30話・正体
マガト・サモニクス。
一年レッドイーグルの担任教師。
年齢は四十代後半。
ツーブロックの緑髪に銀色の眼鏡。
年季の入ったスーツ姿は教師と言うより近所のおじさん、あるいは父親の雰囲気に近い。
穏やかで、常に優しい笑顔の持ち主。
それが俺のマガト先生へ対する人物評。
概ね好意的。欠点らしい欠点もない理想の教師。
――しかし、その評価は今この瞬間に瓦解した。
「……奇妙ですね」
警戒を解かずに呟く。
「俺の知るマガト先生は、ついさっき死んだように見えました」
「演技ですよ。ギリギリ、心臓は逸れていました。あとは治癒魔法でどうにか」
いつもの穏やかな笑みを浮かべるマガト先生。
その笑顔が、ひどく不気味に映った。
得体の知れない悪寒が背中を伝う。
「面倒なので、簡潔に聞きます。マガト先生、黒幕は貴方ですか?」
「はい」
あっさりと、彼は認めた。
バレバレの悪戯を白状するように。
そんなマガトに異議を唱えたのは、クラージュ。
彼女は狼狽しながらも懸命に唇を動かす。
「ま、待って……ワケが分からないわ! どうして、マガト先生が……!」
「ふむ……クラージュさん。貴方は基本的に優秀ですが、突発的なアクシデントに弱いですね。この状況、一々説明しなくても私が『敵』であることは一目瞭然。理由なんてものは、無力化した後にいくらでも聞き出せますよ?」
「っ……!」
教師然とした指摘。
続けてマガトは指を鳴らした。
乾いた音が鳴った後、それまで借りてきた猫のように静かだったキマイラが吠える。
「グガオオオオオオオオオオオオッ!」
「アレは、私が召喚しました。アムール先生の実力が思いの外高く、そして共犯者が想像以上に役立たずでしたので、致し方無く」
キマイラがこちらを睨む。
明確な殺意が伴った視線。
マガトはあの幻獣を完全に従わせているようだ。
「う、動けん……何だ、この圧力は……禍々しい、修羅の如き…………くっ……!」
動きを封じられたタスク。
クラージュは腰を抜かし、尻もちをついていた。
アムール先生は未だ重傷。
「ですがまあ、いいでしょう。貴方達に妨害された時はヒヤリとしましたが、結果的にクラージュさんはこの場に残ってくれました。これで目的を達成出来ます」
スッと、右手を伸ばすマガト。
レンズ越しの眼光はクラージュを捉えている。
そのままの口調で、奴は衝撃的な事実を話した。
「いやはや、それにしても貴方の出自には驚きましたよクラージュさん。まさか王家に連なる者どころか、王家そのもの――闇に葬り去られた、現国王の実の子だとは。記録から抹消されたとは言え、本物の姫を攫うのは流石に初めての経験です」
瞬間。俺は懐からある物を取り出し、投擲。
「バレット。無駄なこと、を……っ!」
即座に魔弾で撃ち落とすマガト。
だが撃ち落とされた物体――蓄電石は、弾けながらも雷光を放出し彼の視界を潰した。
この鉱石は電気を溜め込む特殊な性質を持つ。
更に強い衝撃を受けると溜め込んだ電気を放出し、強烈な発光現象を引き起こす。
なにかと便利なので、常に懐へ忍ばせている。
「走れ! アムール先生は俺が抱える!」
「……」
「クラージュ!」
「っ、あ、クオン。ご、ごめんなさい……!」
叱咤激励を飛ばし、クラージュを走らせる。
タスクも状況を察して既に動いていた。
互いに言いたいこと、聞きたいことはあるだろうけど……アムール先生の治療がまだ終わってない。
まずはこの場を逃れることが先決だ。
◆
「……よし。とりあえずは安心だ」
ヒールライトの光を消しながら呟く。
今可能な治療は終えたが、アムール先生はまた気を失っていた。無理もない。
マガトの前から離脱したあと……俺たち三人は、闘技場の控え室と思しき空間に逃げ込んでいた。
一応、師匠直伝の人除けの結界を張っている。
幻惑系はあの人の得意分野。
そう簡単には見つからない……と、信じたい。
現状、マガトの実力は未知数だ。
用心するに越したことはない。
「タスク、警戒ありがとう。もう大丈夫だ」
「礼には及ばん。寧ろ、オレがお前に感謝すべきだ。クオンがいなければ、きっと既に……」
「そういうのは、ここを凌いでから話そう」
「すまない……」
部屋の出入り口付近で見張りをしていたタスクは、両耳を垂らしながら言う。
いつもの堂々とした落ち着きは見られない。
「……マガト・サモニクス。ただの教師かと思っていたが、奴は一体何者だ?」
「まあ、何処かのスパイだろうな」
手の込み具合からして、間違いない。
「わざわざ自分を死んだと思わせる偽装までしてたんだ。元々学園に送り込まれてたスパイで……仲間にクラージュを攫わせたあとも、教師として居続ける為の仕込みってところか? 死にかけた奴を犯人の仲間と疑うのは、難しいからな」
あるいは、マガトの背後に潜む何者かの要望。
彼がスパイだと仮定するなら、雇い主や依頼主が必ずいるワケで……
「とにかくマガトは、何らかの理由でクラージュの身柄を狙っている。そして正体が露見した今、手段を選ばすに来る可能性が高い」
結局重要なのは、そこ。
マガトの猛攻をどう退けるか。
キマイラという機動力が奴にある関係上、完全に逃げ切るのは難しい。
恐らくは、真正面から戦うことになる。
「……体を休めておく。何かあったら呼んでくれ」
「ああ」
タスクは座禅を組んで瞑想を始めた。
雰囲気こそ暗いものの、まだ折れてない。
彼は問題無いだろう。
「さて……」
チラリと、視線を部屋の隅へ送る。
「別に、話したくないなら話さなくてもいい」
「……そういうワケにもいかないでしょう?」
暗い雰囲気のクラージュが言う。
彼女は自虐的な笑みを浮かべていた。
普段の凛々しく勇ましい姿はない。
先程マガトが口にした、クラージュの『出自』。
俄には信じ難い内容だ。
しかし当の本人はこの様子。
戯言だと切って捨てる方が浅慮かもしれない。
「じゃあ、聞いてもいいのか?」
「……ええ。と言っても、語れることは大して無いわ。特にクオンは」
俺は既にクラージュの過去を知っている。
幼い頃に理由も分からず実家を追放され、そこで不当な扱いを受けながら育った苦い記憶。
正直、彼女の出自については興味が無かった。
大事なのは今のクラージュ。
それに俺とて過去を隠している。
けれど……本人が口にしたいと望むなら。
黙って聞き届けるのが友人の役目だろう。
特別演習の時とは、逆。
今度はこちらが要望を聞く番だ。
「…………私の本名は、別にあるわ」
そしてクラージュは語り出す。
墓穴に埋めた骨を掘り起こすように。
忌避感を押し殺しながら、言の葉を紡ぐ。
「ソレイユ・メイジ――それが私の、本当の名前。マガト先生が言っていた通り、王家の娘よ」
認めた。
自分が王家の一族だと。
驚きと同時に、妙な納得を覚える。
輝くような金髪に澄んだ碧眼――同年代の少女に比べ、彼女は『出来が良すぎる』と密かに感じていた。
髪、瞳、肌、匂いに至るまで。
同じ人間とは思えない、美の集積体。
けれど、それも王家由来なら分かる。
貴族も含めた王族は、見た目に煩い。
少しでも自らの『血』を良く保つ為、内外問わず美しい者を囲い優れた容姿の子孫を残す。
そんなある種の交配を繰り返した結果、王家の血を流す者は総じて美形の傾向が強い。
クラージュはその最新、とでも言うべき存在。
完璧に近い美少女なのは、道理だった。
「五歳くらいの頃までは、王家の教育係に育てられたわ。妙な言い方だけど、普通の王女として生きてた。でも……私の存在はその時点で、秘匿されていたの」
当時の私は知らなかったけどね、と付け足す。
子の存在を隠す親。
不穏な要素を感じずにはいられない。
「上流階級の風習には疎いが……子供が産まれたら、祝って周りに知らせるものじゃないのか?」
ましてや跡継ぎが重要な王族だ。
国を挙げて祝ってもおかしくない。
俺の一般論にクラージュは頷いて答える。
「ええ。本来なら私の両親もそうする筈だった……産まれた子が、私だけだったらね」
「……どういう意味だ?」
一旦区切ってから、彼女は告げた。
理不尽に起きた、転落人生の始まりを。
「双子が産まれたら、片方は間引く――冗談みたいな風習が、王家にはあったのよ。そして私には……血を分けた、双子の妹がいたわ」




