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Ep 27:エレノアとリゼリア

数秒の間を置いて、ユリオンは<方舟(Ark)要塞(Fortress)>の主城のホールに戻ってきた。


「お帰りなさいませ、ユリオン様」


「ああ。ただいま、エレ」


到着すると、セーラー服を着た美少女――エレノアが片膝をついてユリオンを出迎えた。


「私がご案内いたします。こちらへどうぞ」


「ああ、頼む」


現在、ギルドホールにはユリオンとエレノアの二人だけで、彼に連絡を取ったリゼリアは見当たらない。どうやらエレノアも迎えに来た使者のようだ。


二人が回廊を進むと、多くのNPCメンバーとすれ違った。彼らは皆、体を直立させ、頭を下げて…正確にはユリオンに向かって礼にした。


「申し訳ありません、ユリオン様…せっかくご出発されたばかりなのに、またお呼び立てして」


「気にするな。リゼにはいつでも連絡していいと言ってあるんだ。大事じゃなくても構わない」


「そうですか…ご理解いただき、ありがとうございます」


(やはりこの方とリゼリア様の関係は特別なもののようですね。シーラー様と緋月様のような関係にも見えるけど、何かが違う…)


自分にとって特別な存在である主人と創造者、この二人が良好な関係を保つことは喜ばしいことだが、なぜかエレノアの心は痛むのだった。


いくつかの長廊を通り抜け、二人はある露天中庭に辿り着いた。明るい月光が天井から差し込み、エレノアの水色の短髪を照らし、月光を浴びた髪は淡い銀の輝きを放っていた。それはまるで月の女神が地上に降臨したかのようで、ユリオンも思わず見惚れてしまった。


「どうされました、ユリオン様?」


「あ、いや…なんでもない、続けよう」


「はい」


ユリオンは、自分が足を止めた理由が彼女の美しい背中に見惚れていたからだと言えなかった。


実は他にも理由があった。一瞬だけエレノアの姿が彼女の創造者である少女と重なったのだ。それもそのはず、髪の色と髪型を除けば、エレノアとリゼリアの間には全く違いがなく、二人は親姉妹のように見えた。


中庭を抜けると、再び主城内の回廊に出た。ここまで来れば、ユリオンも目的地がどこか予想がついた。


コンコン――


ある扉の前に到着すると、エレノアは礼儀正しくノックした。待っていたかのように、数秒もしないうちにドアノブが回り、扉がゆっくりと開かれた。


そこから現れたのは、エレノアと似た顔立ちの少女だった。白銀の髪を片側で清潔にまとめたポニーテール、赤い瞳は興奮を隠しきれない様子で輝いていた。


「おかえりなさい!ユリオン、エレ」


「リゼリア様にご報告いたします」


「やあ、リゼ。こんばんは」


ユリオンの予想通り、待ち合わせ場所はリゼリアの部屋だった。エレノアもいるため、二人きりの気まずい状況にはならなかった。


リゼリアの出迎えを受けて、二人はスリッパに履き替えて部屋に入った。可愛い装飾品とぬいぐるみが並ぶリビングに来ると、エレノアはお茶の準備のためにキッチンへ向かったので、ユリオンとリゼリアは先に客卓に座った。空いている椅子がたくさんあるのに、リゼリアはわざわざユリオンの隣の席を選んだ。


「君たち二人だけか?シェスティと紅音はどこに行った?」


ユリオンが言及したのは、リゼリアが作った他の二人のNPC少女たちのことだ。エレノアを含めて、彼女たち三人はリゼリアの唯一のNPC従者だった。


「あの子たちなら、今特訓中よ」


「……特訓?何のために?」


「エレと比べて、自分たちの力が不足していると感じているの。それが私の近侍として恥ずかしいって……全く、私はそんなこと気にしてないのに。彼女たちは本当に真面目過ぎるわ。私を大切に思ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと距離を感じるの」


三姉妹の中で唯一エレノアが満級(Lv1,000)であり、紅音とシェスティの総合レベルはLv500前後だった。ゲームの基準では高いとは言えず、戦力にもならなかった。この差が生まれたのは、ユリオンがエレノアの強化に専念したためだ。


この話題に触れると、リゼリアはため息をついた。その様子が可愛らしく、面白かったので、ユリオンは思わず笑ってしまった。


「あ——ユリオン、また私を笑ったのね!」


「ははは、ごめん。だけど、君の気持ちはわかるよ。そんなにかしこまられるのは嫌なんだろう?俺もそう感じる」


「うん……そうなの。前にも言ったことがあるけど、私は大物でもなければ偉大な存在でもないんだって。でも、彼女たちは聞く耳を持たないみたい」


リゼリアは不満そうに頬をふくらませた。その姿から、どれだけ壁にぶつかったかが伺えた。


「ふふ、君もそんなことで悩むんだね。少しは俺の気持ちがわかるかな?」


「え、ユリオンも?君はもう慣れていると思ってた」


「どうしてそう思ったんだ?」


「だって、君はギルド会長だから。ギルドの中で一番偉大な人として、皆に畏敬されるのに慣れているんじゃない?」


「それは偏見だよ。それに、俺が会長になってから、ギルドは衰退し始めたし、ギルドの皆はとても気さくな人たちだ。一部を除いてね。だから、俺たちは堅苦しい言葉遣いや態度は取らないんだ。俺たちは普通のプレイヤーで、上下関係なんてはっきりしてないんだ」


副会長を務めていたユリオンは、会長になってもメンバーとの関係を変えなかった。前会長ほどの人望はなかったが、多くの古参メンバーに支持され、親しみやすい青年として好かれていた。


「リゼリア様、ユリオン様、お茶をどうぞ」


「ありがとう、エレ」


「お疲れ様。エレ、君も座りなさい」


お茶を受け取った後、ユリオンはエレノアに礼を言い、リゼリアは隣の席を指さしてエレノアに座るよう促した。


「いえ、私は立っていればいいので……気にしないでください」


「エレ、君が立っているとリゼが落ち着かないよ。彼女の言う通りにして」


友人の気持ちを理解し、ユリオンもエレノアに座るよう促した。


「ユリオン様……それでは、私は先に失礼して——」


「だめ!」


エレノアが言い終わる前に、リゼリアは慌てて彼女を遮った。


「エレ、ユリオンと話すことが君にも関係あるの。だから、君も一緒に聞いて欲しい。座って」


「かしこまりました、リゼリア様……」


リゼリアの毅然とした言葉に、エレノアは心を揺さぶられた。彼女は素直にリゼリアの隣に座り、少し落ち着かない様子で手を擦り合わせた。


ユリオンの目には、隣に座る彼女たちがまるで本当の姉妹のように映った。


「いい味だ…この味は安心する。俺は茶を味わうのは得意じゃないけど、少なくとも美味しいかどうかはわかる」


「でしょ〜?エレは本当にお茶を淹れるのが上手なの。私のためによくお茶を淹れてくれるんだけど、私の状態や気分に合わせてお茶を変えてくれるのよ。すごく気が利くでしょ?」


「それはそうだが、何を自慢しているんだ…」


リゼリアは胸を張り、まるで自分が褒められたかのように顔に笑みを浮かべている。その姿は、子供が褒められて喜んでいる若い母親のようだが、ユリオンはそんな感想を口に出すことはできなかった。


「光栄です。ご満足いただけて嬉しいです」


表情は変わらないが、ユリオンはエレノアの口元が少し上がっているのに気づいた。それは無意識の行動であり、彼女が本当に喜んでいる証拠だった。


「さて、話を簡潔にする。ユリオン、君を呼んだのは、許可をもらいたいから」


「ちょっと待て、それは簡潔すぎる…一体何の許可が必要なんだ?」


リゼリアの発言から察するに、エレノアに関することだろう。ユリオンの頭にいくつかの可能性が浮かぶ。


(まさかエレの職を解いて、専属で仕えてもらうとか…?いや、それはありえない。そんなことはわざわざ面と向かって話す必要はないし、リゼもそんなことを気にするタイプじゃない)


「実はね、エレに直接私のことを『リゼ』って呼んでほしいの。それに普通の態度で接してもらえたらもっといいわ。彼女だけじゃなく、紅音とシェスティにも」


「なるほど…理解した。それで、なぜ俺が関係するんだ?」


ユリオンは深く理解した表情でエレノアを見つめる。エレノアは恥ずかしそうに視線をそらした。


「エレは今の主人が君なので、こんなことをするにはユリオンの許可が必要だと言うの」


「そうか——エレ、ちょっと聞くが、俺が許可しないと思っているのか?」


リゼリアの説明を聞いたユリオンは考えながらエレノアに問いかけた。


「うぐ…そ、そんなことはありません、ユリオン様、私は…私は…」


ユリオンの質問はエレノアの罪悪感を刺激した。本来、この件はユリオンに相談する必要はなく、リゼリアとエレノアの間の問題だった。しかし、エレノアのために出張中のユリオンを巻き込んでしまったことが、彼女には申し訳なく感じられた。


エレノアが困った表情をしているのを見かねたリゼリアは、自然と彼女を抱きしめ、同時にユリオンを睨んだ。


「ストップ——!ユリオン、意地悪なことを言うのは禁止」


「え…そんなつもりはなかったんだが?」


「じーっ、それは嘘の色」


「う…ごめん、俺が聞きすぎた」


(参ったな、なぜリゼはこういう時にこんなに鋭いんだ…それに嘘の色って何だ?そんなスキルないだろ…もしかして女の直感か?)


友人に叱られたユリオンは少し気まずそうに視線をそらした。


「ゴホッゴホッ、君の言いたいことはわかった。でははっきり言おう、エレ、もし俺の許可が必要なら、答えは——いいよ、問題ない」


「よかった、エレ!これで遠慮しなくていいわ。シェスティと紅音も同じよ」


「うう…ありがとう…ございます」


ユリオンの許可を得たリゼリアとは違い、エレノアは感謝しつつも、顔はまるで酸っぱいレモンを食べたように歪んでいた。


「なあエレ——この機会に俺への呼び方も変えてみないか?ユリオンって呼んでみたらどうだ?」


「それは絶対にだめです!ユリオン様は<方舟(Ark)要塞(Fortress)>の主で、至高の存在、絶対的な支配者です。名前を直接呼ぶのは失礼なだけでなく、他の人から恨まれることになります。」


予想以上に強いエレノアの反応に、ユリオンは言葉を失った。


(考えが足りなかった。エレは俺が作ったNPCではないから、彼女にこの権限を与えると他のNPCに妬まれるだろう。特に俺の手で生まれた子たちには…今はリゼのことに集中しよう)


「すまない、俺の配慮が足りなかった」


「いえ…私こそ、ご心配をおかけして」


エレノアが頭を下げて謝るのを見て、リゼリアは困った表情を浮かべたが、何も言わなかった。


「本題に入るけど、エレ。リゼの願いを叶えてほしい。これは命令じゃなくて、俺の個人的なお願いだ」


「リゼリア様の願いを…?」


ユリオンの言葉を噛みしめ、エレノアは疑問の目で彼を見る。


「そうだ、気づいているだろう。リゼは君と部下として接することを望んでいない。君が悪いわけじゃない。彼女はただ…君たちを友人や家族として見たいんだ。君も、シェスティも、紅音も、彼女にとってはかけがえのない存在なんだ」


「ユリオン——ここからは私が言う」


リゼリアはエレノアを抱きしめ、彼女の手を握りしめた。


「エレ、私はね…ずっと昔から同年代の友達と、自由に過ごしたいと思っていたの」


「もともとの身体は病気のせいで…ずっと良くなかった。生活の多くを人に助けてもらって、ほとんどの時間を病院で過ごしていた。だから<Primordial Continent>に出会うまで友達がいなかった」


過去を思い出し、リゼリアは微笑んだ。その表情を見たエレノアは水色の瞳を大きく見開いた。


「生まれてからずっと、周りの人にたくさん助けてもらった——私の面倒を見てくれた祖父母、医療費を払うために働いてくれた両親、治療に尽力してくれた医者、<Primordial Continent>に連れて行ってくれた教授、そしてユリオン…。私はすごく恵まれている。自分では何もしていないのに、これほどの愛情を受けている」


「う…リゼ…リア様……うぅ……」


彼女の過去を聞き、エレノアの頬に涙が流れた。


「これまでずっと一方的に人に助けてもらってきたことに不満はない。むしろ感謝している。でも、これ以上ただ助けられるだけの存在でいたくない…ただ一方的に助けられて、世話をされるだけなんて、そんな風に扱われたくはない」


「エレたちが私を大事にしてくれるのは本当に嬉しい。でも、ここまでの道のりで、自分が大した人物ではないことを分かっている。だからこそ、主人としてではなく、家族としてエレたちと対等に接したいの。正直、エレとシェスティや紅音が話しているのを見て、羨ましいと思ったし、一緒にいたいと思った」


「私はこれまで多くの恩恵を受けてきた。だからこそ、今この健康な体で、もう一方的に助けられるだけではなく、君たちのために何かをしたい」


「だから……友達になってくれる?エレ」


「ああ…ああ……」


涙で声が詰まりながらも、エレノアはリゼリアの手を強く握り返し、その小さく冷たい手を自分の胸に抱きしめた。


ユリオンは静かに立ち上がり、二人に残りの時間を任せることに決めた。もう自分にできることはなかった。彼は転移魔法を使って、注意を引かないようにその部屋を去った。


二人だけが残ったリビングで、エレノアは泣きながらリゼリアを抱きしめた。


そして、全力で言葉を紡ぎ、リゼリアの耳元で囁いた。


「う…不才…の身ですが、私、私…私でよければ、リ…ゼ…リゼ…お友達になります」


「ありがとう、エレ」


リゼリアはエレノアを抱きしめ返し、その水色の髪を優しく撫でた。


その夜、主人と従者の二人はついに親友となった。

本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。


これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


最後に――お願いがございます。


もし『面白い!』、『楽しかった!』と感じていただけましたら、ぜひ『評価』(下にスクロールしていただくと評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)をよろしくお願い致します。


また、感想もお待ちしております。


今後も本作を続けていくための大きな励みになりますので、評価や感想をいただいた方には、心から感謝申し上げます!

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