Ep 4:始まりの町
2時間の探索時間が終わり、3組の隊が森のとある場所に集まってきた。
すでに到着していた銀髪の青年は、部下たちに周囲の警戒を命じた。
長時間の探索にもかかわらず、彼の顔には一片の疲れもなく、呼吸は穏やかで、服装も整然としており、まるで森の中を駆け回ったようには見えなかった。
彼の深紅の瞳は輝きを放ち、まるで全てを見透かすかのようだった。
「来たか。」
数人の接近を察知し、彼は視線を前方に向けた。
すぐに、2人の美しい少女がそれぞれ一隊を率いて、別々の方向から駆けつけ、青年と合流した。
「ユリオン様、シーエラです。無事に任務を終えましたよ~。問題はなかったですね。」
「ユリオン様、エレノアでございます。任務を完了し、報告しに来ました。特に異常はありません。」
2人はほぼ同時に声を重ねた。
「ご苦労だった。何か注意すべきことはあったか?」
「周辺の魔物の数が明らかに減ってるわ。あたしたちが討伐しただけでなく、その多くは危険を感じて逃げ出したみたい。」
「むっ……」
シーエラが先に主人に報告を済ませると、横にいたエレノアは悔しそうに低い声を漏らした。どうやら彼女が報告しようとしていた内容をシーエラに先を越されたようだ。
「エレノア、そちらは他の強い魔物を見つけたか?」
「はい。それが強いと言えるかどうかはわかりませんが、先ほどの高位オークと同程度の強さの魔物を4体発見しました。」
「ユリオン様、あたしの小隊もそのような魔物を3体見つけたわ。もちろんサンプルは残してあるし、全部アイテムボックスに入れておいたよ。」
ユリオンは事前に2人に、研究材料として魔物の死体の一部を保存するよう指示していた。特に特殊な個体は、できるだけ完全な状態で保存するようにと伝えていた。
「そうか、よくやった。これで今回の目的はほぼ達成されたな。」
(自分が魔法やスキルを問題なく使えるかどうか、自身の強さと魔物の脅威を確認し、魔物のサンプルを収集する。最初の目的は全て達成され、成果もまずまずだ。)
メンバーの体力や気力はまだ十分に残っていたが、探索の目的がほぼ達成されたことを考慮し、念のためユリオンは部隊を引き上げることにした。
「全員、15分休憩。その後、隊列を整えて拠点に戻る。帰還中は警戒レベルを上げ、拠点に到着するまで少しも気を抜くな。」
「「「はい!」」」
全員が勢いよく返事をすると、ユリオンは満足そうに頷いた。
「ユリオン様、こちらに机と椅子を用意しました。少しお座りになりますか?」
「ユリオン様、あたしが飲み物を用意しましたよ。どうぞごゆっくり。」
いつの間にか、2人の少女はアイテムボックスから机や椅子、飲み物や甘いものを取り出し、きちんと配置していた。
その後、エレノアとシーエラはごく自然に、ユリオンの左右に立った。
「ん?ああ、準備が行き届いてるな。じゃあ、お前たちの言う通りにしよう。」
(断ると何だか彼女たちに悪い気がするけど……こんな大勢の前で二人の美少女に仕えられるなんて、なんだか胃が痛くなりそうだ。)
ユリオンの了承を得て、二人の少女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。同時に、警戒任務中の他の隊員たちも好奇の目を向けてきた。
二人の上司が、尊い創造主であるユリオンに仕えている——そんな珍しい光景に、隊員たちの好奇心は頂点に達していた。
ユリオンが席に着くと、二人の少女も彼の左右に自然と座った。
(ちょっと待て、これは何の状況だ!?)
抜群のスタイルと整った顔立ちを持つ二人の美少女に挟まれ、ユリオンは一瞬にして慌てふためいた。彼は自分の心拍数がどんどん上がり、体温も上昇しているのを感じた。もし表情を維持するためのアイテムを装着していなければ、今の自分はきっと顔を真っ赤にしているだろう。
二人との距離は近く、少し体を動かせば触れそうなほどだった。そして、彼女たちの香りが風に乗って鼻に届いてくる。こんなシチュエーション、ユリオンは今までの人生で経験したことがなく、どう対応すればいいのかもわからなかった。
緊張しすぎたユリオンは、一瞬硬直してしまった。
しかし、シーエラはそのチャンスを逃さず、フォークでケーキを切り分け、ユリオンの前に軽く差し出した。
「ユリオン様、どうぞ~」
「あ……ぐっ!?」
ユリオンがぼんやりと口を開くと、その隙にシーエラはケーキを彼の口に運んだ。
距離が近づくにつれ、シーエラのセクシーなボディがユリオンの腕に密着し、温かく柔らかな感触が彼を包み込んだ。その感覚は彼の意識が飛んでしまいそうになるほどだった。彼女の柔らかな胸は圧迫され、腕に吸い付くかのように形を変え、魅惑的な光景を生み出していた。
「お味はいかがですか?」
「うん……とてもいい。」
口ではそう答えたが、シーエラの胸の感触が気になりすぎて、ユリオンは味わうどころではなかった。
「ユリオン様、こちらもどうぞ。」
他の人に遅れを取らないように、頬を少し膨らませた少女——エレノアも同僚に倣い、銀のフォークでスイーツをユリオンの口元に運んだ。
(ちょっと待て、この姿勢はまずいぞ!)
その時、ユリオンの空いているもう一方の腕も、谷間に包まれていた。シーエラの包容力のある柔らかさとは違い、エレノアのは弾力に満ちており、言葉では言い表せないような心地よい弾力が、彼女の動きに合わせて波状に伝わってきた。まるで腕を弾き飛ばすかのようだった。
(やばい…変わらないのは表情だけ、他のところはやばい!)
体に生理的な反応が現れていることに気づき、ユリオンの額には冷や汗が浮かんだ。
ユリオンはよくわかっていた。もし今立ち上がったら、間違いなく威厳が地に落ちる。逃げようにも逃げ場はなく、退路は完全に塞がれていた。
彼は内心の動揺を抑え、エレノアのスイーツも口に運んだ。
もちろん、今回も味わう余裕はなかった。
「お、お前たち、俺だけに構ってないで……せっかくいいスイーツを用意したんだから、三人とも一緒に食べよう。」
「ありがたいお言葉です。でも、あたしはユリオン様の右腕として、こうして仕えることが何よりの喜びです。」
「シーエラと同じく、私もそう思います、ユリオン様。」
「は、はいにゃ。ありがとう……」
(まずい!言葉までおかしくなってきた。)
「でも、俺一人だけで食べるのはなんだか落ち着かないから、お前たちも一緒に食べてくれ。」
「そうおっしゃるなら、では遠慮なくいただきますね。」
「ええ。」
エレノアは微笑みながら、シーエラの意見に頷いた
ユリオンの提案を受け入れたとはいえ、二人は少しも体を離す気配はなかった。
(これじゃ全然落ち着かないな……そうだ、方法がある!)
「シーエラ、エレノア。こちらに来てからずっと働き詰めで、休む暇もなかったな。俺は前からお前たちを労う機会をずっと探していたんだ。」
「えっ……」
「ユリオン様……」
シーエラは目を丸くして驚きの声を漏らし、エレノアは目を潤ませながら深い感情を込めて主人の名を呼んだ。
二人がユリオンの腕から手を離した隙に、ユリオンは素早く身を引くと、流れるような動きでケーキを切り分け、一切れをフォークに刺してシーエラに差し出した。
「ユ、ユリオン様!?あなた様のような尊い方があたしに仕えるなんて、身に余る光栄です……」
「リラックスしろよ。いつもお前たちが頑張ってくれてるから、これはそのご褒美だ。それに、主人のご褒美を無駄にしないのも、部下の務めだろう?」
さっきまで積極的だったシーエラだが、意外にもこういうことには耐性がなかった。ユリオンの逆襲に、彼女の白い頬は赤く染まり、喜びと恥ずかしさが入り混じり、体も小さくそわそわと動いていた。
彼の顔の赤面した無邪気さが、ユリオンを彼女をいじめるという欲求に駆り立てた。
シーエラのそんな純情で恥じらいのある反応は、ユリオンに彼女をからかいたいという欲望を掻き立てた。
「いい子だね、シーエラ。あーん——」
「……」
彼はわざと優しい声でシーエラの耳元で囁き、彼女の頬をさらに赤く染め上げた。
一方のエレノアは、羨望の眼差しで無言のままシーエラを見つめていた。
「むむ~……あーん。」
無言の圧力に押されるように、シーエラは唇を開き、ユリオンが差し出したケーキを受け取った。
(恥ずかしい……味なんてわからない。それに、体が熱い……なんだか変になりそう。ユリオン様……)
ケーキを飲み込んだシーエラは、少し放心したように見えた。彼女は力なく口元に手を当て、焦点の定まらない瞳をしている。
「ふふ。」
(彼女がこんな表情を見せるとは思わなかったな。)
意識を持って以来、いつも余裕を見せていたシーエラが、今では外見通りの年相応の恥じらいを見せていた。
ユリオンは思わず愛おしさを感じ、自分が作り出した少女を優しい眼差しで見つめた。
「……」
袖口から伝わる軽い引っ張りに、ユリオンはもう一人の仕える少女のことを思い出した。
「ユリオン様、あたしも……」
エレノアは何かを言いたげだったが、ユリオンと目が合った途端、顔を赤くして俯いてしまった。まるで額から湯気が立ち上っているかのようだった。
(まずい、シーエラの反応が面白すぎて、エレノアのことを忘れるところだった。)
言葉には出さなかったが、ここまでわかりやすく態度に出ていれば、さすがにユリオンもエレノアの気持ちに気づかざるを得なかった。
「エレノア、次はお前の番だ。さあ、あーん。」
「はい!あーん。」
待ちきれなかったエレノアは、勢いよくケーキを受け取った。
彼女は慈しむように何度も噛みしめ、ケーキの甘い香りを味わっていた。
(ふぅ……これが、シーエラが感じた……創造主である主人にこんなにも愛されることなのか。このまま意識が飛んでしまいそう……)
エレノアの肩は震え、恍惚とした表情でユリオンを見つめ返した。
「ト、殿!僭越ながら、そろそろお戻りの時間がございます。」
「お、おお。構わない、ありがとう、凪。」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、凪は慎重に諫言した。 主に、主人の食事を中断させてしまったことに申し訳なさを感じていた。
だが、ユリオンにとってはむしろ好都合だった。 体はもう落ち着いていたが、この場をどう収めるか、本気で悩んでいたからだ。
二人の少女の反応をもっと楽しめなかったのは、少し残念だったが。
(まあ、また機会はあるさ。今回はこの辺で手を打とう。)
ユリオンが隊列を整えるよう命じると、シーエラとエレノアも我に返り、一緒に手伝い始めた。
出発時とは違い、帰りの道のりは非常に平穏だった。 魔物の姿は影も形もなく、斥候ですら一匹も発見できなかった。
※※※※※※※※※※
<方舟要塞>の城塞内にある会長室は、以前はギルド長と副会長たちだけが使用できる場所だった。
しかし今では、書類を持った人々が頻繁に出入りしている。
「村を発見した?」
そう問いかけたのは、<方舟要塞>の主人であり、現ギルド長ー——ユリオンだった。彼は高級なデスクに座り、部下たちからの報告を聞いていた。
現在、彼の側に仕えているのはエレノアだけだった。シーエラは警備体制に関する仕事を処理するため、別の場所でラインロックと協議中だった。
「はい。ユリオン様の指示に従い、探索範囲を拡大した結果、森の南側に小規模な村を発見しました。」
「続けてくれ。」
優先順位が最も高い——そう判断したユリオンは、部下に詳細な説明を求めた。
主人の真剣な表情を見て、エレノアはメモ帳とペンを手に取り、すぐに記録できるように準備した。
「その村の人口は150~200人ほど。住民のほとんどは農民で、一部は武装している者もいる。」
そう言うと、彼は半透明の球体を取り出した。これは映像を記録する魔法の道具で、現実のビデオカメラに似ている。ただし、映像のみ記録でき、音声は残らない。
白い光が一瞬閃くと、調査チームが記録した映像が投影された。
映像の中には、議題となっている村の全景が映し出されていた。
古代の田舎町のような風貌で、家屋のほとんどは木造やレンガ造り。目に入る限り機械的な造形物はなく、道路も凸凹で整備された形跡はなかった。
どの家の周りにも農地が広がり、家畜が放し飼いにされていた。どうやら、この村の経済は農業と牧畜が中心のようだ。
(思ったよりもずっと遅れているな。ただ、これだけではこの世界の時代背景は判断できない。)
ユリオンの認識では、22世紀の地球でも、まだ発展が遅れている国は存在する。
そういう地域では、電気やガス管などのインフラが整備されていないのは珍しくなく、住民たちも現代文明とはかけ離れた生活を送っている。 そういう地域だけを見れば、中世にいると錯覚する人もいるかもしれない。
村の人々の服装も質素で、農作業に便利な格好をしており、絹織物や特別なブランドの服は見当たらなかった。
「言語については確認したか?」
「はい。言語に関しては、潜入調査の結果、私たちと同じでした。ただし、文字については大きな違いがあり、『Primordial Continent』には存在しない文字でした。」
「なるほど。」
(『Primordial Continent』は世界中で人気を博し、異なる国の背景を持つ人々が使いやすいように、複数の言語が設定されていた。ゲームに存在しない言語なら、この世界には独自の言語文化があるということになる。でも、聞き取れるのはどういうことだ?文字が違うのに、口語の発音が一致するなんてことがあり得るのか?)
「何か問題でも?ユリオン様。」
考え込むユリオンを見て、傍らのエレノアが小声で尋ねた。
彼女は今、実戦装備ではなく、軽いセーラー服を着ていた。その姿はまるで、どこかの学校の女子高生のようだった。
ユリオンは我に返り、抱えていた疑問を口にした。それを聞いたエレノアは、すぐさま答えを出した。
「私たちが彼らの言葉を理解できるのは、翻訳魔法のせいだと思います。」
「ああ——そうか、確かにその通りだ。」
『Primordial Continent』のプレイヤーは世界中から集まり、誰でも音声でコミュニケーションが取れるよう、公式は各プレイヤーに内蔵型の同期音声翻訳機を支給していた。これは成熟したAI技術を応用したもので、正確率99%を誇る逸品だった。
(運営側の設定では、この翻訳機は誰もが使える翻訳魔法とされ、常駐魔法の一種だった。まさかこの設定まで持ち込まれるとはな。それも魔法という形で。)
「ありがとう、エレノア。」
「お役に立てて光栄です。」
納得したユリオンは、エレノアに感謝を伝えた。
その後、彼は再び映像に目を向けた。
「さっき、村に武装した者が駐留していると言っていたな。その辺りの映像に切り替えられるか?」
「かしこまりました。」
職員が操作を始めると、映像もそれに合わせて移動し始めた。
兵営のような場所が映し出されると、映像の移動が止まった。場所は村の外れで、キャンプの外には多くの木柵が設置され、村の一側を囲んでいた。とても簡素に見えたが、野生動物を防ぐには十分かもしれない。
キャンプ内には、パトロール中の者たちが数人いた。彼らは鉄製のヘルメットと軽鎧を身にまとい、腰には長剣を携え、少し離れた場所には槍と鉄製の盾が置かれていた。
「中世の騎士みたいだな。」
「中世……?」
聞き慣れない言葉に、エレノアは首を傾げた。
「あ、いや、『Primordial Continent』で見かけた初心者騎士に似てるな、と言いたかったんだ。」
自分の発言が誤解を招いたことに気づき、ユリオンはすぐに訂正した。
(そうだ、エレノアたちは現実世界のことを知らない。彼女たちにとっては、ゲームの中のことが常識なんだ。)
「はい、おっしゃる通りです。あの人たちの装備はとても簡素で、確かに騎士になったばかりの新人のようです。」
エレノアはユリオンの推測に頷き、彼女の目には騎士たちの装備に実戦的な価値はないように映っていた。
ユリオンも同じ意見だった。魔力のない装備では、レベル100の魔物にも対抗できないだろう。
(初心者村のNPCがこんな装備を着てる感じだな。時代を感じるというか……コスプレじゃないよな?)
「隊員が得た情報によると、これらの騎士は魔物の侵入を警戒する役割を担っています。たまに森から魔物が出てきて、村を襲おうとすることがあり、それらを追い払ったり倒したりするのが彼らの仕事です。」
報告を担当する男性が続けて説明した。
「ここは実際には開拓村で、国王が近くの樹海を開墾しようとしています。そのため、ここに村を建て、住民の安全を守るために人員を配置したのです。」
「よくやった。こんなに詳細な情報を入手できたのは、称賛に値する。」
「とんでもありません。全てはユリオン様のご指導のおかげです。」
「謙遜しすぎだ。これからもその能力を活かして、私のために働いてくれ。」
「はい!光栄です。」
NPCたちは奉仕の心が強い。今、ユリオンが接しているNPCたちは皆、「君臨者」を深く尊敬し、仕えることを誇りに思っている。そして、それを喜びと感じ、心配になるほど熱心に働いていた。
「しかし、保護とは言っても……こんな装備じゃ、この森の魔物には太刀打ちできないだろう。よほど腕が立つ者でなければな。」
「その通りです。ユリオン様がおっしゃるように、私たちが探索中に見つけた魔物の平均レベルは300前後です。あの人たちの装備では、まともに戦うのは難しいでしょう。」
「それに、人数も少なすぎる。見たところ、せいぜい15~20人といったところか。この人数で村を防衛するのは無理がある。」
ユリオンとエレノアは、村の警備体制に疑問を抱きながら意見を交わす。
「その件について、もう一つ報告があります。」
「ん? 何だ?」
「凪様の情報によると、森の外縁部には弱い魔物しか生息しておらず、個体のレベルは100前後。しかも、群れで行動することはほとんどないそうです。」
「なるほど、それなら納得できる。」
(どうやら、森の外縁に行くほど魔物は弱く、強い魔物は奥深くに生息しているらしい。何か特別な縄張り意識があるのかもしれない。)
現在、アレクサンダーの部下たちの監視は、凪の小隊に任せている。周辺の情報をさらに把握するため、ユリオンは凪に隊を率いて調査に行かせた。彼女を信頼しているのはもちろん、どんな状況にも柔軟に対応できる経験豊富な忍者だからだ。
「いずれにせよ、これから村人たちと接触する必要があるかもしれない。慎重に対処しよう。エレノア、この件をスケジュールに記載して、後で会議で話し合うように。」
「かしこまりました。」
「そうだ、この件はシーラーたちにも伝えておいてくれ。会議の前に考える時間を持てるように。」
「わかりました。すぐに手配いたします。」
「頼んだ。」
許可を得ると、エレノアはすぐに部下へ連絡を取った。決断力があり、行動も早い彼女は、まさにユリオンの右腕だった。
(……こうして部下がいて、専属の秘書までついて……いつの間にか、大物になったもんだな。昔の自分には想像もつかなかったよ。)
忠実に職務を果たす少女秘書の姿に、ユリオンは満足そうに微笑む。
ここ数日、彼女たちと行動を共にする中で、ユリオンには一つの悩みがあった。それを口にするか迷っていたが、ついに決心を固める。
「エレノア、今日の仕事が終わったら俺の部屋に来てくれ。話したいことがある。」
「えっ……あ、はい!」
具体的な内容を言う前に、エレノアは即座に承諾した。
そして、目を輝かせた彼女は、ほんのり頬を赤らめながら期待に満ちた視線を向けてくる。
「あ、うん……じゃあ、それで。」
(……あれ? なんか言い間違えたか? なんか変な感じがするんだが……)
※※※※※※※※※※
話題の中心となっているこの村には、正式な名前がない。
村を築いた住民たちは、ただ『開拓村』と呼んでいる。王の命令を受け、彼らはこの地に赴き、森を開拓するための拠点として村を築いたのだ。
この『アルファス大森林』は、別名『魔境の森』とも呼ばれ、その広大な土地は三国の領土にまたがっている。豊富な森林資源と希少な鉱物資源を有し、周辺国にとっては垂涎の的となる宝の地だ。
しかし、この森には強大な魔物が数多く生息しており、森の奥へ進むほど、その数と強さは増していく。かつて各国は何度も兵力を投入し、森を強引に開発しようと試みたが、その度に甚大な損害を被った。
やがて、『アルファス大森林』は誰もが恐れる魔境となり、現在の王は方針を転換。森の外縁部に村を築き、慎重に開発を進めることにした。
正午ごろ、村の入口にある兵営では、数人の兵士が立ち番をしていた。
「はあ……今朝も魔物の襲撃があったせいで、全然寝てねえよ。」
「最近、マジで増えてるよな。前は三日に一回あるかどうかだったのに、今じゃ毎日だし、しかも時間帯がバラバラになってきてる。」
「まあ、魔物の数自体は少ないからまだいいけど……このままじゃ、持ちこたえられないかもな。どこかから増援が来てくれればいいんだが。」
「無理だろ。開拓なんてほとんど進んでないし、上も資源を無駄にする気はない。正直、いつかは見捨てられるさ。」
「まあな。元々ただの閑職だし、できるだけ長くやれりゃそれでいいよ。」
彼らは森の方を見つめながら、増え続ける魔物の襲撃についてぼやき合っていた。
兵士たちは、多少なりとも負傷していた。これも連日の戦いの証だった。
「なあ……森の中で何か変なことでも起きてるんじゃないか?」
「かもな。でも、確認しようにも手段がないし。」
「お前が森の様子を見てこいよ。」
「は? お前が行けよ……俺は死にたくねえんだよ。そんな割に合わないこと、命がいくつあっても足りねえ。」
「はは、確かにな。こんなクソみたいな森を開発できるのは、伝説の英雄くらいだろうな。」
「……おい! あれを見ろ!」
そのうちの一人が、森の方に何か動く影を見つけ、慌てて仲間たちに声を上げた。
暗闇に包まれた漆黒の森から、三対の赤い光点が浮かび上がる。それは魔物の目が放つ光だった。
「またか……仕事だ、気を引き締めろ。」
「まったく、こっちは休む暇もねえってのに、あいつらは元気いっぱいだな。」
「待て……なんか様子がおかしいぞ。」
「……おいおい、まさか……」
彼らが話している間にも、赤い光点の数は次々と増えていき、やがて視界内を埋め尽くすほどになった。
「すぐに団長に連絡しろ!」
「休んでる連中も全員呼び出せ!」
「くそっ、こんなことに巻き込まれるなんて!」
「夢じゃねえよな……こんなの、防げるわけねえ……。」
目視できるだけでも、すでに50頭以上。普段現れる魔物はせいぜい3~5頭。それが10倍以上に膨れ上がっていた。
誰もが青ざめ、無形の圧力が胸を締め付けるように膨れ上がっていく。
「かしこまりました!」
「避難作業の進捗はどうなっている?」
「順調です。しかし、老人や子供が多く、短時間では完了できません。」
「動けない者は馬車に乗せ、他の者は防衛を強化しろ。何としても、住民を無事に避難させなければならない。」
40歳前後のこの男にとって、騎士団長となって以来、これほどの危機は初めてだった。しかし、今の兵力でこの猛攻を防ぎきるのは不可能だと理解しており、戦術の焦点を撤退に置いていた。
その間にも、森の奥から百頭近い魔物が姿を現し、秩序なく村の方へ突進していく。地面はわずかに震え、足元にまでその振動が伝わるほどだった。
「やれ!」
魔物たちがキャンプに踏み込む直前、騎士団長の一声が響く。次の瞬間、数本の火矢が囲いの内側から放たれ、キャンプに仕掛けた可燃物へと突き刺さった。
ゴォッ……!
乾いた木材が弾ける音とともに、炎が勢いよく燃え広がる。風に煽られ、火の手は瞬く間にキャンプ全体を包み込んでいった。
「グオォォォ!!」
「ガウ——!?」
激しく燃え上がる炎は、魔物たちの侵攻の勢いを乱した。
最前列の魔物は突如として足を止めたが、次の瞬間、後続の魔物に踏みつけられ、地面に叩きつけられる。
一時的な混乱の後、魔物たちは二手に分かれた。一部は炎を避けて進み続け、もう一部は迷いなく炎の中へと突っ込んでいく。
だが――魔物たちの進軍は止まらなかった。炎に包まれながらも、まるで何事もなかったかのように歩みを進めていく。
「丸太と石を投げろ!何としても中に入れるな!」
(くそっ……!高位種かよ。火の壁を無視して突っ込んでくるなんて――!)
兵士たちは囲いの上から岩や木材を投げ落とし、炎を突破した魔物たちを迎え撃つ。しかし――その効果はほとんどなかった。
「モォォォォォォ――――!!」
耳をつんざくような咆哮が、兵士たちの鼓膜を刺激した。
赤い巨体、水牛に似た姿を持つ魔物が、全身に炎を纏いながら突進してくる。その巨体はまるで灼熱の弾丸。そのまま、一直線に城門へと迫る――!
ドンッ――!!
重い衝撃音が響き渡る。
次の瞬間、鉄の門は炎牛の角によって吹き飛ばされ、背後の瓦屋根の家屋までもが巻き添えになり、粉々に砕け散った。
「魔物が侵入したぞ!」
「数は多くない!近接戦の準備をしろ!両側から包囲しろ!弓兵は矢を放て!」
横暴な炎牛は、飛んでくる矢も剣の攻撃も一切意に介さず、すべてを破壊する勢いで突き進んでくる。
「散開しろ!」
指示が出されたが、それでも一人の兵士が避けきれなかった。
「ぐああああああ!!?」
バキィンッ――!
その兵士が手にしていた剣は、激しい衝撃とともに粉々に砕け散る。鋭く燃え盛る炎牛の角が、鎧を貫通し、彼の胴体に大穴を開けた。
鮮血が吹き出す――いや、それだけでは終わらなかった。
角に宿る炎が、一瞬にして彼の全身を焼き尽くす。
「モォォ――!!」
炎牛は軽く頭を振る。
次の瞬間、兵士の体は弾き飛ばされ、宙を舞った。放物線を描いて地面に激突し、血と肉片が無惨に散らばる。
痙攣が止まると、彼はもう――動かなかった。
こうして、この戦いの最初の犠牲者が生まれた。
※※※※※
《方舟要塞》の会議室には、すでに数名の者が集まっていた。
長いテーブルを囲む五人。その中央に座るのは、銀髪の青年だった。
「急な召集で悪いが、緊急の事態が起きてる。皆に相談したいことがある」
そう切り出した銀髪の青年――ユリオンは、状況を説明し始めた。
「3分前、森の外縁を探索中の部隊から連絡が入った。魔物の群れが、近くの村を襲撃し始めたらしい。確認された数は、およそ500。」
「――!? マジかよ、そんな急に……ユリオン、その村って、前に話してたあれか?」
口を開いたのは、茶髪の青年――シーラーだった。普段は軽口ばかりの彼も、珍しく真剣な表情を浮かべていた。
「ユリオン会長、お話を聞く限り、その村の規模ではこの攻勢に耐えられないと思います。すぐに救援を派遣すべきです。」
「俺もそう思ってる。だから、すでに手を打っておいた。」
「……手を打っておいた? どういうことですか?」
ワンピース姿の黒髪の少女――千桜は、訝しげに問いかける。
「守備兵が目撃した魔物、約70体はそのままにした。だが――森の奥にいた400体以上の魔物は、すでに殲滅済みだ。」
「そういうことですか……つまり、我々の情報が漏れるのを防ぐために?」
「ああ、その通りだ。」
ただ部隊を率いて魔物を殲滅するのは造作もない。だが、それではユリオンたちの存在が露見する。現段階では、ユリオンは地元の人々の目に触れるような行動を避けるべきだと判断していた。
「現時点で俺たちの存在を明かすには、まだ早すぎると思う。元々の計画では、流れ者に扮してあの町の人々と接触する予定だったが、もうそのチャンスはない」
「時間がないから、単刀直入に話す。俺たちにできる選択肢は二つだ。事態を放置するか、介入するか。放置すれば確かに犠牲は出るが、村人が全滅することはないだろう。介入した場合、後々の対応を誤れば俺たちの存在が露見し、脅威にさらされる可能性が高い。3分後に投票で決めてもらう」
「……」
一同は無言で、それぞれの選択を考え込んだ。そして、すぐに制限時間が訪れる。
「3対2か……それじゃ、こうしよう」
介入に賛成したのは三人――シーラー、緋月、アシェリだった。一方、様子見を選んだのはユリオンと千桜の二人だけである。
「これで……本当にいいのかな?」
「シーラー、お前も賛成したんだろ?なんで今さら心配してるんだ?」
「いや、干渉のリスクは理解してるけど……あの村が魔物に襲われるのは、俺たちが森を開拓した影響だろ?だからこそ助けたいけど、ちょっと軽率すぎる気がして……」
「気にするな。俺たちはいつもこんな感じでやってきたじゃないか」
『遠航の信標』は常に投票制で、会長と副会長が議題を提出し、全員で投票する。誰か一人の独断で決めることはない。
「そ、そうだ!ランスとアレクサンダーもいるじゃん。あいつらの意見を聞かなくていいの?」
「ランスは呼んだが、あいつは来れないって。たぶん侍女と遊んでるんだろう。アレクサンダーは興味ないって言ってた。俺たちで決めろって」
「結束力の低さが絶望的すぎる……」
他のメンバーの動向を知り、シーラーは呆れながら額に手を当てた。
現在、場にいるのはプレイヤーメンバーだけで、NPCたちは一時的に入室を禁じられている。
「あいつらのことは気にするな。決まったんだから、さっさと動こう。ただ、今回は俺に全部任せてほしい」
「理由を聞いてもいいですか?」
淡いピンクのショートヘアに角を生やし、妖艶な衣装をまとった少女が口を開いた。彼女はシーラーの恋人、緋月だ。
「情報漏洩をできるだけ避けたいからな。人手は多くない方がいい。一種の保険だ」
「わかた。でも、手伝いが必要ならいつでも言ってください」
「私も!ユリ、人手が必要なら私から借りてもいいよ」
「ありがとう、緋月、アシェリ」
結論が出ると、ユリオンはすぐにエレノアに連絡し、彼女に部隊を率いて合流するよう命じた。
「じゃあ、行ってくる。現場の状況はあの観測球で見ててくれ」
そう言うと、ユリオンはテーブルに置かれた球体の魔法スクリーンを起動した。
その球体は光を放ち、村の様子をホログラム映像として空中に投影した。
映像には、現在騎士たちが魔物の攻撃を防いでいる様子が映し出されていた。しかし、状況は楽観的ではなく、すでに多くの死傷者が出ており、戦線は後退し続け、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。
【ユリオン様、準備は整いました。いつでも出発できます】
エレノアからの魔法伝令を受け取り、ユリオンは転移魔法を発動させた。
『次元転移』
次の瞬間、彼の姿は消え、森の外縁で待機していた騎士少女と合流した。
「どうか無事で戻ってきてください」
すでに去った同僚に向かって、千桜は祈るように呟いた。
※※※※※※※※※※
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