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27話・襲撃

 防御魔法を唱える暇はない。


 咄嗟に身を屈めた数秒後、謎の魔法は次々と着弾。

 多くのクラスメイト達は何が起きているのか理解出来ないまま、轟音と土煙に飲み込まれた。


「…………生きてるか?」


 やがて魔法の雨が止む。

 俺は安全確認の為に周囲を見渡す。

 幸いにも、直接被害を受けた者は少ない。


「あ、ああ……」

「何なの、一体……?」

「私たち……攻撃、された……?」


 口々に呟くクラスメイトたち。

 誰もが考える、当然の疑問。

 その答えは然程待たずに提供された。


「――今のは、警告だ」


 静かな声音。

 一陣の風が吹き、土煙が晴れる。

 そこには四人の人物が立っていた。


 声の主と思しき一人だけがフードを外す。


 風体は平凡。

 メイジ王国では珍しくない茶髪青目。

 旅人、あるいは商人のように身軽な服装。


 武装の類は見当たらない。

 魔法使いにとっての武装は己の体。

 肉体一つで剣を弾き、鎧を砕く。


 更には魔法で外見すらも偽れる。

 つまり見た目の情報はアテにならない。

 特にこの手の怪しい奴は、余計に。


「失礼。貴方達は何者ですか?」


 突然現れた襲撃者の前に立つ、マガト先生。

 急いで戻って来たのか、呼吸は多少乱れている。

 すぐ近くにはメロウ先生とアムール先生もいた。


 三人とも襲撃にまるで動じてない。

 流石は魔導学園の教師。荒事にも慣れている。


「答え方によっては、この場で実力行使に出ることも厭いません」


 語気を強めるマガト先生。

 いつもの穏やかな雰囲気は無い。

 加えて明確な攻撃性……殺意も伴っている。


 この男が何かしようとすれば、殺害も厭わない――そんな気概を感じた。

 一触即発の中、俺は闘技場全体へ意識を割く。


 魔法の数から察して、敵の人数は五人以上。


 こちらを囲むように配置されている。

 観客席という絶好の隠れ場所を考えれば、伏兵がもっと居たとしてもおかしくない。


「答える義務はない」

「そうですか……」


 伏兵の存在を探っている最中。

 襲撃者とマガト先生の交渉は、あっさり決裂した。

 誰の目から見ても明らかな結末。


 応じるように、マガト先生は前へ進む。


「どこの誰かは存じませんが、私の教え子には指一本触れさせま――がふっ!?」

「……小煩い男だ」


 マガト先生の腹部を、鋭利な何かが貫いた。

 刃物のような細長い凶器は地面から伸びている。

 何らかの属性変換魔法であることは間違いない。


 問題は、詠唱の隙など無かったところ。


「警告は、既に終えている。その無能、死で贖え」

「う、ぁ…………」


 刃先からこぼれ落ちる、赤黒い液体。

 ソレが血液であると理解するのは容易かった。

 ぐらりと地に伏す、俺たちの担任教師。


 貫かれた箇所は心臓がある位置に思われる。

 受け身も取れずに倒れたマガト先生は、もう一度だけ吐血したあとピクリとも動かなくなった。


 一瞬、場が静寂に包まれる。


 微かに漂う血の匂い。

 クラージュもタスクも目を丸くする。

 自らの呼吸と心臓の音だけが響くような時間。


 空に浮かぶ雲の流れが、やけにゆっくりと感じた。


「マガト先生ッ!」


 静寂を破ったのは、メロウ先生。


 その声は明らかな動揺を孕んでいた。

 恐らく今の攻撃の正体は、予め唱えた魔法を任意のタイミングで発動させる『事前詠唱』。


 単純な難易度なら術理改変よりも上の技術だ。


 少なくとも在野の魔法使いが片手間に習得出来るモノではない。

 その事実が、襲撃者の力量を知らしめる。


「……え? 嘘、でしょ……?」


 とある女子生徒が呆然と呟く。

 まるで現実感のない一幕に困惑しながらも、彼女の脳は正常に働きつつあった。


 暴力と血、そして『死』。


 これらはこの世界でも変わらず負の象徴。

 ……混乱で上書きされていた恐怖が蘇るのは、自明の理と言う他になかった。


「キ、キャ――」

「メロウ! 生徒を連れて逃げろ! ここは私が食い止める!」


 生徒たちのパニックが起こる、寸前。

 アムール先生は意図的に大声を出し、悲鳴を掻き消しながら襲撃者の元へ突っ込んだ。


「バレット!」

「ちっ……!」


 移動しながら魔法を唱えたアムール先生。


 基礎的な魔弾。だからこそ速い。

 あっという間に二十個前後の水属性魔弾を生成した彼女は、襲撃者へ向けて全弾射出。


 面に対する掃射で襲撃者の進行方向を制限した。

 同時に水飛沫が盛大に舞い、奴の視界を遮る。


「皆んな、落ち着いて……って言っても無理よね! ウィンドトラベル!」


 二重の妨害で生まれた時間を使い、メロウ先生が魔法で局所的な竜巻を作り出す。

 竜巻は箱舟のように生徒を乗せていた。


「あんまり激しく動かないで! 魔法の範囲から外れると落っこちちゃうから!」


 元々一箇所に集まっていたことが幸いし、俺を含めて一人も残さず生徒は風の船へ乗り込む。

 残っているのはアムール先生とマガト先生だけ。


「さぁ行くわよ! 不安なら互いの体を掴んでね!」


 風の船は闘技場脱出のために上空を目指す。


「待て! 行かせんぞ!」

「それは私のセリフだ!」


 後方では襲撃者とアムール先生の戦闘が続く。


「ええい、面倒な……聞け! 我々の要求は、クラージュ・アバンギャルドの身柄だ! 抵抗せずに差し出せば、貴様ら全員の命は助けてやる! だかもし抵抗するなら、生きてここから帰れるとは思わないことだ!」


 ……何?


「え……私?」


 空中で漂うクラージュは自らを指差す。

 身に覚えが全く無い……というワケではなく、寧ろ心当たりがあるのか険しい表情を浮かべていた。


「嘘……でも、何で……」


 そう呟くクラージュの声は震えている。

 だが理由を問う暇も無く、新たな脅威が訪れた。


「め、メロウ先生! あれ……!」


 女子生徒が怯えた様子で言う。

 風の船が進む先。まるで待ち構えていたように、観客席から新手の襲撃者が姿を現した。


 数は二人。

 周囲の景色と同化しやすい、迷彩色のフード付きローブを頭から被っている。


「ああもうっ、如何にも悪い事をしますって感じの連中ね……!」


 苦々しい顔色のメロウ先生。

 恐らく風船のコントロールに集中している。三十人近い数を一度に運んでいるなら当然か。


 未だ青い顔のクラージュを見ながら思う。

 もし、襲撃者の狙いが本当に彼女なら……


「お、おい! こっちに向かって来るぞ!?」

「キャアアアアアアッ!」


 一人は岩の柱を、もう一人は水の柱を足元に発生させて空中に浮かぶこちらへ仕掛けて来る。

 メロウ先生は振り切ろうしたが僅かに遅い。


 新手の襲撃者は真っ直ぐ向かって来ながら言った。


「いたぞ! あのガキに違いねぇ!」

「金髪碧眼、色白の女……ああ、間違いない。アイツを捕らえるぞ」


 他の人間は完全無視。

 クラージュだけを標的に、各々の魔法で作り出した武器を片手に迫り来る。


「っ、クラージュさん!」

「あ……」


 メロウ先生が叫ぶ。彼女は今、動けない。

 一方のクラージュはようやく気づいたのか、二人の襲撃者を見て固まってしまう。


 俺はすぐに魔法を唱えながら割って入った。


「カレント」

「うぐっ!?」


 電流を飛ばし、一人を地上に落とす。


 大したダメージは与えられてない。

 残るもう一人は手持ちの魔法製武器……盾と爪が一体化したような岩石で電流を防いだ。


「テメェ、邪魔すんな!」

「断る」

「ならぶった斬るっ!」


 沸点の低い襲撃者は、大それた事を吐きながら右腕に装着された武器を振り上げる。

 瞬間、横から氷の塊に撃ち抜かれた。


「いでぇ!?」

「悪いな。諸事情で賊に対する慈悲は一切持ち合わせてない……落ちろ」

「ぎああああっ!?」


 バランスを崩した襲撃者は真っ逆さまに落ちた。

 とは言え地上との高低差は建物の二、三階程度。強化済みなら多少痛むだけで致命傷には至らない。


 憂いを完全に断つにはトドメを刺す必要がある。


「加勢する」

「いいのか? ここから先は実戦だぞ」

「寧ろ、望むところだ」


 冷静な口調でタスクが言う。


 見た感じ、勇み足の類では無い。

 彼なりの覚悟を持って挑むつもりのようだ。

 あるいは単にクラスメイトのことを心配してか。


 どちらにせよ、俺が止める権利も筋合いも無い。


「分かった。とりあえず地上に降りよう」

「ああ」

「クオン君!? それにタスク君も! 二人ともまさか――」


 メロウ先生が何か言う前に、俺とタスクは自ら風の船を飛び降りた。

 離脱の直前に一応、言葉を残しておく。


「俺たちで敵を引きつけます! メロウ先生はこのまま、出来る限り離れて助けを呼んでください!」


 一瞬の浮遊感の後、魔法という術理を失った俺たちの体は重力に従い降下を始める。

 強化魔法で肉体強度を上げ、着地の衝撃に耐えた。


 ……メロウ先生の返答は聴いてない。

 ただ、彼女はとても悲しそうな顔をしていた。

 それは本来自分の役割だと言わんばかりに。


 しかし大勢を運ぶ手段を持っているのがメロウ先生だけなら、この展開は必然。

 動ける者で地上の襲撃者を倒す。


 これが最も多くの命を……クラスメイトを救う方法であると、俺は判断した。

 そして彼女も同じことを考えていたに違いない。


 証拠に風の船は観客席を越えて空に消えて行く。

 時間が無い。何処に敵が潜んでいるか分からない以上、とにかく速やかな行動を――


「わーっ!? クオン! 避けてえええええっ!」

「……は?」


 真上から聴こえる少女の声。

 反射的に上を向くと、一生懸命スカートの裾を抑えるクラージュが降って来た。

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