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25話・白いアザレア

 始業開始前のある日、俺は校内を散策していた。


 広大かつ豪華な本校舎は迷路に等しく、意識的に見て回らないと構造を覚えれない。

 学園に迷子センターは無いからな。


「あれは……」


 校舎一階の廊下を歩いている時。

 窓の外で、マガト先生を見つけた。

 眼鏡を掛けた緑髪の中年教師。


 彼が立っているのは花壇の前。


 複数の花が咲く小さな庭園だ。

 丁度廊下と庭園を繋ぐ扉が近くにあったので、散策を中止しそこへ向かう。


「マガト先生」

「おや? クオン君ではありませんか。おはようございます」


 マガト先生は土器色のじょうろを持っていた。

 いつもの柔和な笑みを浮かべながら挨拶されたので、こちらも返す。


「はい、おはようございます。マガト先生はここで何を?」

「見ての通り、水やりですよ。実はここの一角を個人的に借りていまして」


 言いながら、マガト先生は足元の花を見下ろす。

 咲いていたのは白い花。

 アザレアとよく似た品種だ。


 この世界は前世と似ているところが多い。

 植物なんか正にそうで、薔薇やマーガレットと瓜二つな花も普通に流通している。


「アザレア……ですか?」

「ええ。学園に無かったので、私が植えました」


 わざわざ持ち込んだのか。さぞ好きなんだろう。


「……実は、妻が好きだった花なんです」

「奥さんが?」

「はい。私には勿体ないくらいの、素敵な女性でした。髪も肌も、この花のように白く美しい……彼女の笑顔は、今も脳裏に焼き付いています」


 奥さんについて話すマガト先生。

 とても幸せそうな反面、瞳は僅かに曇っている。

 所々過去形だし、恐らく彼女は既に……


「愛していたんですね、奥さんのこと」

「勿論。私が一番、彼女を愛していたと胸を張って言えます。ただ――」


 空を見上げながら、彼は呟く。


「もし、出会っていたのが私以外の男なら……彼女には、別の未来があったのではと思う時もあります。私は、大きな失敗を犯しましたから」

「……マガト先生」

「……すみません。生徒に聞かせるような話ではありませんでした。いやはや、何年経っても未熟さが抜けない自分が恥ずかしい」


 笑って誤魔化すマガト先生。

 笑顔の下にあるのは、深い悲しみと後悔。

 まるで枯れた花を前にした園芸師のようだ。


 その感覚には馴染みがある。


「話題を変えましょう。私の過去など、誰にとっても悪影響でしかない」


 言いながら、マガト先生は俺と目を合わせた。


「時にクオン君、学園には慣れましたか? 聞けば、随分遠方からやって来たとか」

「あぁ、はい。色んなことのスケールが大きくて、未だに混乱することもあります。けど、毎日新しい発見があって楽しいです」


 これ以上、彼に気を使わせるワケにはいかない。

 俺はなるべく自然な返しを心がけて言う。


「順調なようで何よりです。ここでの経験は将来、どんな道に進もうと必ず役に立つでしょうから」

「将来……あんまり、考えたことはないですね」


 強いて言うなら、師匠を見つけること。

 しかしそれさえも過程だ。

 俺の人生で目指すべきゴールじゃない。


「入学したばかりの君には早いかもしれない。けどクオン君、きみは他の子と違って『自由』だ。貴族の子息は大なり小なり、親の敷いた道を歩かされる。でも……きみは自分の歩きたい道を、好きに歩ける。それはとても――とても、幸せなコトなんだ」


 真剣な表情のマガト先生。

 過去、何かしらあったのは間違いない。

 奥さん絡みか、また別の事柄か。


 どちらにせよ、問い質すつもりはなかった。


「一応、夢はあります。夢と言うより、こう生きたいって願望ですけど」

「ふむ。聞いてもいいかい?」


 軽く頷いて肯定する。


「……俺は、凄い偉業を成そうとは考えてません。溢れるような富も、世界中の賞賛も要らない。ただ、家族と静かに暮らせればそれで満足です。環境さえ整えば、今すぐ隠居したっていい」


 俺にとってのは幸せは、そういう小さなモノだ。

 一度経験済み、そして失ったからこそ分かる。

 師匠との生活は本当に『幸福』だったんだと。


 そんな俺の言葉に、マガト先生は苦笑しつつ言う。


「はは。君の年齢で隠居生活を望むのは珍しいね。でも、うん……実は、私もそうなんだ。本当は妻と一緒に花でも育てて、一日中のんびり過ごしたい。何の因果か、王都の学園で教鞭を振るっていますがね」

「花を育てるのもいいですね。俺は家族に料理を振る舞うのが好きで――」


 その後、短い間ながらも俺と彼は話し込んだ。

 お互いの家族や理想の隠居生活について、話せば話すほど似通った部分が多いと気づく。


「いやぁ、クオン君。まさかきみとここまで気が合うとは思ってもいなかった」

「俺も驚いています。話してみないと分からないものですね」


 意気投合した頃、ホームルーム開始前の鐘が鳴る。


「おっといけない。こんな所で教え子を呼び止めていたと知れたら、アムール先生に怒られてしまいます。クオン君は先に教室へ向かってください」

「分かりました。先生も、また後で」


 名残惜しいが時間も惜しい。

 マガト先生に背を向け、小さな庭園を出て行く。

 その途中、先生は控えめな声量で言った。


「……クオン君。次の課外授業は、気をつけてください。きみとは、仲の良い教師と生徒のまま在りたいので」

「……? はい。頑張ります」


 要領を得ない言葉に、戸惑いながら返す。

 もうすぐ課外授業があるのは知っている。

 彼なりの激励だと思い込み、俺は教室へ向かった。

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