転生魔導師32話・ブレイク
クラージュの考え。
それは自分を『人質』にした取引。
彼女は刃物を喉から離さずに叫ぶ。
「クオン! 大変だろうけど、タスクとアムール先生をお願い。出来る限り遠くへ逃げて。私も出来る限り、時間を稼ぐわ……!」
「クラージュ。お前は――」
「分かってる! バカなことをしてる自覚はあるわ! でも、でも……! 私はもう、失いたくない! ようやく出来た居場所を捨てることになっても、友達だけは…………絶対に、譲れない!」
まさに不退転の構え。
恐怖はある。憂いもある。
それでもクラージュは戦うことを選んだ。
自分が行える、最善の策だと信じて。
「フフ……」
「っ、動かないで!」
マガトは下を向いて笑った。
片手で眼鏡の位置を整えながら、堪えるように。
「度胸は認めましょう、クラージュさん。貴族の箱入り娘とは違う、高潔な精神の持ち主だ。しかし――致命的に、違えている」
「う…………っ!」
マガトが顔を上げた途端。
殺気を伴う、とてつもない魔力が放出された。
息苦しさを覚えるほどの濃密なエネルギーは、隣に立つキマイラの迫力に勝るとも劣らない。
これが、マガト・サモニクスの本気。
肌を刺すどころか抉るような殺意の奔流に、クラージュの怯えが背中越しでも伝わった。
そんな彼女へ、マガトは淡々と告げる。
「私がその気になれば、貴女を一瞬で無力化することも容易い。競争、してみますか? 自害と捕獲、果たしてどちらが速いのか」
「あ、ぁ……」
一歩、また一歩と。
剥き出しの殺意を一身に受けたクラージュは、両肩を震わせながら後ろに下がった。
それでも、刃物だけは手放さない。
刃先はピッタリと喉元に添えたまま。
だからこそ、マガトも未だ動かない。
無傷で捕らえる自信は確かにあるのだろう。
しかし万が一、自害の方が早ければ……取り返しのつかないことになるのは明白だ。
慎重に、ならざるを得ない。
「クラージュさん。貴方に残された選択肢は、二つ。大人しく私に捕まるか、抵抗して捕まるか」
「…………〜!」
退路は無く、助けも呼べない。
文字通りの絶体絶命。
クラージュはその最中でも、仲間を優先した。
自分の身を危険に晒しながらも。
……もう、充分。
彼女は人事を尽くした。
あとは天命が来るのを待つだけでいい。
その間、マガトの相手は――俺が、勤めよう。
「さあ、クラージュさん。答え「――あるぞ。三つ目の、選択肢」
刃物を掴む。
僅かに皮膚が傷付くも、強引に握り潰した。
コレはもう、必要無い。
俺の行動にクラージュは呆然としながら呟く。
「く、クオン……どうし、て……」
「試すような真似をして、悪かった。本当はもっと早く、こうするが出来たのに」
「え……?」
タスクの様子を伺う。
彼の負傷も、ある意味俺の責任。
しかし当の本人はキョトンとしながらも、どこか安心したように息を吐きこちらを見守っていた。
「クオン君。今更何の用ですか?」
マガトは警戒心を強めて言う。
キマイラの視線も鋭くなった。
相変わらず、油断も隙も見当たらない。
このレベルの魔導師を相手取るには――『外す』必要があるな。
俺は右手首に意識を向けながら話す。
「言ったろ。三つ目の選択肢を、あんたに教えてやる」
「ふむ……耳を貸す理由はありませんが、一応教師なので。遺言代わりに聞いてあげましょう」
「流石はセンセイ。じゃあ、遠慮無く」
一触即発の雰囲気。
さながらサムライ同士の決闘だ。
互いに刀の柄を握り、探り合う。
ほんの少しのキッカケで、抜刀は起こる。
戦闘の、始まり。
「三つ目の選択肢。それは――」
いつも通りの呼吸と口調で、言った。
「――封印、解除」
詠唱、完了。
イタズラのような騙し討ち。
けれど対魔導師においては案外有効な一手だ。
「こ、れはッ…………!?」
「ガルルルルルルッ!?」
マガトとキマイラが揃って慄く。
その反応はタスクとクラージュも同じだった。
床が、壁が、空気が軋む。
空間全てを埋め尽くす勢いで広まる、俺の魔力。
真っ先に飛び退いたのは、キマイラ。
魔力に敏感なモンスターは本能で危機を悟った。
続けてマガトも距離を取る。
ただしキマイラほど離れてはない。
大声であれば会話が成立する程度の距離感。
「……久々だな。腕輪を外すのは」
地面に落ちた腕輪を拾う。
紫紺の宝石が埋め込まれたソレは、先程まで右手首に装着されていた装飾品。
しかし、これはただの装飾品ではない。
師匠から譲り受けた、封印の魔導具。
強すぎる俺の魔力を抑制する手枷だ。
因みに手動でも外せる。
「さて……」
マガトは俺の様子を伺って動けない。
俺はその間にタスクへ駆け寄り治癒魔法を施す。
傷は深いが、生死に関わるほどではなかった。
治療中に彼は呟く。
「今は……何も聞かない」
「……」
「だから、あとは頼んだぞ」
「ああ……任せてくれ」
最低限の処置を終え、再びマガトの方を向く。
奴は何らかの魔法の準備を進めていた。
構わない。正面から打ち破る自信はある。
そんなことより――彼女の方が、大事だ。
「クラージュ」
「クオン……」
ふらふらと、彷徨うように歩くクラージュ。
気力も体力も使い果たしたのか、表情は弱々しい。
彼女は俺の変化に戸惑いながらも唇を動かす。
「凄い魔力……なのに、暖かいわ。マガト先生の魔力は、冷たくて痛かったのに……貴方のは、優しい……」
「独特の表現だな」
「本心だわ」
そう話すクラージュに目立つ外傷はない。
疲労の原因の大部分が、精神的なもの。
「すまない。クラージュの決意を、無駄にするようなことをして」
「……そんな風に思ってないわ。私は、私がやるべきことをやっただけ。クオンは、クオンの思う通りにすればいい。まぁ……力を隠していたのは、少し驚いたけど」
疲れを誤魔化すようにウインクするクラージュ。
「ありがとう。そう言ってくれると、こっちも助かる」
「でも……本当に一人で、大丈夫なの?」
彼女の不安も分かる。
相手は幻獣と、ソレを従えた魔導師。
加えてマガトは召喚魔法の使い手。
まだ見せてない手札も沢山あるだろう。
それでも……
「この腕輪、預かっててくれないか?」
「それはいいけど……」
「師匠から貰った、大切な物なんだ――必ず、受け取りに戻る」
そう言いながら腕輪を手渡し、背を向ける。
丁度、闘技場の中央に立つマガトと目が合った。
互いの準備が、整う。
「……うん、分かったわ。頑張って、クオン!」
「あぁ……フィジカルアップ」
俺は軽く頷き、強化魔法を詠唱。
抑圧されていた魔力を惜しみなく使い、肉体を強化。マガトが待つ中央まで駆け抜ける。
その途中、複数の魔法陣が眼前に展開された。
「サモン・バグズパレード」
辛うじて聴こえたマガトの呪文詠唱。
直後、魔法陣から複数のモンスターが召喚された。
十、二十、三十……尚も増え続けるモンスター。
「ギ、ギチギチギチギチギチギチギチギ」
「びおおお! びおおお! びおおお!」
「リーッ……リーッ……リーッ……リーッ」
どのモンスターも昆虫型。サイズは小型犬から始まり、大きい個体で成人男性ほど。
真横に広がり、こちらの進路を塞いでいる。
マガト本人は群体を超えた先にいた。
周囲をモンスターに守らせ、自分は新たなモンスターを召喚……お手本のような召喚魔導師の戦い方。
「まあ……」
右腕を、頭の辺りまで持ち上げる。
「何匹いても、関係無いけどな」
持ち上げた右腕を水平に動かしながら、呟く。
「雷撃」
腕の動きに連動し、雷が迸った。
「ギチギチギチアアアアアアアアアッ!?」
「び、びびびっ!? びびびびおおおお!」
「リー………………………………………………」
真横に走った雷はモンスターを焼き焦がし、一匹残らず絶命へ追い込む。
ものの数秒で死骸の海が出来上がっていた。
戦闘、とすら呼べない『蹂躙』。
流石のマガトも笑みを消している。
俺は奴へ近づきながら、声高に言った。
「そういえば、まだ三つ目の選択肢を言ってなかったな――俺がお前を、ここで倒す。この選択肢が最もハッピーエンドに……近い」




