番外:方舟要塞の闇1【騎士と黒猫】
空中に浮かぶ都市——<方舟要塞>。
この要塞で最も人通りが多い公務区に、壮麗な城がそびえ立っていた。
昼夜を問わず、城の入口には常に人の出入りが見られる。特に、彼らの多くが端整な容姿を持っており、撮影現場に向かうスターやアイドルを連想させることだ。
しかし、実際には彼らはこの<方舟要塞>に仕えるNPC職員であり、ほとんどの場合、公務のためにここを往復しているだけだ。しかし、すべての人がそうであるわけではない。特に、人通りの少ない隅々では、時折、二、三人の怪しい人物が他人の視線を避けて、そこに一時的に留まることがある。
彼らが怪しいとされる主な理由は、その服装にある。全員が周囲の環境に溶け込むような色合いのトレンチコートを着ており、さらにフードを被って顔を隠しているのだ。
<方舟要塞>は特殊な結界で外部の影響を受けないため、気温や気圧の変化、天候の変化もない。そのため、屋外でこんな格好をする必要はない。
今、ちょうど二人がここで待ち合わせをしている。何か取引をしているようだ。
一人は風帽に覆われた顔から見える水色髪の女性。もう一人は背後から布が少し膨らみ、長い尾が見え隠れしている。
「凪… 黒猫、これが約束の報酬よ」
「おおっ! ありがとうございます、エレ… 騎士殿」
風衣に包まれた体のラインから、この二人は全員女性である。
『騎士』と呼ばれる少女は、熟練して封筒を『黒猫』に手渡した。
封筒を受け取った黒猫は、中身を確認するために待ちきれずに封筒を開けた。中から出てきたのは五枚の紙切れで、よく見れば写真で、眠る銀髪の青年の姿が写っている。
その青年は<方舟要塞>の主——ユリオンであり、NPCたちの最高統治者でもある。
ちなみに、写真のクオリティと解像度は完璧であり、それは特別な道具で生成されたものだ。
「可愛い! 殿の寝顔、グッ… これ、本当に絶品だね! さすがに騎士殿、毎回こんなに優れた品を持ってくるなんて、えへへ~~~」
「黒猫、よだれ、よだれ!まったく… マスクがぬれてるわよ。理解はするけど、少しはイメージに気を使ってほしいわ」
取引相手が興奮して口から涎を垂らしてしまい、顔にかけているマスクが濡れてしまったのを見て、『騎士』はあきれたため息をついた。
「でも、これは殿の寝顔なんだよ? こんな稀なもの、手に入れるのはなかなか難しいんござる!」
「ふふん~ もちろん、そうよ。だって、ユリオン様と一夜を共にする人だけが、こうした写真を手にできるわけだからね」
『黒猫』の率直な賞賛を受けて、『騎士』は誇らしげに胸を張り、形の良い胸も一緒に揺れた。
「さて、黒猫。用意してきた品を渡してもらうわ」
「はいはい、問題ありません。こちら、お受け取りください」
『黒猫』は胸の位置から別の封筒を取り出し、温かみの残る封筒を手渡した後、今度は『騎士』が硬直してしまった。
彼女は震える手で、その中に入っている写真を取り出した。枚数的には10枚ほどだろうか。
『騎士』は心を奪われたような表情を見せ、その青い瞳で写真を見つめた。写真の被写体は相変わらずユリオンだ。
画像に写るユリオンは、剣を持ち魔物と戦っている。場所はどこかの地下空間と推測される。
「――!なんて威風堂々とした姿!ユリオン様が戦う姿なんて普段は滅多に見れないから、本当に貴重だわ」
「騎士殿……その目がちょっと怖いよね」
普段ほとんど拠点で過ごす『騎士』。主君の戦闘姿を見る機会はめったにないため、こんな貴重な映像を手に入れたことで彼女は特に興奮していた。
「えっ……?」
騎士が戦利品を喜びながら眺めている最中、彼女は何か異変に気づき、眉をひそめた。
「何事じゃ、騎士殿?」
「凪、君がくれた写真の数、少なくない?普段は20枚以上あるのに、今回は11枚しかないわよね?」
「騎、騎士殿――!!呼び名!呼び名!」
騎士が自らの名前で呼ばれると、凪は『黒猫』がびっくりして手を振り続けた。
しかし『騎士』は全く気に留めず、尋問を続けた。
「それはいいから、私の質問に早く答えなさい――」
「うぅ……それ、その、予約が入って……」
「なに?」
疑心暗鬼になった『黒猫』はますます声を小さくし、騎士は何を言ったのか聞き逃してしまった。
不満そうに口を尖らせ、『黒猫』に再度説明するよう促した。
「騎、騎士殿、申し訳ございません!その、残りの「品」は他のお客様に予約済みでござる……」
「……何を言っているの?」
「えっ——!?」
予期しない情報を知り、『騎士』の声が異常に冷たくなった。
その冷たさに直面しながらも、『黒猫』は無意識に両腕を抱きしめた。
(失策……他にも客がいることは分かっていたが、私に影響を及ぼすとは思っていなかった)
他の客の情報を尋ねるのは失礼だとして、騎士は方法を変えることにした。
「黒猫、相手はいくらの値を提示したの?」
「騎士殿、申し訳ございません……拙者は秘密主義でござるから、それは職業道徳上の基本でござる」
「そうね……」
しばらく考えた後、『騎士』は衣類の中に手を伸ばし、そして胸元から一枚の写真を取り出して黒猫に手渡した。
「——!?これ、これは——!!!」
その写真を見た瞬間、『黒猫』の心に衝撃が走り、彼女の瞳が驚きで見開かれた。
荒い息を吐きながら、彼女の顔は一気に真っ赤になった。
さらにやばいことに、『黒猫』は完全に『騎士』の存在を忘れてしまい、魅了されたように写真に顔を近づけ、最終的には全顔を写真に押し付けた。しかし彼女はまだ満足せず、鼻をすぼめて力強く息を吸い込み、何の匂いもしないのに。
「黒、黒猫!そんな風にするとしわになるわよ!」
「わあ——!」
『騎士』に注意されるまで、『黒猫』は彼女の恍惚な行動を止めなかった。
写真が傷ついていないか確認するために、『騎士』は『黒猫』が力を抜いた瞬間にその写真を敏速に取り上げた。
写真を失った『黒猫』はがっかりとした低い唸り声を漏らし、無意識に手を伸ばした。
「あ……ふ、エレノア殿、どれくらいの金額で『これ』を手放すつもりでござるか?」
「これね——私の条件を受け入れてくれるなら考えてあげるわ」
「了解しました、どうぞ!」
「全くためらいがないわね……」
相手があまりにも簡単に釣れるのを見て、『騎士』は思わず額を押さえた。
『黒猫』痴女になるほど魅了される写真とは言うまでもなく、それはユリオンの写真だった。
しかし問題はその写真の内容……それは第一人称視点で撮影された画像だった。
画面には裸のユリオンが映っており、両手を広げ、撮影者を押さえつけている。彼の体は汗で湿っており、顔には野獣のような野性的な表情が浮かんでいる。
撮影角度の制約で、写真にはユリオンの上半身のみが映っており、胸筋や腹筋の線が特に目立っていたが、下半身は含まれていなかった。
実際には、『騎士』はもっと刺激的なコレクションを持っているが、現時点ではそれを披露する必要はないと考えていた。
「まず、教えてくれ、私の予約した『品』を買ったのは誰?」
「うう……その、その……」
激しい葛藤の末、『黒猫』は欲望に屈することを選んだ。
「天狐姫殿……彼女がもっと良い価格で拙者から『品』を購入したんでござる。断れなかったんでござる……」
「天狐姫……?天狐、狐……ああ!あの女!!」
『騎士』が静かに相手のコードネームを呟くと、すぐに巫女服を着た狐耳少女の姿が彼女の頭に浮かんだ。
(シーエラを排除するのは大変だったけど、思いがけず不意打ちが現れた……美羽、君までがこの身を邪魔するとは……)
<方舟要塞>の中にはNPCたちが設立した非公式の"ユリオンファンクラブ"があり、ここではユリオンの写真が交換されていた。このグループの大きな事業の一つだ。
もちろん、これらの写真は全て本人の許可を得ていない盗撮物であり、露出度の高いものも多く、マニアにとっては貴重なアイテムとされていた。
シーエラが長期出張中だったため、エレ……『騎士』は自然と彼女がこのクラブの存在を知らないと考えていた。果たしてそうなのか?それはわからない。
「『黒猫』、この写真を手に入れたいのなら、今後私への品供給を減らしてはいけないわ。それに、もしレアな品が出たら、私にすぐ見せてくれることね!」
「え、ええ!?そ、そんな…それってちょっと…」
「そう?もし欲しくないなら、この話はなかったことにしましょう」
「ち、ちょっと待ってください——!!!」
写真を取り戻そうとする凪に、『黒猫』が慌てて声をかける。
「うう……うむむ!!!うええ……」
『黒猫』が条件をほぼ承諾しようとしているとき、突然横から優雅な女性の高音が響き渡る。
「ふふふ〜〜〜、堂々としている『騎士』がこのような手段を取るとは、汝は体裁に外れぬと感じぬか?」
「美羽!?」「美羽殿!?」
取引の場に乱入したのは、話題の中心にいる狐耳の少女だった。彼女もまた風のようなコートで身を包み、帽子のつばで頭の耳を隠していた。
驚きすぎて二人は直接相手の本名を呼び、そのため狐耳の少女は軽く笑いながら訂正する。
「『天狐姫』よ〜。ちょうど良いタイミングで来たわね。きっとこれは主君の導きよね」
もしユリオン本人がこの発言を聞いたら、彼はきっぱり否定するだろう。
「何しに来たの?」
「もちろん、汝と同じ理由でしょう。妾は己が『品』を取りに参りたい」
自分を明らかに警戒する『騎士』に対し、『天狐姫』は余裕の笑みを浮かべた。
「それは残念ね。その一部はこの身のものよ。他のものを持ち帰る前に、先に選んでね」
「ふふ~汝が勝利を手中に収めたと自負する様は、まことに笑止千万なり」
「何を言ってるの!?」
「『黒猫』、妾にはさらに貴重な品があり、見るのちに再考するはいかがか?」
『騎士』の脅威を無視し、『天狐姫』は大胆に胸元から写真を三枚取り出し、二人に見せつけた。
「これ、これは!?こんなに貴重なものがあるなんて——!!!」
「くっ……やっぱり君も持ってるのね、い、いや!どうしてこんなことが!?」
驚きで言葉に詰まる『黒猫』よりも、『騎士』の方が冷静に状況を分析し始める。しかし、分析するにつれて彼女の額からは冷や汗が滲んできた。
『天狐姫』が見せた写真は、ユリオンの全裸写真でありながら、撮影場所や構図は『騎士』のコレクションよりもはるかに上手く、ただし解像度は少し劣る。さらに厄介なのは、それらの写真には下半身も含まれており、特に長く太い棒状の物体がモザイクで隠されていることだ。
致命的な一撃を与えるかのように、『天狐姫』は続けた。
「高画質のモザイクなし版、妾にもあるわよ。どう?『これ』の価値、貴方は知っているはずでしょう?」
「卑、卑劣な…『天狐姫』!」
「勝負とはかくのごとし、全力を尽くすこそ世の常理なり」
「ううん……」
『騎士』も手元には露出度の高い写真があったが、撮影技術は明らかに『天狐姫』に劣り、唯一の利点である『高画質のモザイクなし版』も粉々にされてしまった。
2人が論争している最中、さらにさまざまなコレクションを取り出して競り合う。
「ぷしゅ——」
取引の対象である『黒猫』は、頭上から蒸気を噴き出しながら倒れ、顔を覆っていたマスクは鼻血ですっかり湿っており、一時意識が戻らないようだ。
「ほう——どうやら勝負は一旦保留ということでしょうか」
「うむ、次回は必ず見せてもらいますわ、『天狐姫』」
「ふふ~妾は目を拭いて待つとしよう、『騎士』嬢」
皆様のご支援に感謝いたします。来週から第3章を更新し始めます。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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