Ep 12:故郷を守る英傑たち⑥
商業都市――ギゼのとある宿屋。
ユリオンが一時的な拠点として選んだ宿の部屋には、一人のエルフの少女が静かに座っていた。彼女は滝のような滑らかなプラチナブロンドの髪を持ち、瞳は紅玉のように輝いていた。
数分前、彼女の主人――ユリオンが<転移魔法>を使ってギルドの拠点に戻ってきたばかりだった。
時間を潰すため、エルフの少女――シーエラはノートを取り出し、最近の活動報告を整然と記していた。現在、部屋には彼女一人だけで、同行していたガバットは宴会に招かれ、ティナは新しい友達と遊びに行っていた。
「ユリオン様……」
数分前に別れたばかりなのに、シーエラは胸に寂しさを感じていた。
「――!」
簡潔な魔法陣が突然室内に現れ、<転移魔法>だと認識したシーエラは興奮して立ち上がった。
光が次第に消えていき、彼女の前に見慣れた姿が現れた。
「おかえりなさい、ユ……え、なんで君か?」
「そんなにあからさまにため息をつかないでくれ……あの方の頼みがなければ、わざわざ会いに来たりしないさ」
「それで、一体何の用なの、ライインロック?その服装、まさか……」
シーエラは腕を組み、相手の意図を問い詰めた。
目の前に立っていたのは、同じNPCの同僚――ライインロックだった。しかし、彼はいつもの黒い全身鎧ではなく、ユリオンの冒険者装備に似た装いをしていた。
「君が思っている通りだ……あの方からの命令で、彼が不在の間、彼の代わりを務めて君たちと行動することになった」
「そう……」
主人の決定である以上、シーエラは不満があっても口にしなかった。
「君は相変わらず、ユリオン様以外の男には興味がないようだな。先に言っておくが、仕事中にあまり個人的な感情を持ち込むな。あの方に迷惑をかけるようなことがあれば、俺でも君を弁護できないからな」
「分かってるわ、言われなくても。どんなことがあっても、私はユリオン様に恥をかかせたりしない」
シーエラは異性に興味を示さないが、ユリオンだけは特別だった。それを知っているライインロックは、彼女の冷たい態度に対して既に覚悟を決めていた。
「それなら良かった。何もかも任せたよ、お姉さん」
「……そんなふうに呼ばれても、全然嬉しくないんだから」
ユリオンが作り上げた最初のカスタムNPCとして、シーエラは他のNPCたちの長姉と呼べる存在だった。そして興味深いことに、ライインロックはユリオンが作り上げた最後のNPC、すなわち家族の末弟である。
だから彼がシーエラを「お姉さん」と呼ぶのは、理屈の上では全く問題ない。
「シーエラ、本当はずっと自分のことが嫌いだったんだろう?」
「……私が君を嫌う理由なんてある?」
「質問で質問に答えるのは、それを認めるのと同じだろう?」
「う……」
心の内を見透かされたシーエラは、眉をわずかにひそめた。
「自分は君を怒らせるようなことをした覚えはないんだけど、本当のところはよくわからないんだ」
「だからって、直接私に聞くなんて……?まったく、正直と言うべきか、それとも不器用と言うべきか」
ライインロックに負けたような表情を見せ、シーエラは軽くため息をついた。
「ライインロック、自分が作られた理由を覚えている?」
「覚えているよ。むしろ忘れるわけがないだろう」
ライインロックはユリオンが作り上げた最後のNPCだが、彼もまたシーエラと同じくlv1000の最高レベルに達している。装備やスキルの組み合わせもユリオンが綿密に設計したものであり、近接戦闘に特化している。
さらに重要なのは、彼の外見がユリオンとほとんどそっくりであることだ。髪と瞳の色が夜空のような黒である点だけが異なる。
「あの方は、自らの容姿を自分とそっくりにデザインした。それは将来――自分が彼の役割を引き継ぎ、ギルドを率いるためのものだ」
「……」
予想通りの答えを得たシーエラは、それ以上何も言わなかった。
ユリオンがライインロックを作ったのは、自分の代わりにギルドを守るためだった。かつて200人以上のメンバーがいた<遠航の信標>も、ゲームの熱が冷めるとともに衰退し、最後に残ったのはユリオン、シーラー、緋月の三人だけだった。
ギルドの全盛期から加入し、その興亡を見届けたユリオンは心配していた。今は問題ないとしても、いつかは彼もまた生活の変化によって<Primordial Continent>を離れ、友と共に築いた<方舟要塞>を去る日が来るかもしれない。
そのため、もしその時が来たら……彼は自身に代わってギルドと自分の作り上げた子供たちを守る者がいてほしいと願っていた。
そしてライインロックはその願いの具現化である。ギルドの守護者としての理念を持って生まれたライインロックは、ユリオンの手下の中で最強の戦闘能力を持つNPCだった。
彼の戦闘スタイルもユリオンを模倣しており、近接戦闘を主とし、魔法攻撃を補助とする魔剣士だった。
「ライインロック、教えてください……自分のことをどう思っている?」
「自分はユリオン様の騎士だ。自分の剣も魂も、全てあの方のためにある。だから、あの方が望むことなら、どんなことでも成し遂げるつもりだ」
「……たとえそれが彼の役割を引き継ぐことだとしても?」
シーエラの口から出たのは、まるで永久凍土のように冷たい言葉だった。
彼女がライインロックを遠ざけ、警戒している理由は、ライインロックが主人の代わりになろうとする考えを持つのではないかと心配しているからだった。NPCとしての彼女たちの思考は、創造者の影響を一定程度受けるものであり、その影響の度合いは人それぞれだった。
「それは――自分の望みではない……騎士として、主人の望みを叶えられないのは恥ずかしいことだが、それでも自分はあの方――ユリオン様が永遠に我々の上に君臨していてほしいと願っている」
「ライインロック……」
「あの方だけが我々の王にふさわしい!最後まで我々のために残り、そして我々を自らの手で作り上げた彼こそが<方舟要塞>の主人だ!あの方が続けて――王が我々を導いてくれるなら、自分は何だってする。そのために必要なことなら」
「ふう、そう……」
(ライインロック……君も――それなら、あのことを彼に伝える必要があるわね)
正直者のライインロックは、心の中のことを隠すのが苦手だった。彼と長年共に働いてきたシーエラは、彼の言葉が嘘偽りのないものであることをよく理解していた。
「ライインロック、君がそう言うなら、我々の主人のために、君の助けが必要なことがあるの――」
「?」
シーエラの真剣な表情を見て、ライインロックは突然嫌な予感を抱いた。
「一度しか言わないわ。よく聞いて……」
シーエラの話は長くは続かなかった。しかし、その説明を聞いたライインロックは、時間が非常に長く感じられた。
「おい、本気なのか!?」
「……」
彼女の伝えた情報を消化し終えたライインロックは、信じられない表情を浮かべた。
しかし、その視線が彼女の紅玉のような瞳と交わった時、シーエラの確固たる意思が伝わってきた。
「まさか……君が君臨者の暗殺を計画しているとは――アレキサンダーを。確かに彼は、現在知られている中でユリオン様に最も大きな脅威を与える可能性のある人物だ。しかし、それを君一人で独断で決めるわけにはいかない……もしユリオン様に知られたら――」
「――だから、知られてはいけないの。ライインロック、我々は主人を明確な危機に晒すわけにはいかない。これが我々NPCの本分よ。主人を守るために、これは必要なことだと私は思う」
「君はそんなに確信しているのか、将来ユリオン様とアレキサンダーが衝突するだろうと?」
「私が収集した情報によれば、その可能性は非常に高いわ。たとえ万に一つの可能性でも、それを排除する義務があるの」
理論的にはシーエラの考えを理解できたが、ライインロックはそれでも受け入れ難かった。
(あの方……自分たちNPCを思ってくれているんだ。もしあの方が知れば、こんな無茶な計画は絶対に止めるだろう。しかし、シーエラの言うことももっともだ……)
「君に約束するよ、ユリオン様には知らせない。しかし、協力の件については、もう少し考えさせて欲しい」
「分かった、大丈夫だ」
躊躇しつつ、ライインロックは返答を遅らせることにした。まるで彼の考えを見透かしていたかのように、シーエラはあっさりと承諾した。
(ライインロック……君がいなくても、私一人でも最後までやり遂げる――ユリオン様、私が必ずお守りします)
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これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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