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29話・幻獣

 ケモノの外見は一般的な四足獣に似ていた。

 ライオンが一番近いかもしれない。

 漆黒の立髪は百獣の王に酷似している。


 ただし、ライオンとは相違点が幾つもあった。


 体長二十メートルを有に超える巨体。

 両肩の付け根辺りから生えた一対の白い翼。

 本来なら尻尾が生えている筈の部位に巣食う蛇。


 常識的な生物の枠組みから外れた異形。


 確かにこの世界では珍しくない。

 独自の系統樹を持つ『モンスター』は世界各地に生息し、日夜人間と生存競争を繰り広げている。


 しかし……ここまで大きく禍々しい個体は、例え異世界の住人でも滅多に見かけない。

 何より内包しているであろう魔力が桁違いだ。


 こうして立っているだけでも圧を感じる。


「……私、教科書の挿絵で見たことあるわ」


 小刻みに震えながら、クラージュは言う。


「獅子の顔と体に、翼、蛇……間違いない。アレは――キマイラ。『幻獣』のキマイラだわ……!」


 彼女は幻獣の部分を強調していた。


 モンスターには、ランクが存在する。

 主に希少性や脅威度を考慮して格付けされるこのランクは、上位の種ほど強く珍しい。


 ランクの内訳は、三つ。


 モンスターの代名詞とも言える《魔獣》。

 単一種も多く滅多に出会えない《幻獣》。

 知性を持ち、神格化すらされる《神獣》。


 神に限りなく近い神獣は別格として……多くの人にとって馴染み深いのは魔獣だ。

 何処にでも湧き、本能的に人を襲う危険生物。


 対して幻獣は知名度に乏しい。


 これには二つ、理由がある。

 一つは単純明快。シンプルに数が少ないから。

 普通の人生ではまず出会わない、文字通りの幻。


 そしてもう一つ。

 幻獣と『不幸』にも遭遇した者の大半は、その希少性に欲を刺激され捕獲を考えてしまう。


 因みに魔導師が束になっても敵わないのが幻獣だ。

 独自の法則を持つ彼らの肌は堅く、生半可な魔法では届く前に霧散し意味を失くす。


 浅慮な密猟者の末路は、言うまでもない。

 知名度が低いのはそういう理由もある。

 要するに幻獣は強くて怖い生き物ってワケだ。


「どうしてキマイラが、こんな所に……? まさか、誰かが呼び出したとでも言うの……?」

「現状、そう考えるしかあるまい。あのレベルのモンスターが自然に湧き出すなら、世界はとうの昔に滅んでいる……幻獣を召喚する術者も大概だかな」


 戦々恐々。タスクとクラージュは冷や汗を流しながらキマイラの様子を伺っていた。

 そんな時、キマイラがおもむろに前脚を振る。


 ぼ、という風切り音が闘技場の端にまで鳴った。


 直後――鼓膜を貫くような破壊音が轟く。

 その音の発生源と思しき物体は壁に激突。

 クレーターを形作り、壁を粉々に砕いた。


「が……ぁ……」


 肺に残っていた空気と共に押し出される呻めき声。

 俺たちは彼女の姿を見て、すぐに駆け寄った。


「アムール先生っ!?」


 クラージュが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 壁に激突したのはアムール先生だった。

 全身の至る箇所が激しく負傷している。


 前脚を動かす、秒に満たない何気ない動作。

 たったそれだけで人間一人を容易く吹き飛ばすキマイラの驚異的な膂力に驚く。


「全身打撲……いや、骨折もあり得るな。どちらにせよ、すぐに治療しなければマズイぞ」

「う……でも私、治癒魔法は……」

「……オレもその手の分野には疎い」


 表情を曇らせるタスクとクラージュ。

 治癒魔法は習得難易度が高い。専門的な知識は勿論のこと、センスも要求されるからだ。


「二人とも、警戒を頼む」

「クオン?」


 俺は腰を下ろし、指先に魔力を灯す。


「応急処置より多少マシ程度の治癒魔法なら使える。ここで死なせるには惜しい人だからな、この人は――失礼します、先生」


 指先に灯した魔力で先生の服を割く。

 衣服越しだと精度に欠ける。

 緊急時の治療行為なので許してほしい。


「ダメージ・サーチ」


 上半身を脱がし、ベージュの下着姿だけになった彼女へ今度は索敵魔法の応用版を施す。

 ……これは、内部損傷も激しいな。


 肩口から足先まで、全身の筋肉がズタズタだ。

 ただ骨は辛うじてヒビが入る程度。

 内蔵も急を要する状態ではない。


 強化魔法のおかげだろう。もし素の肉体で攻撃を受けていたら良くて全身骨折、悪くて即死だ。

 すぐに治癒魔法で処置を始める。


「ヒールライト」


 手の平から淡い緑色の光を放つ。


 光を浴びた先生の体は徐々に修復されるだろう。

 とは言えこの魔法は治癒……生体変化系統の中でも下から数えた方が早い下位に属する。


 本格的な治療は専門の魔導師に任せるしかない。


「う……」

「アムール先生っ!」

「……その声、は…………クラージュ、か?」


 意外にも早くアムール先生の意識が戻る。

 生命力の高さに驚いていると、彼女は目を見開きながら懸命に喉を震わせて言った。


「はや、く…………逃げ、ろ………………!」

「――それは困りますよ。アムール先生」


 反射的に、前蹴りを繰り出した。


「おっと、危ない危ない……貴方は体術も得意でしたね。入学試験の活躍は今でも覚えていますよ?」


 蹴りは、不発。

 バックステップで避けられた。

 俺は訝しみながら乱入者へ問う。


「……誰だ、あんた」

「ご冗談を。この二ヶ月間、学園がある日は必ず顔を合わせていたではありませんか」


 穏やかな笑みを浮かべながら、乱入者は告げる。






「マガト・サモニクス。貴方達レッドイーグルクラスの、担任教師ですよ」






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