Ep 52:崩壊の時①
「どうして……私はここに……?」
片膝をついた女騎士は、手を地面につきながら、揺れる体をどうにか支えていた。
彼女の瞳には光がなく、呆然とした表情でつぶやいていた。
その声は、周囲の咆哮や悲鳴、激しい金属音にかき消されていた。
この騎士は、調査団の分隊長であり、聖国<枢玉騎士団>の精鋭――シルフィン・フェデレンである。
シルフィンの軽鎧はすでにボロボロで、防具としての役割を果たしていない。鎧の内側の制服も血にまみれ、ボロボロに破れていた。
普段の爽やかで特徴的な茶色のポニーテールも、今では肩に散らばっている。よく見ると、彼女が地面にひざまずいた太ももからは血が絶え間なく流れ出していた。
シルフィンの悲惨な姿と灰色の表情を見る限り、この騎士が絶望的な状況に陥っていることは誰にでも理解できた。
「くそ――! こんな化け物がいるなんて!? この女は本当に人間なのか!?」
「陣形を乱すな! 何があってもシルフィン様が回復するまで、この者を引き留めろ!」
「シルフィン様、どうか頑張ってください! 今すぐ治療します!」
シルフィンと共に行動している騎士たちは、真剣な表情で一人の少女と対峙していた。その間に、同じ隊の女騎士たちは急いで近づき、傷だらけのシルフィンの治療に当たっていた。
おそらく騎士たちの覚悟に心打たれたのだろうか? 先ほど猛攻を仕掛けてきた敵は、突然動きを止め、その焔紅色の瞳で、まるで観察するかのように、厳しく構える騎士たちをじっと見つめていた。
「シルフィン様! どうか動かないでください、まだ傷が治っていません!」
「う……エ、エリ?」
耳に仲間の呼びかけが届き、シルフィンは遠くへ行きかけた意識を再び現実に引き戻された。
しかし、彼女はまだ目の前の出来事が『現実』であるとは信じられなかった。
時間は10分前、シルフィンと本国の百名の騎士たちは、工房の方向へ撤退していたが、突然足元に落ちていた白ゴーレムの頭部がある建物内に転送されてしまった。
外の様子が見えないため、彼女たちは自分たちがどこにいるのか判断できなかった。しかし、屋内は明るく広々としていて、100人以上が自由に動けるスペースがあった。
シルフィンが現在の状況に困惑していると、彼女たちの正面に突然、スカートアーマーをまとった美しい少女が現れた。
彼女のしなやかな髪は水のような青色で、アーマーの下の体は引き締まって魔性のような魅力を放ち、やや幼さの残る顔立ちと強いコントラストを成していた。
「なんて美しい……」
こう感嘆したのは、ある女性騎士で、その率直な感想は他の者たちの同意を得た。
精緻な顔立ちとしなやかな体つきは、まるで美の概念そのものが誰かの手によって創造された存在のようだった。それも当然、同じ女性であるシルフィンですら、その美しさに内心驚嘆した。
目の前の謎の少女は確かに美しいが、決して柔弱な印象は与えない。おそらくスカートの下から覗く大腿部が鍛えられた引き締まった感を見せているからだろう。
「私はエレノア、至高なる者に仕える騎士です」
小鳥のように澄んだ声が、少女の水分を含んだ唇から発せられた。
なぜか、誰も彼女の話を遮る者はいなかった。まるで無形の圧力が騎士たちの口を封じているかのようだった。
「我が主の命により、この地に侵入した賊たち……」
「この身の手で――汝らを滅ぼす」
必要な内容を伝え終えたらしいエレノアは、全身から強烈な戦意を放ち始めた。
その姿に酔いしれていた騎士たちは、一瞬にして背筋を凍らせるような恐怖に襲われた。彼女の強烈な殺気が肌を刺すように感じられた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私たち――!?」
指揮を執るシルフィンは、相手と交渉しようと試みたが、エレノアはまったく無視していた。
彼女は片手で槍を持ち、迷うことなく百名の聖国の騎士たちに向かって突進してきた。
「彼女は本気なのか……?」
「一人で突っ込んでくるの!? ふざけるな」
「まさか伏兵がいるのか? 周囲に注意しろ!」
一人で突進してくる少女を見て、騎士たちは信じられない表情を浮かべた。
しかし、相手が敵意を持って攻撃してくる以上、彼らも無視するわけにはいかなかった。
まだ対話の可能性があると考え、シルフィンは部下にエレノアをできるだけ傷つけないように指示した。
そのため、最も外側に立っていた騎士たちは、全身を覆う塔盾を整然と立てた。
ぷすっ――
「え……?」
その中の一人の騎士が、状況を理解できないまま困惑の呟きを漏らした。
彼はゆっくりと視線を落とし、自分の体が塔盾ごとエレノアの持つ長槍に貫かれていることに気づいた。
胸には大きな穴が開き、大きな肉片が無慈悲に抉り取られており、まるで銃弾に撃たれたかのような傷跡だった。
「――!?」
反応する暇もなく、彼はよろめきながら仰向けに倒れた。
倒れたのは直撃を受けた騎士だけではなく、彼の左右に立っていた騎士たちも続けて倒れた。彼らの胸にも、同様に大きな穴が開いていた。
「う……うあああ!!?」
堅固な盾と鎧がまるで紙のように貫通し、攻撃を受けなかった者たちまでがなぜか命を落とす。エレノアの周囲の騎士たちは、この奇怪な光景に恐怖に陥った。
彼らはシルフィンの指示を無視し、生存本能に従ってこの少女に猛攻を仕掛けた。
「スキル<断骨>!」
「第7位火魔法<大炎槍>!」
「第8位雷魔法<遠雷>!」
「スキル<断鋼斬>!」
剣撃と魔法が、足を止めたエレノアに迫った。
彼女は顔色一つ変えずに長槍を引き、まるで回避する気もないかのようだった。
(第17位防御魔法<封絶楽園の炎 エデン>)
心の中で魔法の名前を呟き終えたエレノアの前に、真紅の炎の壁が立ち上がった。
その炎の壁に阻まれ、接近を試みる騎士たちは足を止めるしかなく、放たれた魔法は燃え盛る炎に呑み込まれ、その炎の壁の燃料となるかのように消えていった。
(スキル<煌燐化>)
炎の壁によって敵が足止めされている隙に、エレノアは自らの職業スキルを発動した。
水色の髪と瞳が一瞬にして炎の紅に染まり、彼女が身に纏っている装備も赤く染まった。その同時に、彼女の全身から火花のような燐光が漂い、まるで全身が燃えているかのような光景となった。
準備が整うと、彼女は高く跳び上がり、炎の壁を越えて上方から攻撃を仕掛けた。
「気をつけろ!彼女が攻撃してくる!」
「防御を捨てたなんて…」
「魔法で牽制を続けろ!近づかせるな!」
すでに準備万端の騎士たちは、彼女の急襲のタイミングを狙い、第二波の反撃を開始した。
しかし、今回のエレノアは魔法による防御も回避もせず、攻撃をそのまま受け入れた。
魔法を受けたにも関わらず、彼女の速度は低下するどころか、むしろさらに加速していった。
(どれも10位以下の魔法だから、HPはほとんど減っていない。束縛魔法…あるけど、問題ない)
<思考加速>によって得られた時間を利用して、エレノアは自身の状態を簡単に分析した。
総合レベル1,000の彼女は、通常であればすべての10位以下の魔法を免疫することができ、相手に特殊能力やスキルがない限り、触れることさえ不可能である。
また、先ほど発動したスキル<煌燐化>により、物理攻撃力が大幅に上昇し、武器や防具に火属性の追加効果が付与され、自身が受けた一部のダメージを機動力に変換することができる。
さらに、『束縛系』の魔法を免疫することができるが、代償として束縛の強さに応じてHPが減少する。つまり、魔法による「束縛」を「ダメージ」に置き換える能力で、近接戦闘を重視する者にとっては理想的な能力である。
「ば、化け物だ――!」
「くるな――うあ!」
「くそっ、くらえ!」
どれだけ抵抗しても、騎士たちは一方的に虐殺され続けた。
エレノアの能力を分析するどころか、冷静を保つことすらも難しい状況だった。
「みんな下がれ、私が行く!」
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
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