Ep 50:絶望の序曲⑤
サイドロンは戦いの間に、フィネを中心とする騎士たちは、探知系の魔法で庭全体を覆っていた。
(早くしないと、見つけないと!)
敵が高位の魔法で本体を隠している可能性が高いが、総合レベルlv601のフィネは12位以上の魔法を使うことはできない。慎重を期して、彼女は5人の騎士と協力して儀式魔法を展開した。これが彼らが高位魔法に対抗できる数少ない手段だ。
ただし、この方法には欠点もあり、大きな魔法陣を展開する必要があり、準備に多くの時間がかかる。魔法詠唱中、術士は動けず、詠唱を中断することもできないため、敵に狙われる可能性が高い。そのため、残りの3人の騎士が護衛を担当しているが、シーラーのような遮ることのできない敵に対して、護衛がどれほど役立つかは未知数だ。
「はは、あっちで面白いことをしているみたいだな。行ってみようか?」
「――!待て、私が君の相手です!」
「おお、急に気合が入ったか?いい感じだな」
他の騎士の動きを察知し、シーラーはわざと軽薄な口調で顔色が青ざめているサイドロンを試す。攻撃が効かないと分かっていながら、シーラーを引き留めるために自ら距離を詰めるサイドロン。
(見た目よりもずっと熱血だな……まあ、虐待する趣味はないし、そろそろ終わりにするか――ん?)
戦いを終わらせる決意をした矢先、シーラーは遠くで騎士たちが儀式魔法の詠唱を完了しつつあるのに気づく。
(複数人で詠唱する魔法なんて見たことがない。以前、隠蔽結界を破ったのもこの同じタイプの魔法だったな……どうする、彼らの詠唱を中断させるか?)
シーラーがどう対応するか迷っていると、遥か空の<方舟要塞>から誰かの伝達が届いた。
【シーラー、お前は何をしているんだ?あの訳のわからない魔法が使われる前に、さっさと片付けてしまえ!】
【ユリオン……待て、その魔法の効果を見てみないのか?ゲームにはなかったものだし、もしかしたら現地の特産品かもしれないぞ?】
「伝訊魔法」で連絡を取ったのは<方舟要塞>にいるユリオンで、彼と他の数人の仲間は魔法アイテムを通じて、仮拠点で起こっている戦闘を監視している。その中には現在のシーラーと10人の聖国騎士の戦いも含まれている。
【そのようなことは戦いが終わってから確認すればいい。とにかく彼らの魔法詠唱を中断し、未知の攻撃を受けないようにしろ!】
【慎重すぎるな……彼らが俺の本体すら見つけられていないのに、本当にその必要があるのか?】
【シーラー……帰ってきたときに緋月に制裁されるのが嫌なら、さっさと片付けろ】
【うう……脅してくるとは、君の心は痛くない……?】
文句を言いながらも、シーラーはユリオンの提案を受け入れることに決めた。
「な――!?何をするつもりだ!待て、近づくな――!!!」
驚愕の表情を浮かべるサイドロンを振り切り、シーラーは詠唱中の騎士たちの元へと急いだ。彼は視線を女騎士、フィネに定めた。
「やめろ――!!!」
彼の意図に気づいたサイドロンは、ほとんど悲鳴のような怒号を上げてシーラーの後を追った。
「来た、早く手を打て!」
「任せて!」
「受けてみろ、化け物!」
護衛を担当する三人の騎士たちは、すぐに魔法を放ち反撃に出た。
(まだこんな無駄なことをしてるのか?こんなに根気強いとは、体育系の面目躍如だな……)
騎士たちの執念にシーラーは呆れながらも、同時に多少の敬意を抱く。
「「「第2位の魔法<閃光>!!!」」」
「はあ!?」
純白の光が爆発し、視界のすべてが白に染まった。その中には、疾走するシーラーも含まれていた。
(くそ、見えない……まさかこんな手を使ってくるとは、彼らを甘く見ていた!)
護衛の騎士たちは高位魔法ではなく、目立たない第2位の無属性魔法を選んだ。殺傷力はなく、単に白光で牽制するだけの<閃光>をシーラーは予想していなかった。
「儀式魔法――<天御瞳>!」
「やばい……これで本当に叱られる……」
相手が魔法を成功裏に発動させたのを確認したシーラーは、これからのことに不安を感じた。
空中から、巨大な玉石が浮かび上がる。それは楕円形で、人の目の輪郭に似ていた。
その玉石を中心に、周囲に波紋が広がり、石を静かな水面に投げ込んだような光景が広がっていった。
「見つけました、サイドロンさん――うあ!?」
フィネがサイドロンに呼びかけた瞬間、シーラー(幻影)の刀が彼女の腹部を切り裂いた。血が噴き出し、あっという間に彼女の制服を赤く染めた。追撃を続けることもできたシーラーだったが、その瞬間、突然横に飛び退いた。
「フィネ!?くそ――!!!」
仲間が重傷を負った絶望感が、サイドロンを庭の奥にある椅子に突進させた。彼は怒りに満ちた声で剣を振り下ろし、その空っぽの位置を叩き切った。
カン――!
激しい金属音が響き、続いて少し驚いたようなため息が聞こえた。
「まさか見破られるとはね。ああ……そういえば、さっきの人たちは探知魔法を使っていたのか?すごい」
「許さない――仲間を傷つけるなんて!!」
(この男、最初からここに座って私たちが絶体絶命の状況を楽しんでいたのか……この外道め!)
サイドロンの斬撃を剣で防いでいたのは、かつて彼らが必死に探していたシーラーの本体だった。彼は軽々と片手で剣を持ち、サイドロンの全体重をかけた振り下ろしを防いでいた。
怒りでいっぱいのサイドロンは、剣にかける力をさらに強め、シーラーを押しつぶそうとした。
彼の必死な様子を見たシーラーは、狡黠な笑みを浮かべた。
次の瞬間、阻まれていた刀の刃が突然束縛を失い、まっすぐサイドロンの下の椅子を切り裂いた。
「――!?」
サイドロンと対峙していた青年の形が血のような赤い霧に溶け、霧は散らずにサイドロンの体に絡みついた。異様な光景にサイドロンは驚愕したが、すぐに意識を取り戻し対応にあたった。
「第8位の風魔法<磐巻風壁>!」
サイドロンの足元から強風が立ち上がり、まるで彼を包み込むかのように、彼を中心に小型の竜巻が形成された。赤い霧も巻き込まれ、サイドロンを守る竜巻風壁も赤く染まっていった。
「正しいやり方だったけど、遅すぎた――」
「うぐっ!?」
荒れ狂う風の渦が突然収束し、その中心に残ったサイドロンは、なぜか苦悩した表情で眉をひそめていた。
彼は渋々剣を落とし、体がまるで油が切れた機械のように硬直し、立ち尽くしていた。
「う……あ、ああ……!!?」
(言葉が出ない、どうなっている!?彼は私に何をした!?)
サイドロンは必死に口を開こうとしたが、どんなに試してもわずかに音が漏れるだけだった。
「お前が言いたいことは大体わかるけど、俺がハーレム……泥棒に余計な説明をするほど親切じゃないってことさ」
声はサイドロンに絡みついた血の霧から発せられていた。今や彼の全身は霧に覆われ、呼吸はできるものの、体は動かせなかった。
サイドロンを制約しているのはシーラーの専用スキルだった。
<血縛傀儡>は、自身を霧化し、「単一の」ターゲットの身体のコントロール権を奪い、持続的なダメージを与える能力である。欠点は一度に一つのターゲットにしか作用せず、持続中は使用者が霧化を解除できず、防御力が大幅に低下し、受けるダメージが倍増することである。
このスキルは一対多の状況では使われることはなく、魔力を持続的に消耗するため、スキルの持続的ダメージはあまり高くない。果たしてこれが実行する価値があるのか?さらに、敵を拘束する行為は相手に負のフィードバックを与え、使用者が報復を受ける可能性がある。
「サイドロンさん、私たちが援護に来ました!」
「どうしたんですか!?サイドロンさん、これは……」
遅れて駆けつけた聖国の騎士たちは、サイドロンが一人で立ち尽くし、全身が赤い霧に包まれているのを見て、驚きの表情を浮かべた。
「あ……あ、あ……ああ!!」
(近寄らないで!絶対に来ないで!!どうか来ないで!!!)
体が動かせず、言葉も発せず、<伝訊魔法>も使えない圧倒的な絶望感が、サイドロンを押しつぶさんばかりだった。
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