8話・レース
「これより実技試験の説明を始める」
茶髪の女教師が拡声魔導具を持って言う。
既に入学試験は後半戦。筆記試験を終えた俺たち受験生は、広々とした屋外へ案内されていた。
ある意味ここからが試験の本番。
筆記試験で問われたのは一般教養と魔法の知識。
難しい問題もあったが、所詮はペーパーテスト。
根気強く勉強していれば誰にでも突破は可能だ。
しかし、これから行われる実技試験は違う。
内容は当日まで伏せられており、過去の受験生は実技試験に関して他言無用を課せられる。
筆記のように傾向と対策を練るのが難しい。
強いて言うならここが『魔導師』を目指す学園である都合上、戦闘能力を求められる可能性が非常に高いということくらいか。
「――だが、その前に。今から受験番号を呼ばれた者は、即刻退場願おう。お前達は既に、筆記試験の合格最低ラインを下回る点数を取っている。そのような愚物は、魔導学園には不要だ」
途端、受験生全員が騒ついた。
早すぎる採点。威圧的な物言い。
一部の受験生は不満を口にしていたが、女教師に睨まれると縮こまってしまった。
「では、不合格者を発表する」
不合格者の発表は淡々と進む。
番号を呼ばれた者は意気消沈する暇も無く、スタッフに会場外まで連行された。
最終的には半数以上が去ったと思う。
俺は無事に通過出来た。
視界の隅には今朝出会った少女もいる。
「――以上だ。マガト先生、あとはお願いします」
「はい」
茶髪の女教師は一歩下がった。
代わりに中年男性が前に出る。
緑色の髪と目。背は170センチ前後。
小学校の先生と言われても納得出来る雰囲気だ。
「えー、私が試験監督のマガト・サモニクスです。まずは皆さん、筆記試験の突破おめでとう。そしてどうかこの後の実技試験も、気を抜かずに挑んでほしいです」
緩やかな口調のマガト試験監督。
第一印象と相違ない人物だ。
慣れているのか、淀みなく話しを続ける。
「さて、肝心の実技試験ですが……直接見てもらった方が早いですね。会場整備班の方々、お願いします」
妙な言い回しの直後。
広場の各所に待機していただろう学園関係者が、一斉に魔法を唱え始めた。
「うおっ!? じ、地震!?」
「お、おい! 地面から何か出てくるぞ!」
「何だアレ……!」
動揺する受験生を他所に、揺れは続く。
やがて何も無かった筈の広場には、陸上競技場のような長方形角丸コースが出来上がっていた。
「ご覧のアレが、実技試験を行う場所です。受験生の皆さんにはこれより、あのコースにて走ってもらいます。着順が早ければ早いほど加点されるので、是非高い順位を狙ってください。ああ、勿論魔法の使用も許可しますので」
実技試験の内容は『レース』だった。
しかも魔法ありの大乱戦。
ただの長距離走とはワケが違う。
「魔導師は学者でもあり、戦士でもあります。有事の際には国から招集を受け、戦地に赴くことも珍しくありません。故に実技試験では、皆さんの純粋な魔法力を試させてもらいます」
受験生の間に緊張が走る。
魔法が飛び交うコースを駆け抜ける……実際の戦地を想定した試験ということか。面白い。
それに同年代の実力を知る良い機会だ。
◆
「用意はいいですか? もし何らの不備が生じている受験生は、挙手にて知らせてください」
スタートラインに立つ受験生一同。
半数以上が脱落したと言っても、未だ数百人は残っているので全員横並びには立てない。
一列目、二列目と順々に並んでいる。
一見最前列に立つ者が有利かと思うが、背後から狙われる可能性を考えると微妙なところだ。
列順は学園側の裁量で決められ、俺は前から四列目の比較的スタート地点に近い位置。
開始と同時に飛び出せば最前列へ迫れるだろう。
いきなり飛び出すつもりはないけど。
「不備が生じている人もいないようですね。では、皆さんの健闘を祈ります……実技試験、始めっ!」
位置についてヨーイどん! なんてものは当然無く……実技試験の幕は静かに上がった。
まず、最前列の受験生がいち早く駆け出す。
順番の優位を最大限活かす為だろう。
強化魔法程度は既に扱えるのか、超人的な速さでコースを踏破する先頭集団。
だが案の定、後続組は強かにその背中を狙った。
「そう簡単に行かせるかよ! ジャベリン!」
「バレット!」
「ブリザード!」
多種多様な魔法が頭上を越えていく。
しかも二、三列目以降の殆どが唱えている。
最前列組も対抗魔法を唱えたが多勢に無勢。
結局順位を落とし、先頭を譲った。
「これは想像以上に厄介だな……」
俺は集団の真ん中辺りを走りながら考える。
先頭に出れば背後から集中攻撃を受けてしまうが、このまま走っても高順位は狙えない。
必要なのは、他を寄せ付けない圧倒的な速度。
流石にこの人数の魔法を全て迎撃するのは無理だ。
一度の加速で大きなリードを取り、突き離す。
「よし。あとはタイミングか」
勝つためのプランは組み終えた。
あとは実行に移すタイミング。
多数の虚を突ける機会があれば――
「フン! 貴様ら愚民といつまでも走っていられるか! 退け退けぇ!」
一人の受験生が集団を飛び出し、先頭へ。
見覚えのある顔と声だった。
「げ。アイツワルナー家のお坊ちゃんかよ」
「どうする? 魔法撃っていいのか?」
「撃っていいだろ。流石に試験中の出来事にまでは口を挟まない……と、思う」
近くの受験生がヒソヒソと呟く。
ドロン・ワルナーか。思い出した。
相手が奴ということで萎縮していた受験生達だったが、試験だと割り切って魔法を唱え始める。
対するドロンは意外にも真っ当な方法を用いた。
「させん! ダートマーシュ!」
ドロンが魔法を唱える。
直後、コースの一部が『沼地』に変質した。
縦横共に二十メートルほどの大きさ。
突然の地形変化に対応出来ず、奴を追いかけていた受験生達は次々と嵌ってしまう。
「うわあああああっ!?」
「くそっ、やられた!」
「し、沈む……! 出られねぇ……!」
後続組の速度が緩まる。
恐らく今の魔法は属性変換系統の『沼地』。
属性は見ての通り土属性。
指定範囲内を文字通り沼地に変えてしまう。
元々土属性と親和性の高い地面ということを加味しても、ここまでの地形変化は賞賛に値する。
「ハハッ! 勝つのはこのオレだ!」
自らの策が綺麗に決まり、喜ぶドロン。
強化魔法の出力を上げたのか更に加速し、後続組との距離を空けて独走状態へ移行した。
「――ここだな」
今この瞬間、大勢の意識はドロンへ集中している。
だから誰も気づかない。
俺が魔力を練り上げ、隙を伺っていたことに。
「フィジカルアップ」
身体能力の強化。そして。
「カレント」
電流を放つ魔法も唱える。
ただし妨害の為に使うのではない。
微弱な電気を、自らの肉体へ流す。
刺激を受けた筋肉は、一時的に膨張。
更なるパワーを持ち主へ授ける。
強化と属性変換の併用。
これにより俺は肉体への負荷を最低限にしつつ……最高のパフォーマンスを発揮出来るようになった。
残る作業は、ただ一つ。
「一位を――獲る!」
加速。
並走していた隣の受験生を置き去りに、集団の中を縫うように進み先頭を目指す。
「〜っ!?」
後ろの受験生達が「何だ!?」と叫ぶ。
だがその声も瞬く間に聴こえなくなった。
次々と景色を塗り替えていると、視界の先で驚愕の表情を浮かべたドロンを見つける。
「――ウォール!」
進行方向にドスン! と土壁が出現した。
間違いなく、ドロンが唱えた魔法だろう。
更に続けて無作為に土壁が生成される。
一つの壁を避けても、別の壁が進路を阻む。
性格の悪い配置は天性のセンスだろうか?
一々避けるのも面倒だし……うん、怖そう。
「ハッ!」
片腕で顔を覆い――土壁へ激突。
一瞬だけ硬い感触を味わうも、すぐに壁は粉砕。
俺は変わらず走行を続けた。
師匠の防御魔法に比べたら柔すぎる。
「ッ!? く、くそ…………うっ!?」
悔しそうに顔を歪めるドロン。
その直後に転倒し、倒れた。
まあ、だろうな。
肉体強化に広域地形変化、加えて土壁の連続発動。
どう考えても魔力の使いすぎだ。
奴は今、魔力枯渇の影響で苦しんでいる。
暫くの間は呼吸も苦しい筈だ。
ペース配分さえ間違えなければ、一位は無理でも高順位は狙えただろうに。
「ま、待て……! オレは、ドロン・ワルナーだぞ……! み、道を譲れ……!」
背後で何か言うドロンを無視し、ゴールを目指す。
以降は番狂わせも起きず、独走状態を盤石にした俺が完走して見事一位を獲得した。
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