Ep 8:竜の陥落
<方舟要塞>では30人から成る一隊がすでに出発準備を整えていた。
隊は主に禁衛騎士と補助術士で構成されており、それぞれエレノアとシーエラの直属部隊である。
さらに、隠密行動と探査に長けたメンバーも編成されており、彼らは忍者部隊に属している。
彼らの一連は<集団転送>の魔法を用い、シルド城の外にある地下空洞に移動した。ここは厳重な情報遮蔽魔法といくつかの防御結界が施されており、基本的な生活設備は欠けているが、秘密基地としては十分であった。
この隠れ場所はユリオンの命令で建てられたもので、身を隠すか外勤メンバーが合流するために使用される。
ユリオンの予想によれば、外で活動するメンバーにはこのような拠点が必要であり、一定の防御力を持ちながら、情報が簡単に漏れないようにし、さらに専用の転送地点としても機能するべきであった。
<転送魔法>を使って人の多い場所に簡単に移動すると、発見される可能性があるため、拠点を設けることでこれを効果的に回避できる。たとえ発見されても<方舟要塞>に影響はなく、うまく運用すれば敵に誤った情報を提供することもできる。
「ようこそお越しくださいました、ユリオン様」
出迎えたのは黒衣の一団で、先頭に立つ少女は忍者服をまとい、長い兎耳を持つ姿はバニーガールを連想させる、可愛らしい外見と魅惑的な体型の女性であった。彼女はこの集団の指揮官であり、同時に凪の部下であり、忍者部隊に属している。
「澪、久しぶりだな」
「はい。お目にかかれて光栄です」
この世界に転移してから、ユリオンが澪と会うのは初めてであった。彼女は頻繁に外勤しているため、普段は会う機会がほとんどなかった。時間があればユリオンも彼女とゆっくり話したいところである。
「今は時間がない、要点だけ話そう、澪」
「かしこまりました。ご指示をどうぞ」
「凪がすぐに合流する。彼女の指揮に従い、周囲の監視を行ってくれ。具体的な指示は彼女が出す」
「承知しました」
「よし。今からあの城に入る。出発する際には、拠点の入口の結界を解除してくれ」
「分かりました。いつでも準備は整っています」
必要事項を伝え終え、ユリオンは部隊のメンバーに集団隠蔽魔法を施すよう命じ、その後、澪と周囲の状況を確認した。
「ご報告いたします。基地周辺には人影はなく、魔法の痕跡や魔道具の反応もありません。監視されている可能性は低いと考えます」
「そうか、それなら良い。そろそろ出発しよう」
準備が整い、ユリオンは部隊を率いて秘密基地を出発した。
【ユリオン様…少しお時間をいただけますか?】
【うん。どうした、エレノア?】
シルド城へ向かう道中で、エレノアは<伝訊魔法>を使ってユリオンに個人的に話しかけた。彼の隣にいるのに、わざわざこうするのは彼と二人だけで話したいからだと分かった。
隊の進行速度は速く、このままだと会話する時間がほとんどない。そこでエレノアとユリオンは<思考加速>を起動し、思考速度を上げて会話の時間を作った。
【なぜ…ユリオン様がなぜ、あの市民たちを救おうと決めたのですか?】
【……】
前述の理由でごまかすことはできるが、彼女がそう尋ねた以上、やはり真剣に答える必要があるでしょう。
【助けたいと言ったのは君だろう?なぜ急に俺に尋ねるの?】
【ただ、それだけですか?ユリオン様、これは私個人の願いに過ぎません。私のわがままです!ユリオン様はそれに合わせる必要はありません。私…私は、美羽たちの主張こそが正しいとわかっています。ギルドのことを考えていなかったこと、ユリオン様の右腕としての役割を果たせていなかったことを反省しています……】
【エレノア、自責の念はいらない。最終的な決断は俺がしたので、責任は俺が背負う】
【でも!私は<方舟要塞>の一員です。公会の利益を最優先にすべきです……】
【確かに、俺は自分とは無関係な人々を救うつもりはないけど。君がその意志を持っているなら、俺も放っておけない。それだけの理由があるなら、俺には十分だ】
【…ユリオン様】
女性とこんな話題をしたことがない彼は、言葉を尽くした。彼女に自己抑制を求めず、彼女には自分を頼ることを望んでいた。ユリオンは、この考えをエレノアに伝えたいと思っていった。
【エレノア、君のその気持ちは俺とリゼリアが望んでいたものの結果だ。君は俺たちの願いを受け継ぎ、体現していった。君は俺たちの誇りだ】
【うぅ——】
エレノアは涙を浮かべ、抑えられない感情で胸がいっぱいだ。
【親が子供を愛することに何が悪いのだろうか?君はもちろんわがままにできる。君が道を踏み外さなければ、いつでも手助ける。だから——俺に頼ってください】
【はい!ユリオン様…父上!】
【ああ、俺に頼っているけど。君たちが誓った忠誠、尊敬するこの俺——<方舟要塞>の主人、どれほどの力を持っているか、今すぐに身近で目の当たりにしてくれ!】
(そうだ、俺は彼らの主人だ。NPCたちは俺に敬意を持つだけでなく、俺のために無償で尽くすことさえ願っている。だからこそ、俺も彼らに応え、絶対的な支配者としての風格を示さなければならない)
「ユリオン様、指定された位置に到着しました。それでは、私は部隊を率いて別行動します。ご武運を祈ります!」
「うん。シーエラ、君も気をつけて」
城門の前に到着すると、シーエラ率いる補助魔術師部隊は透明な偽装を解除し、魔法で外見と服装を変え、伝説級の<知覚妨害>アイテムを使用して、相手の記憶に深い印象を残さないようにした。
冒険者の姿に変装したシーエラたちは、事前に調査した通路から都市に入った。周囲には他の人がいないので、注目される心配はない。彼らは荒廃した通りを抜け、難民がいる場所に向かっている。
一方、ユリオンたちは透明化状態を維持続いている、浮遊魔法を使用して、邪竜である——アポカリプスに近づく計画です。
「グゥルル!!?」
(やっぱり見つかってしまったか、ここまで接近したら限界だろう)
邪竜が空を見上げるのを見て、ユリオンは相手が何か気づいていることに気づいた。
首領級の魔物は強力な探知能力を持っており、プレイヤーが攻撃範囲に入ると直ちに敵の存在を感知する。これもゲームメカニズムの一つだ。
(<失われた都市 ルーラン>発動!)
ユリオンはすぐさま身に着けていた魔法アイテムを起動した。一瞬で、巨大な魔竜とユリオンたちは空中から消えた。もちろん、ユリオンたちが見えない外部の目にとって、目の前の光景はまるで魔竜が突然消失したかのように見えた。
<失われた都市 ルーラン>は、ユリオンが宝物殿から特に持ち出した原初級アイテムだ。<Primordial Continent>で最高ランクの逸品であり、偽の世界を作り出し、指定された対象をその中に引きずり込むことができる。使用者が死亡せず、または解除する意志がない限り、この世界は維持され、敵をその中に拘束する。
ゲーム中、このアイテムはしばしばギルド戦で使用され、敵対するギルドの主力や重要な人物を拘束するために使用される。即座に起動でき、さらに原初級(最高レベル)のアイテムであるため、ほとんど防御手段がない。その効果が強力すぎるため、クールタイム(Cool Down Time)も非常に長く、通常は一度使った後、半月待たなければ再び使用できない。これはオンライインゲームで非常に少ない高クールタイムアイテムの一つである。
※※※※※※※※※※
天地は瞬時に入れ替わった。
廃墟と化したシルド多の通りは、まばたきの間に極めて時代を感じさせる荒れ果てた古都に変わった。
さっきまで暴れていた邪竜さえも動きを止め、現状に戸惑っているようだ。
しかし、その注意はすぐに目の前の敵に奪われた。
【予定通り、俺が一対一でこいつと戦う。エレノア、周囲で待機してくれ、手をだすな】
【御心のままに!ユリオン様、どうぞご注意ください】
【ああ、分かった】
「さて、俺たち二人だけだ。お前の力を見せてもらおうか、蜥蜴」
「グゥアルルル!!!」
城の守衛2000人と対峙したときの態度とはまったく異なり、邪竜アポカリプスは殺意に満ちた視線で銀髪の青年をにらみつけた。
それは荒々しく両翼を振り、疾風を巻き起こし、周囲の建物さえも容易に粉砕するほどの威力で、岩や塵と共にユリオンに向かって突進してきた。
「おいー、俺をなめるか?」
「グゥゥゥォォ!!?」
家屋を容易に破壊する烈風でも、ユリオンを後退させることはできなかった。風に巻き上げられた岩は、ユリオンに触れる前に跳ね返され、まるで見えない壁に当たったかのようだった。彼は両腕を胸に抱え、空中に浮かび、冷めた目で邪竜を見下ろし、まるで評価しているかのようだった。
暴風が効果を上げないことに気づいた邪竜はすぐに行動を変え、両翼を振って空中に舞い上がろうとした。明らかにユリオンとの肉弾戦に備えているようだった。それは恐ろしい勢いで口を開け、近づいてきた。
「はあ…遠隔攻撃を試さずに、乱暴に近づいてくるだけか。こやつ、本当に冗談じゃないのか?」
迫りくる巨大な口に向かって、ユリオンは半目で皮肉を言った。
<次元転移>
ユリオンは距離が半メートルになると、すぐに移動魔法を発動して邪竜の背後に、正確に言えばその両翼の間にテレポートした。
「グゥゥルルル!?」
邪竜はすぐにユリオンの位置を確認したが、その場所は死角であり、すぐに反撃することはできなかった。
「第6位氷魔法<寒氷裂桩>」
邪竜が体を転換するのを待たず、ユリオンは瞬時に15本の氷柱を呼び出し、その背中と翼に掃射した。
チン——!チン——!チン——!
いくつかの鋭い音とともに、ほとんどの氷柱は竜鱗に弾かれ、数本が翼に命中したが、すぐに落ちた。
「第6位の魔法はまだ無理があるようだね。威力を上げる必要があるようだ」
ユリオンのパネルにはLv1,000の総合レベルがあるにもかかわらず、ユリオンの放った氷柱は邪竜の翼にわずかなダメージしか与えられなかった。
「ん?それは…」
邪竜の翼にできた穴は、肉眼で確認できる速度で癒合し、数秒で跡形もなくなった。
「自動回復――これが使われるのか?以前は半分の体力が減った時にだけ起こったはずだ」
高レベルのボスモンスターの多くは、一定のダメージを受けた後に回復手段を持っているが、これほど簡単に使用するのは驚きだった。
(おそらくこれもテレポートの影響だろう。ゲームの知識だけに頼るわけにはいかないようだ)
「第14位雷魔法<天雷奏鳴>!」
青白い雷光が現れ、熱波と轟音が邪竜に向かって襲った。
「グォォォォォ!!!」
傷だらけのブラックドラゴンは、苦しそうな悲鳴をあげながら地面に倒れた。その巨体に刻まれた傷は、高温で焼かれて黒くなり、ユリオンは少し離れた場所でも強烈な焦げ臭を嗅ぐことができた。
彼は苦労して立ち上がり、傷口は癒合の兆候を見せているが、以前よりも遥かに遅くなっている。
「グゥアルルルルルル!」
傷が癒える前に、邪竜はすぐに行動を起こした。彼は天を仰いで怒号を上げ、口から白い光を吐き出したが、これは以前城の守備隊を消滅させる際に使用したものだが、その威力は以前の数十分の一に過ぎない。
「第17位防御魔法<封絶楽園の炎 エデン(The Sealing Flame of Eden)>!」
あの竜息はせいぜい10階級だったが、念のため、ユリオンは7階級高い防御魔法を使った。
真紅色の炎の壁がユリオンを囲んだ。邪竜の白い光は壁を貫通せず、むしろ炎をますます激しくし、燃料として使われたかのように見えた。
(効いた、このレベルの魔法で完全に防げるようだ)
魔法以外にも、ユリオンはいくつかの原初級防御アイテムを身につけており、予備の計画を用意することが彼の戦闘スタイルだった。
「返してやる、第17位<増幅反射>」
以前ユリオンを囲んでいた火の壁は、彼の両手の間に収束し、その後砲弾のように激しく打ち出された。この反撃魔法は、以前に<封絶楽園の炎 エデン>に吸収されたエネルギーと、スキル自体のダメージを相手に返すことができる。
「グァアルルルル!!」
邪竜は避けることを選択せず、大気を揺るがすような咆哮を上げ、その後、その体の周りの空間に突然数本の漆黒の亀裂が浮かび上がり、以前シルド上空にかかっていたものとよく似ていた。
ほとんど魔竜全体を飲み込みそうな火の舌は、それらの亀裂に近づくと行動軌道を変え、まるでブラックホールに引き寄せられるかのように、ねじれ変形して亀裂に吸い込まれた。これはその固有のスキルであり、空間を操り次元の亀裂を作り出す能力であり、それがなぜ「次元の邪竜」と呼ばれるのかの理由でもある。
空間干渉能力は、レベル差を埋めるための数少ない手段の1つであり、上位者からの攻撃を防御するだけでなく、一定のダメージを与えることができ、小打大の対局でよく使用される。
「第二段階に入ったね、では第二ラウンドを始めよう」
ユリオンは腰に差していた愛剣、創生級の武具である——虹星の欠片を抜き取った。刀身が銀河を映し出し、まるで天衣無縫の芸術品のように見えた。
属性面板とスキルの威力はやや劣るものの、原初級の創生級武具に次ぐ品質を持ち、特殊性でははるかに優れている。一般的な原初級が単一の用途と威力を重視するのに対し、創生級アイテムは機能性、つまり特殊用途を重視しており、通常、上位プレイヤーは5つ前後を身につけている。
ユリオンが手に持っているこの剣のように、形状が固定されていない。それはどんなタイプの『ハンドル』付き武器にも変化することができ、強力な空間干渉能力を持っている。
「創生級アイテム<特化四重身>発動!」
空中に浮かんでいるユリオンの輪郭がぼやけ、一時的に彼の姿が元に戻り、同時に彼の周りに彼と同じくらいの銀髪の青年が4人現れた。外見だけでなく、服装や手に持っている武器も含めて、誰もが何の違いも見分けることができない。
<特化四重身>は、60%の全属性を持つ分身を同時に4つ作り出すことができる。それぞれの分身は本体と同じ魔法やスキルを使用することができるが、パネルが本体よりもはるかに低いため、技の威力や防御力も同じくらい低い。一般的には、この手法は誘拐攻撃や火力の分散手段として用いられる。
しかし、ユリオンにとっては、それにはより特別な用途がある。
「行け、四方向から攻撃を広げて分散させろ」
指示に従って、四つの分身が邪竜に向かって急降下した。この攻撃に対応するため、黒竜はさらに空間を引き裂き、空間の裂け目をつなぎ合わせて、全身を包み込む網を作り出した。まるでブラックホールのように、巨大な引力が網状の結界から放射され、周囲のすべてを引き裂き、砕き、最終的に飲み込んでいった。
引力に捕らわれたように、四つの分身は驚異的な速さでそれに向かって落下した。黒竜が四人が引き裂かれると確信した瞬間、ほぼ同時に四人が剣を振り、結界に斬りつけた。その切れ目は剣によって切り裂かれると同時に消失し、元々ひび割れた空間は元の状態に戻った。
「グルルルル!!?」
防壁が破られることを予期せず、邪竜はあわてて悲鳴を上げた。
分身たちはこのチャンスを逃さず、鱗片のまばらな関節に斬撃を放った。
「くそ、やっぱり切れないか、属性が落ちすぎる……」
依然として空中に留まるユリオンは、分身たちの斬撃がわずかな傷跡しか残さなかったのを見て、がっかりして舌打ちした。
分身たちの手に持つ剣(コピー品)もまた、本体の60%の属性を継承していただけであるが、それでも通常の敵に対しては一撃必殺が可能である。なぜなら、それが斬る対象は空間であり、切り裂かれた空間そのものが、ほとんどの物理的および魔法的防壁を無視する刃物となるからだ。
しかし、相手は同様に空間を操作する能力を持つ次元邪竜であり、二段階目に入ると体表の空間を歪め、薄膜状に身にまとって鎧として機能する。
この空間の鎧が、虹星の欠片の斬撃を阻止し、邪竜の四肢を斬り落とすことができなかった。
攻撃に失敗した分身は反撃を避け、邪竜の体を行き来しながら、チャンスをつかむと彼らは切りつけ続け、邪竜がユリオンに余裕を持って気を配る余地がないように続けた。
「グアアルルルル!!!」
実際に打撃を与えられなかったにもかかわらず、この断続的な猛攻は、邪竜を夏の日の蚊やハエのようにイライラさせた。それは狂乱し、無秩序に大声で咆哮し、ただ分身を追いかけ、彼らを粉砕しようとした。
体力が持続的に消耗されている中、彼はついに新しい行動を取った。
「グオオオオアアアア!!!」
突然、虚空から十の黒いファイヤーボールが現れ、直径5メートルにも及ぶファイヤーボールが、邪竜の周囲にまるで囲んだ。
(あれはその第15位の魔法だ…俺が間違っていなければ、これらのファイヤーボールには自動追尾機能があり、簡単には振り切れない、そして命中すれば持続的な火傷と呪いのダメージを受ける)
数回次元邪竜と戦ったことがあるユリオンは、すべての攻撃パターンを把握していた。そのため、彼の対処法は相手の攻撃に応じて変化していた。
実際、ユリオンの本来の戦闘スタイルは、主に近接戦闘を中心にしており、魔法攻撃はあくまで牽制の手段に過ぎない。過去にさまざまな対戦相手と交戦した際、彼は常に魔法を使って相手の手札を試し、適切な時に接近戦で勝負を決めることが多かった。
しかし、情報が不足していることを考慮すると、相手が自分が非常によく知っている魔物であっても、それがゲーム内の邪竜と全く同じであるとは言えないので、慎重を期して、ユリオンは魔法攻撃に重点を置いた遠隔戦術を採ることにした。
現在、10個巨大な黒炎の球が、ほぼ同時に正面から飛んできた。
ユリオンはすぐに行動に移り、神速の飛行速度で空中を行き来しながら、黒炎の球の投射軌道を避けた。
予想通り、10個の黒炎の球は空振りした後、天に飛ばなかった。代わりに方向を変え、ユリオンを追い続けた。
(やはりゲームと同じだが…遅いな。こんなに遅く飛んでいては、まったく人を追いつけない。貴重な追跡機能が無駄になってしまう。こんなメカニズムを設計したゲーム会社は、我々プレイヤーをあまりにも見くびっているのではないか?)
言葉はその通りであるが、これ以上追われるのも面倒だ。しかも、それらの黒炎の球のサイズはほとんど変わらず、放置しておけば、かなり長い間追いつかれそうだ。
少々うんざりしたユリオンは、意味のない追跡を終わらせることに決めた。その間、彼が作り出した分身たちは、依然として邪竜に執拗に嫌がらせをし続け、邪竜がユリオンを気に留める余裕すら与えなかった。
(第18位水魔法<水龍王の澤濤>!)
一瞬のうちに、大量の水塊が虚空から湧き出し、彼らを生み出したユリオンを守るかのように、それらの水塊は生物のように凝集し、迅速に巨大な存在を構築した。
形を変えた水の塊は、30メートルに及ぶ巨龍になり、その大きな顎で4つの黒炎の球を直接飲み込み、そして尾を振って残りの6つを一掃した。
「行け、しっかりとした教訓を与えてやれ」
ユリオンの指示を受けて、威風堂々とした水の龍は、邪竜アポカリプスに直進した。
水龍の攻撃力も、邪竜の空間防御によって大幅に削られたが、最終的には以前の水の塊に分解した。しかし、それらの水の塊は活力を失わず、空間の亀裂に完全に吸収されるまで突撃を続けた。水の量が多いため、いつも空間の亀裂の防御能力は優れており、すべてを阻止することはできなかった。
防衛ライインを突破した水の塊は、アポカリプスの身体にしっかりと張り付き、それらの水の塊をどんなに振り払っても拒絶されなかった。
(移動を妨げる効果もかなりうまく発揮されている。まあ、それなりに良いね)
ユリオンは元々この手段で邪竜を打ち負かすことを期待していなかったので、それが防がれたとしても、彼はそれほど影響を受けないと感じた。
このままでは不利になると思ったのか、邪竜が新しい動きを見せた。
それは再び空間を裂き、前回とは異なり、そこから数十の黒い飛竜が現れた。それらは両腕を持たず、1対の翼で体を支えており、外見上はアポカリプスに似ていた。
「第三段階、ついにこの段階に…現時点ではゲームとあまり変わりはない」
群れで現れたこれらの飛竜は、アポカリプスの眷属であり、平均レベルは500前後だった。
眷竜たちは分身には無関心であり、代わりにユリオンに直接向かって飛んできた。それらは、本体を消滅させることを主な責任としているようだ。
「ふん、来たか」
(まずはこれらを片付けて、その臭い虫を処理する)
ユリオンが攻撃を始めようとしていると、遠くから無数の白い光が飛来し、無防備な飛竜たちを一掃した。
【エレノア、君は心配しすぎだ。俺に任せておけばいいと言ったろ、こんなざこたちが脅威になるわけがない】
【いえ、ユリオン様、このざこどもはユリオン様と戦う資格などありません。しかも相手は眷属を派遣していますから、私たち眷属としても戦うべきです】
【はあ…分かった、では君たちに任せる】
飛竜たちを一掃した光の矢は、エレノアたち待機中のものだった。ユリオンが事前に手を出さないように指示していたにもかかわらず、彼女たちは競争意識を持っているようだ。
眷属が一瞬で全滅したのを見て、邪竜アポカリプスは分身たちの攻撃を無視し、空中のユリオンに向かって巨大な口を開いた。
(あれは空間を貫通する光線だ、通常の結界では防げない)
さらに、ユリオンは周囲の空間が封鎖されていることに気づき、移動魔法さえも使えなくなっている。
「追い詰められ、一か八かの賭けか。よし、それならお前と遊んでやる」
避けないとは言えないが、ユリオンは依然として正面から立ち向かうことを選択し、手に持っている第三の創生級アイテム、<魔宗書巻>を起動させた。
この巻物のようなアイテムは、魔法の準備時間をキャンセルすることができ、最も長い準備時間である——最高級の20位階魔法さえも同様に適用される。欠点は10分のクールタイムン時間があることだ。
「これを使ってお前を標本にする、原初魔法<絶対零度>」
周囲に大量の白い煙が立ち上り、ユリオンを包み込む。温度が急激に下がり、彼自身も震え始めるほどだ。明らかに、温度影響を軽減する魔道具を身に着けているにもかかわらずだ。
(ん!?こんなに寒い技があるか、まずい……)
一部の皮膚が凍傷を起こし、ユリオンは冷や汗をかいた。
彼は動揺を隠そうとして全力で剣を邪竜の方向に突き出した。白い煙は剣の方向に沿って、アポカリプスに向かって噴出した。
しかし、一瞬の間に動揺に陥ったため、手に入れたばかりのチャンスも無駄になり、邪竜はすでに充電を完了し、空間を破壊できる洪水を放出しようとしていた。
「グゥゥゥゥウウウッ!?」
アポカリプスが最後の一撃を放とうとしていると、その巨体が突然傾斜し、バランスを失った。よく見ると、それは右足が完全に切断されたためだった。この一撃の元凶は誰かと言えば、それはユリオンが先に派遣した4人の分身だ。彼らはタイミングを見極めて火力を集中し、邪竜の右脚と空間の鎧を一緒に切り裂いた。
バランスを崩したアポカリプスは、地面にへたり込んだ。
「グゥ——!」
それが再び起き上がることはできず、溶けない霧が完全にその姿を飲み込み、白い煙が消えると、そこには動きのない氷の彫像しか残っていなかった。
(やられた…今回受けた最大のダメージは自分が原因だった、ゲームでもHPが減少することがあることを忘れかけていた。エレノアたちが到着する前に、回復魔法を使って治すべきだ)
戦況が決まったところで、エレノアたちはユリオンに合流した。
「見事な戦いでしたね、ユリオン様」
「あ、うん、当然だよ」
(自分を傷つける以外は、特に文句はないな……)
「どのように処理しますか?」
「まず切り分けて、拠点に持ち帰って研究に使う。750レベルのボスモンスターだから、役に立つだろう」
「では、魔法を使うのですね。了解しました、それで行きます」
原初魔法<絶対零度>は物理的に存在するが実現不可能な概念から生まれ、魔力によって作られた不溶解の氷を通じて、氷壁の内部の分子運動を完全に停止させる。この種の氷は物理法則の影響を受けず、環境から魔力を吸収して自己修復する。攻撃を受けてもすぐに回復し、解除するには魔法使いが指示を出すか、第20位の魔法で攻撃する必要がある。
現在、エレノアたちは対応する原初魔法を使用して、邪竜の氷彫刻を切断している。切断が終わったら、空間魔法で収納する。
「やっと終わったな…初めてのボス戦としてはまあまあだったかな」
ユリオンは非常に慎重な戦闘スタイルを取った。ほとんど邪竜に接近せず、主に、自分の知らない技を使われることを警戒している。もはやゲームではないので、失敗してもやり直しのボタンはない。
もちろん、収穫も非常に豊かで、一体の研究素材を手に入れただけでなく、この戦いを通じてユリオンはスキルと自己能力の把握もさらに深まった。さらに、彼の知らないもう一つの側面では、シルド城での『聖女の噂』が、この事件の追加報酬となった。
※※※※※※※※※※
<方舟要塞>の中庭には、2人の少女が涼しい亭の下に座っている。
そのうちの1人は、エルフの少女で、彼女はウェディングドレスに似た真っ白なドレスを着ており、シルクのようなプラチナブロンドのロングヘアを残している。彼女の真紅の瞳はルビーのようだ。
もう1人はセーラー服を着ており、水色のショート髪と瞳を持ち、しっかりとトレーニングされたボディライインは猫を連想させる。
彼女たち以外にも、中庭で休憩している人々が数人いるが、彼女たちが座っている亭に近づくことはない。まるで彼女たちを意識的に避けているかのようだ。
「とても美味しいわ、エレノア。本当にお茶が上手ね」
「満足してもらえて良かったわ、シーエラ」
ユリオンに直属の2人は、邪竜討伐戦後にここで会うことを約束した。
「まさかそんな特技を持っていたとは思わなかったわ。誰かから専門的に学んだの?」
「そうではないの…この能力はリゼリア様から与えられたもので、秘書として必要なスキルだと言われた」
「秘書?」
「上司を事務面で支援する人のこと」
「ふふ~なるほど、つまりユリオン様を支援するためにね」
「え、うん……そうよ」
(シーエラの言うことは間違っていないけど…こんな風に指摘されると、なんだか恥ずかしい)
シーエラは口角を上げ、明らかにエレノアの反応を楽しんでいる。
恥ずかしさを隠すために、エレノアは軽く茶碗を持ち上げて一口飲んだ。
シーエラの戦いを終わらせた後、ユリオンは数人の同僚に状況を説明するため、現在、会議室でこの事件の経過をまとめている。
最初はシーエラとエレノアも同行したいと表明したが、ユリオンは彼女たちが十分に休息して疲れを癒すことを希望し、2人の提案を断った。通常なら、2人の少女は疲れていないと主張して再び取り合いするだろうが、今回は非常に簡単に説得された。
理由は彼らにとって、現在はより重要な問題があるため。そのため、この場所を特別に選び、部下たちに他の人が近づかないように庭を包んでもらった。
「ねえ、シーエラ… そろそろ来ないの?」
「落ち着いて、エレノア、これで4回目よ… そんなに焦ってるなら、直接通信魔法を使って聞いてみる?」
シーエラはのんびりと髪をいじり、目を細めて落ち着かないエレノアをなだめる。
「でも、君は全然気にしてないの!?」
「そんな風にすると彼女はますます得意気になるから、まずは頭を冷やすべき。大丈夫、彼女は逃げられないし、何を言っても逃げない」
「… じゃあ、君の言うとおり」
「いい子~それでいいじゃない」
「うぅ~~ 私を子供扱いしないで…」
エレノアは不満そうに頬を膨らませ、シーエラに頭を撫でられるのを黙って受け入れる。
間もなく、巫女服を改装したキツネ耳の少女が庭に入ってきた。NPCたちは少女が庭に入ると、今までリラックスしていたNPCたちも、彼女に視線を集中させ、誰もが彼女に声をかけることを躊躇している。
彼女は誰かを探しているかのように、その場に立ち止まって周りを見回す。そして、涼亭の下に座っているシーエラとエレノアを見つけると、微笑みを浮かべ、軽やかで優雅な足取りで二人のもとに歩いていった。
「ごきげんよう、お待たせいたした」
「……」
「大丈夫。来てくれてありがとう、美羽」
無言のエレノアの代わりに、シーエラが微笑みながら挨拶した。
庭にいる人々は静かに状況を観察し、彼ら全員がエレノアとシーエラの部下である。
「あらあら。二人が招待してくれたのは久しぶりで、妾も喜んで承諾するわ」
美羽も同様に優雅な笑顔で応え、エレノアはなぜか眉をひそめる。
「本当に勇気があるわね、一人でここまで来るなんて」
「あらあら、お褒めにあずかり光栄よ。でも、なぜ他の人を連れて来なければならないか、妾には理解できないが、少し教えてもらえるか?」
「おほ~君が望むなら、このみに答えてあげようか?」
エレノアは皮肉っぽく挑発的な言葉を口にし、それによって美羽の顔にさらに笑みが深まる。
「もういいわよ—— 美羽、ごまかすのをやめて、早く本題に入って」
「ふふ、その通り。何か質問があるか、シーエラ?」
同僚がだんだんと冷静さを失いつつあるのを見て、シーエラは意図的に声を大にして言った。
「それなら遠慮なく、美羽… ユリオン様に抱かれたことがあるか?」
「ふーふー、その廃村の時のこと?あれはエレがすでに知ってるでしょう」
美羽が指すのは、エレノアが凪に風を切らせ、ユリオンの懐を楽しんでいる最中に開拓村での戦いを中断させたことだ。
「だれが聞いてるか!」
「エレノア、<冷静に>」
我慢できなくなったアレは声を上げ、傍らの精霊少女はすぐに彼女の背中を軽く叩き、感情を安定させるために精神魔法を使った。
「はあ——そんなに直接言うつもりはないけど…美羽、ユリオン様に甘やかされたことあるでしょ?」
「ふふ、汝は何の根拠がある?シーエラ」
「その方の匂いが君から漂っているし、それも全身から非常に濃いもの。さらに、君からはユリオン様の匂いも漂っていて、骨の髄まで染み込んでいるような感じ——内側から外側に向かって溢れ出しているような」
「うーん…そんな風に指摘されると、妾でも少し恥ずかしく思うわ」
「シーエラ…君の様子がちょっと怖いわね」
美羽は紅潮した顔を紙扇で隠す。笑顔を見せているのに、シーエラの紅玉のような目には笑顔がなく、それがエレノアを恐れさせた。
「まあいいわ、もう隠しても意味がないわ。シーエラ、汝の言う通り、妾は主君と結合しているけど、それを見抜けるなんてさすがね」
「私の部下には嗅覚が特に敏感な者がいるの」
「あら、そうなの?」
(なぜ言わないの、嗅覚がいいのは汝自身なの?)
ユリオンが二人を個室に呼び入れた時から、シーエラは時折美羽を余目で見ていたが、もちろん美羽もそれに気付いていた。おそらくその時点で、彼女はすでに気付いていたのだろう。
「だからこの態勢を整えたのね、シーエラが考えたの?」
美羽は片目を閉じ、周囲を示すように茶杯を持ち上げる。周囲のNPCがこの二人の部下であることは疑いようがない。
「それが重要なの?美羽、今日は君の考えを確認したかったのよ」
「妾の?」
シーエラの発言は予想外で、美羽は首をかしげる。
「そう。君はユリオン様を独占したいのかしら?美羽」
シーエラの真紅の瞳からは、どんな妥協も許さない堅固な意志が滲み出ている。
彼女の態度に気付いた美羽も真剣に座る。
「妾はそんな妄想を持ったことはないわ。主君はこの世で最も優れた存在であり、国王でさえ彼とは比べるべくもなく、彼に満足することはできない。そのような高貴な存在を、妾一人で満足させられるわけがないでしょう?」
「私も同じ考えよ。君がそう考えるなら、安心したわ」
「ふふ、汝は主君が妾だけを愛することを心配してたの?」
「違うわ、安心したのは同僚が一人減らなくて済むから。もともと人手不足だから、もしもう一人幹部がいなくなったら、頭を悩ませるのは私だけよ」
笑顔を維持しているシーエラからは寒気が全身から放たれているように感じられ、彼女の隣に座っているエレノアすら凍りつくような幻覚が生まれた。
「シ、シーエラ……目つき!君の目つきが怖いわよ」
「ふふ〜何を言ってるの、エレノア」
「えっ…な、なんでもない」
(冷静を保つようにって言われてるのに、実際彼女が一番怒ってるんじゃないかな……)
エレノアがそう考えるのは当然だ。彼女はユリオンが創造した最初のNPCであり、シェーラは彼の第一の部下としての行動を基準としている。自分の主人を恥ずかしい思いさせないため、そしてユリオンの配下の他のNPCたちに模範を示すために、彼女は常にユリオンの最初の選択となることに慣れていた。しかし、今回は主人を愛する女性として、彼女は美羽に先を越されてしまった。
「汝が尋ねたいのはこれだけか?」
「そんなわけないでしょう。ユリオン様の好みや習慣について、経験豊富な君と深く話し合いたいわ」
「え、シェーラ、本気なの!?」
美羽の質問に対して、シェーラは迷いなく答えを出す。静かに二人の会話を聞いていたエレノアは、慌てて叫び声を上げる。
「ふふっ、やっぱり準備していったね」
「そんな当たり前のこと言わないで。役立つアドバイスをくれたら、こっそりとした行動も許してあげる」
「構わないよ。妾がゆっくり話してあげるよ——」
「ちょっと、なんで私が巻き込まれるの!?まさか、私も一緒に聞くのか!?」
美羽がシェーラの要求に応じて話し始める準備をしているのを見て、エレノアはもう我慢できなくなった。
「嫌ならやめていいわ。ユリオン様の右腕として、そして彼を愛する女性として、私はこれで問題ないと思うし、恥ずかしいことはない」
「うぅ……」
「エレノア、君を呼ぶのは、私たちの考えが一致していると感じたから。そして、君だけでは勇気を出せないでしょう?」
「でも…ユリオン様はどう思ってるかわからない。私はまだ未熟で、こんな私をあの方が受け入れてくれるのかしら?」
不安そうに目を下げるエレノアに、シェーラはどう励ますか考えていた時、予想外の助けがやってきた。
「エレ、主君の視線に気づいたことはあるか?」
「え?」
「主君は汝をとても優しく見ている。共に近侍している妾はわかる、それは愛情に満ちた、深い視線わよ」
「美羽……」
もちろん、美羽はユリオンが彼女とシェーラを同じように見つめていることも知っていたが、わざと触れないようにしていた。シェーラも彼女の気配りに気づき、微笑みを浮かべた。
「こんな優しい方が、汝を拒絶するわけがない。汝のために、主君はさらに一つの城を救うために行動した。それで、彼の気持ちがわからないというのか?」
「エレノア、君はどう思うか?彼の女人になりたいか?」
美羽とシェーラの言葉で、彼女はようやく自信を取り戻した。エレノアの目には、再び力が溢れていた。
「はい!私はそうしたい、このみはユリオン様以外にはできない。他の誰も考える余裕なんてない」
覚悟を決めたエレノアを見て、美羽とシェーラは微笑み合った。
「ごめんなさい、決断を迫るようなことを言って。でも、私の友人として、後悔を残したくない」
「シェーラ…大丈夫。決めるのは私よ。君が私を後押ししてくれてありがとう」
パチパチ──
雰囲気を元に戻そうと、美羽が手を叩いた。
「既に結論が出たなら、対策を考え始めよう」
「うん、その通り」
「では、どこから話し合いを始めるべきだろうか?シーエラ、汝には何か提案があるか?」
「うん…もし可能なら、ユリオン様と二人きりの状況を作り出したいけど、彼の仕事を邪魔したくないし、できれば休憩時間を選びたい」
シーエラは下唇に指を当て、集中して方針を考え始める。
「汝がそんなことを考えるのは褒められるべき。しかし、主君は何日も休んでいない。この間、彼はずっと仕事をしていて、眠る時間さえ省いている」
「それは深刻なことね…やはり、ユリオン様に休息の時間を作らないと」
「でも、どうしたらいいの?私たちが直接提案しても、彼は断るだろう」
進化人種であるユリオンは、ほとんど休息や食事の必要がなく、彼はこの点を最大限に活用して、一日中働いている。しかし、精神的な消耗は回復せず、摩耗は一般の人よりも遅いが、それでも限界がある。
美羽の提案に気づいたシーエラとエレノアは、事態の深刻さに気づく。
「同性が誘うと、いいかもしれない?」
「その言葉は賢明わね!」
「それわよ!」
エレノアの言葉が二人の頭にひらめきを与える。
たまたま、黒い鎧を身につけた男性の騎士が、ちょうど彼らのそばを通り過ぎた。
トラブルの気配を感じ取ったのか、その男性はわざと美羽たちを見ないで、逃げるように歩みを速めた。
「ライインロック、汝はどこに行くのか?」
「ライイン、ちょうどいいところに来たわ、早くこっちに来て」
「諦めなさい、ライインロック」
美羽は意地悪そうに微笑んで、シーエラはライインに声をかける。エレノアは、完全に隠すのを諦めていた。
「君たち何してるんだ…私、ちょっと急用があって、君たちが急いでないなら後で話を聞くんだけど」
(なんでシーエラの笑顔がそんなに圧迫感があるんだろう…きっと悪いことだ、早く逃げないと。)
ライインロックが逃げようとすると、美羽が突然魔法を発動して空間を封鎖し、シーエラが部下に合図を送る。庭に散らばっていたNPCたちが一斉に立ち上がり、ライインロックの通り道を塞いだ。
「ちょっと——!?君たち、何やってんだ?」
「ちょっと手伝ってもらおうかしら〜心配しないで、難しいことじゃないわよ」
シーエラはライインの問いに無視するような態度で、彼を逃がさない様子を見せる。
「ライイン、汝は諦めるがよい」
「ごめんなさい、ライインロック、でもこの件は君にしか頼めないの」
悪ふざけ心の美羽とは違い、エレノアは彼に謝罪する。
「謝るならそういうことはしないでくれよ…まあ、いいや、しょうがないか」
逃げられないことを悟ったライインロックは、がっかりしたようにため息をついた。
その後、シーエラは彼にユリオンの過度な仕事の状況を説明し、主人をリラックスさせるのを手伝ってもらうよう提案した。もちろん、彼女自身の意図は隠していた。真剣な表情で彼女たちの要望を聞いたライインロックは、喜んで承諾した。もちろん、その時点では自分が深みにはまりつつあることに気づいていなかった。
※※※※※
「ライイン、久しぶりの誘い、ありがとう」
「いえ、当たり前のことです。主のお忙しさに気づけず、申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことないよ。気にしなくていい」
「はい」
現在、ユリオンとライインロックは大浴場に向かう途中だ。
夜も更け、さまざまな仕事を片付けたユリオンは、今日は外部の調査報告を見るつもりだったが、ライインロックの訪問で計画が中断された。
『ユリオン様、お疲れ様です。ゆっくり休んでください。』と言われて初めて、ユリオンは何日も眠っていないことに気づいた。休憩したのは、以前に美羽と一緒にいた時だけでしたが、それは本当に休息と呼べるでしょうか?
「ふふ」
(意外と断れないな、確かにちょっと油断していたし、この体になってから時間の感覚が曖昧になってしまった……でも、彼が自分を招待してくれるなんて、こんな素晴らしい部下がいるなんて、本当に幸せだ)
部下の気遣いに感動し、ユリオンは思わず笑ってしまった。
更衣室に入ると、彼は全身の武装を外し、腰にタオルを巻いた。
「俺たち二人だけか?他の人の姿が見えないし、他のクローゼットに衣類を置いたりしている様子も見えないけど」
「もう遅い時間ですから、皆休んでいるかもしれません」
「そうなんだ。道中、まだたくさんの人を見かけたのに」
「ちょうど入浴を終えたところかもしれません。ユリオン様、風邪を引かないようにお早めに入ってください」
更衣室が誰もいないことに気づいたユリオンは、何か違和感を感じたが、ライインの促しで疑問を置いた。
彼らは浴場に入り、ユリオンの予想通り、彼ら以外には他の人はいなかった。
<方舟要塞>の男性用の浴場は、古代ローマとヨーロッパの要素を取り入れたデザインで、室内でありながら広々としており、白い柱や彫像がたくさん置かれている。動物の形をした彫像からは温水が絶えず流れ出ており、複数の浴槽が異なるエリアを形成し、規模とレイアウトは非常に豪華だ。
「ユリオン様、背中を洗わせていただきます」
「ああ、頼む」
ユリオンは体を濡らし、その後シャワーの椅子に座った。
ライインロックは水分を絞ったタオルを手に取り、まるで宝石を扱うように慎重に拭ている。
「力加減はいかがでしょうか?」
「ああ、とてもいい。少し強めでも大丈夫だ」
「了解しました、では再度──」
ライインロックの言葉が途切れると、ユリオンは自分の背中にかかる圧力が消え去ったことに気付いた。
「ライイン?どうしたの?」
彼は振り返ろうとして、突然背中に再び触れる感触があったが、以前よりも圧力が少なく、動きには少し迷いがあるようた。
(どうしたんだ、力を加えてもいいって言ったのに、なぜ力が減るんだ?)
「まったく、エレノア。そのままじゃユリオン様が満足しないでしょう…ほら、こうすればいいの、え~!」
耳に心地よい声が後ろから聞こえ、それに伴って柔らかくて暖かい触感が、ユリオンの背中を完全に包み込んだ。
「はあっ!?」
ユリオンは動揺して声を上げた。今、彼は武装を解除し、もちろん、偽装用の<ポーカーフェイスペンダント>も外していたので、動揺を隠すことはできなかった。
「シーエラ、ユリオン様を驚かせちゃったじゃない!」
「Et tu,Elenoa!?(君もか、エレ、エレノア!?)」
「はい、ユリオン様。」
エレノアは赤面しながら頷いた。
ユリオンは振り返り、2人の服装を見て体が完全に固まった。
エレノアは露出度の高いビキニ水着を着ており、真面目な彼女があまりセクシーになることは滅多にないので、彼女は恥ずかしそうに体をくねらせ、牛乳のように白くて清らかな肌が紅潮していた。その恥じらいの表情と刺激的な服装の組み合わせは、激しい対照を生み出し、ユリオンは視線をそらせなかった。
「ユリオン様、私も見ていただけますか」
シーエラは大胆にも両腕を広げ、魅力的な体の曲線をさらけ出した。地に跪いている彼女ももちろん水着を着ていたが、胸元だけが露出していた。
(水着を着ているけど…いやいやいや、それは本当にただの紐じゃないか!!?)
「君たち二人!何が起きているんだ?それにライインはどこに行った?一体何が起こっているんだ!?」
完全にパニックに陥り、ユリオンはまともに問いかけ、シーエラは微笑みを浮かべたままだった。
「彼のことは心配しなくても大丈夫です、今安全な場所に運ばれているはずです。それよりも、ユリオン様、動かないでください、洗うのが不便になります」
「シ、シーエラが正しいです、ユリオン様、私たちにお任せください」
問題に軽く触れる一方で、笑顔でいっぱいのシーエラ。もう一方は視線をそらし、ユリオンと目を合わせるのを恐れるエレノアだった。
(君たちは一体何をしたんだ!!?それにエレノア、この罪悪感に満ちた反応は一体何だ!?)
ちなみに、ライインロックはその時、人影のない中庭に転送され、何が起こっているのか理解せずにしばらくその場に座っていた。幸いなことに、彼はすぐに我に返ったが、そうでなければ通りかかった人に見つかってしまい、名誉を失うことになるだろう。
タオルの代わりにシーエラは彼女の見事なバストを使って、ユリオンの背中を撫で回し、ユリオンは自制心が急速に崩壊していることを感じた。一方、エレノアは慎重にタオルで彼の腕を拭き、動きはあまり上手くないが、彼女の恥じらいの表情はユリオンにとって楽しいものだった。
「ユリオン様、美羽を寵愛されたと聞きましたが」
「えっ!?」
シーエラは突然それを口にし、ユリオンは肩を震わせた。
「ユリオン様の右腕として、そしてユリオン様を愛する女性として。私はユリオン様が私たちを創造したような女性に対して、女性としてのやり方で接することを望んでいます」
ユリオンに拒否されないように、シーエラは一切の逃げ場を封鎖した。
(事前の調査、無関係者の追い払い、ライインの利用… これはすべて計画されたことだったのか!?ちょっと待って、そう言えば…)
心の警報が鳴り響き、馴染み深い光景にユリオンは自然に入口を見つめた。
(やっぱり!複数の結界、消音、防振、情報隠蔽、情報偽装、高位物理防御、高位魔法防御、高位空間封鎖、通信魔法無効化… これは以前と同じ構成じゃないか!?)
武装解除した彼がこの配置から逃れようとする可能性はほぼゼロに近づいた。自分には逃げる道がないことに気付いたユリオンは徐々に絶望するが、最後の抵抗を諦めることはなかった。
「エ、エレ、エレノア!君は覚えているか、俺が言ったこと。君を自分の娘のように思って…」
「もちろん、そのことは心に刻まれています。ユリオン様が私をそう見てくださること、本当に… 本当に感動します」
「では!」
「ですから、どうか私を差し出してください!ユリオン様以外に… 私の全てを愛するのはユリオン様しかいないのです!」
「……エレノア」
逆に、ユリオンはエレノアの真情に心が躍る。
「私もです、ユリオン様。どうか私のすべてを受け入れてください、ユリオン様が創造し育てたもの、私のすべてはユリオン様のものです」
「シーエラ…分かった」
(彼女たちを拒否する理由はない、そうならば責任を負おう!彼女たちだけでなく、美羽も、俺は彼女たちのすべてを受け入れ、一緒にいたい!)
二人の魅力的な少女、それは自分が最も尽力したものだ。強さだけでなく、創造された初めから、ユリオンは彼女たちに愛情を抱いていた。今日までギルドを守り通すことができたのも、彼女たちがいてくれたからであり、今、その気持ちが返され、ユリオンは心の感情を抑えることができなくなった。
「あっ——!?」
「わぁ~」
ユリオンは二人を抱きしめ、彼女たちの細い腰を優しく撫でながら距離を縮める。
「エレノア、目を閉じて」
「うん……」
ユリオンはエレノアの滑らかな顔を近づけ、彼女の潤んだ唇と重ねる。
「うぅ~うっ~ん~!」
「エレノア、いいなぁ…」
もう片方のシーエラは羨ましそうに囁いた。
「うっ~はぁあ~!ユリオン… 様…」
ぼんやりした目で、エレノアは主人を見つめ返す。彼女はまだ、ぼんやりとした感触に浸っているかのように、くちびるをそっと撫でた。
「ユリオン様~私の番です」
「お待たせした、シーエラ」
「ん~ちゅ~はぁあ、ああ——ん〜!」
二人の距離が開け、彼らの唇の間に半透明の橋がかかった。
「ユリオン様、ご堪能ください~」
「このみもお楽しみください!」
シーエラとエレノアはそれぞれ腕を胸に抱え、力を込めてユリオンに抱きついた。
こんなに手の込んだ肉、食べないわけがないでしょう?二人の間に挟まれたユリオンは、彼女たちの体温と柔らかさを楽しみながら、両手を動かし、彼女たちの魅惑的な間際を行き来する。
「あぁ~ん、うん、うぅぅ〜!」
「はぁ〜ユリオン様、あぁ〜!」
二人は、曖昧な視線で主人の愛撫を楽しんでいる。彼女たちの柔らかく豊満な胸が、ユリオンに揉まれ、彼の手のひらに合わせて形を変える。ほぼ同時に、彼女たちは空いた手を下に伸ばし、何かを探しているようだ?
本能的な行動かもしれないが、まだ人生経験の浅い少女たちは知識がないが、無意識に目標を見つけた。
「お、おお——!?」
彼女たちのしなやかな玉手が、何か硬いものをつかんだ。それはユリオンの巨竜だ。命を握られたユリオンは驚いて声を上げた。
冷たくて滑らかな両手が、竜の身体を往復する。
「第1位の水魔法<水球>」
自制心を使い果たしたユリオンは、温水でできた球体をいくつか作り出し、自分と二人の少女に注ぎかけた。
「外で冷えるのはいけないから、先に入ってから続けましょう」
「はい!御心のままに」
「わかりました…ユリオン様」
シーエラは興奮した口調で彼の提案に同意し、エレノアはまだ意識が完全に戻っていないようで、ユリオンを見つめてうっとりしていた。
夜はまだ長い。三人は一緒にこの貴重な時間を楽しみ、お互いの体を何度も洗い流す。
どれだけきれいに洗っても、すぐに汗で汚れてしまうだろう。
「エレノア、ちょっと思いついたことがあるの。ちょっとこっちに来て…」
「うん、えっ、え——!?本、本当にそんなことするの?」
「もちろんよ、ユリオン様はこれが一番好きだからね」
「まぁ、そういうことだけど…わかったよ!」
二人が何を相談しているのを見て、ユリオンの期待も徐々に高まる。
「ユリオン様、まず横になってください」
「お…分かった」
(一体何をしようとしているんだ?)
シーエラが何を企んでいるかわからないが、ユリオンは素直に従うことにした。
「では、ユリオン様…」
「失礼します…」
「え、あああ!?」
ユリオンが横になると、優雅な笑顔を浮かべたシーエラと、少し躊躇した表情のエレノアが、お互いの体を重ねた。
彼女たちは両手で酥胸を支え、ユリオンの巨竜を優しく包み込んだ。
(これ、これは——!?)
想像を超えた刺激で、ユリオンの忍耐は臨界点に達した。巨竜は首をかしげ、全力で火を吹き出した。
「あっあ〜」
「え!?」
白く染まった二人の容姿は、さらに妖艶になった。
彼女たちがあまりにも魅力的すぎたためか、一瞬前まで首を垂れていた巨竜が再び胸を張った。
「はぁ——はぁ——次は俺の番だ、君たち二人、覚悟しておけ」
「ふふ、望んでいますよ」
「はぁ〜、ユリオン様、体が熱い…早く、早くしてよ…」
夜はまだ始まったばかりだ——
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます。
これからも引き続き頑張って執筆してまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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