34話・空虚な使命
「ッ……!」
肌を焼くような熱風。
出所はマガトだった。
彼を中心に炎が渦巻いている。
炎は周囲の木々に引火し、熱風に乗ってあっという間に闘技場全体を包み込んでいく。
俺は咄嗟に結界魔法を唱え、炎を隔離した。
これでクラージュ達への被害は心配しなくていい。
代償に、全ての煙と熱が結界内に充満している。
極衣状態だからこそ生存が保たれた。
そして火災の中心に立つマガトは――
「……これが本当の命懸け。はは、良い舞台が整いましたね、クオン君」
笑いながら、全身に炎を纏っていた。
逆立つ緑髪。右肩から昇る黒煙。
トレードマークの眼鏡も溶けていた。
さっきとはまるで異なる様相と雰囲気。
何より魔力の圧が桁違いだった。
「あんたも使えたのか、極衣」
「いいえ? 私は使えませんよ、私は」
「……?」
奇妙な言い回し。
すると奴の背後に半透明の人影が現れた。
皮も肉もない、炎を帯びた骸骨。
「私は降霊も齧っていましてね。今取り憑いているのは、かつてとある国で名を上げた魔導師の幽霊です。そして『憑依技能』――この魔法は、取り憑いた霊の力を自らの力として扱います。こんな風に、ね」
マガトが何気無く語った直後。
灼熱の火球が俺に向かって射出された。
大きさはバスケットボール程度。数は六つ。
「成る程、な」
こちらも雷撃を飛ばし、撃ち落とす。
お互いノーモーションの攻撃。
先に集中力を欠いた方が、傷を負う。
今の説明も、意識を逸らす為の罠か。
「ふむ……極衣を使いこなしているのは、間違いないと。いやはや、君には驚かされてばかりだ」
「そういうあんたも。憑依技能で極衣を使うなんて、普通にやるより難しいぞ」
降霊と召喚の相性は良い。
その点を加味しても、マガトはとんでもない絶技を披露している。師匠が見ても驚くだろうな。
「これでも、君の倍は生きていますから。因みに先程の襲撃者にも霊を憑依させていましたよ? 最も、体に合わなければ大した力は引き出せませんが」
ゴウ、と炎が一箇所に集まる。
集まった炎は巨手のカタチに変形し、俺を握り潰そうと五指を伸ばしながら迫った。
「ああ、道理で……何人か、明らかに実力不足の奴が混じっていた」
炎の手が迫る直前、真上に雷の檻を落とす。
二つの属性は激突し、相殺。
軽い火花と電気が散った。
その後も炎と雷が飛び交うも、有効打には至らず。
互いの魔力は拮抗していた。
ただ、僅かに俺の方が押している。
純粋な魔力量ならこちらが有利。
時間が経てば経つほど、この差は開く。
「……」
「……」
睨み合うこと、数秒。
最初に動いたのは――マガト。
遠距離攻撃をやめ、自ら駆け出す。
ほぼ同時に奴の足元が爆発した。
その勢いを推進力に真っ直ぐ跳んで来る。
回避は可能。だが予想以上に速い。
普通に避けたら追撃を許してしまう。
隙を晒すくらいなら…………迎え撃つ!
突き出された右拳に、俺は己の右拳を合わせた。
――ビギギィ!――
質量を伴った炎と雷の衝突に、空間が轟く。
重たく熱い拳打。
まるで固まった溶岩を素手で殴ったような感触だ。
負けじと更に力を込める。
が、爆発の音を聴いた瞬間に力の入れ先を失う。
目前にマガトの姿は無い。
「ちっ……」
頭上に降り注ぐ殺気。
奴は爆発で強引に自らを浮かせていた。
そのまま火炎を操り、滝のように放つ。
このタイミングは回避も防御も間に合わない。
極衣状態の肉体を信じ、甘んじて受ける。
「……火口に放り込まれた気分だ」
真っ赤な炎が視界を埋め尽くす。
火炎は怒涛の勢いで辺り一面を焼き尽くした。
辛うじて残っていた草木も即座に灰塵と化す。
地獄と呼ぶに相応しい、灼熱の世界。
あまりの極熱に陽炎と似た現象が発生し、空間の一部がぐにゃりと歪んでいた。
極衣状態とは言え、この場に留まるのは危険。
今取るべき最適解は、速やかな離脱。
直前の地形と位置関係を思い出し、飛び退く――
「っ!」
不意に察知した、気配。
反射的に腰を捻り、右腕を背後へ回す――瞬間。
一本の手刀が、炎を切り裂きながら繰り出された。
首を狙っていたであろうその手刀を、寸前で防ぐ。
……火炎の滝はフェイク。
もちろん殺せるならそれで良し。
二手目兼本命は、炎を隠れ蓑にした奇襲。
遊び心が一切無い、本気の殺し方だ。
「よく、気づきましたね」
「……あんたの姿が、不自然に消えていたからな」
腕と腕が、鍔迫り合いのようにせめぎ合う。
「近接戦闘を疎かにしがちな魔導師には、有効な攻撃だったんですけどねえ。君には通用しませんか」
「あんたなら、離脱の時に一つや二つの妨害があると予想した。けど何も無かった。つまりこれは、離脱という選択肢そのものが罠……って理屈が、半分。もう半分はただの勘だ」
手刀を弾き、前蹴りでマガトの体を蹴飛ばす。
だが奴は前蹴りに合わせ、自ら後退していた。
後を追うように火炎の滝を脱出する。
その際、右手を後ろ腰へ回した。
「ニードル」
素早く詠唱。
極衣状態でも他の魔法は使える。
そして小さいモノを作り出す場合、極衣の力で形成するよりも詠唱した方が早かった。
魔法も万能ではない――常に工夫し、思考せよ。
これも師匠の教え。
俺は針を三本生成し、振り抜く。
「今更小細工は、通用しませんよっ」
しかし三本の針はマガトへ届く前に燃え尽きた。
構わずに針を投げ続けるも、結果は同じ。
これでいい。俺の狙いは別にある。
知りたかったのは奴の『間合い』。
やはりマガトの周囲は桁違いに温度が高い。
魔力にさえ影響を及ぼすのは針で証明済み。
迂闊に踏み込むのは躊躇われる。
だがマガト本人にとっては必殺の間合いだ。
接近さえすれば熱で弱体化を図れるのだから。
凡そ、腕一本分の距離が超高温領域。
そこから導き出される方程式。それは――
「いい加減、鬱陶しいですねえ!」
思考中断。
マガトは炎で巨大な拳を二つ生み出し、俺が立っている場所へ滅多打ちした。
俺は全身を駆使し、回避に専念。
雷属性の特徴は『速さ』。
火属性の極衣が熱を周囲へ放つように、雷の極衣は術者の内側へ影響を及ぼす。
即ち、反射神経の超強化。
全身がセンサーと化し、あらゆる危機を察知。
頭で考えるよりも速く動き出すことが可能だ。
知覚を超えた反応速度は、全てを置き去る。
最も常に全開だと敏感になりすぎて逆に不便なので、ここぞという時以外は出力を抑えているけど。
さっき不意を突かれたのはそういうことだ。
「ハ、ハハッ! クオン君、キミって生徒は本当に分からないなあ!」
攻撃の最中、突然マガトが叫ぶ。
「それだけの力を持ちながら、何故ただの学生に収まっているのですっ!」
ギュイン、と。
マガトの五指から、赤い光線が迸る。
俺はその光線を曲芸のように捻って躱す。
「どう生きようが、俺の自由だ。それに……ただの学生って身分は、充分魅力的だと思うけどな」
地面に触れ、雷を流す。
雷は地表を走りマガトの足元へ。
同時に頭部を狙い雷槍を射出した。
更に、追撃。
正面へ向けて雷撃を放つ。
ロー、ミドル、ハイ。
三つの区分全てへの多段攻撃。
加えてどれも時間にズレがある。
これを凌ぐのは至難の業だ。
さあ、どう防ぐ?
注意深く、反応を待つ。
マガトは――
「自由……自由、ですか。ハ――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
――嗤った。
満面の笑みで、初々しく。
まるで人生初の喜劇を見たように。
豪快に、愚直に、侮蔑的に……笑った。
「っ……!?」
その笑みを見てかは、分からないが。
ゾクリとした悪寒を感じ取る。
俺は即座に限界まで後退した。
直後。
「スーパー、ノヴァ……!」
爆、発。
「ぐううううううっ……!?」
気づいた時には爆風が吹いていた。
地面がひっくり返るほどの衝撃に襲われ、抵抗虚しく結界の壁際まで押し込まれる。
その時点で、俺は結界の維持に全力を注ぐ。
もし破れたら闘技場が吹き飛ぶ。
それだけは阻止しなければならない。
「う、オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
極衣の防御を超えて肌に熱が伝わる。
まるで血管に炎を流し込まれたような感覚だ。
それでも耐え、防ぎ、数十秒後――
「ハアッ、ハアッ……!」
――ガシャアン!――
結界が崩壊し、破片がパラパラと宙を舞う。
爆発は既に鎮まっていた。
しかしその傷跡は色濃く残っている。
もう、本当に何も残っちゃいない。
燃えカスすら無く、剥き出しの地面があるだけ。
その地面も大きく抉れていた。
この惨状を引き起こしたマガトの様子もおかしい。
全身が煌々と輝き、黒煙を吐き出し続けている。
原形を保っているだけでも驚くのに……その魔力と闘志は、一切衰えていない。
奴は口角を三日月に歪めながら、言った。
「…………自由に生きる。あぁ私には、想像すら出来ない。出来な、かった――組織に拾われ、都合の良い道具として躾けられた私には。ですが、それでいい。環境を選べないのは、誰しも同じ。偶々、運が悪かっただけのこと。なら――今ある手札の中で、最良を選び取るしかない。私にとっての最良は、与えられた『使命』を果たすことっ…………! 誰にも、邪魔は、させません!」




