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Ep 5:反逆


「後退しろ! 全員、後退だ!!」


廃墟と化した街中で、全身傷だらけの中年の男が、必死に怒号を上げる。


彼はもう、これが何度目の撤退命令かも覚えていなかった。


そして、周囲に残る部下たちも、数えるほどしかいない。


もともと45人いた中隊。

そのうち15人は住民の避難を護衛するため別行動をとり、残る30人がここに踏みとどまり、少しでも時間を稼ごうとしていた。


だが、残った者たちは皆、覚悟していた。

30人対、百頭近い魔物――。


生き延びることなど、到底不可能。

それでも、彼らは決して逃げなかった。


兵士たちは炎に包まれた街を駆け抜け、瓦礫の山を乗り越え、侵入してきた魔物たちとゲリラ戦を展開していた。


全ては、逃げる住民たちに追いつかれないため――ただそれだけのために。


「モォォォォォ――!!」


突如として轟く咆哮。


「団長、あいつが戻ってきた!!」


「くそっ……こんな時に限って。」


戦いが始まってすぐに、全身を炎に包んだ赤銅色の巨体――水牛のような魔物が街へ侵入し、破壊の限りを尽くしていた。


それを見た瞬間、全員が理解していた。


あれには、絶対に勝てない。


そこで団長は即座に決断した。

3人の兵士が、自ら進んでその炎牛を引き離す囮役を買って出た。


この高位魔物さえいなければ、残りの兵士たちは、もう少しだけ持ちこたえられる。


だが――今、それが戻ってきたということは。


時間切れだ。


街には煙が立ち込め、昼間だというのに夜のような闇が広がっていた。鼻を刺すような煙と血の匂いが充満し、それだけで意識が朦朧としてくる。


「……どうやら、ここまでか。」


次々と倒れていく戦友たちを見ながら、すでにボロボロになった騎士団長は静かに立ち尽くし、迫り来る死を受け入れることにした。


その瞬間。


「……五人しか生き残ってないか。」


特徴のない、どこか冷めた声が耳に届いた。


「まあ、十分だ。」

※※※※※

拠点を離れたユリオンたちは、《転移魔法》を使って村のそとに移動した。


彼ら全員が魔法で姿を隠し、周囲の環境と一体化していた。


「これからは俺ひとりで片づける。エレノア、お前たちは周囲を警戒し、誰かが監視していないか確認しろ。何かあればすぐに報告しろ。」


「はい、仰せのままに。」


ユリオンは、顔の上半分だけを隠せる銀色の仮面を取り出した。その見た目は、まるで仮面舞踏会で使われるようなマスクだ。


これは「霧の幻障きりのげんしょう」と呼ばれる伝説級のアイテムで、品質は高くないが偽装能力は非常に高い。


それを装着すると、ユリオンの全身は揺らめく黒い霧に包まれ、霧の中の姿も変化した。元の体型とは異なり、体のラインも巧みに隠され、外見から性別を判断することはできなかった。


「機能は正常に発動しているようだ。どうだ?」


「はい、効果は正常に発揮されていると思います。」


エレノアが聞いたのは、感情や特徴のない単調な声だった。覚えられるのは会話の内容だけだ。もちろんこれも仮面の機能の一つで、声質を隠すだけでなく、話し手の口調も消し去る。ただし、話し方は隠せない。


「後でお前たちに後処理を頼むかもしれない。連絡を待ってくれ。」


「はい、ユリオン様も、どうかお気をつけて。」


「ああ。」


実はエレノアは彼が一人で行動することを反対していたが、ユリオンの強い意志に押され、承諾するしかなかった。


腹心たちと別れ、ユリオンは兵士たちが戦っている場所へと直行した。


目的地に到着し、目の前に広がる光景は——まさに地獄そのものだった


先ほどまで魔物と死闘を繰り広げていた者たちはほとんど残っておらず、地面には魔物と兵士の死体が転がり、街は荒れ果て、至る所で火災が発生していた。


生き残った五人の中でも、四人は瀕死の状態で地面に倒れていた。


「五人しか生き残ってないか……まあ、十分だ。」


(奇妙だな。目の前でこんなに多くの人が命を落としているのに、俺は何も感じない俺って、こんなだったっけ?)


魔物が戦闘力を失った兵士に最後の一撃を加えようとするのを見て、ユリオンは迷いを捨てて行動を開始した。


氷裂(アイス)の杭(スパイク)


詠唱速度を考慮し、彼は素早く発動できる6位階の範囲魔法を選んだ。


瞬く間に、十数本の氷杭が空中に現れ、地面を蠢く魔物たちに向かって猛烈に射出された。


「ギャァッ——!?」


「モォオオ!!?」


「グゥウッ!!」


種類も大きさもバラバラな魔物たちは、長さおよそ二メートルの氷杭に次々と串刺しにされ、そのまま地面に縫い止められた。


一見すると脆そうな氷の杭だったが、魔物たちがどれだけ暴れようとビクともしない。それどころか、激しくもがくたびに、体の傷口は逆に広がっていった。


「咲け!」


ユリオンが発動の言葉を唱えた瞬間、氷杭の滑らかな表面から無数の氷の棘が放射状に伸び広がった。命中した魔物たちの体は、まるで木の枝のように分岐して成長する氷の棘に貫かれていく。


だが、そこに血は流れない。傷が貫かれた瞬間、内部まで凍りつき、完全に止血されていたからだ。


高位魔物である炎牛を含め、兵士たちを取り囲んでいた魔物はすべて——無数の氷の棘に貫かれた、見るも無惨な氷の彫像と化した。


たった一撃で、先ほどまで騎士たちを苦しめていた炎牛はあっけなく命を落とした。その全てを目にした騎士団長は、信じられないという表情で目を見開き、まるで痛みを忘れたかのようにじっと見つめていた。


「あれは……何だ?あれは、いったい……」


彼はぼんやりとした表情で、言葉も途切れ途切れだった。


彼の反応を気に留めず、ユリオンは残りの魔物を掃討し始めた。


「数は多くないが、大規模な術式を使うとこの一帯を吹き飛ばしてしまう。少し時間をかけるしかなさそうだ。」


さきほどの<氷裂(アイス)の杭(スパイク)>は、ユリオンの持つ範囲魔法の中でも最も低位のものだ。一度に撃てる氷杭は最大で15本。まだ五十体以上の魔物が残っており、この魔法だけでは一掃できない。


それでも、これ以上の高位魔法を使うことはできなかった。威力が強すぎれば、それだけ痕跡も残ってしまう。


「また高位種か?なら、こいつから片づけようか。」


ユリオンが狙いを定めたのは、体長3メートル、2つの頭を持つ犬型の魔物だった。


(ケルベロス……いや、オルトロスか。これもゲームじゃ見たことないタイプだな。できれば原型のまま残しておきたいところだ。)


「<立体透視リキッドスキャン>発動。」


今回は魔法ではなく、ユリオンがいつも使っているスキルを使った。スキルは魔法と違って魔法陣を描く必要がなく、即時に発動できる。ただしリキャストタイムがあり、連続使用はできない。


スキルの名前通り、相手の体の構造を透視し、弱点をピンポイントでロックオンすることができる能力だ。


(心臓は二つ、脳も二つか。同時に貫けばいいわけだな。それなら——)


ユリオンは再び氷の杭を二本呼び出し、魔物の頭部めがけて鋭く撃ち込んだ。


「ガウ!?」


「ガォウ!!?」


短い悲鳴を上げ、オルトロスは肉も骨もろとも貫かれた。脳を破壊されたことで激しく痙攣したのち、地面に崩れ落ちる。だが今回は、氷杭の爆発は起こさなかったため、魔物の死体への損傷は最小限に抑えられた。


(さっきの炎牛と同じで、せいぜい200から300レベルくらいだな。弱い。やはり森の外縁部の魔物は弱い。高位種でもそうだ。)


炎牛については、すでに同種のサンプルを手に入れていたため、ユリオンは迷わず破壊した。


「……ん?逃げ始めたか」


おそらく、先ほど倒したのが群れのリーダーだったのだろう。他の魔物たちは散り散りになり、我先にと逃げ出していく。


だが、ユリオンに逃がすつもりはなかった。彼はすぐさま新たな魔法式を編み直し、逃げる魔物たちを追撃する準備に入った。


「第11位召喚魔法<妖精騎列>――騎士たちよ、我が命令に従い、我が敵を殲滅せよ!」


虚空から数体の甲冑をまとった半透明の翼を持つ人型の造物が現れた。それらの肉体も半透明で、明らかに普通の生物ではない。


人型の造物たちは忠実に命令を遂行し、それぞれの武器で魔物の身体を簡単に斬り裂き、刺し貫き、粉砕した。まるで豆腐を切るように、全く苦労しない。


逃げ道を塞がれた野狼や山猪のような姿をした魔物たちは、最後の賭けに出て妖精騎士たちに突撃してきた。


「アウ——!!!」


「オオオオ!!!」


妖精騎士たちは全く相手の勢いに影響されず、陣形を保ちながら後方の4人が長弓を構え、魔力で霧のような矢を生成し、それを魔物たちに向けて放った。


輪郭が揺らめく矢は肉眼で認識できない速度で標的を狩り、矢が通る場所の景色さえ一時的に歪んだ。


危機が迫っていることに全く気付かない前線の魔狼たちは数十メートル先に吹き飛ばされ、猛烈な衝撃で肉塊となり、地面や瓦礫にまみれた。


(これじゃあまりにも残酷だな……このままだとここを更地にしてしまいそうだ。少し手加減するように指示したほうがいいか?)


【主君、妾からご報告があります。誰かがあなたの動向を監視しています】


召喚物の動きに頭を悩ませていたユリオンは、突然美羽からの連絡を受け取った。


【監視か…美羽、相手の正体がわかるか?】


【はい、相手はアレキサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオン様の部下です。人数は五人、道具を使って行動を隠していますが、専門の偵察員ではありません】


(隠密の専門家を送らずに監視するつもりか?いや……アレキサンダーはそもそも偵察型のNPCを育てたことがない。彼が好きなのは最大の火力だ)


もしアレキサンダーが潜伏の専門家を派遣していたら、美羽でさえ気づくのは難しかっただろう。しかし凪なら別だ。アレキサンダーが気づかなかったというより、そもそもそのような人材を持っていないのだろう。


【ご指示をお願いします、主君】


【彼らの動向に注意を払い、行動を記録してくれ。そうだな……凪にやらせるのがいい。彼女なら見つからない】


【御心のままに】


【美羽、手配が終わったらこちらに来てくれ。後処理を頼む】


【承知しました。すぐに向かいます】


【急がなくていい。ゆっくりで構わない】


【ふふ、ありがとうございます、主君】


美羽との通信を切ったユリオンは再び街道に目を向けた。ほとんどの魔物はすでに消滅しており、残りの数体も妖精騎士たちによって次々と討たれていった。


妖精騎士の効率的な働きによって、魔物たちは一掃された。漏れがないことを確認し、ユリオンは騎士たちのもとへ戻った。


彼は空からゆっくりと降り、朦朧とした意識の騎士団長の前に着地した。


「まだ意識があるとは、大したものだ」


「お前!?お前は……あ、ああ!!!」


少し前まで兵を率いて戦っていた騎士団長は、今や子供のように震えていた。顔は青白く、言葉も途切れ途切れで、まるで恐怖に打ちひしがれているようだった。


「ええ、そこまで怖いか……?」


彼にとって、ユリオンの強さは想像を超えており、魔物を容易に殲滅するその存在は魔物よりも異常に感じられた。


「もしかして、今の格好のせいか?」


ユリオンは今、全身が黒い霧に包まれ、体の輪郭すら識別できず、声の調子も隠されており、まさに怪しい人物そのものだった。


(仕方ない、簡単には解除できないからな……)


怯えて精神が錯乱した中年男性を見下ろし、ユリオンはため息をついた。


(これじゃあ何も聞き出せないな。)


このままでは、彼は傷が悪化して命を落としてしまうだろう。


仕方なく、ユリオンは魔法で彼を眠らせ、その後治癒の術式を発動し、団長を含む五人の治療を行った。


ただし、彼らの傷を全て治すことはせず、命を失わない程度の最低限の治療に留めた。


(さて、これで報酬を頂くとしよう。)


ユリオンは団長の額に手を当て、目を閉じて集中した。


彼は相手の記憶を読み取るための魔法を発動しており、その間、全く無防備な状態だった。


そのため、事前に召喚した妖精騎士たちを周囲に配置し、護衛させた。


<思考加速>というスキルのおかげで、記憶の読み取り作業はあまり時間がかからなかった。数分後、十分な情報を収集できたと判断したユリオンは、通信魔法を使ってエレノアと連絡を取った。


【エレノア、こちらは終わった。そちらはどうだ?】


【ユリオン様、数分前に凪から連絡があり、アレキサンダー様の部下はすでに撤退したとのことです。また、美羽がそちらに向かっているので、すぐに合流できるでしょう】


【うん、彼女が見えた。ではまた後で連絡する。君たちはその場で待機していてくれ】


【御心のままに】


「見えた」というのは正確ではない。美羽も高位の魔法で全身を透明化し、気配を遮断しているためだ。ユリオンは自身の持つ道具で彼女のおおよその位置を感知していた。


これはユリオンの命令であり、彼女の存在が第三者に露見するのを防ぐためであった。


【来たか、美羽】


【はい、主君に参上いたします】


たとえ至近距離でも、二人は安全のために通信魔法を用いた。今回は前回とは異なり、魔法通信には極めて強力な機密性が施されており、セキュリティコードを解読しない限り、最上級のスパイでも彼らの会話内容を知ることはできない。


見えないものの、ユリオンはキツネ耳の少女が恭敬に跪いているのを感じ、挨拶を受け入れる。


【起きろ。ご苦労だった。ちょうどいいタイミングだ】


【主君のために尽くせるなら、この程度の労苦は気にしません】


【ありがとう。では、始めよう。美羽、この男の記憶を改変できるか?】


ユリオンは指を差して倒れている中年の男を示した。先ほど精神的に打ちのめされた騎士団長である。


【お任せください。どのように改変しますか?】


<Primordial Continent>には記憶を改変する魔法は存在しない。しかし、総合レベル1000で最高位職業を持つ美羽なら、新しい魔法を創造できる。時間さえあれば可能だ。


それが、魔法を『創造』できる最高位職業<アセンブラー術士>。職業レベルが最大(400レベル)に達することで進化できるもので、多くの最高位職業の中でも特に人気が高い。


それゆえ、情報網の責任者である美羽を側に置いておく理由でもある。


2日前、こうした状況が起こることを予見したユリオンは、美羽にこの魔法の開発を依頼していた。実用化の保証ももらっている。


【まず、彼の記憶から俺に関する部分をすべて消してくれ。それから、虚偽の記憶を植え付けるんだ。内容は、魔物に勝てずに部下と撤退し、力尽きて近郊で意識を失ったというもの……こんな感じで、できるか?】


【問題ありませんが、少し時間がかかります】


【精密な作業だから、急がずにゆっくりやってくれ】


記憶の読み取りと抹消はさておき、他人の記憶を改変することはユリオンにはどうしてもできないことだ。彼は魔法使いではないので無力だ。


【主君、これでは他の四人も一緒に調整が必要だと考えます】


【うん、確かにそうだ……無理をさせてすまない】


【とんでもありません!どうぞお任せください、主君は少々お待ちくださいませ。】


【頼んだぞ】


それからの時間、ユリオンは一言も言ってなっかた美羽を見守った。姿は見えないが、美羽が一人の兵士のそばに3分ほど滞在し、次の人物に移るのを感じ取った。


(彼女は<思考加速>を使っているのだろう。見た目は3分でも、精神的にはすでに3時間経過している。大丈夫だろうか……)


【美羽、少し休んでくれ。無理をしないで】


残り二人、まだ休む気配のない美羽を見て、ユリオンは心配そうに声をかけた。


【主君、もうすぐ終わりますので…どうか作業を続けさせてください】


【駄目だ。精神的な疲労は取り除けないんだ。疲れたらどうする?俺にとって、目の前の仕事よりも君の方がずっと大事なんだ。いや、比べ物にならないくらいだ。心配させないでくれ、美羽】


まだ10分も経っていないが、美羽が<思考加速>を使って作業を進めているため、実際には彼女の体感時間はすでに10時間以上が経過している。10時間もの間、高精度の作業を続けるのは非常に疲れる。最高位種族であっても疲労困憊することは避けられない。


【……わかりました、お世話になります】


美羽は立ち上がり、力なくユリオンに感謝の言葉を言った。


【……】


ユリオンは無言で擬態魔法を発動し、全身を透明化して周囲の環境に溶け込んだ。美羽の使う魔法と比べると保密性はやや劣るが、大部分の偵察手段を回避することはできる。


【美羽、こちらに来てくれ】


【え?】


この突然の要求に、美羽は戸惑ったが、指示に従ってユリオンに近づいた。


【う、ええっ!?主、主君!?】


美羽は予期せずユリオンに抱き寄せられ、二人は互いの心臓の鼓動を感じるほど密着した。


【……主君、これは一体?】


顔は全く見えないが、息遣いと心拍数の増加、そして肌の接触から伝わる体温の上昇が、互いの状態を如実に物語っていた。


【嫌なら離すが】


【いいえ…ただ、驚いただけです。まさか主君にこんなに愛されるとは思ってもみませんでした】


【そ、そうか。それなら少し胸を貸すから、安心して休んでくれ。支えているから心配しなくていい】


【はい、主君——】


美羽は柔らかい声で応じた。


二人はそのまましばらく抱き合い、時間の感覚さえ曖昧になった。


【ユリオン様、順調に進んでいますか?】


冷たい声が二人を現実に引き戻した。


【エ、エレノア!?ああ、もうすぐだ】


【ううう——せっかくの幸せを台無しにされたわ】


突然の通信にユリオンは身震いし、すぐに美羽から離れた。美羽は残念そうに小声で文句を言い、エレノアはそれを無視した。


【了解しました。こちらも行動を開始してよろしいですか?】


【ああ、問題ない。エレノア、指揮を頼む。壊れた魔物の死体をすべてきれいに処理して、痕跡を残さないように】


これは、大部分の魔物が森に戻ったという偽装を作り出すためだった。こうすることで、兵士たちの救出が不自然に見えず、事件を魔物の予測不可能な行動に帰結させることができる。つまり、魔物の生息地が圧迫されて避難したわけではないと見せかけるのだ。


今回の事件はユリオンたちに無関係ではなかった。発端は<遠航の信標(しるし)>のメンバーが森の中の魔物を過剰に狩猟したことで、多くの高レベルの魔物が森の外縁部に避難し、そのため低レベルの魔物の生存空間が奪われた。町を襲撃した魔物たちは、実際には追い出された低レベルの魔物だったのだ。


【かしこまりました。すぐにお迎えに参ります】


【うん、待ってるよ】


彼がエレノアと話している間に、美羽は作業を再開し、すぐに五人の生存兵士の記憶改変を終えた。


彼女は再びユリオンのそばに戻り、期待に満ちた声で通信魔法を使って話しかけた。


【主君、妾は…少し立っているのが不安定です。少しお休みをいただけませんか…?】


【美羽——後で少し話があるのですが、時間がありますか?】


【ふふ、大丈夫です。今は気分がいいので、帰ったらお話しましょう、エレ】


美羽が話し終える前に、エレノアはユリオンに気づかれないように個別に通信を送った。


美羽も負けじと自信満々に応じ、その声には優越感が漂っていた。


【凪、エレは何を提案してきたの?妾と話をすれば、もっと良い条件を提示できるかもしれないよ】


【え、えええ!!?美羽殿、拙者はそんなつもりでは……】


【汝は隠し事が全然できないなんて、本当に可愛いね~】


凪の慌てた様子を見て、美羽は自分の推測が正しいと確信した。エレノアがユリオンと親しくする時間を見計らって邪魔をすることができたのは、凪が側で監視していたからだ。


美羽が誰の存在も感じ取れなかったからこそ、彼女はそう推測した。何しろ、この人たちの中で、美羽の感知を完全に避けられるのは凪だけだった。


ユリオンは数名の女性メンバーが話しているのを察知したが、何を話しているのか全くわからなかった。彼はその場で立ち尽くし、彼女たちの話が終わるのを待つしかなかった。

※※※※※

アレキサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオン——現実では彼は40歳近い銀行のマネージャーだ。


彼には失敗した結婚があり、キャリアも停滞していた。


もちろん、多くの人々にとって、大銀行のマネージャーという職は十分に成功したキャリアと見なされるが、アレキサンダーはそれでは満足しなかった。彼はもっと多くのものを欲しい。名誉、財産、そして自分に従う部下。現実で得られるものは、この男を全然満足させなっかた。


そこで彼はネットの世界に身を投じ、ここで万人に崇拝され、無数の資産を持ち、絶対的な権力を握る王になろうとした。


「問題人物としては、典型的なタイプだ」


彼の関連資料を振り返り、ユリオンは結論を下した。


魔物を討伐し終えたユリオンは、皆と共に<方舟(Ark)要塞(Fortress)>に戻った。


彼はデスクに座り、公会長だけが閲覧できる資料を見ていた。その資料には、大部分の公会メンバーの個人情報が記録されており、実際の年齢や現実の仕事も含まれていた。これらの情報は当人が提供したものなので、正確性は高くない。


先代会長はそれらの資料を集めたのは、ギルドの入会基準18歳未満の未成年者やテストを準備している受験生は入会できないという規則があった。元会長は現実は大学教授であり、教育者として真摯に重視していた。


この会議室はユリオン専用で、以前は社長と副社長たちのオフィスとして使われていたため、理論上なら千桜も利用資格があったのだが、彼女は今ここにはいない。代わりに、セーラー服を着た水色(みずいろ)の短髪の美しい少女が一人と、狐耳のついた改造巫女服を着た少女が一人いた。


「ユリオン様、草稿を書きました、ご覧ください」


「うん、見てみよう」


水色髪の少女——エレノアは完成した原稿をユリオンに手渡した。これは彼女がまとめたもので、今回の行動に関するあらすじであり、魔物襲撃の前後関係や、あの騎士団長の記憶を辿って得た貴重な情報も含まれている。


シーラーたちは何とか水晶伝導を通していたが、既にユリオンは事の成り行きを収めていく様子を見ていた、しかし映像だけでは分からないことも多かったため、エレノアに情報を整理させ、全員で話し合う会議を開くことにした。


「見事よ、後はそのあらすじに従って書きなさい。会議はエレノアに任せるよ」


「光栄です。この身は、わが主に恥じぬよう、全力をつくします」


エレノアは深くうなずき、しっかりと応じた。


彼女にこの仕事を任せることは、彼女を認めた結果である。エレノアは、主の右腕としてプレイヤーの会議をリードすることで、この事件が自分の命よりも重要であることをよく理解している。


ところで、もう一人の少女シーエラは来ていないようだ。ユリオンに緊急な任務をつけられたようだ。主な任務は警備にあたるライインロック、情報収集にあたる忍者小隊と連動して、 アレキサンダー派の動向を厳重に監視することになっていた、相手が下心を持っていればすぐに対応できるよう。


「主君、お望みのものはすべて揃えてございます」


「ありがとう。とても役に立った」


狐耳の女美羽から渡された分厚い書類をユリオンは受け取ると、パラパラとページをめくって読んだ。彼は、素早く書類の中身を把握する為に「思考加速」を発動した。2分後、彼は書類を閉じ深く息をついた。


「思ったより、厄介そうだね。美羽は、どう思う?」


「どういうことですか?」


「アレキサンダーは合計240人の兵士を率いており、そのほとんどは専門の戦闘員。戦闘力は侮れない。俺が自由に配置できる170人の兵士と比べると、かなりの差がある」


「主君はその方々を敵と見なす故に、そのような比較をなさっておられるのですか?」


アレキサンダーが話題の中心になったので、美羽は言葉を慎重に選び、気を悪くしないようにしていた。


「敵手? 違うよ、大したヤツじゃない。自分の術も道具の使い方も何も知っちゃいない」


「アレキサンダー様は……ご武芸に疎いのですか。しかし、あの御仁が数々の戦功を樹て、強敵を多く討ち果たされたのは、妾の知る限り間違いないのですが」


ユリオンに酷評されたのを受け、美羽は団扇で下前額を仰いでやや当惑気にしている。別のテーブルにいるエレノアは沈黙しながらも筆記の手を止め、彼らの会話を聞き耳を立てている。


「あれは...どう説明したらいいんだい?」


(彼のアカウントにはほとんどの場合、他人に頼って訓練する、彼のパフォーマンスのすごさとは無関係…そうとは言えんのだが。美羽たちには、それがどういう意味なのかわからないだろう)


「美羽、我々(プレイヤー)と君(NPC)とは違う存在だということを理解するはずだね。つまり、我々は異なる世界から来ていた。分かる?」


数秒間熟考した後、ユリオンは別の言い方をしようと考えた。


「そうです、君臨者様は<Primordial Continent>とは違う世界にいて、必要な時だけここに来るのです」


「ほぼそんな感じ。それと<Primordial Continent>で俺たちが動いているのは、魂は作られた肉体に依存しているということだ」


美羽は理解したことを示すように軽くうなずき、ユリオンは説明を続けた。


「つまり、俺たちが別の身体に入ることも、自分の身体を他人に貸すこともできる。アレキサンダーはそうしていた。彼は自分の身体を多くの男性に貸し出した。その中には彼のために多くの戦いを戦った、最も勇敢な戦士たちもいた」


「なるほど…君臨者様にはそんな事が出来るんですね」


話したとすぐに、美羽は何かを思いついたように見え、ユリオンをためらいながら見つめた。


(美羽は見た目は凄く大人っぽいが、とても理解が早い)


「念のためにはっきり言おう。俺はこの体を決して誰か他の存在に貸したことは無い。俺は自分自身の手で君たち全員を創り育てたのだ」


「主君——そのような言葉を賜り光栄に思います」


「……」


喜びの表情を浮かべた美羽と違ってエレノアは少々落ち込んでいた。それは、自分が美羽たちと違って、ユリオンの手によって作られた NPC ではなかったからでもある。


「エレノア、君は俺と親友に作られ、育てられた。つまり、君は彼女と俺の子供だから、君には大きな期待を持っているよ」


「ユリオン様…かしこまりました!この身、決してユリオン様とリゼリア様の期待を裏切らないです」


「それは、楽しみにしている」


エレノアの瞳の灰色は期待に応え一掃され、水色の瞳から固い意志がにじみ出た。


「えっと、本題に戻りましょう。アレキサンダーがギルドを離れるのは間違いないと思う。問題は、彼が俺たちに敵対するのか、俺たちはどう対応するのか、敵対した場合どれほど損失が出るのかという点だ。」


「「「!?」」」


「遠慮なく、思ったことを何でも言ってくれ」


予想通り美羽とエレノアはイベントの規模に目が飛び出るほど驚き、想像をはるかに超えるものだった。


「主君、不敬ながら…どうしてそうお考えになったのですか」


「俺は君たちよりずっと長く彼と付き合って、彼のことをよく知っている。アレキサンダー…名声と富を追い求めており、自分が頂点に立つことを願っている。彼は普通の人よりも多くのことを達成したが、決して満足していなかった。」


多分話題のプレイヤーが自分達だから、エレノアと美羽は黙って聞いている。


「つまり、彼は万人の上に立つ存在になりたい、簡単に言えば王様になりたいのだ」


「それで、彼が国を作りたいということですか?」


「それとも<遠航の信標(しるし)>の会長になりたいですか?」


美羽とエレノアは意見を述べたが、ユリオンは軽く頭を振った。


「国を作る、それだけならまだいい。しかし、彼は決して満足してはならない。俺の見立てが正しければ、国を建国した後は、世界征服を目指すだろう。そして、最後に国民の心に信仰を植え付けて、「神」として崇拝されることを目指すだろう」


「しかし、それは可能ですか?私たちは、この世界に関して何も知らない。私たちと同等のもの、あるいは私たちを超えるものが存在するかもしれない?」


「なるほど」


エレノアの視点は、ユリオンと同じだった。その為、ユリオンは目立たないようにして、ギルドのメンバーを導いた。


しかし、美羽はなにかを理解したように、ほっとした顔をした。


「美羽は何考えてるの?」


「はい。妾の知る限りアレキサンダー様は、このところ訓練場を貸し切り、戦闘訓練のために部下に提供しているという。妾にしてみれば、それは戦力を確かめるための、備えのようなものでした」


「筋が通ってる。魔力や技がなければ致命的な欠陥になりかねない。その場に彼はいたのか?」


「あの様はそこに一度だけ来て、それから、それからスーツを着た竜人の男性、眠龍という名前の人に渡しているんです」


「眠龍…彼の軍師だった人だな。それで、この頃のアレキサンダーはなにをしてる?」


「彼なら部屋に留まり、ほとんど外に出ませんでした。主が森を探検に行った日に部屋を出たのはそれが最後でした」


「なぜランスのように、小さい家で暮らすのが好きなのか…って、ランスみたいに?美羽、最近アレキサンダーの部屋で他に人員の出入りはないか?」


「おっしゃるとおり、若い女性がたくさん出入りしていますが、みんなあの様の部下です」


「チェッ、まるでランスそっくりね。すべての仕事を部下に押しつけて、自分で楽しんでいる。皇帝のようなハーレム生活を楽しんでいるに違いない」


18禁制限がなくなった今、アレクサンダーも同じように女色に耽り、酒池肉林の生活を楽しんでいる。ユリオンにとって、それは必ずしも悪いことではなく、この男がその程度のものでしかないことを示していた。


「エレノア、俺に従属する者すべてに、俺の命令を最優先させよ。もし他者が命令を出した場合は、アレキサンダーを含め、必ず俺に確認を取れ。俺の許可がなければ君たちに命令を出すことはできない。悪い結果を心配しないでくれ。俺は全責任を負う」


「御心のままに」


アレキサンダーの人柄からすると、彼は自分の立場を利用して部下を送り込むことを恐れていた。


「——! ? ご主君、妾がメッセージを受け取ったばかりなので、ご意見を伺いたいのですが」


「どうしたの? 言って」


美羽のうろたえているのを見て、ユリオンは嫌な予感がした。


「宝物殿に侵入しようとしている者がおります。アレキサンダー様の配下でございます」


「ちぇっ、そういうことか。侵入したのか?」


「いいえ、みんなドアの外にいて、中に入る方法を探しているようでした。転移魔法で入ろうとした人がいましたが、うまくいきませんでした」


「まあ…その機能が働いていたのは、不幸中の幸いだったな」


「どういうことですか?」


「宝物殿――このギルド重要な場所は、会長もしくは会長の許可を持った者のみが出入り可能な場所だ。それ以外のプレイヤーがどのような行動を取ろうと、扉を開くことはできない。また、空間転移にも制限がかかっており、テレポートの魔法で侵入することも不可能だった。外側からの破壊もできない。宝庫の扉には『破壊不能』の属性が付与されており、いかなる攻撃や道具を以てしても破壊することはできないのだ。」


<Primordial Continent>におけるすべての重要なギルド施設は、ギルドの規模に関係なく、システムによって保護されている。これらの場所がプレイヤーのゲーム内資産に直接関係していることが多い。運営者らはプレイヤーの資産喪失によるゲームからの離脱を防ぐため、こうした対策を採用された。


たとえギルドの拠点を損壊させられる唯一のギルド戦争でも、ギルドの重要な施設に損害を与えることはできない。せいぜい、いくつかの通常の施設や防衛施設が被害を受ける程度だ。


「そんな物が存在するとは知りませんでした。それならば、主君、やつらを止めに向かいましょうか?」


「いえ、様子を見ているだけでいい。アレキサンダーが来るのは時間の問題よ」


宝の間に送り込むのが、あらゆる上級の道具を目当てにいくのは明白。アレキサンダーの性分を考えれば、諦めないだろうし、自分勝手なやり方で取りに行くだろうと思った。


「エレノア、このことをライインロック、シーエラに伝えて、そして戦う準備をさせておけ」


「御心のままに!」


「美羽は、シーラーたち全員に知らせるんだ、準備するように言って、手助けを頼まれるかもしれないと伝えてくれ」


「御心のままに」


2人の少女は、指示を受けてすぐに動き出した。ユリオンは、交渉で使用するかもしれない場合に備えて、読み物も用意した。


まもなく、ユリオンが予期した通り、アレキサンダーから面会を希望するメッセージが届いた。

※※※※※※※※※※

ギルドホールでは、男女7人が長い木製のテーブルに座っていた。

6人が同じ側に座り、残りの男性は反対側に座った。


その男性はアレキサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオン、紫色のローブを着た金髪の男性は30代に見える。彼の後ろには男女が立っており、全員が彼のNPCに従属していた

アレキサンダーが対峙していたのは、銀髪の青年、会長のユリオンであった。その左右には他のギルドメンバーが控えていた。さらにその背後には、NPCの部下が数名控えていた。


「おいおい、これはランスじゃないか。久しぶりだなぁ、珍しいね」


「まあ…、来たくないだけどね」


アレキサンダーは長い間会えなかった同僚を挨拶したが、驚くことに、その受け入れ側のXランス王Xは機嫌が良くなかった。


部屋でメイドたちと魚水を楽しんでいたのだが、この緊急会議のため、ユリオンに強引に部屋から引きずり出されてしまったのだ。


「アシェリや千桜もいるよね、そそらも巻き込まれたの?不幸だね、そんな運気があるなら宝くじを買ってみて。」


「……相変わらずおせっかい好きですね、それが年上者の配慮というものでしょうか」


「楽しそうに見えるじゃないか、アレキサンダーさん」


アレキサンダーは遠慮なく挑発な態度をとったが、女性はそれに慣れているかのように冷静に対応した。


「アレキサンダー、俺たちに世間話をしに来たんじゃないだろうな?要件を言え」


「おいおい、ユリオン。焦るなよ、だからお前みたいな若い奴は……」


「お前は年寄りじゃない。それに、急いで会いに来たのはお前でしょ?」


「ほう、よく言うね。分かった分かった、それでは始めよう」


彼は、ユリオンの指摘を否定はしなかったが、態度には余裕があった。


「俺の要求は簡単だ。宝物殿にある俺のものを取り戻してほしいということだ」


「ええ? 何を言ってるの?」


アレキサンダーの懇願に呆然としたのは、褐色の髪の青年——シーラーだった。


「おかしくないだろう? せっかくこんな異世界に来たんだから、ちゃんと出かけていきたい。こう見えても、俺は冒険心があるんだから」


「じゃあ、直接行けばいいじゃない?」


「そうしたいんだけど… いつ帰ってくるか分からないから、全部持っていくって言いたいんだよね」


「お前の財産は自分が持っているじゃないか、宝物殿のものはギルドの共同財産だ、いつからお前のものになったんだ」


「それは昔のことで、今のギルドはもう完全に形骸化し、それに、忘れたのかい、その共有財産のなかには、俺が苦労して手に入れたものも少なくないんだよ」


「てめえ…」


最後の3人の1人として、シーラーもまたギルドの特別な記憶を持っている。しかし、アレキサンダーが重要なギルドなど取るに足らないもののように映り、シーラーは不満げにしかめっ面をした。


「ギルドの規定により、アイテムを獲得する過程でMVPを獲得したメンバーは、そのアイテムを持ち帰るか、残すかを選択する権利がある。その点、お前の要求は過言ではない」


「はは、やっぱり分かってくれたな。さすがはうちの会長様だな、ユリオンだ」


「エレノア、彼にそれを渡して」


「かしこまりました」


相手側の反応を無視し、エレノアにアレキサンダーに文書を手渡すように命じた。


「うん、これは?」


「お前につながるアイテムのリストは、お前が MVP になったものだけでなく、お前が出場して過半数を占めるものも含まれている」


「ヘエ、よくこれを用意してくれたね。よく気がつきたね。眠龍、これを見てくれ」


竜人族の男、眠龍は、主人から送られてきた文書を思考加速でめくっていたが、やがて口を開いて答えた。


「確認済みです、アレキサンダー様。全部で15点ありますが、全てオリジナルの初級アイテムです」


「15?ちょっと少ないと気がするけど、本当にそれだけ?」


アレキサンダーは半ば眼を閉じて問いかけると、ユリオンは無表情に答えた。


「ギルド全盛期はともかく、今は思ったほど在庫がないよ」


(もちろんそんなことはない、せいぜい十分の一にも満たないだろう。しかも用途が単一のものばかりだ。だが、こいつは確かめようともしない。ごまかすのはむずかしくない)


「それはなぜなのか?俺たちだって昔はトップのゲームギルドだったじゃないか」


「脱退した190人余りのメンバーのうち、大半がお前と同じ要求をしたというが、分かるか。少ないと思うかもしれないが、これはもう半数だ」


「ちぇっ、役立たねぇなぁ」


アレキサンダーは満足な返答を得られず、嫌悪に口元を歪めた。


「誰が感想なんて聞いたんだ?本当に欲しいのか?決めてくれよ。ぐずぐずしないで」


「…それだけで俺を追い払うのは酷いんじゃないかな、俺だってギルドのためにいろいろ尽くしてきたし、元老にもなっている」


「じゃどうしたい?」


ユリオンは両手を組み合わせ、感情のこもらない視線を交渉相手に向けた。


「じゃあ、そうしようか。お前の部下を数人、選んで譲ってくれ。例えば、後ろにいるリゼリア似のやつ。なかなかいい感じじゃないか」


「…却下だ。お前なんか人の目がないんだから、あげるのはもったいない。」


ほんの一瞬、ユリオンはこの男を斬殺してやりたいと思ったが、必死に怒気をおさえて反撃をつづけた。


「よく言うなぁ、お前ならあるか?」


「お前には、人手より、もっと欲しいものがあるんだろう?」


挑発は無視して話を進めながら、ユリオンはエレノアから報告を受け取った。


「なんだって?」


「これは俺があの騎士から得た、この世界に関するおおよその情報だ。国の分布、地名、人種、そして常識。これの価値を理解できないほど愚かではないだろう?」


「——! ? こんなものまで。おい、それをよこせ! 」


思いがけない材料にアレキサンダーはすっかり落ち着きを失ってしまった。


「あわてるなよ、お前は待つのが得意じゃないか」


「このガキ…おい、眠龍! それを奪え」


その言葉に、眠りのドラゴンが反応するより早く、ユリオンの背後にいたエレノアと黒の騎士——ライインロックが、それぞれの武器を呼び出し、瞬時にも似た速度で、背後に回り、首筋に押し当てた。


「僭越でございます。アレクサンダー様、被造物である私は、君臨者である殿に対して、あまりにも恐縮でございます。お断わりいたします」


「くそ、役立たねぇのやつ」


明らかにすでに命の危険があるが、龍人青年は依然として落ちついている。


「エレノア、ライインロック、やめろ」


「「御意」」


二人は主人の命で武器を納めたにもかかわらず、アレキサンダーと従者を警戒してみていた。


「アレクサンダー、これをあげないとは言っていない。ただ、誠意を見せてほしい」


「うーん、じゃあ、どうしたらいい?」


「お前の目的は何だ? ギルドを出たら、何をしたい?」


「何を訊くかと思ったら、それだけか?決まってるじゃないか。自分の国を作って、それから世界を征服して、頂点に立って諸国を統治するのが俺の願いだ」


彼は、新しいおもちゃを手に入れた子供のように興奮しながら、自分の野望を語った。


「よくわかった。念のために言っておくけど、俺も他の連中もこの世界には興味がない。好きなようにすればいい。ただし、俺たちを巻き込んではいけない」


「よろしい、俺の覇図を阻止しないかぎり、お前たちにはいっさい干渉しないと約束する」


「もう一つ条件がある。地球帰還につながる情報を集めたら、我々に共有してほしい」


「お前らまだ帰りたいか…まあ、俺に損はないな。何かあれば連絡するよ。」


「じゃあ、そういうことにして、これからお前をギルドから除名するから、あとは好きにしていいよ」


「どうでもいいけど、こんな貧乏くさいギルド、お前が言わなくても、俺の方から出て行くつもりだ」


ランスを除くメンバーは、アレキサンダーの発言に不満だったが、交渉はすべてユリオンにまかせるとあらかじめ言っておいたので、それ以上は何も言わなかった。


こうしてギルド<遠航の信標(しるし)>は、異世界へ移された十日間で、ひとりのメンバーを永遠に失ってしまった。

※※※※※※※※※※



本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。


これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


最後に――お願いがございます。


もし『面白い!』、『楽しかった!』と感じていただけましたら、ぜひ『評価』(下にスクロールしていただくと評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)をよろしくお願い致します。


また、感想もお待ちしております。


今後も本作を続けていくための大きな励みになりますので、評価や感想をいただいた方には、心から感謝申し上げます!

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