35話・ifとの戦い
ビリビリと感じるマガトの気迫。
マグマのような感情に、一瞬気圧された。
しかし、負けられないのはこちらも同じ。
「――だったらその使命、粉々に砕いてやるまでだ」
出力、全開。
あらゆる機能をマガト一人に集中させる。
余分な情報はシャットアウト。
奴の一挙一動を、全身全霊で見逃さない。
「いくぞ……!」
「っ、ぬぅん!」
マガトが動き出す、その前に。
俺は一足早く駆け出した。
速度だけならこちらが有利。
瞬間移動に等しい速さで急速に接近。
超高温領域ギリギリの間合いを見極め、右手に雷のブレードを生成し真横に薙ぐ。
マガトはそれを屈んで回避。
読んでいた俺はブレードを旋回して斬り返す。
屈んだ影響で、丁度軌道上に奴の首があった。
「っとと、危ない危ない!」
だがマガトは左手で強引にブレードを掴む。
直後、熱した鉄板上に置かれたバターのようにブレードが溶かされてしまう。
すぐに手放し、二次被害を防ぐ。
姿が変わっても極衣……超高温体質は健在。
ただ、明らかに黒煙の排出量も増している。
まるで全身が悲鳴をあげているような――
「まだだ……!」
攻めの姿勢は崩さない。
後退すると見せかけて、左脚のミドルキック。
マガトは受け止めようと右腕を上げる。
接触寸前。
左脚のつま先から、雷のブレードを生やす。
形状は内側に深く反った三日月型。
故に奴の前腕には接触しない。
防御を迂回し、ブレードが伸びる。
一撃与えた――かのように思えた。
「オオッ!」
マガトは動物的な反射神経でこれを察知。
背後にて爆発を起こし、前進。
タックルの如き移動でブレードの直撃を避けた。
与えた傷は刃先を僅かに掠めた程度。
そして今度は俺のピンチ。
突然のタックルを受けて体勢を崩しかける。
幸いなのは追撃の気配が見えないこと。
咄嗟の抵抗、ということか。
コンマ数秒の駆け引きは続く。
超熱を受けて思考と体力が鈍る前に決断を下す。
引けば……死ぬ!
つまり、上!
「でぁ!」
反応速度には、反応速度。
致命傷を受ける前に上空へ跳ぶ。
必然、マガトは何もない所へ進んだ。
ガラ空きの背中。
これを逃すほど、愚かじゃない。
空中で身を捻りながらの、雷撃。
――ゴドオォン!――
轟く雷鳴。
枝分かれした雷が、奴の背中を撃ち抜いた。
痺れと痛みは秒速で全身に及ぶ。
「がアッ……!?」
初めて与えた、ダメージらしいダメージ。
着地後も雷撃を放ち続ける。
出来ることなら、今ここでトドメを……
「ハ、アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
勿論、そう都合良く運ばない。
マガトは雷を浴びながらも全方位へ熱風を放出。
攻撃と防御を同時に行った。
堪らず雷撃を中断。
盾を生成し、熱風から身を守る。
しかし極衣の強化を反射方面へ回した影響か、肉体防御が疎かになり軽い火傷を負ってしまう。
この程度なら問題無い。
無いが、直撃は別だ。
マガトのような攻撃力特化の相手は尚更。
ここから先は、より慎重に。
一瞬の油断が文字通り命取りだ。
けれど勝機は既に見出している。
俺の予想が正しければ……決着の刻は、近い。
「ハア、ハアァァ……!」
熱風がやむ。
シュウウウと、マガトの体から漏れ出す黒煙。
奴自身の呼吸もかなり荒い。
俺は素早く盾の影から身を乗り出す。
可能な限り姿勢を低くして、疾走。
あっという間に距離が縮まり、準備していた右手の掌底をマガトの心臓目掛けて突き出す。
が、掌底に奴は反応していた。
「――判断が、早すぎたな!」
「っこれは!?」
繰り出した掌底。
その掌の先に、雷の矛を生やす。
急造の矛はグンと伸び……貫く。
「ぶ、は…………っ!」
ザクリ、と。
雷の矛は確かに肉を穿った。
しかし……矛先は、心臓に至らず。
「ぐ……!」
――ミシミシッ――
軋む右の手首。
驚くことに、マガトは左手で俺の右手首を掴んで無理矢理に軌道を変えていた。
更にそのまま万力の如く締め上げる。
「フフ……捕まえました、よ」
笑うマガト。
奴の纏う火炎が、渦を巻いて右拳に集結。
黒煙を巻き込んだことで黒く濁っていた。
超至近距離の一撃。
これは、マズイ。
躱そうにも右手首を掴まれている。
回避、不能――
「ぬうぅぅぅぅぅぅぅんっ!」
唸り声と共に放たれる黒炎拳。
受ければ死。回避も出来ない。
その事実を脳が認識する前に。
俺の左手は、生存の為に動いていた。
「ぐ、おおおおおおおおっ!」
奴の右手首を、掴む。
勢いに流されつつ、顔面へ当たる直前に力を加え進行方向を逸らす――奇しくもマガトが行ったのと全く同じ方法で即死を免れた。
振り抜かれた奴の右手が空を打つ。
爆音と共に黒炎が爆ぜ、右頬を焼いた。
その後、数秒間だけ膠着状態が続く。
互いの手首を掴み押さえる奇妙な絵面。
俺もマガトも、不用意に離すことはしない。
だが……こちらの体は刻一刻と焼けている。
全身がヒリヒリと痛み、呼吸も困難。
この瞬間に限り、魔力を肉体防御に回す。
そうしなくては瞬く間に焼け死ぬ。
最も、数分間辛うじて耐えられる程度だが。
「ふ、フフ……随分辛そうですね、マガトくん」
「……フン。それは、あんたも同じだろ? 喫煙者の王様みたいな姿になってるぞ」
軽口の交わし合いが、合図だった。
「「――ッ!」」
俺は右の膝打ち。
マガトは頭突き。
互いに防御姿勢が取れず、モロに受ける。
「ぐはっ……!」
「ぅぐ……っ」
まさかの頭突きにより、軽く仰反った。
とは言え掴み掴まれているので復帰は容易い。
それにこちらの膝打ちもしっかり当たっていた。
「ぐ…………この、程度ではぁ……!」
背後でゆらりと蠢く、マガトの炎。
自分諸共焼き尽くすつもりか。
俺は自らの左手に雷を集中。
刹那の間に掴んでいた手首を離し、手刀の形へ。
流れるような動作で振り下ろす。
行き先は当然、俺の右手首を掴む奴の左手。
――べきりと、鈍い音が鳴った。
「ぐぅうっ!? ォ、オオオオオオオオ!」
「ちっ……!」
手首を破壊し、拘束を解いた瞬間。
離脱前に炎の波が襲い来る。
……完全回避は叶わず、左半身を焼かれた。
特に、左腕の火傷が酷い。
一応治癒魔法を施したが焼け石に水だった。
視線を維持したまま後退し、呼吸を整える。
「フウゥゥゥゥ……」
冷や汗も流れないほどの高熱空間。
喉が渇き、唇もカラカラ。
オマケに左半身は大火傷。
ここまで苦戦を強いられたのはいつ以来だろうか?
力量を見誤っていたつもりはない。
けれど、奴の執念には驚かされた。
ふと…………親近感を、覚える。
本人の言葉を信じるなら――マガト・サモニクスという男は、俺の『あり得たかもしれない』未来の一つに思えて仕方なかった。
違うのは、誰に拾われたかという点だけ。
今世における『俺』は、間違いなく師匠の影響を受けている。例え、前世の記憶を持っていたとしても。
もし前世の両親のようなクズ、あるいは孤児や捨て子を利用する者に巡り合っていたとしたら。
きっとまた違う人格が形成されていた。
だからこれは、自分自身――ifとの戦いでもある。
「……負けられないな」
決意を、言葉に。
これも一つの魔法だ。
続けてマガトを見据える。
奴も既に満身創痍。
ダメージレースは似たり寄ったり。
次の攻防が、命運を分つ。
「ハァ、ハ……ッ……使、命…………私は、使命を……ハッ……果たす…………その、為の……!」
「――…………」
マガトの掠れた声に、視線で返す。
炎と雷。妄執と理想。
孤独と…………孤独、だった者。
暫く、睨み合う。
鉛の如き時間の流れ。
しかし、その刻は確かに近づいていた。
そして……
「――――――クオン!」
少女の声が、引き金になった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
妄執に取り憑かれた男の雄叫び。
マガトは炎を操りながら迫って来る。
黒煙混じりの炎に対し、牽制の雷撃。
何度目か分からない、炎と雷の衝突。
だが、今回は炎に軍配が上がった。
炎の津波に呑み込まれる雷。
押し負け、最終的には消えてしまう。
それでも俺は絶えず雷撃を放つ。
けれどやはり、届かず。
少しずつ狭まる距離。
徐々に上がる温度で分かる死の足音。
ニィと、マガトが歪に笑った。
射程圏内。
その四文字が脳裏に浮かぶ。
事実、奴の炎は勢いを増していた。
次の一撃に全てを賭す。
語らずとも、分かった。
一秒ごとに高まる熱量。
接敵まで、あと少し。
俺はいつでも動けるよう、慎重に待つ。
ドクンと、心臓が一際強く高鳴った。
大事なのはタイミング。
そこさえ違えなければ、良し。
逆に言えば――違えれば、死。
あぁ、分かりやすくて気楽だ。
そんな風に、考えた時。
――ゴオォォォッ!――
マガトの体が、一際強く輝いた。
轟く火炎。渦巻く熱風。
右腕を起点に炎は膨れ上がる。
膨れ上がった右腕を引き絞ったマガト。
限界まで張り詰めた空気を裂くように。
奴は膨張し尽くしたソレを、振り抜く。
――直前。
「……アッ、ガ…………?」
パァン、と。
奴の右腕は、勝手に破裂した。
溜め込んだエネルギーを、放出する前に。
空気を入れすぎたふうせんのように、自壊。
マガト本人も予想していなかった展開。
だが。
「……クク」
俺は、違う。
ずっと待っていた、この時を。
予想していた。
備えていた。
虎視、眈々と。
この、必ず訪れるであろう好機を。
「悪いな、マガト」
「ゥ……! ワ、私……は、まだっ…………!」
「終わりだ」
口端を歪めながら。
自らの右腕を、冷徹に突き出す。
そうして呪文を唱えた。
「――極矢雷撃――」
瞬間、脳裏にこれまでの思考が蘇る。
◆
俺が見出した、勝機。
それはマガトの『オーバーヒート』。
要するに、自滅。
上がり続ける火力に耐えられず、制御を失う。
高確率でそうなると読んでいた。
何故なら【極衣】は最上級の魔法。
この称号はただの飾りではない。
強力、故にコントロールも難しい。
発動はもちろん、維持にも相当な力を要する。
あれだけ派手に暴れていれば、すぐガス欠になってもおかしくない……これが一つ目の理由。
二つ目は、使い方。
マガトは言わば裏技で極衣を実現した。
技量そのものは称賛に値する。
しかし、自力習得したワケではない。
激しい負荷を受けていたのは容易に想像出来る。
実際、極衣状態のマガトは明らかに苦しんでいた。
黒煙は負荷の表れ、体の悲鳴に等しい。
だから俺は、時間を稼ぐ方向に戦術を組み立てた。
疲労を蓄積させ、自滅を促す。
必要なのは作戦を悟られないよう立ち回る演技力。
受けた傷も実のところ、大したことは無い。
四肢が無事なら、問題無し。
魔力量もこちらの方が遥かに有利。
長引けば長引くほど、勝率は高まる。
蓋を開けて見れば、この戦い。
一見拮抗していたが――実は序盤で俺を仕留めきれなかった時点で、マガトの勝ちはほぼ消えていたってワケだ。
これが、勝機の全容。
……我ながら、酷い勝利だと思う。
どちらかと言えば、悪役が仕掛ける戦法。
もしこれがハリウッド映画なら。
ピンチの時に、助けが入ったもしれない。
機転の効いた頭脳戦で勝つかもしれない。
あるいは土壇場で覚醒したかもしれない。
――だけど、俺は俺だ。
ヒーローでも英雄でもない。
大切なのは、誰も死なせず学園に戻ること。
その為の手段は問わない。
汚名を被ろうが、泥に塗れようが。
最後に、立ってさえいれば。
華々しい勝利など、不要。
格好悪くていい。
卑怯でいい。
勝てば――――それでいい。




