36話・落雷のあと
ズゴオォォォォォォォォォォンッ!
今日、最も煩い雷鳴だった。
鼓膜を突き破るような轟音。
だがこの音量に見合う威力を秘めている。
極矢雷撃。
雷撃に術理改変を施し編み出したオリジナル魔法。
速度、威力、貫通力を極限まで高めた一撃。
とは言え仕組み自体は至極単純。
雷撃を一点集中し、矢のようにして撃ち出す。
この際、極衣状態であることは必須だ。
負荷が強すぎて、極衣を使わないと耐えられない。
更に撃つまでの『溜め』が少々長いのも玉に瑕。
しかし、純粋な破壊力は絶大だ。
――現に今、放たれた矢は今度こそマガトの心臓を貫き、大きな風穴を覗かせている。
胸にポッカリと空いた空洞。
奴はその穴を見下ろし、倒れながら言った。
「あぁ……よう、やく…………おわ、れ…………」
ドサリと、仰向けに倒れた時には。
既に絶命していたと、遠目にも分かった。
俺はゆっくりと近づき、死体を眺める。
全身黒く燻んだ、木炭のような体。
骨すら絞り尽くした人間の残骸。
辛うじて人型は保っているものの、今すぐに崩れ落ちてもおかしくないほど擦り減っている。
ただその死に顔は、重責から解放されて満足……したように見えた。
本当の心意は、分からないけど。
俺はそんな死体の前で小さく呟いた
「……あんたも、苦労したんだな。良い来世になることを願うよ、マガト先生」
◆
火傷の痛みを我慢しながら、歩く。
脅威は排除した。
あとは他の襲撃者を拘束し連れて帰る。
まぁ、明らかに捨て駒だったけど。
僅かでも情報を得られたら儲けものだ。
なんて風に考えていると――
「クオンッ!」
クラージュが全速力で駆け寄って来た。
途中、勢い余って何度か転びかける。
しかしプロサッカー選手顔負けのフィジカルバランスで乗り切り、こちらへ辿り着く。
彼女の表情から読み取れる情報は多い。
安堵。歓喜。慚愧。興奮。焦燥。
さっきと比べ、血色も格段に良くなっていた。
呼吸を整えながら、開口一番に言う。
「ハアッ、ハアッ……良かった、本当に…………! 無事で、良かったあぁぁぁ……!」
「大袈裟だな」
「お、大袈裟じゃないわよ!? 適した反応だわ!」
目に涙を溜め、わぁわぁと騒ぐクラージュ。
その様子が、可笑しくて。
思わず笑みを浮かべてしまう。
「フ……そんなに元気なら、大丈夫か」
「それはお互いさま……って、クオン! 貴方よく見たら、ヒドイ火傷の痕だわ! だ、大丈夫なのっ!?」
「大丈夫だから、落ち着いてくれ」
こんな感じのやり取りが数分間続いた。
閑話休題。
改めて、現状把握に努める。
「とにかく、お前を狙う刺客はもういない。メロウ先生が助けを呼んでくれている筈だから、暫く待とう」
「そ、そうね……終わったんだわ、全部……」
ジッと、闘技場全体を見回すクラージュ。
ここで起きた出来事を、目に焼き付けるように。
そして最後に――俺の顔を、見た。
「クオン、これ……」
「ん? あぁ」
手渡されたのは、腕輪。
彼女に預けていたと思い出す。
銀色と紫紺の宝石。
師匠を連想させる、あの人からの贈り物。
受け取り、右手首に嵌めていると。
「――ありがとう。私を……いいえ、クラスの皆んなを守ってくれて。貴方はとても、勇敢な人だわ」
穏やかな表情で、クラージュは言った。
悪い気はしない。
だけど、訂正したい点が一つだけ。
「俺は別に、勇敢なんかじゃない。偶々、チカラを持っているだけのヤツだ。お前の方が立派だよ」
「そんなこと関係無いわ! どんなに強くて凄いチカラがあっても、どう使うかは人それぞれだもの。それこそマガト先生みたいに……だから自分を、卑下しないで」
「……そうか」
「ええ、そうなのよ」
彼女はニッコリと微笑む。
上手く説き伏せられてしまった。
俺のチカラも、結局暴力には変わりないけど……今ここで力説する意味も無い。
偶には勝利の余韻に浸る、勝者の特権を味わおう。
「ああ、それともう一つ」
「?」
これだけは、言っておかなければ。
後々、変な誤解をされても困る。
「さっき、クラージュは俺がクラスメイトを守ったと言ったよな?」
「ええ。言ったわ」
「それは間違っている」
「ど、どういうこと……?」
怪訝な表情を浮かべるクラージュ。
彼女の澄んだ瞳を見つめながら、はっきり言う。
勘違いを、起こさせない為に。
「俺は、クラスメイトを助けたつもりはない。クラージュ、お前だから助けたんだ」
「――へ?」
「今の学園生活に、クラージュの存在は必要不可欠だ。お前が居なきゃ多分、楽しくない。もし他の誰かなら……きっと、見捨てていた。そういうヤツなんだよ」
矮小かつ自己中心的。
自分の感情だけで意思決定を成す子供。
そしてそんな自分を好ましく思っている。
救いようのない、社会不適合者だ。
俺の情けない『告白』を聞き、呆れたのか……クラージュは口を開けたまま動かない。
と、思いきや。
「――!? ッ…………〜!!!!!」
何故か頬を真っ赤に染め、狼狽している。
「どうした? どこか痛むのか?」
「ッ、あ、ああ、貴方ねっ!? き、急にそんな事言わないでよ! こっ、心の準備が…………!」
目を白黒させながら彼女は叫ぶ。
どうも様子がおかしい。
まあいい。伝えるべきことは伝えた。
「クオンッ!」
クラージュを眺めていると、声をかけられる。
声の主はタスクだった。
横にはアムール先生の姿も。
「タスク。傷はもういいのか?」
記憶が正しければ、一番重傷だった筈。
彼は自らの胸を軽く叩きながら答えた。
「不自由無い。それにお前と比べたら、擦り傷みたいなものだ」
「傷は男の勲章って言うだろ?」
「フ……それもそうだな」
この様子なら安心していい。
心配するべきは、先生の方か。
彼女はまだ顔色が悪かった。
「アムール先生も、意識が戻ったんですね」
「……すまない。教師として、不甲斐ない姿を見せた。それに最も危険な役目をお前に…………教師どころか大人として失格だな、私は……」
いつもの覇気を全く感じない台詞。
責任感が人一倍強い先生のことだ。
きっと気絶していたことに負い目を感じている。
「いえ、そんな事はありませんよ」
「どうだかな……いや、今はそれどころじゃないか。四人とも、よく聞いてくれ」
その後、四人で状況確認と今後について決める。
まず、アムール先生の意識が戻ったのは少し前。
丁度結界が破れた頃らしい。
タスクも歩ける程度には回復し、クラージュも含めて俺の戦いを見守っていたと言う。
今更、隠す必要も無いけれど。
先生にも真の力がバレたのは、少し厄介かもな。
で……マガトが死んだあと、真っ先にクラージュが飛び出して今に至る、と。
途端、クラージュが俯きながら言った。
「ご、ごめんなさい。興奮して、アムール先生の意識が戻ったことを伝え忘れていたわ……」
「こうしてすぐに分かったんだ。気にしなくていい」
情緒不安定気味の彼女を宥める。
状況の変化が激しいため、仕方ない。
そうしていると先生が控えめな声量で言った。
「しかし今回の事件は、一体何だったんだ? クラージュが狙われた理由も分からない上に、あのマガト先生が……どうもきな臭い」
顎に手を置き、思案するアムール先生。
彼女は気絶していたので、クラージュの素性やマガトの目的をまだ知らない。
一瞬、考える。
先生に全てを話すべきか否か。
けれどクラージュ改めソレイユ・メイジの情報は爆弾。下手に露見すれば何が起こるか分からない。
「先生、まずはマガト以外の連中を拘束しましょう。彼らが貴重な情報源ですし」
「そうだな。よし、直ぐに取り掛かるぞ」
率先して動くアムール先生。
その隙に俺は二人へ耳打ちした。
「……クラージュの素性は黙っておこう。信じてくれるかはともかく、不用意に拡散していい情報じゃない」
「承知した」
「……分かったわ。心苦しいけど、もう迷惑はかけられないし……胸の内に仕舞っておきましょう」
本人達も了承してくれる。
――暫く、経って。
メロウ先生と救援部隊が、闘技場に到着。
俺たちは保護され、翌日には学園のある王都に帰還出来た。
マガトの遺体は回収後、国家魔導師団預かりに。
奴の共犯者達も同じく魔導師団へ。
こうして波乱の課外授業は、幕を閉じたのだった。




