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47話・偽装カップル

「……クオン。ちょっといいか?」


 ホームルームを終えた直後の放課後。

 いつも通り帰り支度を整えていると、教室に残っていたアムール先生に声をかけられる。


「はい。何でしょうか」

「……相談がある。話だけでも、聞いてくれないか?」


 声量は小さく、控えめな雰囲気。


 今日の彼女は朝から元気が無かった。

 女性だし、そういう日もあるだろうと特に気にしてなかったが……どうも様子がおかしい。


「別に、構いませんよ」

「そうか……なら、あとで一階の生徒相談室に来てくれ。私は先に行って心の準備を――いや、何でもない。とにかく頼んだ」

「分かりました」


 不明瞭な言葉だけ残し、先生は教室を出て行く。


 背中を見送っていると、後頭部のアホ毛が一本だけ跳ねていることに気づいた。

 常に几帳面な彼女らしからぬ姿に、不安が募る。


「先生、気分が優れないのかしら? 心配だわ」


 俺と彼女のやり取りを見ていたクラージュも言う。


「さあな。そこも含めて、話を聞いてくる。だから今日は先に帰っててくれ。長くなるかもしれない」

「ええ。先生のこと、お願いね」

「あぁ」


 彼女にそう告げてから教室を出る。

 生徒相談室は学園生活において馴染み薄い教室だ。

 利用するのも今回が初めて。


 場所だけは知っているので、困ることはない。

 ただ、何となく遠回りしてから向かった。

 その方が先生も落ち着く? と思っての行動。


 ――結局、約十分後に相談室を訪れる。


「失礼します」

「よく来てくれた。その、まずは座ってくれ」


 扉を開けた先。真正面に先生は座っていた。

 相談室の内装は良くも悪くも平凡かつ地味。

 中央にテーブルがあり、横長のソファが二つ。


 あとは壁際に本棚が置かれているくらい。

 使用感は殆ど無く、少し埃っぽい。

 換気のためか、奥の窓が半分ほど空いていた。


 俺は言われた通り、手前側のソファに腰掛ける。


「それで、今日は何の用ですか?」

「……それは、だな」


 歯切れの悪い反応。

 萎縮した様子で視線も合わない。

 相当言い出し辛い内容のようだ。


 だがいくら相談室内とは言え、女教師と男子生徒が長時間密室に居るのは外聞的によろしくない。

 催促すべきか悩んでいると、彼女は深く息を吸う。


 そして目を見開き、意を決して言った。


「――クオン。私の、恋人になってくれ!」

「………………はい?」


 ポカンと呆ける。

 心臓の音がやけに激しく聴こえた。

 俺が……アムール先生の、恋人に?


「あ――ち、違うっ! 言い間違えた!」

「へ?」


 動揺の最中、顔を真っ赤に染めた彼女が叫ぶ。


「フリだ! あくまで恋人のフリ! それを一日だけ頼みたい! そう言いたかったんだ!」

「……」


 言い直されてもよく分からなかった。

 しかし当の本人は全力で主張し続ける。

 フラれた気分になるのでやめてほしい。


 俺はため息を堪えながら呟く。


「先生、イチから説明してください」

「ハアッ、ハアッ……わ、分かった」


 赤い顔のまま、呼吸を整えるアムール先生。

 恋愛経験に乏しいのかもしれない。

 俺も人のことは言えないけどさ。


 やがて彼女は今日に至るまでの理由を話す。


「…………前々から、両親に催促されていたんだ。早く実家に戻って結婚しろと。私も一応、貴族だからな。それも未婚の女……父と母の心配も肯ける」


 自虐的に笑うアムール先生。


 彼女の年齢は凡そ二十代後半。

 この世界の結婚適齢期は知らないが、雰囲気的に過ぎてしまっているのだろう。


「実家は騎士爵でな。大した領地も財産も無いのに、見栄だけは立派だ。だからまぁ、娘の私がいつまでも独身なのは困るのだろう。頼んでも無いのに、縁談を用意したと毎月手紙が送られてくる」

「苦手なんですか? ご両親のこと」


 聞くと、複雑そうに表情を歪める。


「どう、だろうな。少なくとも、嫌いじゃあない。出来るだけ心配もさせたくない。だから…………安心させるつもりで、嘘をついてしまった」

「それが、恋人」

「あぁ。今交際している相手がいるから、心配しなくていいと手紙で送った。それから暫くは何も無かったんだが……この前、使用人を向かわせると急に連絡が入ってな。その理由が恋人の査察、というワケだ」


 一通りの事情を聞き終える。

 良くも悪くも、何処にでもある家庭内の問題だ。

 ツッコミたい点は多々あるが、まずは――


「あの、どうして生徒の俺なんです? 普通は同年代の男友達に頼みそうなものですが」


 疑問の最上位。

 偽の恋人を用意しなければならないのは理解したが、だからと言って自分の生徒に頼むだろうか?


 すると彼女は俯きながら呟く。


「……い、いないんだ。その手の友人は」

「……成る程」

「ま、前はいたぞっ! ただ、色々あって今は…………だからもう、他に頼れる相手がいないんだ……!」

「――」


 顔を上げた先生に見つめられる。

 歳上女性の懇願に、邪な妄想がチラついた。

 ……咳払いで妄想を振り払いながら言う。


「アムール先生。とりあえず、事情は分かりました」

「……」

「いつもお世話になっている貴女の頼みです。出来る限り、協力しましょう」

「ほ、本当かっ!?」

「はい。ただ……普通にバレると思いますよ? どう考えたって無謀です」

「う……」


 今まで、単なる教師と生徒の関係だった。

 俺が元ハリウッドスターならまだしも、ただの学生が突然恋人役を演じるなど不可能に等しい。


「まあ、やるだけやってみますよ」

「……すまない、クオン。この恩は必ず返す」


 そう言って、アムール先生は頭を下げた。


「お礼は査察を乗り切ったあとにでも。それより、実家の人が来るのはいつですか? 色々と準備もありますし――」

「――明日だ」

「え」


 まるで、子供が悪戯を白状するように。

 視線を逸らしながら彼女はサラリと言う。

 今度こそため息を堪えることが出来なかった。


 同時に思う。

 この人、立派に見えて案外ぽんこつだ、と。


「ハァ……」

「ぎ、ギリギリまで悩んでいたんだ! 教師として如何なものかと毎晩考え――」


 身振り手振りを駆使し必死に弁明する先生。

 兎にも角にも、即席の偽装カップルがここに誕生したのだった。




 ◆




 ――翌日。


 俺は遠慮がちにとある家の扉をノックした。

 直後、数秒と経たずに扉が開く。

 そして腕だけが伸ばされ、こちらの体を引っ掴む。


「……早く入れ。誰かに見られたらマズイ」

「じゃあ遠慮なく。お邪魔します」


 三分の一ほど空いた隙間に体を滑り込ませる。


「そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか、先生。尾行されるようなヘマはしてませんよ」


 家主のアムール先生を見ながら言う。


 ここは彼女の自宅だ。

 煉瓦造りの一軒家で、一世帯が住むのに丁度良い広さと部屋数は地に足のついた安心感を覚える。


「念には念をだ。万が一、教員の私が生徒を家に招いていると知られたら、お互い面倒なことになる」

「まぁ、先生の方から誘ったのは事実ですし」

「ば、馬鹿者。妙な言い回しをするなっ」


 照れるようにそっぽを向く先生。


 今日の彼女は黒に近い紺色のワンピース姿であり、フォーマルな空気が漂っている。

 かく言う俺もジャケットに革靴と真面目な格好。


 この後の予定を考えれば、適した服装だ。


「実家の人は、まだ?」

「ああ。とりあえずリビングで待っててくれ」


 家の中を案内される。


 整理整頓が行き届いた、清潔な室内だ。

 台所と覚しき設備の前に机と椅子が置いてあり、その一つに腰掛けて査察人を待つ。


 アムール先生は一箇所に留まらず、新居に戸惑う連れて来た犬猫のように動き回っている。

 無理もないが、今からこの様子じゃ先が不安だ。


「先生、今更慌てても遅いですよ」

「わ、分かっている。だがな…………ッ!?」


 その時、コンコンと扉が控えめに鳴った。

 発生源は当然、扉の外。

 このタイミングで第三者が来るとは思えない。


 遂に訪れる、査察の時。


「い、今行く!」


 先生は小走りで玄関口に向かう。

 さて……自信は全く無いが、請け負った以上は全力で偽の恋人を演じなければ。


 今一度、事前に作り上げた『設定』を――


「――会いたかったです、お姉様っ!」

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