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9話・誰が為に

 先にゴールした俺は後続の受験生達を観察する。

 難関と名高い魔導学園の試験へ挑むだけあり、現時点でもそれなりの使い手が多数いた。


 一方、師匠の判断は正しかったとも思える。

 もし俺が腕輪を外し、全力でこの試験に挑んでいたら……多数の負傷者が出ていたかもしれない。


「――そこまで!」


 約十五分後、マガト監督が試験終了を告げた。

 レースを終えた受験生の様子は様々。

 中には座り込んでしまう者もいる。


 激しい運動に不慣れな者は辛いだろう。

 逆に「天下の魔導学園の試験がこんなものか?」と、物足りなさを表情で訴える受験生もいた。


 その物足りなさは俺も感じている。

 けれどその不満は早急に解消されるだろう。

 予想が正しければ、この後――


「皆さん、お疲れさまでした。この調子で『次の』試験にも精一杯取り組みましょう」


 やっぱりなと、心の中で呟く。


「え……実技試験、終わりじゃねーの?」

「馬鹿が。この程度で終わりなら、誰も入学に苦労しないだろ」

「あの試験監督、一言も実技試験がレースだけって言ってないしな」


 受験生達の間で意見が割れる。


 そう。レースはあくまで第一試験。

 レース前にマガト監督が「高順位ほど加点される」と言っていたのがヒントだ。


 試験が一つだけで終わりなら、わざわざ『加点』なんて言い方はしなくてもいい。

 恐らく実技試験は複数回行われる。


 その中で学園側だけが把握している『点数』によって合否が決まるのだろう。

 レースだけじゃ正確な実力は計れないのもある。


「実戦は、試験のように一度だけの勝負ではありません。常に不測の事態がつきまとい、戦闘を強いられることもあります。魔導師に必要とされるのは、状況を見極める目……特に残存魔力の把握は己の生死に直結します。魔導師は、ただ強い魔法を覚えて使うだけの者には務まりません」


 マガト監督の言葉に一部の受験生が絶望した。

 レースに殆どの魔力を費やしたのだろう。

 この先の事を考えた場合、合格の望みは薄い。


「それでは第二試験に参りましょう。次は――」


 その後、実技試験は第二第三と続いた。


 残りの試験は無難な成績で終えたが、筆記試験も自己採点は満点だったし問題ないだろう。

 本気を出しすぎると腕輪の意味が無くなる。


 これにて入学試験は終わりを迎えた。

 俺は明日の朝イチに王都を発つ。

 今日は宿に戻ってゆっくり休もう。


 ……と、思っていたのだが。


「止まれ!」

「……?」


 宿に向かう途中。

 呼び止められたので振り向くと、そこには怒りの形相を浮かべたドロン・ワルナーが立っていた。


「何だ、お前か」

「……許さん」

「ん?」


 ドロンは小刻みに震えながら言う。


「貴様の所為で今日の試験、オレは無様な結果を晒した! その責任を取ってもらうぞ!」

「……はぁ?」


 空いた方が塞がらない。

 コイツ……正気か?

 俺はドロン相手に何もしてない。


 魔力枯渇の原因は、奴自身の落ち度だ。

 それに第二、第三試験では他の受験生も好成績を収めている。ドロン本人も含めて。


「お前、あとの試験はそこそこ良い成績だったろ。それじゃ満足出来ないのか?」

「黙れ! とにかく貴様はこの俺に恥をかかせた! 死刑だ! 今より死刑を執行する!」

「……」


 意味不明な因縁の付け方にため息も出ない。

 だが、奴の人生観ではそれが正しいのだろう。

 気に食わない相手は排除する。


 その行いが赦される立場で育った。


「――まぁ、俺には通用しないけどな」

「っ!」

「な!?」


 反転し、不意打ちで魔法を唱えようとしていた少年二人(今朝見たドロンの従者)へ視線を合わす。

 俺は彼らよりも早く魔法を唱えた。


「ニードル」

「「がっ……!?」」

「お、おい! 貴様ら!」


 バタリと倒れる二人組。

 改めてドロンと向かい合う。

 奴は明らかに焦っていた。


「何をやっている! 立て、命令だ!」

「無駄だ。あの二人は暫く自力で立ち上がれない」

「く……おのれ愚民風情がぁ!」


 癇癪を起こすドロン。もう見てられない。

 俺は再びニードル――電気で極小の針を作る魔法を撃ち出し、強制的に黙らせた。


「うがぁ……!?」


 うつ伏せに倒れるドロン。

 この針は刺した相手を感電させる。

 電圧は弱めなので死ぬことはない。


「き……さま……なに、を……!」

「時間が経てば自由に動ける。じゃあな」


 出来ることなら、もう二度と会いたくない。




 ◆




 数ヶ月後。


「クオン。合否通知が届いたよ」


 場所はいつものログハウス。


 窓際に立っていた師匠が鳥を撫でながら言う。

 鳩より一回り大きい真っ白な鳥だ。

 この辺りでは見かけない。


「伝書鳥か? よくここが分かったな」

「学園の知り合いが寄越してくれたんだ」

「へぇ」


 居場所を教える程度には、師匠はその知り合いを信用しているようだ。

 そういえば入試の時には結局会ってない。


 どんな人物か教えてもらってないし。

 一度くらい顔を合わすべきだな。

 受かっていれば、だけど。


「ねえ、ボクが開けてもいい?」

「いいぞ」


 誰が開封しても同じだ。

 俺の了承を得た師匠は、鳥の脚にくっ付いていたであろう小さな筒を嬉しそうに開ける。


 そして、中に入っていた紙を広げ――


「おめでとう、クオン」

「と、言うことは……」

「うん。合格だったよ」

「そうか」


 合格。

 正直分かっていたとは言え……嬉しい。

 何より、師匠に祝福してもらえたことが。


「いやー、よかったよかった。これでもし不合格だったら、ボクはキミを入学させるために学園長へ直談判しに行くところだったよ」

「どんなモンスターペアレントだ……」


 彼女ならやりかねない。受かって良かった。


「ふふ、冗談だよ。クオンなら絶対合格するって、ボクは信じてたからさ」

「……そりゃあ、師匠がアンタなんだ。受かるに決まってるだろ」


 和やかに微笑む師匠。

 気恥しくなった俺は、言葉で気持ちを濁す。

 未だに人から褒められるのは慣れない。


「嬉しいねぇ。じゃあそんな弟子の合格を祝って、今夜は盛大にパーティーでも開こうか」

「おいおい、そこまでしなくていいだろ。今の言葉で充分祝われてる」

「何を言う。人間の寿命は短いんだから、今のうちに沢山思い出を作っておかないと。ボクが百年後くらいに寂しくなって泣いちゃうよ」

「……」


 両手を使って泣き真似をする師匠。

 さらりと百年後とか言われても困る。

 なんだか断り難い雰囲気だ。


 ……まぁ、思い出作りも悪くない。


 前世はロクな思い出がなかった。

 どちらかと言えば忘れたい過去ばかり。

 楽しい、幸せな思い出は確かに必要か。


「分かった、ありがたく祝われるよ」

「……本当?」

「ああ」


 強く頷いて肯定の意を示す。

 師匠は俺が本気だと分かると、すぐに泣き真似をやめていつもの調子に戻った。


 そして満面の笑みを浮かべながら言う。


「よし! なら早速準備だね! ちょっと食糧庫に行って来る!」

「ちょ、師匠!?……ったく、どうせ作るのは俺なのに」


 いつまで経っても自由奔放な姿に呆れる。

 何なら昔の方がしっかりしていた。

 だけどまあ、頼ってくれるのは素直に嬉しい。


 ――五年前。

 盗賊に襲われ、危ないところを助けてもらった時……俺は誓った。強くなって自分や他人を守ると。


 あの日に比べたら随分と強くなった。


 それでもまだまだ師匠には及ばない。

 胸を張って彼女を『守る』と言うには力不足。

 だからせめて、役に立ちたい。


 最も尊敬し、愛する師匠の為に。


 偶然得た、二度目の人生。

 その理由も意味も一向に分からないけれど。

 師匠と出会えた。今はそれだけでいい。


 俺は緩んだ頰を引き締め直し、師匠を追いかけた。




 ◆




「なぁ、師匠」

「ん〜?」


 深夜。

 窓越しの月光を浴びながら、俺は同じベッドで眠る師匠へ仰向けのまま話しかける。


 互いに一糸纏わぬ姿。

 男女の営みが行われた後の寝室に、師匠の曖昧な返事が静寂を破るように響く。


 俺は彼女が起きていることを確認し、続ける。


「俺と師匠ってさ、どういう関係なんだ?」

「うん? これはまた、突然だねぇ」


 くすりと笑う師匠。

 ……そう、彼女は俺の『師匠』。

 魔法に限らず、様々な知識を授けてくれた。


 同時に育ての親でもある。

 捨て子だった俺を拾い、慣れない子育てに四苦八苦しながらもこうして立派に成長させてくれた。


 師としての彼女からは、魔法を。

 親としての彼女からは、道徳を。

 返し切れないほどのモノを既に貰っている。


「いや……俺にとって、師匠はちょっと複雑な相手なんだ。関係性がハッキリしてないと言うか、色々な要素を含んでいると言うか…………そもそも俺、師匠のこと何も知らないし」


 少々の不安を抱いて吐露した。

 何せ未だに名前も知らない。

 だと言うのに、肉体関係を築いている。


 前世の価値観に引っ張られているのかもしれないが、健全とは程遠い関係に罪悪感を覚えていた。

 これに関しては師匠の方から、だけど。


 サキュバス事情ってやつだ。


「……ふふ」


 彼女は妖しく笑う。


 物語に現れ、主人公を惑わす魔女のように。

 真剣に話しているのに――文句を言おうとした途端、師匠は毛布を捨てて俺の上に跨った。


 シミの無い、純白の肌が視界に広がる。


 胸に実る果実は大きく立派。

 長い銀髪は月光を受けて輝き、真紅の瞳は暗闇の中でさえ存在感を失わない。


「……キミは、変なところで真面目だよね」

「っ」


 互いの下半身が密着する。

 圧迫感の直後、彼女は上体を倒した。

 鼻先が触れ合う寸前の至近距離。


「余計なこと、考えなくていいのに。空腹の獣が目前の肉を貪るのに、理由はいらないだろう?」

「……表現が下品だぞ、師匠」

「今更、取り繕う意味もないよ」


 頰を赤く染める師匠。

 決して、年頃の乙女が抱く恥じらいではない。

 分類としては、武者震いと同じ。


 獲物を前に昂る、一匹の動物。


「ん……」


 白桃色の唇から、赤い舌が這い出る。

 サキュバスの血筋故か、人間と比べ僅かに長い舌先は俺の唇を捕らえ、形に沿って舐めとった。


 乾いていた唇に、師匠の唾液が染み込む。

 キスと呼ぶには倒錯的すぎる接吻。

 愛玩動物を可愛がるように、彼女は舐め続けた。


「……まぁ、一般的な男女の関係ではないね」


 満足したのか、舌を収める。


「でも、いいじゃないか。他人が作った枠組みに、自分を変えてまで合わせる必要は無いと思うよ?」


 それは師匠の教育方針でもあった。

 あるがままに、己を吐き出す。

 自己表現とも違う、本当の自然体。


「ボクにとってキミは弟子で、友人で、息子で――恋人だ。誰が何と言おうと、変わらない認識さ。クオン、キミは違うのかい?」

「俺は……」


 紅い瞳にジッと見下ろされる。

 美しい、けれど歪な愛。

 それでも――居場所が欲しかった。


「……俺も、同じだ」


 考えるまでもない。

 師匠の教えに従って、素直な気持ちを呟く。

 結局のところ、俺は平穏に暮らしたいだけ。


 そこに他者の意見や思想を交える意味は薄く、彼女が極度の秘密主義だとしても構わない。

 俺だって前世の記憶があるのを隠している。


 今この瞬間が幸せなら、充分だ。


「良かった……ね、続きしようよ」

「正直、もう寝たいんだが……」

「だめ〜」


 師匠はニヤッと笑い、今度は直接唇を重ねる。

 脱力して押し寄せる快楽に身を預けた。

 呆れるほど平和で、穏やかな日常。


 きっとこんな毎日が、これからも続く。

 俺はようやく手に入れた。

 ただただ幸せを感受できる居場所を――

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