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4話・盗賊

「ん……?」


 その日は師匠が不在だった。

 陽が沈む頃には戻って来るとだけ言い残し、山を降りて行ったのが今朝の出来事。


 俺は暇さえあれば自主鍛錬に勤しむので、日中はいつもと変わらず魔法を唱えていた。

 異変を感じたのは、夕陽が眩しくなった頃。


「煙……?」


 山の麓の方から黒煙が昇っていた。

 位置的に麓の村が煙の出所だろう。

 俺と師匠は普段、山の中で暮らしている。


 正確には山の中腹辺り。


 森の開いた場所にログハウスが建っている。

 基本的に自給自足だが、どうしても補えない日用品等は定期的に麓の村に降りて購入していた。


 煙の出所は恐らくその村。


 現代日本でもあるまいし、煙の一つや二つ騒ぐほどの事でも無いが……仮にも山の麓で暮らす者達が、あそこまで大きな黒煙を撒き散らすものだろうか?


 俺は一つの疑念を抱く。

 しかし師匠には留守番を命じられていた。

 弟子として破るワケにはいかない。


 あとは単に、俺の体はまだまだ子供。

 多少魔法が使えても、出来る事には限りがある。

 下手な事はせず、師匠の帰りを待つのが賢明だ。


 でも――


「っ…………ごめん、師匠!」


 戸締りをしてログハウスを飛び出る。

 ああ、何やってんだ俺。

 これじゃあ精神年齢も十歳と同じだ。


 けれどもし、あの黒煙の理由が何らかの事件なら。

 やはり放っておくことは出来ない。

 あの村には顔見知りもいる。


 近所のおばさんやお兄さん、みたいな。

 普通の人が普通に経験するであろうご近所付き合いを、俺は転生してから初めて体験した。


 特別深い仲じゃない。


 互いに名前も知らない薄い関係。

 それでも果実を買ったら笑顔でくれるし、重い荷物を代わりに持ったら「ありがとう」と言われた。


 たったそれだけのことが、俺は嬉しいんだ。


「フィジカルアップ!」


 肉体強化魔法を唱える。

 下り坂を全力疾走し、村を目指した。

 俺の杞憂で終わるのが一番の理想。


 けどまあ、悪い予感ほど当たるワケで。


「はあっ……はあっ……! これ、は……!?」


 数十分後。

 眼前に広がる光景は、悪い予感が的中していた。

 燃える民家と逃げ惑う村人。


 我が物顔で跋扈するのは、汚い身なりの男たち。


「ハッハァー! 殺せ、奪え! どうせこんな辺境には騎士も兵士もいやしねえ! 思う存分暴れるぞ!」


 頭に茶色のバンダナを巻いた男が叫ぶ。

 所属を表すトレードマークなのか、他の男達も一様に同じバンダナを巻いていた。


「と、盗賊だっ! 盗賊団が来たぞ! 逃げろ!」

「逃すかバァカ!」

「あがっ……!?」


 一人の青年がナイフで胸を貫かれる。

 盗賊達は各々好き勝手に暴れていた。

 ある者は民家に押し入り、ある者は火を放つ。


 そんな中、リーダーらしき大柄な男が叫ぶ。


「おいっ! 女子供は殺すなよ、あとで売る!」

「きひひ、殺さなければいいのかー?」

「おう。ただしなるべく傷付けるなよ」

「きひひ……りょーかい、頭ァ……」


 痩せた体の盗賊が、一人の女性に目をつける。

 彼女は脱兎の如く逃げ出すが、意外にも素早い盗賊の手に捕まり組み伏せられてしまった。


「お、お願いっ! 助けて……!」

「安心しろぉ、殺しはしない。まぁ、命は無事でもカラダの方は分かんねえがなぁ……きひひ!」

「きあああああっ!? やめて! 離してえええ!」


 ズルズルと物陰に引き摺られていく女性。

 俺は、震える拳を握った。

 まだ小さく幼い、未熟な手。


「や……」


 魔力を最大限に回す。

 肉体強化の出力が上昇し、ミシミシと骨が軋む。

 限界まで引き上げたチカラを、両脚に注いだ。


「やめろおおおおおおおおおおっ!」


 跳躍。

 極限まで高めた肉体は、一足で俺の体を運んだ。

 行き先は当然、痩せた盗賊の元。


「ああああああああっ!」

「あ? なんだぁこのガ……キ……っ!?」

「フンッ!」


 痩せた盗賊の腹に叩き込む、渾身の拳。

 内蔵を傷付けたと感触で分かった。

 堪らず吐血し、崩れ落ちる盗賊。


 その体を蹴り飛ばし、道の隅へ追い払った。

 俺は倒れていた女性に手を伸ばしながら言う。


「早く逃げてっ!」

「え……でも、君は……」

「早く!」

「っ! ご、ごめんなさい……!」


 威圧された女性はすぐに走り去って行く。

 敵の数が分からない以上、モタモタしてられない。

 こうしている間にも犠牲者は増えているのだから。


「お前……ただのガキじゃねえな」


 振り向くと盗賊頭が俺を睨んでいた。

 既にナイフを構えている。

 リーダーっぽいコイツを倒すのが手っ取り早いか?


「ったく、邪魔だな。帰るなら今のうちだぜ」

「こっちの台詞だ。お前ら何しに来たんだよ」

「くく、見て分かんねえか? 略奪だよ、略奪」


 一歩ずつ、互いに近づく。

 間合いを測っている様子だ。

 奴はまだ俺が魔法使いだと知らない。


 油断している隙に《魔弾》を撃ち込んでやる。


「こういう辺境にある村はよぉ、国に見放されてるも同然なんだ。まぁだからこそ金も物資もショボいワケだが、鬱陶しい騎士連中に狙われないってのは魅力的だ」

「しょうもない奴らだな。モンスターでも狩って売った方が安全に暮らせるぞ?」

「は。やっぱガキだな、何も分かってねぇ――人間襲う方が何倍も楽しーから盗賊やってんだよ!」


 盗賊頭が駆け出す。

 瞬間、俺も魔法を唱えた。


「バレット!」

「うおっ!? 魔法だと!」


 何もない空間から射出された魔弾。

 だが盗賊頭は驚きながらも避けていた。

 そのまま突っ込んで首を狙って来る。


「死ねや!」

「ッ!」


 振り抜かれるナイフ。

 始まる人生初の対人戦。

 師匠との組手とはワケが違った。


 身体能力の差は歴然。

 俺の方が圧倒的に上だ。

 普通に戦えば問題無く勝てる。


 しかし初の実戦で、とある問題が脳裏に浮かぶ。

 俺は……殺せるのか?

 相手が言い逃れの出来ない悪人だったとしても。


 モンスターを殺すように、命を奪えるのか?


「く……」

「おいおいおい! さっきの威勢の良さはどうしたぁ!」


 ナイフを避け、反撃の為に拳を握る。

 打ち込む隙は幾らでもあった。

 痩せた盗賊を殴ったように殴ればいい。


 頭では分かっているのに……一度冷静になった俺は、前世の価値観に縛られていた。

 即ち、暴力に対する忌避感。


「おらあっ!」

「うぐ……!」


 盗賊頭はナイフ捌きの合間に蹴りを繰り出す。

 防戦一方の俺は両腕を揃えてガードした。

 肉体強化は持続中だが、体格差故に押し切られる。


 ぐらりと、体が僅かに傾いた。

 好機と受け取った盗賊頭は、これまで以上の勢いでナイフを左斜めから振り下ろす。


「オレの邪魔する奴は、例えガキでも容赦しねえ! 従えねぇならさっさと死にな!」

「――」


 ドクン、と。

 刃が迫る直前に、ある顔を思い出す。

 脳内に浮かぶソイツは言った。


『また殴られてぇのか!? いいから黙って酒盗んで来い! 出来ねえなら死ね! 今すぐ死ね! お前みたいなガキの居場所なんてなぁ、この世の何処にもありゃしねえんだからよ!』


 重なる。

 盗賊頭の顔と、俺の――父親の顔が。

 彼らは暴力と略奪に何の戸惑いもない。


 自らは奪う側だと、当然のように暴力を振るう。


「ぁ」


 気づいた瞬間。

 自分でも驚くほど滑らかな動きで盗賊頭の手首を掴み……ナイフによる裂傷を防いだ。


 そのまま指先に力を込める。


「テメ、離しやが――」


 盗賊頭が手を振り解く前に。

 俺は、魔法を唱えた。

 明確な殺意を伴って。


「――カレント」




 閃光が、迸る。




「ぎあああああああああああああああっ!?」


 バチバチと溢れる雷光。

 掌から生み出された電流は、盗賊頭の手首を伝って全身余す事なく焼き焦がす。


「……」

「いぎいがあああああああああああっ!?」


 俺はその様子を黙って眺めた。


 この手で握る命が潰える瞬間まで。

 やがて煩い声が途切れると、焦げた肉塊と化した盗賊頭は四肢をだらりと垂らし倒れた。

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