39話・意味不明
「おはよー」
「おはよーう」
寂れた訓練所を出て数分後。
俺は本校舎前の中庭を通っていた。
寮組と通学組が一堂に会する都合上、登校と下校の時間帯はとんでもない数の生徒で溢れ返る。
最も、中庭も広いので窮屈さは感じない。
一応立ち止まって周辺を見回す。
クラージュは……流石にいないか。
しかし――こうして見ると、思う。
「課題やったー?」
「やべー、忘れた」
「今日の一限なんだっけ〜」
「ふぁ……ねむ……」
「放課後、どっか行こうぜ。寮暮らしは暇でさー」
異世界の上流階級が通う学園でも、少年少女の纏う雰囲気は日本の学生と大差無い。
抑圧された衝動の行き場を常に求めている。
あるいは貴族の子息という、親の意思一つで人生の何もかもが決まる境遇だからこそ、限られたモラトリアムを楽しんでいるのかもしれない。
平民からすれば、我儘もいいところだが。
多くの平民は学校に通えない。
親の仕事を幼い頃から手伝い、そして継ぐ。
それが常識。他の誰も、疑問にすら思わない。
そういう意味では。
貴族も平民も、等しく何かに縛られている。
違うのは鎖の本数だけ。
――なんて、哲学めいたことを考えていると。
「退けっ!」
恫喝的な声。
立ち止まっていた俺が悪いので、素直に退く。
すると周囲の生徒たちが突然騒ぎ出した。
「見て! アロガン様よ!」
「格好良い……流石は公爵家のご子息……!」
「生徒会長ーっ!」
横を通り抜けて行く、謎の集団。
先頭に立つのは金髪マッシュヘアの美少年。
高い上背に鋭い赤目。
冷淡な印象を受ける男子生徒だ。
彼の傍らを固める三人の男子も全員美形。
高貴なオーラを漂わせていることから、何処かの上級貴族家出身だと考えられる。
堂々とした歩き方は、自己主張に富む。
「おーおーアロガン。相変わらず人気だなぁ」
ズイッと、日焼けした肌の男子が言う。
先ほど俺に「退けっ!」と言った者だ。
五人の中で一番体格に恵まれている。
「いやいや、アロガンが人気なのはいつものコトっしょ。ズリーわー、ホント。オレが目ぇつけてた女のコもみーんなメロメロじゃん」
続けて発言したのは線の細い男子。
ペンダントにピアス、リングと装飾品を多数身に付けている派手な生徒だ。髪型も刺々しい。
そんな彼の発言に、日焼け肌の男子が噛み付く。
「あぁ? そりゃオメェがダセェからだろ? 全身チャラチャラしやがって、うるせーんだよ」
「おいおいおーい! ひどくないその言い方!? 流石のオレちゃんもピキっちゃうかも? んん?」
二人は立ち止まり、睨み合う。
瞬く間に出来上がった険悪な雰囲気。
そこへ新たな人物が加わる。
「ヘビィ、カレス。朝からくだらねぇ事で喧嘩するな……第一、女は全員俺のモノだ。お前らは自分の手で寂しく慰めてる方がお似合いだぜ」
火に油を注ぐのは長髪の美男子。
開いた胸元や首にはタトゥーが刻まれている。
彼の言葉を聞き、ヘビィとカレスは激昂した。
「おい、クルイ。今ここでやり合っても、俺は一向に構わなねえんだぞ?」
「ウける! チョーシ乗るのも大概にしとけって、ナァ!? オレちゃん間違ったこと言ってるゥ?」
「弱いゴブリンほどよく吠える……醜い……」
一触即発の空気。
だがそこに、鶴の一声が轟いた。
「――お前ら、少し黙れ」
ピタッ、と。
三人の喧騒が瞬く間に止まった。
そして推定アロガンは彼らを順々に見て呟く。
「ったく……少し目を離せば、これだ。親しき中にも礼儀ありって言葉、知らないのか? まァ……喧嘩するほど仲が良い、とも言うけどな」
「アロガン。悪ぃ、俺は」
「よせ。何も言うな」
再び背を向けるアロガン。
「お前らは、黙って俺について来い」
「っ!」
「行くぞ」
やがて彼らは再び歩き出す。
一拍、置いて。
静まっていた生徒たちの歓声も、蘇った。
「うおおおおおおおおおおっ!? なんかよく分かんねーけど、とにかくすげええええええっ!」
「あのクセの強そうな三人……流石はアロガン先輩だ。カリスマ性、ありすぎる…………」
「キャアアアアアアア! カッコいいいいいいっ!」
「アロガン様ーーーーーーっ!!!!!」
まるでライブ会場のように湧き上がる生徒たち。
一方、俺は一人呆然としていた。
我慢出来ずに声が漏れる。
「………………は?」
意味不明だった。
今のやり取りのどこに歓声を集める要素があるのか、全く分からない。
強いて言うなら、ヤンキードラマっぽい雰囲気。
カリスマ番長と手下の一幕、みたいな。
まあでも、ああいうちょっとした暴力性が人を惹きつけるのは理解出来る。
前世の現代日本にも、そういう風潮はあった。
未成年が酒やタバコに憧れを持つのと同じく、暴性に富む人物は良くも悪くも注目を浴びやすい。
……だとしても、なぁ。
流石に違和感を拭えない――何らかの精神干渉があったと言われても、信じる程度には。
「まさかな」
念の為、魔法の残滓を調べた。
もし本当に精神干渉の魔法を使っていたなら、残滓はまだ残っているはず。
怖いもの見たさで解析魔法を使うと――
「これは……」
見つけてしまう。
空間に漂う、濁った魔力。
空気に溶け込むようなソレは、明らかに自然発生の魔力と性質が異なる。
意図して吸い込むと、妙に気持ちが『揺らいだ』。
成る程……大体分かった。
微弱だが、確実に精神干渉系統の魔法。
即効性のある洗脳ではない。
あくまで、ほんの少し感情を揺さぶるだけ。
そこへ彼らのネームバリューやビジュアル、小芝居を挟むことで意識を誘導している。
これはこれで、巧い魔法の使い方だ。
一定以上の実力者じゃなければ感知出来ない。
だけど、何故こんな事を?
「……どうでもいいか」
思考を止める。
洗脳と言っても、些細な意識誘導だ。
出来ることは一時注目を集める程度。
騒ぐほどのことじゃない。
それよりクラージュに忘れ物を渡す方が大切だ。
考えすぎかもしれないが、相手は繊細な女の子。
俺は脳内で件のモノを渡すシミュレーションを繰り返しつつ、教室へ向かった。
――――時は過ぎ、放課後。
今日は何も予定が無く、暇潰しに学園の敷地内をフラフラ歩いていた。
広いので散歩場所には事欠かさない。
懸念事項だった忘れ物の件も既に解決済み。
何も考えず、心中穏やかな気持ちでいれた。
……この時までは。
「何だ?」
散歩を続けて暫く。蔵書塔の近くを通りかかる。
――蔵書塔。
言うなれば図書室だ。
しかし、その規模が通常とは段違い。
外観は名前の通り筒状の塔。
内部は上から下まで本棚が詰まっており、毎日一冊読んでも卒業前に読み終わらない蔵書量を誇る。
そんな場所に、似合わない怒声が響く。
「いい加減にしてください!」




