Ep 1:叙勲と祝賀宴①
大陸の北端に位置する、深く暗い魔境がある。
ここは魔物の国であり、果てしなく広がる樹海がその境界線を築いている。地形は険しく複雑で、数万に及ぶ魔物がその中に巣食っている。すべてが無言のうちに、ここは人間が踏み入るべき場所ではないことを示している。
この樹海の最深部、その上空には壮大な浮遊都市が浮かんでいる。
都市の周囲は堅固な城壁で囲まれており、まさに堅固な要塞のように見える。
奇妙なことに、外部からはこの要塞を見ることができない。都市全体が魔導具の影響を受けており、完全に透明な隠蔽状態が維持されているからだ。
<方舟要塞>――この浮遊都市の名前であり、大型ギルド<遠航の信標>の拠点でもある。
視線を城内に向けると、すぐに目に入るのは美しく荘厳な城だ。それはまるで神々が住む天宮のようで、その周囲には神聖で厳かな雰囲気が漂っている。まるでこの世のものではないかのように。
正午の時間、城内の大広間には一群の人々が集まっていた。
大広間の装飾は極めて豪華だ。
精巧に作られたクリスタルのシャンデリアが、室内の隅々まで照らし出している。空間を支える柱には美しい浮彫が刻まれており、それ自体が価値のある芸術品である。金の縁取りが施された赤い絨毯は、入り口から室内の奥に続き、大広間の奥の階段まで敷き詰められている。
その高い階段の最上部には、広いプラットフォームが広がっている。
豪華な7つの座席が並んで配置され、その背後には7つの旗が掛けられている。
「玉座の間」この大広間を目にした者は、誰もが自然にそれを「謁見の間」と結びつけるだろう。
入り口から玉座へと続く赤絨毯の両側には、既に多くの人々が整列して立っていた。
彼らは整然とした列を保ち、それぞれの顔には真剣な表情が浮かんでおり、背筋を伸ばして静かに立っている。
両側の列は同じ配置で、最前列には驚くほど美しい容姿の男女が並んでいる。彼らは精巧な衣装を身にまとい、その後ろには鎧を纏った騎士たちが控えている。所属によって装備は異なっている。最後列には異形の存在たちが控えていた――巨像、巨大なドラゴン、巨大な獣……通常は神話の中にしか登場しない存在たちが、当然のようにそこに立っていた。
約600人が集まった玉座の間は静寂に包まれ、その静けさを破る者は誰もいなかった。見た目が恐ろしい異形の生物たちでさえも、その静寂を守っていた。
最前列に立つ男女は、すべて7人の君臨者によって創造されたNPCであり、その背後には彼らに従う部下たちが、アイテムやスキルを使って召喚された使い魔や従者たちが控えている。
彼らはそれぞれの立場は違えども、その命と忠誠を<方舟要塞>を支配する7人の君臨者に捧げている。この場に漂う静寂は、その忠誠心を最も端的に表していた。
やがて「謁見の間」の入口の扉がゆっくりと開かれると、全員の視線がそちらに向けられた。
最初に室内に入ったのは、黒い外套を纏い、銀髪の短髪を持つ美しい青年だった。彼こそがこの<方舟要塞>の主であり、ギルド<遠航の信標>の現会長であり、君臨者たちの統括者――ユリオンだ。
ユリオンの後ろには、容姿端麗な男女6人が続いた。ユリオンを含めて、合計で男性3名、女性4名が揃っている。
男性のメンバーは以下の通りだ。
ユリオン――進化人種、人族の最上位種族。
シーラー・エロス――古代真祖の血族、いわゆるヴァンパイア。
Xランス王X――神獣王種、鬣のような金髪を持つ最上位の亜獣人。
女性のメンバーは以下の通りだ。
リゼリア――進化人種、銀髪の長髪をサイドポニーにした美しい少女で、整った制服を着ている。
千桜――高等エルフ、黒い礼服を纏い、黒髪のポニーテールを持つ少女。
アシェリ――祖返りのエルフ、エルフの上位種族であり、豊満な体型を持ち、華やかな洋装を身に纏っている。
緋月――太古幻魔、最高位の魔人族で、王冠のような角を持つ美しく妖艶な魔人の少女。
以上の7人こそ、この<方舟要塞>における最上位者であり、全てのNPCが忠誠を誓う君臨者たちだ。
600人以上の視線を浴びながら、7人の君臨者たちは平然と赤い絨毯の上を歩いていた。列を成す者たちの前を通り過ぎる際、NPCたちはもちろん、彼らの後ろにいる魔物たちでさえも深々と頭を垂れ、絶対的な支配者たちに敬意を示していた。
7人が進むに連れて、最終的に赤い絨毯の両側に立つ全ての者たちは畏敬の念を抱き、頭を下げ礼を尽くし、まるで至高の神々を崇拝しているかのようだった。
人々の間を通り抜け、長い階段を上り、7人はやがて7つの玉座が設置されたプラットフォームにたどり着いた。
彼らは事前に決められた位置に進み、それぞれの座席の前に立った後、順に着席した。
中央に座るのはギルド長――ユリオンであり、その左右には彼の親友であるリゼリアと、元副会長の千桜が座っていた。
「諸君、平伏せよ――」
人々を見下ろしながら、ユリオンは穏やかな口調で、頭を垂れている部下たちに声をかけた。
するとすぐに、主人の命令を受けた600人以上の者たちが一斉に顔を上げ、敬意を込めた視線で玉座の方を見つめた。その目には感激の色が滲んでおり、まるで神の言葉を聞く信者のようであった。
「我らの呼びかけに応じ、この地に集ったことを感謝する」
ユリオンの率直な褒め言葉を聞いて、玉座を見守る者たちはざわめき始め、中には感極まって涙を浮かべる者さえいた。
主人の言葉に応えるかのように、純白の礼服を身にまとったエルフの少女が列から一歩踏み出し、玉座へと続く赤い絨毯の上に進み出た。
白金色の長髪が滝のように流れ、紅玉のような瞳を持つそのエルフの少女は、まるで絵画から歩み出たような姫君のようです。
エルフの少女――シーエラは、この600人の代表として、片膝をつき右手を胸に当て、落ち着いた声で話し始めた。
「ユリオン様、労いのお言葉をありがとうございます。あたしたち受造物は、そのすべてを尊き君臨者様に捧げる所存です」
「あたしたちの力、あたしたちの忠誠、そしてあたしたちの命、すべては主――至高の7人の存在によって意味を持つのです」
「諸位様の前ではあたしたちの力は微々たるものですが、どうかあたしたちの心をお受け取りください」
「どうかお受け取りください」シーエラの言葉に応え、壇上の下に立つ者たちも次々に声を上げた。
人々の視線を浴び、ユリオンを含む7人は彼らの心からの誠意をしっかりと感じ取った。
ユリオンはポーカーフェイスを保っていたが、それは事前にアイテムを使って表情を偽装していたからであり、部下たちの言葉に無感動だったわけではない。アイテムを使わずに表情を隠せたのは、緋月とシーラーだけであり、彼らはNPCたちの発言にも動じることなく冷静な表情を保っていた。他の4人は驚いた様子を見せており、それこそが通常の反応だった。
「過小評価することはない。我らのために惜しみなく奉仕してくれる皆が、いつも我らにとって最も頼りになる存在だ」
(はあ……事前に準備しておいてよかった。そうでなければ、どんな表情をすればいいのか分からなかっただろう。君たちがあまりにも恭しいから、プレッシャーを感じてしまうんだ……)
胃の痛みをこらえながら、ユリオンは用意していたセリフを一言一句読み上げた。
「「「はい!」」」
自分たちの存在が創造主に認められたことで、受造者たちは喜びに震えていた。
やがて人々の感情が落ち着くと、ユリオンは思考を整理し、再び口を開いた。
「昨日、長い間準備をしていた『侵入者殲滅作戦』が無事に終了した」
「皆さんの協力のおかげで、今回の作戦は最小限の消耗で最大の戦果を挙げることができた」
ユリオンが言及した作戦とは、<アルファス王国>と<聖国フィフス>が組織した調査部隊を敵として、偽の拠点がある森で行われた殲滅戦である。
作戦の目的は調査隊の探索を阻止し、捕虜を捕らえて両国の内部情報を入手すること、さらに敵戦力を掃討することだった。
最終的に両国の調査隊は全滅し、約20名が生存したものの、500人近くの遺体が完全に保存されており、後日<蘇生魔法>で復活させることができる。
「エレノア、前へ」
「はい!」
ユリオンの呼びかけに応え、列の中からスカート型の鎧を着た、水色の短髪の美しい少女が前に進み出た。彼女がユリオンの方へ歩み寄ると、片膝をついていたシーエラはゆっくりと立ち上がり、スカートの裾を持ち上げてユリオンらに礼をした後、再び列の中へ戻った。
シーエラと入れ替わるように、エレノアは彼女が先ほどいた場所に立ち、同じように片膝をついて右手を胸に当て、軽く頭を下げて敬意を示した。
「百名以上の訓練された騎士たちを相手に、君は劣勢になることなく、見事に全員を討ち滅ぼした。よくやった」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。創造主に仕えることができるのは、この身にとって何よりの名誉です」
主人からの称賛を受けたエレノアは、表向きは冷静に振る舞っていたが、わずかに上がった口元が、内心の喜びを隠しきれないでいた。
「そう言ってもらえて嬉しい。では、本題に入ろう」
「エレノア――今回の戦いで、君は俺が与えた使命を完璧に遂行し、圧倒的な力を示した」
「その働きにより、君の近侍としての職務を解き、俺の友人――リゼリアの直属護衛に任命することを決定した」
「君が指揮する禁衛軍<煌燐騎士団>は、今この時よりリゼリアの直属部隊となる。また、君には<従者召喚>などの手段を用いて、騎士団の規模を500人に拡充することを許可する」
この話を聞いたホール内の人々の間には波紋が広がり、彼らは羨望の眼差しを受け任命を受けたエレノアに向けた。
ゲーム時代からユリオンに従ってきたNPCたちは、ユリオンとリゼリアの関係が特別であることをよく知っており、中にはリゼリアを「将来の女主人」として暗黙の了解をしている者もいた。
彼女の直属護衛になることは、間違いなく信頼されている証であり、相当な実力と忠誠心を持ち、さらにユリオンとリゼリア2人の君臨者から「認められる」必要がある。言い換えれば、このポジション自体が非常に名誉なことであった。
もともとエレノアはリゼリアによって創造され、実力と人格においても申し分ない存在であったため、ユリオンにとって彼女は最適な人選であった。ただ、正当な理由がなく、彼女をリゼリアに返す機会が見つからなかったのだ。今回の戦功をきっかけに、ユリオンはこの機会を利用してエレノアの職務を再配置し、彼女が自分の創造主(友人)に正当に仕えることができるようにした。これにより、以前NPC間で広まっていたエレノアがユリオンに忠誠を尽くしていないという噂も払拭された。
エレノアがリゼリアに仕えるのは、ユリオン自らが授けた特権であるため、他のNPCたちは何も言うことができなかった。なぜなら、それ以上異議を唱えることは、主人であるユリオンを疑うことに繋がるからであり、それはNPCたちが避けるべき行為だからである。
「エレノア、俺の友人を託す。君なら、きっと俺を、いや、我々を失望させることなく、この任務を完璧に果たしてくれると信じている」
「はい!ご厚意に感謝します。この身、全力を尽くし、お二方に恥をかかせることは決してありません」
水色の瞳からは、確固たる意思が滲み出ていた。任命を受けたエレノアは頭を上げ、玉座に座るリゼリアと視線を交わした。その瞬間、エレノアはほのかな微笑みを浮かべたが、すぐにその笑顔を消し、騎士らしい厳粛な表情で7人の君臨者に対し頭を下げて礼をし、その後列へと戻った。
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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