転生魔導師37話・鏡の空
――課外授業の騒動から、一週間後。
国家魔導師団の事情聴取を受けた俺は、行動を制限されることもなく普通に学園へ通えていた。
これにはもちろん、ワケがある。
クラージュ達に口裏を合わせるよう頼み、マガトは『あの場にいた四人全員が協力して倒した』というシナリオになっているからだ。
極衣同士のバトルは知られてない。
おかげで学生の身分は守られている。
まぁ、正直に話しても信じてくれないだろうし。
俺の力に関して、一応秘密は保たれた。
次はクラスについて。
結論から述べると、生徒たちは全員無事。
メロウ先生の奮闘で負傷者は殆どいない。
怪我を負ったのは闘技場に残っていた者のみ。
その俺たちが受けた傷も既に癒えている。
この辺りは流石、異世界クオリティ。
極まった治癒魔法は欠損すら治してしまう。
莫大な治療費に目を瞑れば、だけど。
そんなワケで数日前に授業再開。
新しくレッドイーグルの担任教師に任命されたアムール先生も、変わらず指導に励んでいる。
ただ、全てが元通りというワケにもいかない。
マガト・サモニクス。
彼については情報統制が入り、事件の首謀者であった事実は伏せられていた。
寧ろ唯一の被害者として悲しまれている。
真実を知るのは当事者と国の上層部のみ。
特別困らないので、別に構わない。
詳しい調査は魔導師団が勝手にやってくれる。
変わった点と言えばそれくらい。
巻き込まれたレッドイーグルの生徒たちは暫く注目の的だったけど、喉元過ぎれば何とやら。
今はもう、元の日常を送れている。
穏やかで安全な毎日。
しかし……ことクラージュに関しては、今後も予断を許さない状況が続く。
彼女を狙う者の正体が、判明しない限り。
◆
「悪い、遅れた」
放課後。
中庭に呼び出された俺は、開口一番に謝罪。
メロウ先生の仕事を手伝って少し遅れてしまった。
……手伝わされた、という表現が正しいかもな。
「ううん、気にしないで。私もさっき着いたばかりだわ」
待ち人のクラージュは本当に何とも思ってない風に言い、花壇近くのベンチに腰掛けた。
口調は柔らかいものの、表情はやけに堅い。
そんな彼女に合わせ、一人分の空間を開けて座る。
ひゅう、と一陣の風が吹いた。
人通りが少ない影響か、肌寒い雰囲気。
既に多くの生徒が下校を終えている。
中庭に居るのも俺たちだけ。
だからか、花の香りがより鮮明に感じられた。
時計も無く、緩やかな時間が続く。
とは言え黙ったまま過ごすワケにもいかない。
「それで……今日は何の用だ? 話しなら、校舎内でも出来るだろ?」
言いながら、呼び出された理由を推察する。
恐らくは他人に聞かせられない内容。
愛の告白……は、論外として。
「――クオン!」
考えていると、クラージュは突然立ち上がった。
そして勢いよく頭を下げながら言う。
「貴方の強さを見込んで、お願いがあるの! 私を…………鍛えてほしいわっ!」
「……どういう意味だ?」
予想外の言葉に戸惑う。
だが冗談とは思えない真剣な態度。
どうあれ無下な対応はしたくない。
「とりあえず頭を上げてくれ。話し辛い」
「……分かったわ」
素直に面を上げるクラージュ。
決意に満ちた、絶世の美貌。
その碧眼は真っ直ぐ俺を見据えていた。
「まず聞くが、鍛えるって何をだ?」
「実戦を視野に入れた、戦闘能力よ」
言い淀むことなく答える。
「本気か?」
「ええ。私は、強くなりたい。これ以上、クラスメイトや周りの人達に迷惑をかけない為に――最低限、自分で自分の身を守れるくらいには」
「……成る程。そういうコトか」
合点がいく。
彼女は今も尚、狙われている身。
新たな刺客が送られて来る可能性は充分にあり、またスパイがマガト一人という確証もない。
自分の為ではなく、あくまで他人の為に。
俺とは根本的に違う強さへの向き合い方。
命のやり取りにおいては、綺麗事かもしれない。
――だからこそ。
一週間前、彼女を助けた。
自分には無いモノを持っている少女。
ここで失うには、惜しい。
「……分かった」
「っ、じゃあ!」
パァッと、クラージュの顔色が明るくなる。
こうして見ると、本当に普通の女の子だ。
なのに彼女を取り巻く環境は、それを許さない。
なら、せめて。
「ああ。俺でよければ、付き合うよ。ただし、人にモノを教えるのは初めてだ。その辺は考慮してほしい」
「勿論、教えを請う立場なのは弁えているわ。でもやっぱり……ありがとう、クオン!」
満面の笑み。
万物を照らす、太陽のような眩しさだった。
――あぁ、そうか。
似ているんだ。彼女の、屈託のない笑顔が。
次、いつ会えるか分からないあの人と。
無意識の内に重ねていた。
思わず、自嘲的な笑みが漏れる。
「……礼を言うのは、こっちだな」
「え? 何か言った、クオン?」
「いいや。何でもない」
誤魔化すため、空を見上げた。
青々とした好天。
しかしよく見ると灰色の雲が点在している。
まるで今の状況を象る、鏡。
行方不明の師匠。
クラージュを狙う刺客。
どれもこれも、すぐには解決しない。
まぁ、でも。
親に虐待されていたあの頃とは、違う。
俺自身、身も心も強くなった。
頼もしい友人もいる。
だから――待ってろよ、師匠。




