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Ep 3:周辺探索

「お出でくださいましたか、主君」


指揮部に一目だけ確認するつもりで来たユリオンを、NPCたちが出迎えた。


作業中だった者たちが手元の仕事を中断し、一人の女性を中心に整然と二列に分かれた。


先頭に立った彼女は、この施設の管理を任された美羽(ミウ)だった。美羽は胸に手を当てながら、主人に妖艶な笑みを向ける。


「構わん、作業を続けろ」


「「「承知!」」」


ユリオンが美羽を呼び止めると、他の者たちは指示通り作業に戻っていった。


「美羽、状況は?」


「はい、万事滞りなく進んでおりまするでございます。主君の配下との連絡網は構築済みでございます。加えて今しがた、シーエラより伝令が届きました。『拠点の機能は無事、いつでも起動可能とのこと』」


「防壁機能もか?」


「はい、防壁機能も手配済みでございます」


「良し。エレノアからの連絡は?」


「未だエレからの報せはございません。お呼び立てしましょうか?」


「いや、あちらも余裕がないだろう。それより凪をここへ呼べ。直接話したいことがある」


「かしこまりました。ただいま凪を呼び参らせます」


凪はユリオンの部下の中で数少ない情報収集員であり、秘密の調査を専門としている。ゲームの時期、ユリオンは彼女を野外探索によく連れて行き、特に新しいマップを開くときはそうだった。彼女は多くの罠を避けるのに役立ち、警戒すべきプレイヤーや魔物を事前に発見することができた。


「主君、僭越ながら申し上げます。急ぎの用件であれば、『伝訊魔法』で直接お繋ぎいたしましょうか?」


彼女が指すのはシステム伝呼──ゲーム内蔵の音声チャット機能だった。


ユリオンは首を振り、美羽の提案を却下した。


「駄目だ、あれは傍受される。美羽、直接呼びにいけ。俺の名を出すな」


「──!かしこまりました。(わらわ)の不手際、深くお詫び申し上げます。どうかこの過ちを埋め合わせる機会を……」


美羽は瞳を見開くと、すぐに問題の重大さに気づき、慙愧の表情を浮かべながらユリオンに深く頭を下げた。


「気にするな、誰だって間違いを犯す。それに、今はそういうことをする時じゃない。」


「ご寛容にありがとうございました。」


約3分後、黒いタイトな服を着て同色のマスクを被った猫耳の少女が指揮部に入った。


自分を創造した主人を見た瞬間、彼女は慌てて片膝をつき礼を行った。


殿(トノ)、お姿を拝見し、拙者、光栄の至りに存じまする!」


「凪、ちょうど良かった。お前に頼みたいことがある。お前の部隊にやってほしい」


「拙者をお呼び立てになったのは……殿(トノ)でござるか?」


「ああ、直接話したいことがあった」


「承知いたしました。少々お待ちを」


事態の異常さを察した凪は表情を引き締め、瞬時に周囲に結界を展開した。音と映像を遮断するこの結界は彼女の専用スキルで、展開速度が速く、反探知・反傍听機能を備え、必要なら偽装映像や音声を放出して敵を欺くこともできる。


(彼女の反応は素早いな。まだ指示を出していないのに対応ができている。さすがは最もよく俺と組んでいたNPCだ)


「相変わらずの鮮やかな手際だ。よくやった」


「お褒めの言葉、ありがたく存じます」


「よし、凪。お前に部隊を率いさせ、アレクサンダー配下の動向を監視させたい。偵察要員を避け、全員『原初級』装備で行動し、異変があればすぐに俺に報告に来い」


『原初級』はゲーム内のアイテムと装備の最上級ランクで、通常はトップギルドのメンバーか廃課金プレイヤーだけが大量に所持している。一般プレイヤーはせいぜい1~2個しか持っておらず、大量の資金と高難度ダンジョンの素材を消費しないと入手できない。


ユリオンは少し考えてから付け加えた。


「緊急事態が発生したら、直接『伝訊魔法』で俺に連絡していい」


「かしこまりました!それだけでよろしいでしょうか?」


凪は理由を尋ねず、他の確認事項を考えていた。ユリオンも彼女の考えを察し、続けて口を開いた。


「アレクサンダーのことは気にするな。あいつはかなり慎重だ。周囲に十分な防備を敷いているだろうから、不用意に近づけば必ずバレる」


「了解いたしました。では、拙者これにて失礼いたします」


「ああ、気をつけろ。危険だと感じたら、すぐに全員を連れて撤退しろ。無理はするな」


「はい、殿(トノ)のお心遣い、感謝いたします」


面罩の下の表情は見えないが、ユリオンは凪の機嫌が良さそうなことに気づいた。


(できれば凪をこんなリスクに晒したくないが、アレクサンダーの現状を確認する必要がある……)


アレクサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオンはギルドの古参メンバーだ。彼はユリオンよりも早く入会しており、しかも重課金プレイヤーである。自身のアカウントに多額の資金を投入しているだけでなく、複数の代練を雇って24時間体制でアカウントを強化しているため、彼のアカウントは基本的に常時オンライン状態だ。


必要ならギルド戦で腕の立つ代打を雇い、戦功を挙げさせることもある。その配下には240体のカスタムNPCがおり、ギルド内で最多である。さらに彼個人も複数の最上級アイテムと最上級装備を所持している。


彼の戦闘力は、中規模のギルドと簡単に渡り合えるほどであった。しかし、これだけではユリオンが彼を警戒する理由にはならなかった。


その誇張された名前と同じく、アレクサンダーは筋金入りの野心家だ。他のギルドメンバーの話によると、現実では銀行の支店長として働いているが、本人はかなり不満を持っているらしい。どうやら昇進が難しいのが原因だとか。


ユリオンの見立てでは、アレクサンダーは自分より上の存在を許せない男だ。彼は極めて地位を重んじ、普段から威張り散らしている。ギルドメンバーの多くは彼を嫌っており、前・ギルド長も一度は除名を検討したことがある。しかし、彼のアカウントはほとんど代練が操作しており、その代練たちは皆良い人たちだ。さらに、彼が確かに多くの目覚ましい実績を挙げていることもあり、ギルドメンバーたちは仕方なく受け入れざるを得ない状況だ。


(万が一あいつが本人だったら厄介だ。あいつが何をしでかすか、想像もつかない)


一対一の決闘なら、ユリオンは楽に彼を倒せる自信があった。しかし、アレクサンダー配下の240体のNPCが黙っているはずがない。どうにかして彼らとの衝突を避ける必要がある。


結界が解除されると同時に、凪も姿を消した。二人の話が終わったのを見て、狐耳の美女──美羽が再び近づいてきた。


「主君、ずっとお忙しいようですが、少しお休みになりましたか?」


「いや、まだだ。どうした?」


「もうすぐ夜が明けます。主君のご健康を考え、(わらわ)は一度お仕事を置いて、少しお休みになることをお勧め申し上げます」


そう言って、彼女は指揮部の一角に配置された大きなスクリーンを示す目で示した。


スクリーンには、屋外の景色が映し出され、薄暗い森の中に徐々に光が差し込み、向こうの地平線に太陽がゆっくりと昇っているのが見えた。


「もうこんなに時間が経っているのか...」


ユリオンは、ここに来たときはまだ昼間であったが、今は既に夜明けであった。つまり、自分はほぼ20時間働き続け、食事も休息も取っていなかった。


かなりのハードなスケジュールなのに、ユリオンは全く気づかなかった。


(不思議だなぁ、こんなに時間が経っているのに全然疲れていないし、お腹もすかない。一体どうしてだろう...)


神経を張り詰めているユリオンは、忙しさと身体の無反応さから、時間の経過にまったく気づいていなかった。


(待てよ、そういえば──)


突然、ある考えが頭をよぎり、ユリオンは思わず口をついて出た。


進化(シンカ)人種(ジンシュ)……俺はもう人間じゃないのか?」


「?」


ユリオンが小声で呟いたのは、現在の自分の種族名だった。


「主君、その種族はどうかなさいましたか?」


「ああ、いや……ゴホン、俺の種族は食事も睡眠も不要だ。この程度の無理はまったく問題ない」


進化(シンカ)人種(ジンシュ)』(Evolved Humanoids)はゲーム内の最高位種族の一つで、設定上は完全に食事や休息を必要とせず、肉体は老化しない。肉体年齢が25歳で成長が止まり、寿命に上限がない種族である。


無論、ユリオンがこの昇進ルートを選んだのは背景設定のためではない。<進化(シンカ)人種(ジンシュ)>は、すべての人型生物に特攻ボーナスを与え、さらにNPC部下に追加の属性ボーナスを提供することができる。


「おっしゃる通りですが、精神的な疲労は蓄積するものでございます……」


「今は特別な時期だ。無理をする必要がある。俺より、美羽。お前たちも朝からずっと働いているのか?」


「はい、その通りでございます」


「……」


(まるでどこかのブラック企業みたいだ。大資本家でもここまで人を使い込まないだろう)


NPCたちを長時間働かせていることに罪悪感を覚え、ユリオンは苦々しく眉をひそめた。


「どうかお気になさらず。(わらわ)どもは今が通常ではないことを理解しております。それに、偉大なる創造主に仕えることは、この上ない喜びに存じます」


美羽の心からの言葉に、ユリオンは思わず鼻の奥がツンとした。


ユリオンは室内を歩き回るNPCたちが、活気に満ちた笑顔を浮かべていることに気づいた。彼らの全身全霊で奉仕する姿を見て、ユリオンは彼らの気持ちを尊重することを決めた。


「ありがとう。お前たちの主人になれて、本当に幸せだ」


「──!もったいないお言葉!このような主君に仕えられることこそ、わらわどもにとって最大の幸せでございます!」


美羽は肩を震わせながら、深々と頭を下げて感謝を示した。彼女の目元には、透明な水滴が浮かんでいた。


「ここはお前たちに任せた。何かあったら連絡してくれ」


「かしこまりました。お気をつけて」


指揮部を離れたユリオンは、一旦部屋に戻って休もうと考えていた。


しかしその時、彼はシーラーからの伝訊を受け取った。簡単なやり取りの後、彼はまず仲間たちと合流することを決めた。

※※※※※※※※※※

「なんでトランプなんだ……?」


アシェリの部屋に到着したユリオンが、友人たちに向けた最初の言葉はこれだった。


「んー、ちょうどお前を含めて4人だし、盛り上がるじゃん」


「何言ってんだ、お前……」


ユリオンは半眼でツッコミを入れ、当然のように答えるシーラーを見つめた。


ここに来たのは、少し前にシーラーから「手伝ってほしいことがある」と連絡があったからだ。


現状について話し合うのかと思いきや、ただのトランプ遊びに呼び出されたらしい。


「それに、他の奴らもいるだろ。あいつらに付き合ってもらえばいいじゃないか」


「それに関してはね、ユリ。知らないかもしれないけど、ここの子たちはトランプのルールがわかんないのよ」


「はあ?」


話を引き取ったのはアシェリだった。彼女はこの前まで顔色が悪かったが、今はすっかり回復しているようだ。


彼女の説明によると、NPCたちはトランプのルールがわからないため、自分を呼ぶしかなかったらしい。


(何がなんだか……まあ、早めに話し合おうと思ってたし、この機会にしようか)


「まず、仕事の話は禁止ね」


「え?」


「ユリオン、その真顔やめてよ~。せっかくの楽しい時間なんだから、まずは盛り上がろうよ」


「そこまで大げさじゃないですけど、少し休憩しましょう、会長」


シーラーと緋月が息ぴったりでユリオンの退路を断つ。


アシェリはさらに軽い調子で追い打ちをかける。


「ユリ、ずっと仕事してたんでしょ?体は疲れないかもしれないけど、精神的な疲れはちゃんと癒さないとダメだよ~」


「よく知ってるな……わかった、お前たちの言う通りにしよう」


部屋には彼らの他にも、数人のNPCが横に立っていた。


彼らは全てアシェリの部下で、様々な美味しい飲み物とお菓子を四人に提供していた。


「一緒に座っていいって言ったんだけど、この子たちはどうしてもって言って聞かないのよね」


ユリオンの視線に気づいたのか、アシェリが補足説明を加えた。


「それは彼らにとっては畏れ多いことなんだろう」


これまでユリオンが出会ったNPCたちは、皆自分を尊い存在として奉っていた。


彼らにとって、プレイヤー(創造主)とはそれほどまでに尊い存在なのだろう。


実際、アシェリはNPCたちの世話をかなり楽しんでいるようで、指示を出すのも慣れている様子だった。まるで高貴な貴婦人のようだ。


NPCたちの世話を受けながら、ギルドの四人は異変以来、ようやく束の間の休息を過ごしていた。

※※※※※※※※※※


「アシェリ様、お食事の時間が近づいておりますが、食堂へお移りになりますか?」


「んー……ここで朝食をとろうか。ちょうど休憩しようと思ってたし」


「かしこまりました」


アシェリに話しかけたのは、プリーツスカートの制服を着たメイドだった。彼女もアシェリが作成したNPCの一人だ。


「もうこんな時間か。やっぱりボードゲームは時間を忘れさせるな」


「プハハ、ユリオン、弱っちいな~。こんな弱点があるなんて知らなかったよ」


数ラウンドを経て、ユリオンは負けが多く、笑っているシーラーが最大の勝者となっていた。


「うるさいな。緋月、このバカを何とかしてくれ」


「シーラー、笑いすぎですよ。調子に乗って足元すくわれますよ」


「緋月……俺の彼女だよね?」


「そうですけど、何か?さっきから他の女の子をチラチラ見てたシーラーさん?」


「え!?い、いや、うん……別に、何でもない」


(視線気づかれてたのか……怖い、俺の彼女怖い)


バレてしまったシーラーは、一瞬で余裕を失った。


緋月は笑顔を浮かべているが、目は全く笑っていない。


ユリオンとアシェリは、そんな二人のやり取りを楽しそうに見ていた。


この休憩時間を利用して、ユリオンは自分が調査した内容、異世界転移やその他の様々な変化について三人に簡単に説明した。


聞いた後、彼らはあまり驚いていないようで、どうやらある程度予想していたらしい。


「この体が不調を感じるなんて初めてだから、まあこんなことかなって思ってたよ」


「会長、あなたが来る前に私たちも少し話し合っていました。もちろん千桜(チオウ)先輩にもお見舞いに行きましたです」


「まさか自分たちにこんなことが起こるなんてなあ……超現実的だよ」


アシェリと緋月は落ち着いた口調で感想を述べる。一方、シーラーはまだ信じられないというように、何度も手を握りしめてはゲーム内では存在しなかった感触を確かめていた。


「地球に戻ることについては、俺なりにいくつか手がかりがある。だからお前たちも心配しすぎないで、俺に任せてくれ」


「うん、頼りにしてるよ、会長様」


「会長、私たちも一緒に協力しますです。あまりプレッシャーを感じないでください」


「そうそう、緋月ちゃんの言う通り。ユリ、全部自分で背負い込まないで、いつでも頼ってよ」


「お前たち……ありがとう、じゃあその気持ちは受け取っておくよ」


友人たちの反応に、ユリオンは少し救われた気がした。


「えー、待ってよ。俺は手伝うって言ってないよ。それに、俺としてはここにいても別に悪くないんだけどな」


「はあ?」


「シーラー!今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。ふざけないで」


シーラーの予想外の発言に、ユリオンの頭には疑問符が浮かんだ。しかし、彼が反論する前に、緋月がきっぱりとシーラーを叱った。


「あー……悪かった、ごめん」


「いや、気にするな」


ユリオンがアシェリを見ると、彼女は苦笑いしながら頷いていた。


(シーラーの反応、まさか本気なのか?)


疑問はあるものの、ユリオンはそれ以上は口にしなかった。


「そうだ。このあと俺が周辺の探索を带队する予定なんだが、誰か一緒に来るか?」


「周辺探索か……俺は結構興味あるけど、俺たちもうゲームの中じゃないんだよね?」


核心をついた疑問を投げかけたのはシーラーだった。


「ああ、だから探索にはリスクが伴うかもしれない。でも、お前たちはまだ聞いてないかもしれないが、昨日約千匹の魔物が拠点を襲撃してきたんだ。その後、拠点内の自動防衛ゴーレムとパトロール隊が簡単に殲滅したけどな」


「千匹!?なんだよ、ここはモンスターの巣窟かよ!?」


「魔物の襲撃は聞いてたけど、まさかそんな数だとは……」


シーラーは驚きの声を上げ、アシェリも魔物の数に驚いた様子だった。


「今の実戦データによると、この辺りの魔物の脅威度は低い。けど、特殊な個体が現れないとは限らないから、安全性は保証できない」


「でも、会長は自分で行くつもりなんでしょ?」


「ああ、ついでに俺自身の能力も確認できるからな」


緋月の質問に、ユリオンは迷いなく答えた。


異世界に転移したことを確認して以来、ユリオンは『Primordial Continent』で鍛えたすべてがこの世界でも通用するのか、ずっと知りたがっていた。仮想体だったものが実体になったのだから、魔法やスキルを使うことは問題ないはずだ。


少なくとも、彼はNPCの部下たちがスキルや魔法を成功させた例を目にしていた。コントロールパネルなどは存在しなくなったが、ゲーム内では頭の中で想像するだけで指令を下し、必要な魔法やスキルを発動できた。


「念のため、まずは俺が部下を連れて周辺を探索する。拠点にも留守が必要だ。お前たちは拠点で俺からの連絡を待っていてくれ」


みんなの躊躇を見て取り、ユリオンは彼らに留守を任せる提案をきっぱりと出した。


元々と迷っていた三人は、彼の提案を聞いて少し悩んだが、結局はそれに従うことにした。

※※※※※※※※※※

方舟(アーク)要塞(フォートレス)》内の大部分の戦力は、ユリオンの麾下にあるNPCたちだった。


したがって、外に出て探索するにしても、彼は多くの戦力を連れ出すことができなかった。


そこで、ユリオンは30人ほどを連れて拠点周辺に向かうことにした。5分ごとに拠点の情報部と連絡を取ることにした。


探索時間は2時間に限定され、慎重を期して、前半の1時間は30人で一緒に探索し、後半は三つのチームに分かれて、シーエラ、エレノア、ユリオンがそれぞれを率いることになった。


ちなみに、エレノアは報告書を一日かけて完成させていた。もともと、ユリオンは彼女を拠点で休ませようと考えていたが、エレノアの強い希望により、結局彼女を連れて行くことにした。


一行はギルドの門前で、出発前の最終確認を行っていた。


全員がメイン武装を身に着けており、それはギルド戦でしか使わないような装備だった。


その時、入り口からもう一組の人马がやってきた。


先頭に立つのは、派手な装いの金髪の男で、彼の後ろには多くの武装した男女が従っていた。


「アレクサンダー……お前はどうしてここに?いや、本人なのか?」


「はあ、当たり前だろ?お前の目はまだまだ甘いな、ユリオン」


「質問に答えろ。何しに来た?」


「おいおい、俺はせっかく手伝いに来てやったんだぞ?もうちょっと態度を良くしてもいいんじゃないか?」


訪れたのは、アレクサンダー・シャルルマーニュ・ナポレオン、ギルドの頭号問題人物だった。


凪が調査した情報によると、ユリオンは今の彼が本人である可能性が極めて高いと推測していた。少し残念ではあったが、仕方のないことだ。


ユリオンが会長を継いだことに対して、アレクサンダーは最後まで不満を表明していた。しかし、ギルドが衰退した後、彼は会長の座に執着しなくなり、ログインする時間もずっと減っていた。たまに顔を合わせても、ユリオンをちょっとからかう程度だった。


「手伝い?それはいいね。どうやって手伝ってくれるんだ?」


「人手が足りないんだろ?俺はちょうどたくさん持ってるから、貸してやってもいいぜ。連れて行けば、きっと役に立つさ」


(意外だな……独占欲の強い彼が、自分の部下を貸してくれるなんて。いったい何を考えてるんだ?)


「確かに少し足りないが、俺の部下たちは優秀だ。こんなことは何でもない」


ユリオンの称賛を聞き、彼の配下のNPCたちは一瞬で気持ちを引き締めた。しかし、誰一人として声を上げる者はいなかった。彼らは、君臨者たちの会話を遮りたくはなかったのだ。


「ほう──そうか」


「もし自分で調査したいなら、どうぞ。俺も調査した情報はみんなに公開するつもりだ」


「そう言うなら……まあいい。おい、眠龍(ミンリュウ)、人員の調整は任せた。終わったら俺のところに来い」


彼は後ろにいるスーツ姿の男性に指示を出すと、そのまま拠点に戻っていき、部下たちとユリオンたちを残していった。


(やっぱり、自分では動かないか……そこは変わってないな)


「ユリオン様、どうぞよろしくお願いいたします」


眠龍(ミンリュウ)と呼ばれる男性は、前に進み出て、胸に手を当てながら丁寧にお辞儀をした。


彼の頭には一対の角があり、その形状は龍の角に似ていた。事前の調査によると、彼はアレクサンダー配下の軍師であり、その名称も古代の有名な軍師の称号に由来しているらしい。


「ああ、気をつけてくれ。万が一の緊急事態があれば、俺たちに助けを求めることもできる。」


「ご親切に感謝いたします。では、私はこれで失礼させていただきます。」


眠龍が遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、ユリオンは頭の中でルートを再考していた。


(彼らがいるなら、俺たちは別の場所を探索した方が効率的だな。そういえば……アレクサンダーが作ったNPCなのに、眠龍というやつは意外と常識があるし、紳士的だな。主人とは大違いだ。)


彼は雑念を振り払い、部下たちに向かって指示を出した。


「隊形を維持しろ。斥候(せっこう)組は周囲の情報を随時、外縁の者たちに伝えること。守備組は補助と医療要員を守れ。シーエラ、エレノア、お前たちは俺と一緒に先頭を切る。他の者はそれぞれの位置につけ!」


「「「はい!御心のままに!」」」


人数が多いにもかかわらず、ユリオンたちは一定の速度を保ちながら、森の中を駆け抜けていた。


最高レベルの探知要員がいるおかげで、彼らは伏兵に遭うことも、道に迷うこともなかった。


そしてすぐに、彼らは一群の魔物と遭遇した。


「殿!前方の森、9メートル先に人型魔物17頭がおります。全てオークで、そのうち1頭は高位種と思われます。周囲に罠はありません」


先頭を進むユリオンに、忍者少女──凪からの連絡が入った。


彼はすぐに、隊列の中央にいる補助要員に、前衛に属性上昇魔法と隠密魔法をかけるよう指示を出した。


わずか数秒で、前衛たちの体には虹色の光が浮かび上がり、その後、彼らの姿はまるで溶け込むように周囲の環境と一体化した。


もちろん、彼らは依然として突撃の姿勢を保ち、しかも一切の音を立てていなかった。しかし、各自の能力で味方の存在を感知できるため、誤射や衝突の心配はなかった。


既定の位置に到着すると、肌が古銅色で身長2メートルほどの人型魔物が視界に入った。それらは山猪のような頭と鋭い牙を持ち、体の一部は体毛に覆われていた。その半数はボロボロの棍棒を持ち、もう半数は素手だった。


その中で一頭だけ外見が明らかに異なる個体がいた。身長は4メートル近くあり、全身が隆起した筋肉で覆われている。傷跡だらけの体は赤みを帯びており、手には巨大な斧を握っていた。


「目標確認。高位種以外の個体を殲滅せよ。凪、あの高位オークの動きを封じられるか?」


「御意!」


ユリオンが率先して動いた。彼は愛剣──「虹星の欠片」を振るう。銀河を映し出す刀身が敵の体を切り裂いた瞬間、見事に真っ二つにした。それだけでなく、斬撃は空間をも切り裂き、漆黒の裂け目を描き出した。まるで見えない力が、切り裂かれたオークの体を粉砕し、その裂け目に引きずり込むかのようだった。


その裂け目には、ターゲットのオークだけでなく、隣にいた二頭の仲間も巻き込まれ、上半身を失い、下半身とわずかな肉片だけが残された。


しかし、裂け目に最も近かったユリオンは、何の影響も受けていなかった。


(予想通り、武器の能力は通常通り起動できる)


「プッ!?」


「あっ!」


その時点でも、オークたちは自分たちが攻撃を受けていることに気づいていなかった。仲間が目の前で無惨に倒れていくのを目撃しながらも、襲撃者の存在を全く感知できず、反応が遅れていた。


しかし、すぐに強い恐怖と危機感が全身に広がり、オークたちは騒ぎ始めた。


だが、それも長くは続かなかった。


それを終わらせたのは、長槍を手にしたエレノアだった。彼女は身を躍らせ、手にした槍を力強く突き出した。槍の穂先は、狂乱するオークの胸を一瞬で貫いた、その槍身から伝わる巨大な衝撃力が、オークの胸に大きな穴を開けた。しかし、奇妙なことに、そのオークと並んで立っていた他の三匹のオークの胸にも、同じ大きさの穴が空いた。オークらは訝しげに首をかしげたが、次の瞬間、一斉に地へと崩れ落ちた。


「エレノア!いくつか残しておいてよ!」


エレノアの一撃で、敵の数は急速に減っていた。まだ何も行動を起こしていなかったシーエラは、焦った口調で同僚に文句を言った。


「ユリオン様は殲滅を命じられました。迅速に達成することが、この身の役目です。」


「もう!融通の利かない石頭(いしあたま)ね!」


エレノアとシーエラが言い争っている間に、周囲の魔物は他の前衛たちによって一掃されていた。前後合わせてかかった時間はわずか5秒、完全な圧倒的な勝利だった。


戦闘が終わり、一行は身にまとっていた隠匿の偽装を解いた。


ユリオンは足を止め、周囲を見渡した。辺りにはオークの残骸や切断された四肢が散らばっており、一つのオークの死体も無傷ではなかった。攻撃を終えたメンバーたちは、他の魔物が侵入しないよう周囲を警戒していた。


ユリオンの命令で生かされた高位オークは、その場から動けずにいた。


オークの足元から、不気味な影のような物質が滲み出し、それは幾重にも絡み合う触手となって、赤い体を締め上げるように縛りつけていた。


オークが必死にもがいても、触手はピクリとも動かず、むしろ激しく抵抗するたびに四肢が裂け、傷口が次々と浮かび上がっていった。


「フンーオーーオーーオーーッ!ッ!グーガ!?」


うるさいと感じたのか、凪は再び触手を生成し、オークの口をしっかりと塞いだ。


「凪、窒息させないように。少なくとも鼻は塞ぐな。」


「承知。」


ユリオンはオークの傍らに立つ凪に近づいた。主人が近づいてくるのを見て、凪の後ろの尾はまっすぐに立ち、頭の艶やかな猫耳もぴくぴくと動き続けていた。


「よくやった。そのスキルは15位階の『混沌影縛手(カオスシャドウ)』だな?効果がこんなにはっきり出るということは、こいつはレベル750以下に違いない。」


「はい、本来はもっと高位のスキルを使おうと思っていました。ですが、他の個体が瞬殺されるのを見て、これを選びました。」


《Primordial Continent》では、魔法とスキルはランクごとに分類されている。当初は1位階から10位階までしかなかったが、運営開始から15年が経った現在、深刻なインフレにより、スキルや魔法の階級は20位階まで拡張され、キャラクターのレベル上限も1,000まで引き上げられた。


凪が使った15位階スキルは、レベル750以下の敵の行動力を完全に奪うことができる。しかし、レベルが上がるにつれてその拘束力は急速に弱まり、最終的には完全に無効化される。


総合レベル1,000のユリオンにとって、このようなスキルはまったく効果がない。


「ユリオン様、この一体を残されたのは何かお考えがあるのでしょうか?」


彼に話しかけたのはエレノアだった。彼女が身に着けている純白の鎧と衣装は、相変わらず清潔で、少しの塵もついていない。水色の美しい髪は風に揺られ、淡い香りが漂っていた。

挿絵(By みてみん)

「実験に使おうと思ったんだが……失策だな。もう一体オークを残しておくべきだった。これでは比較ができなくなってしまった。」


「近くで一匹捕まえてきましょうか?」


「いや、結構だ。次に他の魔物に遭遇したときに気をつければいい。」


彼女の率直な提案に、ユリオンは少し心が動いたが、安全面を考慮して断るしかなかった。


その時、片手剣を持ったエルフの少女シーエラが彼らに近づいてきた。彼女は剣を収め、ユリオンの横に立った。


「シーエラ、俺のバフ(Buff)を解除してくれるか?」


「え、はい!でも、いいんですか?」


「構わない。ちょっと試したいことがあって、バフがあると逆効果なんだ。」


「わかりました。」


主人のバフを解除することに、シーエラは躊躇していた。しかし、ユリオンの強い言葉に後押しされ、命令を実行することにした。


彼女は少しだけ皆から離れ、再び腰の剣を抜いた。そして優美に身を翻し、手にした剣はまるで体の一部のように、彼女の動きに合わせて舞い踊った。


その舞踏は剣舞の一種で、シーエラの職業スキルだった。


シーエラの職業は剣舞姫ソードダンサー。彼女は相手や自身の属性値や状態を「調整」することができる。味方に属性ボーナスを提供するだけでなく、敵にとって有利なボーナスを除去したり、属性を低下させるデバフ効果を付与することも可能だ。


近接職の一種として、彼女は敵と斬り合いながら、お互いの属性を自由に操作することができる。ただし、欠点は時間がかかることだ。


シーエラの剣舞の効果が弾かれるのを避けるため、ユリオンは自身の複数の防御アイテムをオフにした。シーエラが舞いを止めると、ユリオンの体に再び虹色の光が走った。


「成功したようだな。ありがとう、シーエラ。」


「ユリオン様。どういたしまして、これもあたしの役目です。」


「感謝の言葉も言えない人間は、感覚が麻痺してしまう。俺はお前たちの献身を当たり前だと思いたくない。お前たちは俺の誇りだ。」


「お言葉ありがとうございます!あなたの部下でいられることが、私の幸せです。」


周りのNPCたちもシーエラの発言に賛同し、声を合わせた。


「よし、そろそろ実験を始めよう。まず……」


ユリオンは拘束されたオークの方に向き直った。どうやらもう抵抗しても無駄だと悟ったのか、さっきからじっと動かず、拘束のせいでその姿勢を維持するしかなかった。


おそらく過度の驚きから、そのオークの股間からは強い臭いを放つ液体が滲み出ていた。


「完全に戦意を失っているな。これじゃダメだ。シーエラ、こいつの戦意を高めて、反抗したいと思わせてくれ。」


「了解。」


シーエラは激昂するようなダンスを選び、踊り終わると、オークは再び暴れ始めた。


「凪、こいつを縛っているスキルのランクを下げてくれ。どの程度なのか知りたい。」


「かしこまりました、殿(トノ)。」


凪は短刀を地面に突き刺し、次に一位階低い拘束スキルを再び発動させ、前のスキルを解除した。これを繰り返し、ついに高位オークの四肢が小さく動き始めた。


「うん……この反応だと、600レベル以下、だいたいレベル400から500くらいかな。」


総合レベル1,000の彼らにとって、こんな魔物はまったく脅威とは言えなかった。ユリオンは安心すると同時に、少し物足りなさも感じていた。


(高位種がこの程度なら、この辺りの魔物は全体的に弱いのかもしれないな。)


「お前たちは下がってくれ。エレノア、結界を展開して、俺とこいつを中に閉じ込めてくれ。」


「御心のままに。」


エレノアはレベル800の敵を閉じ込めるのに十分な半円形の結界を展開し、ユリオンと魔物を結界内に残した。


結界が完成すると、ユリオンは両手のグローブを外し、凪に魔物の拘束を解除するよう命じた。


(これなら一撃で倒すことはないだろう。じゃあ、もう少し付き合ってもらうか。)


拘束を抜け出したオークは、すぐさまユリオンに向かって突進した。その巨体を活かし、高く両拳を振り上げ、わざと動かずに立っているユリオンに向かって叩きつけようとする。


それに対し、ユリオンは淡々と右腕を上げた。常識的に考えれば、身長の3倍以上もある怪物に叩き潰されるのは間違いないはずだったが、オークの鉄拳が彼の腕に触れる直前、無形の壁がそれを阻んだ。


「こいつのレベルが低すぎるから、俺の『物理無効化』が発動したのか。」


これはスキルの効果ではなく、レベルに付随するボーナスだった。『Primordial Continent』のプレイヤーは、自分より200レベル低い相手からの物理・魔法攻撃を完全に無効化できる。自分よりレベルが高いプレイヤーにダメージを与えるには、一部の特殊スキルを使う必要があるが、レベル差があるため、スキルの効果も弱まる。


レベルが400から500と推定される高位オークは、『Primordial Continent』の基準では明らかにユリオンに何のダメージも与えられない。


結界の周りに立つNPCたちも、そのことを確信しており、主人の行動に少しも動揺を見せなかった。


(まさかレベルの効果が異世界でも通用するとはな。なんでこんなわけのわからないところでゲームと似てるんだ?)


シーエラのスキルのおかげで、全ての攻撃が効果を発揮しなくても、高位オークは少しも恐怖を感じることなく、執拗に攻撃を仕掛けてきた。


(そろそろ終わりにしようか。)


飽き飽きしたユリオンは、軽く手を振るだけでオークの巨腕を払いのけた。突然の衝撃でバランスを崩したオークに対し、ユリオンは素早く接近し、一撃を放った。


「ぶはっ——!?」


高位オークは大きく吹き飛ばされ、結界にぶつかってから地面に滑り落ちた。


かろうじて息はあるようで、必死に体を起こそうともがいている。


「第八位火魔法<焚焰巻塵>(Blazing Inferno Maelstrom)」


ユリオンは慣れた様子で魔法の名を唱え、次の瞬間、真紅の炎が地面から立ち上がり、竜巻のようにオークと地面の塵を巻き込んだ。


最期の断末魔は長くは続かず、炎が消えた後には地面に黒い残骸しか残っていなかった。


(第八位階の魔法でもこんな威力か……俺のレベルの影響を受けているのかもしれない。)


高位オークのレベルに合わせて使った低位の魔法が、まさか一撃で致命傷を与え、しかも残骸すら残さないとは思っていなかった。元々は死体を研究材料として残すつもりだったが、完全に計画が狂ってしまった。


「まあいい、ここには魔物がたくさんいるし、少しずつ調整していけばいい。」


今回の目的は自分とNPCたちの能力を確認することであり、戦闘回数は多ければ多いほど良い。さらに、可能な限りサンプルも収集したいと考えていた。


注意事項を皆に伝えた後、ユリオンは隊列を整えた。


整列が終わると、一行は再び近くの魔物を狩りに向かった。


彼らはまだ気づいていなかったが、この行動は魔物たちの間にパニックを引き起こしていた。魔物たちは本能で、これまで生きてきた森から逃げ出し始め、その中には多くの高位種も含まれていた。


逃げ惑う魔物の群れは、森の外縁部を目指した。そして、その中の一か所には、森の入り口に建つ小さな村があった。

本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。


これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。


最後に――お願いがございます。


もし『面白い!』、『楽しかった!』と感じていただけましたら、ぜひ『評価』(下にスクロールしていただくと評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります)をよろしくお願い致します。


また、感想もお待ちしております。


今後も本作を続けていくための大きな励みになりますので、評価や感想をいただいた方には、心から感謝申し上げます!

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