7話・入学試験
十日後。
俺は山を降りて『王都スペルナ』を訪れていた。
ここに来るまで馬車を複数回乗り継いでいる。
前世でも未経験の長旅に体が悲鳴をあげていた。
そんな疲労も、王都の風景を一望した瞬間吹き飛ぶ。
「ここが、王都……」
関所の門を越えた先。
そこは大きく開けたメインストリートの一つであり、大勢の人々が行き交っていた。
道の両脇では所狭しと店舗が並んでいる。
どの建物も背が高く、綺麗で立派。
客引き合戦の勢いだけで村の祭りに勝るほど。
建物や人物の雰囲気は中世ヨーロッパ風。
或いは和製ファンタジーゲームの世界観。
乱雑さの中にひとつまみの浪漫を感じる。
キレイすぎない街並み?
生活感が漂う空気は、作り物だと思わせない。
村とはまるで違う、活気に溢れた雰囲気。
至る所から絶え間無く聴こえる喧騒。
流石は王国の心臓部。人とモノで満ちている。
俺は田舎者を隠せずに圧倒されていた。
だがいつまでも立ち尽くしているワケにはいかない。試験は明日、観光の暇はない。
それに試験の合格通知が届いた後、師匠と二人で借りる家を探す為に再び王都へ行く予定だ。
観光ならその時にたっぷりと味わえる。
「まずは宿だな。そのあとは……明日、万が一にでも遅刻しない為の下見だ」
予定と行き先を決める。
俺は師匠のアドバイス通り、門近くにある宿泊施設に赴き手早く部屋を取った。
門……つまりはスペルナの玄関口に店舗を置く宿屋はかなり割高だが、その分客の安全は徹底的に守る。
従業員が客の荷物を盗むような事は絶対起きない。
国の顔でもある王都の玄関口でそんな事をすれば、物理的にクビを切られるからだ。
未だ身分制度が続く社会、恐るべし。
「こちらが部屋の鍵になります。外出の際は紛失防止のため、受付に鍵を預けてください。もしも外で失くした場合は弁償代が発生します」
「はい」
受付嬢と簡単なやり取りを終え、鍵を受け取る。
早速部屋へ移動し、荷物を置いた。
ベッドに飛び込みたい気持ちを堪え、すぐ受付へ戻り鍵を預け外出。ついでに学園の場所も聞いておく。
東西南北に伸びた四つの道が交差する中央広場。
その広場の西へ道なりに進めば着くと言われた。
王城に次いで大きな建物だから分かりやすいとも。
因みに北へ進むと王城。俺が潜った門は南門だ。
俺は都内馬車を使い、西を目指す。
途中で下車し、暫く歩いたら学園が見えた。
正確には学園内に立つ巨大な時計塔。
遠目からでもはっきりとシルエットが分かる。
塔の外壁には魔導学園の学章――円形の中に鷲、鮫、豹が描かれたマークが刻まれていた。
受験票にも同じ模様が載っていたので間違いない。
「学園の時計塔であの大きさなら、王城はどれだけ大きいんだ……」
当然まだ入ることは許されないので、正門前に近づき場所の確認だけを終えて宿に戻る。
金が勿体無いので、帰りは歩いた。
◆
翌日。
俺は昨日ぶりに魔導学園の正門前に立っていた。
昨日と違い、正門が開いている。
そして受験生が今も続々と中へ入って行く。
俺もそのビッグウェーブに乗り、敷地内へ進む。
「最初は本校舎前で受付か」
魔導学園は主に三つの建物から成る。
時計塔を有する本校舎。
本校舎の左右に展開された西棟と東棟。
この他幾つもの魔法訓練所が点在している。
「受験生の方々は、こちらに並び受験登録をお願いします。登録後は本校舎内の教室にて指示が出るまで待機してください」
本校舎にはものの数分で着いた。
既に受付は始まっているのか、長い列が形成されている。しかし登録は簡単なのか列は常に動いていた。
最後尾に並び、順番を待つ。
三分と経たない間に俺の番が回ってきた。
これで安心――と、思いきや。
「オレの前に立つ無礼者! そこを退け!」
まさかのトラブルが発生した。
俺の背後……ではなく、明らかに横入りのカタチで列に侵入したのは赤髪の少年。
従者っぽい同年代の少年を二人引き連れている。
「ドロン様のご命令だ! 早く順番を譲れ!」
「おい、聞いているのか!」
従者二人がギャアギャアと騒ぐ。
俺はチラリと受付員の方を向く。
彼女は最初こそ何かを言おうとしていたが、ドロンの顔を見てすぐに目を逸らした。
「うわ見ろよ。アイツ、ワルナー伯爵の嫡男に絡まれてるぜ。可哀想に」
「は、早く行こうぜ。飛び火されても困る」
周囲から人が消える。
ドロン・ワルナー。
どうやら彼は有名人のようだ。悪い意味で。
さて、どうしたものか。
適当に排除してもいいが、その場合騒ぎになる。
受験前にそれは避けたい。
横暴な態度相手へ譲歩するのは悪手だが、ここで争っても百害あって一利なし。
勝敗はともかく、戦の常は先制攻撃だ。
後手に回った時点で被害は免れない。
出来るのは学習と『次』への備え。
俺は黙って横に逸れる。
「フン、低脳が。さっさと退けばいいものを」
ドロンは尚も悪態を吐く。
朝から元気いっぱいで何よりだ。
なんて考えていると――
「待ちなさい!」
また違う人物が現れた。
騎士の礼服っぽい衣装を来た少女。
金髪紫眼で、頭には白いカチューシャ。
髪は長く腰辺りまで伸びている。
身長は165センチ前後。
凹凸の無いスラッとした体型。
モデルとか似合いそうな美人だ。
彼女は物怖じせずにドロンへ向けて言う。
「貴方、さっきから何様? 仮にも魔導学園を目指す受験生なら、順番くらい守りなさい」
清廉潔白という印象。
当たり前のことを、当たり前のように告げる。
正しさを貫くことに微塵の迷いも感じない。
だが相手もまた、自分の正しさを信じる者。
ドロンは明らかに不機嫌なオーラを発しながら、自分へ突っかかる少女を睨む。
「……今日は厄日だな。自分の立場を弁えない愚か者ばかりと出会う」
「弁えてないのは貴方でしょう?」
「「……」」
両者の睨み合いが続く。
もしこのまま本格的な争いに発展したら、二人ともどんな処分を受けるか分からない。
俺は悪目立ちするのを覚悟し、動いた。
「悪い。こいつ、俺の友達なんだ。すぐに退くから許してくれ」
「え? ちょ、ちょっと!」
少女の腕を掴み、強引に引っ張る。
そしてドロンの返答を待たずに遠くへ移動した。
ある程度距離を置いたところで手を離す。
少女は声に怒気を含ませて言った。
「いきなり何するのよ!」
「ごめん。けどあのままアイツと言い争いを続けても、良い事なんてなかったぞ?」
「分かってるわよ、そんな事! 私はただ、私が正しいと思ったことをしていただけよ! 損得なんて最初から考えてないわ!」
「……」
こっちはこっちで面倒だな。
善意である分、余計に。
うーん、これは要らぬお節介だったか?
素直に謝るかと思っていると。
「……ごめんなさい。私、ちょっと冷静さを欠いてた。あの場では貴方の行動が最善よね」
息を吐き、落ち着いた様子の少女。
どうやらクールダウンしたようだ。
「受験前だから、ちょっと神経質になってたわ。アイツが私の一番嫌いなタイプってのもあったけど」
「そうか。で、ドロンってどんな奴なんだ?」
「え、貴方知らなかったの?」
「昨日王都に来たばかりの田舎者だからな」
彼女は少しの呆れを見せながらも、腰に手を当てて教師のように話し始めた。
後学の為に聞いておく。
「そう。ならドロン……いえ、ワルナー伯爵については覚えておくといいわ。伯爵位は特別高い爵位ってワケでもないけど、ワルナーは自分の商会を運営しているの。その商会ってのがまた大きくて、実際の権力は伯爵以上と言われているわ。しかも黒い噂が絶えないし、息子のドロンは見ての通りやりたい放題。王家も扱いに手を焼いている困った一族、それがワルナー家よ」
案の定、ロクでもない奴だったか。
周りの人間の怯えた態度にも頷ける。
魔導学園は権力の行使を禁止している筈だが、ドロンの様子を見るに建前だろう。
「ありがとう。良い勉強になった」
「お礼を言うのは私だわ。まぁ、暴挙を見過ごすのは出来そうにないけど……それでもありがとう。試験、お互いに頑張りましょうね」
最後にそう言って少女は受付に戻って行く。
俺もモタモタしてられない。
兜の緒を締め直し、彼女の後に続いた。
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