45話・護衛依頼
翌日の早朝。
太陽が昇り始めてまだ三十分も経ってない頃、俺は時間通りに集合場所の北門を訪れていた。
空気は冷たく、日光が暖炉のように暖かく感じる。
既に多くの商人や冒険者が集っており、寒さに反して雰囲気は賑やか。
今回伴う商人の馬車は五台。
そこに冒険者用の馬車が二台加わり、合計七台。
馬車と並走する馬も何頭かいる。
事前の情報と相違無い台数に安心した。
続けて同業者の様子を伺う。
総数は凡そ三十人前後。
殆どが男で、軒並み軽装。
移動しながらの護衛なら当然か。
俺の装備も昨日とほぼ変わってない。
アームガードとレックガードを追加したくらいだ。
本当なら武器も防具も必要ないが、そんな奴に護衛されたいと思う人間は少数派だろう。
無意味に目立つ行為はしたくない。
「ん? あれは……」
集まった冒険者たちを眺め、適当に時間を潰していると――意外な人物が視界に収まった。
ゆっくり近づきながら、声をかける。
「タスク。奇遇だな、こんな所で会うなんて」
「クオン? お前こそ、何故……」
クラスメイトのタスク・ブルーネイル。
冒険者の中に、彼の姿も混じっていた。
互いに驚きながら言葉を交わす。
「まさかタスクも冒険者だったとはな」
「も、という事はお前も……いや、この場に居るのが何よりもの証拠か」
タスクは上下共に黒い武闘着を纏っていた。
確かな使用感があり、闘争の跡が強く残っている。
昨日今日冒険者を始めたってワケじゃなさそうだ。
「まぁな。学もコネもない平民が手っ取り早く稼ぐには、冒険者が一番だ」
「考えることは同じ、か。フ……奇妙な縁だ」
静かに笑うタスク。
実を言うと知り合いがいて嬉しかった。
基本的にコミュ障だからな、俺は。
「何にせよ、こうして同じ依頼を受けたんだ。頼りにしてるぞ、タスク」
「それはこっちのセリフだが……まあいい。共に励もう」
偶像の出会いを祝し、拳を突き合わせる。
それから約十分後。
一人の冒険者が注目を集めるように叫ぶ。
「時間だ! 護衛として参加者する冒険者は、全員聴いてほしい!」
槍を持つ黄色髪の青年だった。
後ろには彼のパーティーメンバーと思しき者達も。
ギルドで数回、見かけたことがある。
「俺はこの護衛部隊を任されたシルバーランクの冒険者、スティングだ! 今から君たちを五人前後のグループに分け、商人の馬車一台につき一つのグループで護衛してもらう!」
人数を均等に割り振った、無駄のない陣形。
反対の声もなく、編成は滞りなく行われた。
俺が配属されたのは最後尾の馬車。
他のメンバーは如何にもな風貌の冒険者が三人。
武装も似たり寄ったりの戦士スタイル。
顔合わせも無難に終え、早速配置についた。
七台の馬車が一列に並ぶ。
最も狙われやすい先頭と最後尾は冒険者が担う。
迎撃はもちろん、囮も兼ねている。
故に他よりも命の危険性は高い。
「あーあ、ハズレくじ引いちまった」
「気にすんな。この規模の商隊を襲う盗賊はいない。気楽な旅を楽しもうぜ?」
「ははっ! それもそうだな!」
同じグループの冒険者たちが気楽に言う。
盗賊の平均人数は多くて十人。
三十人以上の集団を狙うことはほぼ無く、また襲われても難無く返り討ちに出来る。
楽観視は擁護出来ないものの、見えない敵を過剰に恐れるのも不健全だ。
戦闘の心構えだけしつつ、馬車に搭乗する。
外観は車輪の付いた四角い箱。
派手すぎない真紅色の塗装。
木製だが、随所に金属も使われていた。
特筆すべきは周りの『足場』。
車体の左右と後方に転落防止用の柵付きで設置されており、基本はここに立って護衛を行う。
「全員、配置についたな! では……出発!」
先頭に立つスティングの号令。
ガタガタと、複数の馬車が動き出す。
並走する馬も続々と蹄を踏み鳴らした。
俺の役割は車体右方面の警戒。
風避けの魔導具が搭載されているので、風の影響をほぼ受けずに立っていられる。
――出発して暫くは、何も起きなかった。
モンスターとすれ違うこともなく、順調にマトヤまでのルートを辿って馬車隊は進む。
盗賊の気配も無く、穏やかな空気のまま森の中へ。
乱暴に舗装された路は揺れを一段階強めた。
「どうだ? 何か異常はあったか?」
気を緩めずに外の様子を伺っていると、馬に乗ったタスクが真正面に現れた。
巧みな乗馬技術で速度を調節している。
彼の配属先は騎手隊。
馬に乗って並走し、警戒と伝令を担う。
飛び入り参加の俺と違い、タスクは最初から乗馬技術を見込まれていたようだ。
「異常無し。あくびが出るほど平和だ」
「そうか」
同じグループの冒険者たちは既に気が抜けているのか、見張りの途中でも談笑に勤しんでいる。
特に注意はしない。所詮、今日限りの関係だ。
「森は盗賊の待ち伏せが多い地形の一つだ。引き続き頼む」
「ああ、任せろ」
タスクは状況報告の為に先頭へ戻って行く。
「……ん?」
その姿を見送った後。
妙な気配を森側から感じた。
念の為にと索敵魔法を使う。
――直後。
「「「グゲゲゲゲゲエェェェェェェッ!」」」
複数の異形が、馬車隊に突っ込んで来た。
左右両方からの襲撃。
標的にされた中央の馬車は派手に横転し、乗っていた冒険者も地面へ叩きつけられる。
「うわっ!? 何だぁ一体!?」
後続車は寸前で急停止に成功。追突を防ぐ。
御者の仰天した声音が最後尾まで響いた。
俺はすぐに剣を抜き、馬車から飛び降りる。
「グゲゲゲゲゲゲゲッ!」
「や、やめあああああああああああああっ!?」
突如訪れた異常事態。
放り出された冒険者はロクな抵抗も出来ず、手足を噛み砕かれ絶命した。
残ったのは断末魔と血痕。
赤い水溜まりの上に立つのは、ワニ頭の人型生物。
通常の動物とは明らかに異なる体躯。
まず間違いなく、モンスターだ。
「っ〜! 敵襲! 敵襲ううううううううっ!」
異常をいち早く察知した者が声高に叫ぶ。
呼応するように、ワニ頭も続々と現れる。
構図としては挟撃。
街道の中央を走っていた馬車隊は現在、少なく見積もっても三十体以上のワニ頭に囲まれていた。
いつのまにか真正面も塞がれている。
これは……待ち伏せ?
森の浅い部分に身を伏せていたのか?
知性を持たない筈の、魔獣が。
「グゲゲゲエエエエエエエエエエエエッ!」
「グゲオオオオオッ!」
「う……このっ、クソがああああああああっ!」
威嚇に怯えた一人の冒険者が先走る。
「待て! 下手に動くな! 固まれ!」
「あがっ!? ぎあああああああああああっ!」
スティングの静止は届かず、犠牲者がまた増えた。
しかしそのおかげで多くの者が冷静さを取り戻す。
冒険者は武器を、モンスターは牙と爪を構えながら睨み合う。そして――
「全員、戦闘準備! 商人と馬は、絶対に死守しろっ………………!」
スティングはそう叫びながら、向かって来るモンスター相手に槍を突き出した。
◆
「グゲオオオオオオオオオオッ!」
新手のワニ頭――ランドジョーがやって来る。
意識を再び戦闘へ戻す。
彼我の距離は一瞬でゼロになり、接敵。
ランドジョーは右腕を豪快に薙ぐ。
「芸が無い、なっ!」
「グオッ!? グ……!」
ひらりと躱し、下顎をつま先で蹴り上げた。
ガラ空きの胴体……柔らかい部分であろう腹部を狙い、水平に斬る。
「グ、グッ…………!?」
流血しながら麻痺に陥るランドジョー。
あとは放っておけば勝手に死ぬ。
僅かな時間を使い、状況整理に努める。
俺たちは待ち伏せを受けた。
しかし、これは別に問題ではない。
ただの野生動物も狩りの際、獲物を待ち伏せて追い込むのは普通にやること。
問題なのは、数と知性。
ランドジョーの群れは意図的に中央の馬車を狙った――襲撃者の定石を逆手に取って。
しかも二段構えの包囲作戦。
狩猟本能では到底成し得ない技巧さ。
つまりこれは、単なるモンスターの襲撃ではなく……彼らを操る何者かの『思惑』とも考えられる。




