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38話・特訓

 メイジ王国の暦は、気候こそ違えど前世とほぼ同じ。十二の月と三十前後の日数。

 季節は日本の四季と違い、三つのみ。


 春と夏、そして多少寒い秋のような気候が同程度の長さで順々に巡っている。

 現在は春相当の六月初旬。


 心地良い風と陽光。一年で最も過ごしやすい月だ。

 微かに漂う夏の兆しを感じながら、王国民は今日も今日とて労働に従事する。


 そんな何気ない日に俺はと言うと――


「ハ、アアッ!」

「遅い。もっと踏み込め」

「ッ……!」


 クラージュに、戦い方を教えていた。


 約、一ヶ月前の課外授業。

 そこで自らの力不足を実感した彼女の要望により、こうして毎朝登校前に軽い模擬戦を交わしている。


 場所は学園内の小さな屋外訓練場。

 四方を壁で覆っただけの雑な作りで、地面も剥き出し。放置されている田舎の空き地に等しい環境だ。


 秘密の特訓場所と言い換えれば、多少はマシか。


「ヤアッ!」


 ブン、と鼻先をレイピアが掠める。

 クラージュは斬り上げた右腕を引き戻し、旋回の勢いで斜めに振り下ろす。


 その手首を掴み、強引に止めた。


「う……!」

「戻りの速度が鈍い。それに武器ばかりで攻撃せず、空いている手脚も使え」

「ならっ……!」


 直後、左脚のハイキックが繰り出される。

 既に体術もある程度は教え込んでいた。

 最小限の動作で弧を描く白い脚。


 素早い判断は見事。だけどまだまだ、甘い。


「え、うそっ――キャッ!?」


 ハイキックが迫る直前。


 俺はクラージュの軸足を引っ掛け、宙に浮かせた。

 軸足を失ったことで彼女の蹴りは不発に終わり、開脚しながら派手に転んでしまう。


「いたた……」

「悪い。少しやりすぎた」


 少し屈んで手を貸す。

 しかしクラージュは自ら立ち上がって言う。


「これくらい、何ともないわ。さ、早く続きを始めましょう?」


 不敵な笑み。

 思えばアムール先生の訓練はもっと厳しい。

 中途半端な手心は返って失礼ということか。


「――なら次は、攻撃の繋ぎ目を意識して動いてくれ。クラージュの強みは本来魔導師が不慣れな接近戦の速さだ。手数で撹乱し、生まれた隙を狙え」

「分かったわ!」


 威勢の良い返事。

 彼女の声に合わせ、こちらも構える。

 その後も時間の許す限り特訓を続けた。




 ◆




 ――特訓終了後。


「フゥ……」


 クラージュの湿った声が響く。

 彼女は今、備え付けのシャワーで汗を流していた。

 この杜撰な訓練場にも一応シャワールームはある。


 ただ浜辺やプールサイドにあるようなモノで、間違っても貴族の令嬢が使うとは思えない代物だ。

 俺は背を向けながら呟く。


「なぁ、年頃の乙女的にいいのか?」

「んー? 別に私は気にしないわ。子供の頃は川で汲んだ水を使っていたし。それにクオンの結界があるから人も来ないでしょう?」

「……」


 生々しい境遇に何も言えない。

 気持ち結界の強度を強めながら言った。


「そうか。じゃあそのまま聞いてくれ」

「ええ」


 数分前の模擬戦を脳裏に浮かばせる。


「やっぱりクラージュの戦闘センスはかなり高い。教えたこともすぐ実行してくれるしな。ただ、力を出しすぎるクセがある。そこは直した方がいい」

「力を、出しすぎる?」


 シャワーの音が止まり、ペタペタと足音が鳴った。

 体の正面をこちらに向けたのだろう。

 仕切り板があるとは言え、迂闊に振り向けない。


「常に本気なのはいい。最強の武器は結局、闘う意志そのものだからな。けど、だからと言って常に全力を出せばいいってものでもない」

「……? 本気と全力って、違うのかしら?」

「ああ。これはあくまで俺なりの解釈だが――」


 衣擦れの音をBGMに説明する。


「全力は『全ての力を出し切る』ってこと。これは分かりやすい。やろうと思えば、誰もがすぐに実行出来る。けど、本気は違う。コレは設定した目的を『必ず達成する』意思表示だと、俺は考えている」


 全力と本気。

 この二つは似ているが、少々異なる。

 勿論、どちらも大切なのは前提として。


「最初から十割の力で戦えば、当然敵はそれを基準に動く。だけどもし、七割の力で戦っていれば――ここぞという場面に十割の力を使える。七割の力を想定している敵に対してな」

「……そういうこと。うん、貴方の言う通りね。その方が有利に戦えるわ」


 カチャリと、仕切り板が開く。

 振り向くと制服姿のクラージュが立っていた。

 しっとりと濡れた髪が妙に艶めかしい。


「まあ、実際はそう上手くいかないけどな。あからさまに手を抜けば、容易くバレて対処される。こればかりは慣れ……経験がモノを言う領域だ」


 手練ほど観察眼に優れる。

 視力とは違う眼の良さ。

 攻撃、防御、回避――戦闘の全てにおいて必要だ。


「悪いな。上手く伝えられなくて」

「充分よ。地道に努力しろってことでしょう?」


 疲労を感じさせない凛々しい表情で彼女は言う。


 堂々とした態度に安心感すら覚えた。

 これが俗に言うカリスマ性かもしれない。

 流石、王族の血が流れているだけのことはある。


「教え甲斐のある相手だな、本当に」

「ふふ。どういたしまして」


 互いに微笑む。

 この空気感には覚えがあった。

 いつ、とはあえて思い出さない。


「……ああ、それともう一つ」

「何かしら?」


 危ない。忘れるところだった。


「前から思ってたけど、クラージュ。偶に動きがチグハグになる時があるよな? アレは何故だ?」

「…………ええ。一応、自覚はあるわ」


 バツが悪そうに指先で頰をかくクラージュ。

 彼女にしては珍しい反応だ。

 やがて唸るように口を開く。


「……たまーにだけど、何となく『こう動いた方がいい!』って浮かぶ時があるの。でも、実際その通りに動こうとしても上手くいかなくて……ごめんなさい」

「謝ることじゃない。でも、そうか」


 単なる思いつきの行動と言えばそれまで。


 けれど彼女は高い戦闘センスの持ち主だ。

 例えば――意識下の反応に、肉体性能の方がまだ追いついてない、とか。


 あり得る話だ。

 肉体操作は極論、どれだけ意識と実行までのタイムラグを消せるかどうかに左右されるのだから。


 最も、これは一朝一夕には解決しない。


「とりあえず、思ったことは何でも試してくれ。折角の訓練だからな」

「ありがとう、クオン。悪いけど、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 瞬間、ゴーンゴーンと鐘が鳴った。

 気づけばもうこんな時間。

 あと三十分も経てばホームルームが始まる。


「そろそろ行くか」

「……ちょ、ちょっと待って!」

「どうした?」


 クラージュに呼び止められる。

 彼女は頰を赤く染め、ポケットに手を突っ込んだまま微動だにしない。


 不思議に思っていると――


「は、はい!」


 シュバっと、何かを差し出す。

 長方形の紙片だ。

 端の方に切り込み線がある。


「……勇者伝説?」


 紙片にはそう書かれていた。


「これ……魔法劇団の、公演チケット。ぶ、舞台好きの先生から、試しにどうぞって貰ったの」

「へぇ」


 劇団……演劇か。

 前世も含め、本格的なモノは観たことがない。


「良かったな」

「ええ……じゃ、なくて! えっと――その……公演日は、まだ先だけど…………一緒に、行かない?」


 懸命に言葉を紡ぐクラージュ。

 チケットをよく見ると、同伴者一名のみ可とある。

 その一名として誘われていたのか。


「いいぞ。けど、俺でいいのか?」

「も、勿論! クオンには、いつもお世話になってるし、それに…………」

「それに?」


 ジッと碧い瞳を見つめる。

 今のクラージュはとても弱々しい。

 突けば折れてしまいそうなくらい。


 しかし、それもまた魅力的に映った。


「……な、何でもないわ! 詳しいことはまた今度!」


 そう言い残し、彼女は先に教室へ向かって行く。

 ……嵐のような一幕に、ドッと疲れた。

 忘れ物の有無を確認したら、俺も早く――


「ん?」


 仕切り板の上。

 黒っぽい布が掛けられていた。

 手に持って確認すると、何なのか気づく。


「……ハァ」


 心底のため息。

 ソレは模擬戦中、クラージュが履いていた丈の短いスパッツだった。


 汗を吸収している為か、かなり湿っぽい。


 風に乗って汗の匂いが鼻へ届く。

 柑橘系に近い香り……直履きの可能性に気づき、慌てて元の位置に戻した。だが放置も出来ない。


「どんな顔して渡せばいいんだよ……」


 受難はまだまだ続くようだった。

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