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転生魔導師31話・アンロック

 間引く――つまりは、子殺し。


 親が子を殺める、常識では考えられない行為。

 クラージュが明かした王家の秘密は、ただでさえ陰鬱な雰囲気に拍車をかける。


「遥か昔、メイジ王国は滅亡の危機に瀕したことがあったらしいわ。その原因が、双子の王子の王位争い。詳しい結末は分からないけど……争いの凄惨さだけは、しっかりと語り継がれていたわ。だから――」

「双子は王国滅亡の兆し、凶兆という風に考えられてしまった、か」

「ええ。クオンの言う通りよ」


 何とも受け取り難い内容だ。

 風習、伝統……魔法があるこの世界において、その手の恒例行事はよく行われている。


 ただの伝説だと、切って捨てることが出来ない。

 何より俺は知っている――例え我が子であろうと、傷付けない理由にはならないと。


 血の繋がりなんてモノは所詮幻想。

 本人達があると自覚しなければ存在出来ない、脆くて曖昧な糸。あるいは都合の良い、鎖だ。


「時代錯誤だって声もあったわ。けど、既に長男を含む他の子も産まれていたから、後継の心配もない。結局風習通りに片方を間引く方向に話は進んだ。残った問題は、どちらを生かして殺すかの選択」


 殊更表現を歪ませるクラージュ。


「……産まれた直後の魔力量や属性は、ほぼ同じ。だから五歳くらいまでは共に生かして、優秀に育った方を正式な王女として迎え入れる。そういうやり方になったわ」


 劣った方の末路は言うまでもない。

 風習という根拠のない感情論を採用しながら、趣旨選択は論理的……歪な考え方に吐き気を催す。


 ロクでもない奴らは世界を隔ててもいるらしい。

 ギリ、と奥歯を強く噛む。

 クラージュの姿が、自らの幼少期と重なった。


 大人の理不尽に振り回される、哀れな子供として。


「物心ついた頃から、双子の妹と競わされたわ。そして……私は妹に、負けた。妹は王女の地位を約束され、敗れた私は処分決定。名前も何もかもを失う筈だったわ――本来なら」


 ふと、クラージュがカチューシャに触れた。

 いつも身に付けている白い装飾品。

 温もりを味わうように、彼女は言う。


「……お母様が、王である父に嘆願したのよ。私の命だけは助けてほしいと」

「……」

「お母様だけが、私の味方だった。このカチューシャも、あの人からの贈り物」


 善い人、だったのだろう。

 今のクラージュは母親のことを思い出しているのか、普段見せない安らかな表情を浮かべていた。


 もしかすると、彼女の夢――国家魔導師に成ることも、母親由来かもしれない。

 もう二度と会うことは叶わない、王妃たる母。


 しかし国家魔導師の資格を得て、誰もが認めるような功績を成せば――謁見の可能性に恵まれる。

 勲章授与等、機会は意外に多い。


 当然、ライバルも多いが。

 そこでなら現状の身分でも会える。

 逆に言えば、それが唯一の方法だ。


 ……母親。

 俺にとって、師匠は母に等しい。

 だから、分かる。分かってしまう。


 会えない辛さと、寂しさを。


「……結果的に願いは叶って、私の処分は追放だけに留まったわ。あとはクオンも知る通りよ」


 そう締め括って彼女は話し終える。


 王族に産まれたが故の悲劇。

 裕福な生まれが、必ずしも幸福に繋がるワケではないことの生き証人のような人生。


「……ごめんなさい」


 唐突に、クラージュは謝った。


「どうして謝る」

「だって、私の所為だから……こんな事になったのは」

「それは違う。悪いのはマガトと、背後に潜む奴らだ。お前は何も悪くない」


 とは、言っても。

 それで納得する女ではないことくらい、短い付き合いながらも理解している。


「そんな風には、思えないわ。どうあれ私が原因なんだから……」

「だったらどうするつもりだ」

「……」


 詰問のような口調になってしまう。

 けれど、今は彼女の胸の内を知りたかった。

 何を想い、何を考えているのか。


 全てを曝け出し、白日の下に晒す。


 これは必要な工程だ。

 仮にこの場を乗り越えられたとしても、また同じような事が起きない保障は何処にもない。


 その度に思い悩むのは時間の無駄だ。

 故に今ここで、打ち直す。

 クラージュ・アバンギャルドという人間を。


 根底から覆し、在り方を改める。


「私は……」


 十秒、二十秒と時が経つ。

 やがて静かに顔を上げるクラージュ。

 表情は決意と緊張に染まっていた。


「――マガト先生の所へ、行くわ。要求を呑む代わりに、クオン達の無事を確約させる。もうこれ以上、誰も傷付けさせない……!」


 それが彼女の、選択。

 声は微かに震えていた。

 よく見ると足腰も。


「そうか」


 この状況でも、周りの心配を優先か。


 まぁ、概ね予想通りの答えだ。

 俺がどうこう言う権利は無いけれど……もう少し、我が身を顧みてもバチは当たらないだろうに。


「クラージュ。お前、本気か?」

「タスク……ええ、もう決めたわ」

「……考え直せ。ヤツが素直にオレ達を見逃すとは思えん。まだ全員で協力し、誰か一人だけでも逃す方が現実的だ」

「大丈夫、考えがあるわ」


 喉の奥から、絞り出したような声のトーン。

 これで大丈夫だ、は流石に無理がある。

 当然、タスクも難色を示す――その瞬間。




 轟音と共に、奥の壁が弾け飛んだ。




「っ、シールド」

「え……キャッ!?」

「く……!」


 砕け散った壁の破片が弾丸のように室内を飛び交い、直接壊された箇所以外にも被害が及ぶ。

 俺は咄嗟に防御魔法を唱え、全員を守る。


 室内は酷い有り様だった。

 風通しの良い大穴が空き、差し込む光が粒子を伴って舞う土埃を照らしている。


 まさか、建物を直接壊しに来るとはな。

 マガトの目的はクラージュの生捕り。

 けれど五体満足である必要はないのか?


 そんなことを考えていると――やって来る。

 此度の元凶が、最強の猟犬を引き連れて。


「皆さん、ようやく見つけましたよ」

「ガルルルルゥ…………!」


 壁の外。

 闘技場の舞台に立つマガトは、側にキマイラを控えさせながら悠々と喋った。


「思いの外、探すのに手間取ってしまいましたので……少々荒っぽいですが、このように」


 人除けの結界は正常に機能していた。

 しかし魔法も万能ではない。

 時には力技で突破されてしまうこともある。


 ましてや相手はあの幻獣。

 幻獣は存在そのものが魔法の如き生物。

 故に生半可な魔力では傷一つ付けられない。


 寧ろここまでよく粘ったと評すべきか。


「……こうなっては、仕方あるまい!」


 マガトの姿を確認した、途端。

 先手必勝とばかりにタスクが床を蹴った。

 逃走を捨てた、決死の一撃。


 氷で武装した右の貫手を携え、一足で最短距離を踏破――狙いはマガトの、心の臓。


「オオオオオオオオオオオオッ!」


 敵の意識を揺さぶる咆哮。

 あるいは己を鼓舞する雄叫び。

 タスクが光に反射し輝く貫手を叩き込む、寸前。


「ガルアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 より強大な獣が、彼の行手を阻む。

 キマイラは自らの尾――即ち蛇を鞭の如くしならせ、タスクの脇腹へ素早く打ち込んだ。


「ガハッ……!?」


 平手で叩かれた羽虫のように吹き飛ぶタスク。


 彼の奇襲に落ち度は無い。

 純粋にキマイラの暴威が上回っていただけのこと。

 ヒトと幻獣。強さのスケールが違って当然だった。


「……ここ、まで…………とは……」


 出入り口側の壁際に叩き付けられたタスク。

 腹部の一部が凹み、赤いシミを作っていた。

 そのままうつ伏せに倒れ込む。


 決死の一撃は、指先すら届かずに終わった。


「二人とも…………に、げろ……」


 満身創痍の状態でタスクは呟く。

 マガトは彼を見下ろしながら、右腕を伸ばした。

 どう見ても、トドメを刺すための直前動作。


 続けて冷たく言い放った。


「タスク君。きみは賢い子だと思っていたのに……残念です。絶対に間違えてはいけない場面で間違えてしまうのは、獣人のサガでしょうか? さようなら、ブルーネイル族、最後の生き残りよ」

「っ……き、さま。何故、それを…………!」


 俺は準備していた防御魔法の詠唱へ入る。

 だがそれよりも早く、マガトとタスクの間にクラージュが割って入った。


「待って!」


 彼女は臆せずに、自らを狙う刺客と相対する。


 キマイラの威嚇にも動じてない。

 足腰の震えを抑えて懸命に立つ。

 持ち前の勇気を、限界まで振り絞りながら。


「私はもう、逃げも隠れもしない! だから、これ以上は――!」

「おや? 心境の変化ですか? 喜ばしい。とは言え少々、遅かった。私の正体を知った者は、貴方を除いて生かすつもりはありませんので」


 微笑むマガト。

 予想出来た展開。しかしクラージュは怯まず、逆に不敵な笑みを浮かべながら言った。


「でしょうね。だから――――――こうするわ。ウェポンズ!」

「……ほお」


 彼女は魔法で小さな刃物を生成。

 その刃物を、自らの喉に押し当てた。

 皮膚が裂ける限界ギリギリまで深々と。


「貴方の目的は、私を『生きたまま』連れ去ることでしょう? なら……皆んなをこれ以上傷付けないで。もし、指一本でも触れたら――私は今ここで、自害するわ」

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