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33話・極み

「成る程……粗悪なモンスターを揃えても、魔力の無駄使いでしかありませんね」


 笑みが消えても、冷静さは失わないマガト。

 昆虫型のモンスターが魔法陣に吸い込まれて消える最中、奴は指を鳴らして言った。


「ならば、量ではなく質で勝負といきましょうか」

「ガルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 地の底まで響きそうな雄叫び。

 本命と呼ぶに相応しいキマイラは大顎を開け、音を置き去りにする程の勢いで迫り来る。


 単調な攻撃も、膂力と速度が伴えば立派な技だ。

 しかし直線的な動きは読みやすい。

 俺は右脚で地面を蹴り、左側へ回避。


 数秒後、キマイラが横を通り抜け――器用に旋回させた尻尾を鎖鎌のように放った。

 本体と同じく口を開け、牙を見せる尾蛇。


「それは、知ってる」

「キシャアアアアアアッ!」


 尾蛇の奇襲を屈んで避ける。

 直後に再び上昇。

 顎下を掴み、雷撃を唱えた。


「ケラ、ヴノス」

「ギシャッ!?」


 バチイィィィ! と小気味良い音が鳴り、蛇の尻尾からだを伝って本体のキマイラにも痺れを及ぼす。

 人間は100mA以上の電流でほぼ死ぬ。


 ケラヴノスのmAは100を余裕でオーバーし、かつ徐々に電圧を上げて(電流は電圧と比例する)殺傷能力を高めている。これなら――


「ゥ、オオオオオオオオオオッ!」


 咆哮。


 鼓膜を刺すような音と衝撃に顔を顰める。

 キマイラの叫びはただの威嚇に終わらず、一陣の暴風と化して辺りを吹き飛ばす。


 巻き込まれた俺は足腰に力を込めるも、地に足つけていた場所そのものが隆起し体ごと浮く。

 そのまま空中に投げ出され、壁際まで飛んだ。


 受け身の要領で背面の壁を殴り、衝撃を殺す。


 肉体強化のおかげで痛みはない。

 しかし体勢を整えようとした瞬間――キマイラの両翼が、微かに光り輝いた。


 輝きを認識した、数秒後。


「ガルオオオオオオオオッ!」

「!」


 既にキマイラは眼前に迫っていた。

 恐らくは何らかの魔法。

 振り下ろされる、強靭な右前脚。


 鋭利な黒爪の殺傷力は言うまでもない。


 俺は咄嗟に前進し、キマイラの懐へ潜り込む。

 そのまま掬い上げるように右拳を打ち上げた。

 バキン! と鈍い音が響くも、構わず追撃。


 二度三度とアッパーを加えたが、効果は軽微。

 まるで硬い壁に阻まれているかのような感触は、攻撃の無意味さを物語っていた。


 すぐにその場を離れ、距離を取る。


 拳に残った僅かな痛み。

 察するに幻獣特有の能力。

 盾や壁のような防御魔法とは違う。


 生体機能の一つとして備わった、万物への耐性。


「……流石に手強い、か」


 未だ健在のキマイラを見ながら呟く。


 ただ全くのノーダメージというワケでもないのか、節々の動作が鈍い。一応【雷撃】は効いている。

 すると笑みを取り戻したマガトが言う。


「入学したばかりの身で上級魔法を扱うのは、見事です。しかし幻獣は生物としての格が違う。即ち、例え上級魔法であっても傷付けるのは容易ではない……今の攻防で、この論理が如実に現れていましたね」


 まるで授業のような語り口。


 新たなモンスターを召喚する素振りも見せない。

 奴の目的はあくまでクラージュ。隙を見て、さっさと捕縛に向かうかもしれなかった。


「……ふーっ」


 一度だけ、深呼吸。

 枷を外したのは、久し振り。

 そして――この魔法を使うのは、もっと久しい。


 加減を間違えれば、敵味方諸共『壊して』しまう。

 だが、そうも言ってられない状況だ。

 幻獣キマイラ。予想以上に強く逞しい。


 必要なのは、出力。

 幻獣の抵抗力を突破する、純粋なチカラ。

 格差を覆すだけの、覚悟と執念。


 ドクン――心臓が静かに高鳴った。


「出来れば、殺さずに捕らえて情報を聞き出したかったんだけどな…………」


 やはり物事は都合良く運ばない。

 自戒の念を意識しながら、使う。

 上級を超えた上級。


 等級の果て――――――【最上級】魔法を。


「ガルオオオオオオオオオオオッ!」


 空気を裂くような叫び。

 キマイラは再び両翼を広げ、発光。

 一切の助走無く、弾丸のように加速した。


「シールド……バレット!」


 足元に魔力の盾を生成し、踏む。

 行き先は空中。即ち真上。

 一瞬の浮遊感を味わいながら、続けて魔弾を撃つ。


 十の弾丸を全身に浴びせる。

 だが当然の如く、キマイラの肉体は無傷。

 構わない。これはただの嫌がらせ。


 隙を作り出す為の、小細工。


「――ニードル」


 上空の俺を、キマイラが()()()瞬間。

 俺は針を生成し、投擲した。

 狙ったのは……キマイラの、眼球。


「ガルッ!?」


 命中。


 思わぬ反撃に目蓋を閉じるキマイラ。

 生物として当然の仕草。

 目に異物が入り込めば、反射的に瞑る。


 例え、実害を負わずとも。


 これが、小細工の内容。

 さっきの魔弾は最後の確認の為に使用した。

 攻撃は無効。されど衝撃は発生する。


 ゲーム用語で言うところの、ノックバック。


 効かずとも、当たりはするのだ。

 エネルギーを相殺しているワケでもない。

 つまり、効く。


 原始的、けれど効果的な小細工――目潰し、が。


「オオッ……!」


 とは言え、稼いだ時は一瞬。

 ものの数秒でキマイラの視界は復活した。

 既にハッキリと俺を捉えているはず。


 それでいい。

 必要な時は、得た。

 欲しかったのは、その数秒。


 魔力を練り、放出し、音に乗せる準備。

 全て――完了した。


「……」


 息を吸う。

 使用前の、最終確認。


 体調は良好。

 負傷も軽微。

 精神も安定。


 失敗の要素……なし。


「ガゴアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 キマイラが駆ける。

 速い。けれど、遅い。

 既に唇は、動いていた。




「――エレメンツ・マスタークロウズ」




 ――バチチッ――


 瞬時に全身を覆う、眩い雷光。

 その瞬間に合わせ大地を踏むと、体は音を置き去りにしながら臨む方向へ進んだ。


 先に動いたキマイラよりも、速く。


「――」


 接敵直前。

 俺は手刀を作り、真横に薙いだ。


「アアアアアアアアア――ア?」


 ブシュウ! と。

 キマイラの眉間から、血が噴き出した。

 堪らず急停止するキマイラ。


 俺は構わず進み、顎先を蹴り上げる。


「ゴアッ!?」


 空中で胴体の真下を晒すキマイラ。

 そのまま無防備な体へ正拳突きを叩き込む。

 橙色の雷を浴びた拳は今度こそ届いていた。


 休まずに左ストレート。その間に戻していた右腕を引き絞り、再び打つ。

 右を打てば左。左を打てば右。


 交互に素早く、繋ぎ目を減らしながら殴り続ける。

 雷の如き勢いで左右の殴打を続けた。


「っ……!」

「ゴッ、ガ、アア……!?」


 徐々に体が慣れる。


 エンジンが温まり、速度を上げる車のように。

 バチバチと音を鳴らす俺の体は、一秒経つごとに別次元のパワーとスピードを獲得していた。


 これが最上級。これが【極衣ごくい】。


 常時自らの属性と同じ現象を纏い、超人と化す。

 その膂力は大地を砕き、大空を裂く

 加えて纏う属性の魔力を自在に操る。


 詠唱は必要無い。

 ただ、思うだけで雷を飛ばす。

 並大抵の術とはワケが違う、魔法の極地。


 幻獣であろうとも、この力は防げまい。


「これで…………終わりだ!」


 最後に渾身の一発でキマイラを吹き飛ばす。

 追尾するように雷撃を放ち、中空で当てた。


「ガ、ア…………」


 感電したキマイラは全く動けてない。

 そのまま観客席まで激突し、沈黙。

 先の昆虫モンスターと同じく姿を消した。


「……さて、と」


 マガトの方へ振り向く。

 互いの声が届く程度の距離。

 良くも悪くも、奴の様子に変化はない。


「ふふ……まさか、そこまでの力を隠し持っていたとは。流石に想定外でしたよ、クオン君」

「俺も、あんたがそんな奴とは思ってなかった。一体何者だ?」

「私が何者か、ですか」


 会話を交わしながら隙を伺う。

 本来なら、すぐに取り押さえても構わない。

 しかし、さっきから妙な予感を覚えていた。


 不用意に近づくことを躊躇わさせる威圧感。

 根拠はない。ただの勘。

 だが次の瞬間――予感は、確信に変わった。


「――その問いは、私が知りたいくらいですよ」


 マガトがそう言うと、辺り一体の『温度』が急激に上昇した。

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