表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/47

6話・十五歳

「師匠、出来たぞ」


 猪肉の煮込み鍋を持ち上げながら言う。

 下準備と香草のおかげで臭みは殆どない。

 我ながら自信の一品だ。


「おー、良い香りだねぇ」


 花の蜜に誘われる蝶のように、師匠が姿を表す。

 いつもの白いローブは羽織ってない。

 代わりにクリーム色のカーディガンを着ていた。


「昨日狩ったビッグボアの肉と、今朝摘んだ香草の煮込み鍋だ。熱いうちに食べよう」

「……むふー」

「師匠?」


 鍋をテーブルに置く。

 その間も彼女は俺を眺めていた。

 やがてくすっと笑いながら言う。


「いやぁ、キミも大きくなったと思ってさ。いつのまにかボクの身長を超えてるし」

「去年にはもう超えてたろ?」

「また伸びたってことさ」


 師匠は自らと俺の身長差を手で表す。

 確かに、最近は体の成長が著しい。


 転生してもう十五年は経つ。

 身長は180センチ近く、毎日鍛えているので前世とは比較にならないほど強靭だ。


 容姿の方は――多分、普通。

 特徴的なのはオレンジ色の髪と目くらい。

 比較対象が師匠だと、どうしたって見劣りする。


「そんな事より早く食べよう。冷めると不味いぞ」

「はは、そうだね」


 二人で着席し、食事を始めた。


 この世界……と言うより周辺一帯を治める【メイジ王国】には「いただきます」という意味の言葉はない。


 まあその辺は前世も同じか。いただきますもごちそうさまも、日本独自の文化だし。

 だからと言って食材に感謝しないワケじゃない。


 例えば麓の村は年に一度、収穫祭を行い日頃世話になっている大自然へ祈りを捧げる。

 当然食べ物を粗末に扱えば、良い顔はされない。


 カタチが違うだけで、命への感謝は確かにあった。

 ただ俺はいつも、心の中で「いただきます」と「ごちそうさま」を言っている。癖みたいなものだ。


「んぐ……おお、柔らかい」


 猪肉を食べた師匠が言う。


 俺もスプーンで肉をすくい、口へ運ぶ。

 一口サイズに切られた猪肉はスプーンで押し潰せるほど柔らかく、噛むと肉汁が溢れ出す。


 煮る前に全面を焼き、旨みを封じたおかげだ。


 煮込む際の形崩れ防止にもなる。

 柔らかさの秘訣は蜂蜜への漬け込み。

 臭みもある程度取り除けるので一石二鳥だ。


「師匠、味はどうだ?」

「美味しいよ。クオン、料理人も出来るんじゃない? ボクが客なら毎日通うよ」

「褒めすぎだ。親バカも程々にしてくれ……」

「ふふ、照れなくてもいいのに」


 穏やかな雰囲気のまま、食事は進む。

 少し前まで喉から手が出るほど欲していた一家団らんも、今では当たり前と化していた。


 そんな中、師匠が何気無い調子で呟く。


「ねぇ、クオン。キミって学校に興味ある?」

「学校?」


 思わずオウム返しをしてしまう。

 学校。懐かしい響きだ。

 前世は高校まで通っていた。


 いや、待てよ?

 確か高校は中退したはずだ。

 理由は――よく覚えてない。


 相変わらず前世の記憶は朧げだ。

 死因はもちろん、虐待されていた幼年期や親元を離れた後の記憶も所々途切れている。


 転生の影響かもしれない。


「正確には『魔導学園』。メイジ王国が運営する、国家魔導師育成機関さ」

「……へぇ。で、それが俺に何の関係が?」


 話しのオチが見えない。

 すると師匠はニヤリと笑いながら言った。


「クオン、魔導学園に入らない?」

「……は?」


 思わぬ発言に開いた口が塞がらない。

 メイジ王国に義務教育なんてものはなく、まともに教育を受けられるのは貴族か商人の子くらいだ。


 つまりその魔導学園とやらも貴族の巣窟なワケで。

 はは、トラブルに巻き込まれる未来しか見えない。

 だが目前の教育ママは入学させる気満々だ。


「キミは外の世界を殆ど知らないし、同年代の子とも沢山出会える。良い経験になると思うんだ」

「それはまあ、その通りだけど」


 目的は意外にも真っ当。

 国家魔導師に興味はないが、異世界の学園には多少気になる。具体的には女子生徒とか。


「言っちゃ悪いが、今更学ぶことってあるのか? 師匠の教え以上のモノを学べるとは思えない」

「そう考えてる時点で、学ぶ意義は大いにあるよ。知らなきゃ比較も出来ないじゃないか」

「む……」


 正論だ。

 確かに俺は前世の記憶があっても、この世界に関して言えば世間知らずのガキでしかない。


「魔導学園の関係者に知り合いがいてね、もう話しは通してある。入学試験は受けてもらうけど、まあキミなら心配ない。あとは意思次第さ」

「俺は……」


 続く言葉が出ない。

 正直、迷っていた。

 学生をやり直せるのは悪くない。魅力的だ。


 しかし、俺は今の暮らしに満足している。

 もっと言うと手放したくなかった。

 ようやく手に入れた幸せを。


「……俺はもう、充分に幸せだ。師匠と暮らす、今の日常が。情けないかもしれないけど――捨てたくないんだ、本当に。だから魔導学園には、行けない」

「そっか」


 師匠の様子に変わりはない。

 失望、させてしまっただろうか。

 自分の弟子が親離れ出来ないガキと知って。


 ――と、思っていたのだが。


「じゃあ、ボクも一緒に行けば問題無いね」

「へ?」

「そうと決まれば、引っ越しの準備を進めないと。借りる家も直に見て決めたいし。一ヶ月後には入学試験だから、今日から忙しくなるよ〜?」

「試験早っ!? じゃ、なくて!」


 いつもの雰囲気で話す彼女に物申す。


「師匠、人前に出られない事情があるんだろ! だからこんな僻地の山奥で今まで……なのに一緒に行くって」

「言葉通りさ。学園は王都にあるから、入学するならここを離れなくちゃいけない。けど、クオンはボクと一緒に居たい。なら答えは一つしかないじゃないか」


 さも当然とばかりに師匠は言う。

 彼女が人間社会と距離を置く理由は分からない。

 分からないが、俺の都合で捻じ曲げていいのか?


「あっ。今クオン、オレの都合にボクを巻き込んでいいのか〜みたいなこと考えるでしょ」

「……何で分かるんだよ」

「分かるよ。だって師匠おやだもん」

「……」


 根拠に満ちた言葉。

 観念するように項垂れると、師匠は微笑んだ。


「キミは昔から賢い子だけど、もう少しボクに頼ったり甘えたりしてもいいんだよ? もちろん自立も大事だけど……親に甘えないで誰に甘えるのさ」

「っ」


 目頭が熱くなる。


 親に頼るという発想は、今世で初めて知った。

 もう、充分頼っているつもりだったのに。

 師匠にとってはまだまだ足りなかったらしい。


「そもそも、学園に入ってほしいのはボクの要望だ。ボクが合わせるのは当然だと思わないかい?」

「……」


 ここまでお膳立てされて、嫌だとは言えない。

 元々興味もあった。

 俺は彼女の顔を真っ直ぐ見つめて言う。


「俺、魔導学園に入るよ。入学試験、絶対合格するから……王都で一緒に暮らそう、師匠」

「あぁ。ボクはキミの歩みに、着いて行けるところまで着いて行くよ」


 こうして俺は、魔導学園への受験を決めた。




 ◆




 ――約二十日後。


「じゃあ、行ってくる」

「ちょっと待ってクオン。渡したい物がある」


 荷物を背負い、さあ出発だと考えた時。

 師匠が部屋に引っ込んだと思ったら、銀色に光る何かを持って素早く戻って来た。


「はいこれ。付けて付けて」

「お、おい……」


 村に馬車を待たせているので、早く出たいのだが。


 仕方なく手渡された……腕輪? の止め具を外す。

 全体のカラーは銀。中心に赤の宝石が埋まっており、そこを起点に術式が腕輪一周分刻まれている。


 とにかくその腕輪を右手首の少し上に嵌めた。


「う……!」


 直後、虚脱感に襲われる。

 魔力が腕輪に流れていた。

 流れた魔力はそのまま蓄積されていく。


「師匠、これは一体……」

「ボクが開発した、クオン専用の魔力抑制魔導具さ」

「い、意味不明だ。なんでそんな物」

「キミの力を封じる為さ」


 だろうな。この感じ……恐らく三分の一、いや四分の一以下にまで魔力が減少している。

 一部の魔法は発動も危うい。


 師匠は真面目な表情で続けた。


「いいかい? キミの実力は、既に常人を遥かに超えている。並の魔法使いが束になって挑んでも、傷一つ付けられないだろうね」

「……」

「大きい力は、人を呼び込む。良くも悪くも。ボクは……キミに真っ当な人生を歩んでほしい。コレはその為の補助道具さ。少なくとも付けている間は、その他大勢の魔法使いとして欺ける」


 彼女の言いたいことは分かる。


 もし俺の力が貴族に知れ渡りでもすれば、彼らは取り込もうと躍起になるかもしれない。

 あるいは平民のクセにと疎まれたり。


「ま、キミなら上手く立ち回ると思うけどさ。親心故の心配だと思って、付けてほしいな」

「分かった。そういうことなら付けるぞ」


 俺も目立ちたいワケじゃない。

 穏やかに過ごすのが一番だ。

 デザインも良いし、装飾品と思えばいい。


「ごめんね、引き止めて。行ってらっしゃい」


 師匠がひらひらと片手を振る。

 今度こそ出発だ。

 俺は腕輪の感触を確かめながら言った。


「行って来ます」

もしよろしければブックマークと評価(☆マーク)をお願いします。作者のモチベーションアップに繋がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ