……どうしてそう思うんだ?」
(やっぱり彼女には隠し事は通じないな、恐ろしい……)
銀髪の少女の鋭い直感に、ユリオンの肩が一瞬震えた。
「だって、ユリオンはいつもエレが淹れたお茶を飲むとき、とてもリラックスした表情をするんだもの。それに――」
言葉の代わりに、リゼリアは人差し指を立ててユリオンの顔を指した。
「口元。あの子が淹れたお茶を飲むと、ユリオンの口元は上がってるよ」
「……そうなのか?よくそんなことに気づいたね」
「だって、私はずっとユリオンを見ているからね」
「えっ……」
不意打ちのような告白に、ユリオンは顔が急に熱くなるのを感じ、慌てて顔を背けた。
(不意打ちはずるいよ……)
「?どうしたの、ユリオン」
「な、なんでもない。ところで、リゼ、何か用事があったんだろう?」
「うん……ちょっと話したいことがあって」
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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