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24話・青春の水飛沫

「お掃除お〜わり! やったわぁー!」


 水着に着替えてから数時間後。


 俺たちは遂にプール清掃を終えた。

 途中昼休憩を挟んだものの、集中的な作業のおかげでまだまだ日は明るい。つまり――


「皆んな! 遊ぶわよぉー!」


 メロウ先生が年甲斐も無く叫ぶ。

 何処からか持ってきたビーチボールを携え、磨いたばかりの床を走りながらプールへ飛び込む。


 バシャン! と盛大に水飛沫が舞った。


「ぷはー! あー、気持ち良い〜!」

「メロウ! 危ないから走るな! 飛び込むな! 何歳児だお前は!」


 監視員のように怒鳴り散らすアムール先生。

 当のメロウ先生はまるで意に介さず、呑気にビーチボールを追いかけながら泳いでいる。


 アムール先生はため息を吐きながら言う。


「はぁ……お前たちはあんな大人になるなよ?」

「大変ですね、先生も」

「全くだ。アイツは学生時代からとにかくマイペースで、ワガママで……変わってないよ、本当に」


 呆れた風にメロウ先生を評する。

 けれどその顔に嫌悪の色はない。

 寧ろ好ましさすら覚えてそうな、優しい表情だ。


「さて、私たちはしっかり準備運動をするぞ。清掃作業で既に体を動かしているとは言え、念には念だ」

「はい」


 四人で準備運動を行う。

 こちらの世界でも内容に差異はない。

 同じ二足歩行の人型なら当然か。


「私、初めてプールに入るけど泳げるかしら……」


 準備運動の最中、ポツリとクラージュが呟く。


「泳ぐのは初めてなのか?」

「ええ。だから少し、不安ね」

「今日は水泳の授業ってワケでもないし、大丈夫だと思うぞ。無理に泳ごうとせず、底に足を付けていれば溺れることもない筈だ」


 あくまで遊び。例え泳げずとも、浮いたり流されたりするだけでも案外楽しめる。

 一番ダメなのは水を過剰に恐れること。


 その点、彼女は好奇心が勝ってそうなので安心だ。


「最悪溺れても、助けに入る」

「あら、心強いわ。その時はお願いね」


 くすりと笑うクラージュ。

 そのまま小気味良く準備運動を終え、いよいよ着水。もちろん誰かさんと違って飛び込まない。


 手すりが無いのでプールサイドから直接降りた。

 冷たい水に触れ一瞬寒気を覚えるも、すぐに慣れて心地良さが勝る。


「……至福」


 コクヨウは水の上にぷかぷかと浮いていた。

 彼女の身長だと顔を水上に出して立てない。


「一応気をつけろよ」

「んー……」


 空返事のコクヨウは漂い続ける。

 放っておいても問題無さそうだ。

 偶に見ていれば万が一も起きない。


 続けてプールサイドのクラージュを見上げた。

 彼女はゆっくりと腰を下ろし、初めて水を見た猫のように恐る恐るつま先だけを着水させる。


 もう覚えてないけど、俺も最初はあんな風にプールへ入ったのかもしれない。

 お節介だと思いつつ、片手を差し出した。


「手、貸すぞ」

「ありがとう……」


 あっさりと手を取るクラージュ。


 それだけ集中しているのだろう。

 何事も最初が肝心。ここで躓いたら、彼女は今後も深い水に苦手意識を持つ可能性がある。


 俺はしっかり手を握り、ゆっくり誘う。


「……きゃっ!」


 ちゃぷんと音が鳴った。

 クラージュの体が水中へ落ちた音。

 丁度胸の辺りまでが水面に浸っている。


 彼女は不安げな表情でこちらを見た。


「く、クオンッ」

「落ち着け。ほら、普通に立ってるだろ」

「……本当だわ」


 自分の体を見下ろすクラージュ。


「全身浸かってるワケじゃない。動き難いこと以外は、殆ど地上と同じだ」


 勿論、水中には水中特有の怖さや危険もある。

 しかしそれを今伝える必要はない。

 大事なのは水への抵抗感を和らげること。


「確かに……お風呂とそんなに変わらないわね」

「ああ。次は少し歩いてみるか」

「ええ」


 リハビリのように手を取って先導する。

 今更だけど、こんな簡単に触っていいのか?

 まだ汚れを知らない、白く柔らかな少女の手。


「ふふ……思ったより楽しいわ」


 笑みを浮かべるクラージュ。

 足取りも段々軽やかになる。

 元々器用なのだろう。もう水中に慣れつつあった。


「それは良かった」

「ごめんなさい、付き合わせてしまって」

「この程度何でもない。クラージュには、演習の時世話になったからな。力を貸してやりたいんだ」

「あの時のこと? それこそ気にしなくていいのに」

「じゃあ、お互い様だな」

「……確かに。友達同士が助け合うのは当然ね」


 互いに貸しを与えては遠慮している。

 とは言え俺も人間。嫌いな相手には容赦しない。

 親しい相手だからこその対応だ。


「ちょっとそこの若者ー! なーに二人だけでイチャイチャしてるのよ〜!」


 散歩を続けていると、メロウ先生からヤジが飛ぶ。


「い、イチャイチャ!? してませんそんな事!」

「うっそだ〜。今も仲良く手繋いでるじゃない」

「ッ!」


 目を見開いて気づくクラージュ。

 俺は自ら手を離しておく。

 全くあの先生は、思考が女子中学生だな……


「もう一人でも歩けそうだな」

「え、ええっ」


 二人で歩き、先生達の元へ合流する。

 その後メロウ先生の提案で、二対二に分かれて水球対決を始めた(コクヨウは便宜上審判)。


 最初のチーム分けは教師対生徒。


「いっくわよ〜! せぇい!」


 メロウ先生がボールを高く投げ、バレーボールのスパイクのように腕を振り下ろす。

 ボールは斜めの軌道でこちらに飛ぶ。


 俺は両腕を揃えてボールを受け止め打ち上げた。

 ボールを追うのはチームメイトのクラージュ。


「任せて!」


 彼女は水の抵抗にも負けずジャンプし、高めの位置からボールを叩きつけた。

 体のバネを使った渾身の一振り。


「キャッ!」


 だが打った反動でバランスを崩し、上手く着水出来ず沈んでしまった。


「……ぷはっ!」


 水面に顔を出すクラージュ。

 長い金髪から水滴が滴っていた。

 彼女は目蓋を開けるや否や叫ぶ。


「クオン! 前!」


 反射的に振り向く。

 そこには打ち上げられたボールを今まさに打とうとする、アムール先生の姿が映った。


 クラージュのスパイクは捌かれたらしい。

 俺は咄嗟に身構える。

 アムール先生が跳び――その大きな胸が揺れた。


「いくぞ! ハアアアッ!」

「……」


 思わず彼女の体を凝視する。

 縦状のビキニは揺れに揺れ、何かの拍子にズレてしまってもおかしくない――そんな夢を幻視した直後。


「グハッ!?」


 顔面に衝撃。

 ビーチボールが顔にヒットしていた。

 ザブンと後方に倒れる。


「す、すまん! クオン、大丈夫か!?」

「イェーイ! スケベ小僧に天誅〜!」


 ……メロウ先生の煽りに何も言い返せない。


「やられたな……」


 水を吐きながら呟く。

 反省していると、ボールを拾って来たクラージュに冷ややかな視線を浴びせられた。


「今の動き、明らかにおかしかったわ……クオンもやっぱり男の子なのね。別にいいけど」


 棘のある言葉。

 女子は視線に敏感と聞くが、どうやら俺のバストウォッチングもしっかり見抜かれていたようだ。


「め、名誉挽回のチャンスを是非」

「……はい、どーぞ」


 ムスッとした表情でサーブ権を渡される。

 単なる遊びの筈が、失った信用を取り戻すための負けられない戦いに変わっていた。


 俺はボールを放り投げ、跳躍。

 狙いは先生二人の間。

 するとメロウ先生がとんでもない行動に出る。


「ふふ、これを見ても平常心でいられるかしら!」

「なっ!? ばっ、やめろメロウ!」


 メロウ先生はアムール先生の背後に周り、左右の手で胸を鷲掴み大きく揺らした。

 暴れ回る二つの果実――もう、惑わされない!


「ハアッ!」


 全身全霊の一撃。

 弾いたボールは槍のように真っ直ぐ飛び、教師チームの水面へ勢い良く着弾した。


「く……いっそ脱がすべきだったわ……!」


 不穏な発言をしながら悔しがるメロウ先生。

 そんな彼女の頭をアイアンクローが襲う。


「あだだだだだだっ!?」

「メロウ……お前は痛い目に遭わないと反省しないタチだったな。良い機会だ、たっぷり指導してやる」

「ひいいいいん!? ごめんなさいあああああああああああああああああい!」


 メロウ先生の絶叫が轟く。

 一方、俺は掴んだ勝利をチームメイトへ報告する。

 たった一点、されど一点だ。


「ど、どうだクラージュ」

「……今度は集中してたわね」


 ジトっとした目。低い声。

 ダメかと落胆したが彼女はすぐに元の目つきへ変わり、クスリと笑いながら言った。


「なんてね、冗談よ」

「……心臓に悪い。本気で怒ってたと思ったぞ」

「この程度で怒るワケないでしょ? まぁ、風紀が乱れるのは良くないけれど……流石にアレはねぇ」


 自分の胸に手を添えながら、哀愁漂う雰囲気でアムール先生を見つめるクラージュ。

 年頃の少女だ。思うところがあるのだろう。


 下手な事を言えばセクハラになるので黙っておく。


「うう、頭が割れちゃう……」

「自業自得だ。そら、お前が取り返せ」


 お仕置きタイムを終えた教師チーム。

 涙目のメロウ先生がサーブを行う。

 彼女は鋭い目で俺たちを見ながら叫ぶ。


「この痛み、十倍にしてあなた達に返してあげるわ……覚悟しなさい!」


 理不尽かつ、全く反省していなかった。


「いくわよ……ウィンドシール!」

「え」

「せぇい!」


 突然魔法を使うメロウ先生。


 ボールが風に纏わり付き、激しく回転していた。

 それは反則では? と指摘する暇もなく、彼女はボールを高く投げ打ち落とす。


「うおっ……」

「きゃあ……!」


 物凄い速度で迫る魔法のボールはあっという間に水面へ着弾。しかも爆弾のように風が爆ぜた。

 風、そして水飛沫が盛大に撒かれる。


 水飛沫と言うより小規模な津波だった。

 モロに浴びた俺とクラージュは揃って咳き込む。


「ごほっ……メロウ先生、やりすぎですよこれは」

「げほ……」

「クラージュ、大丈夫――」


 文句を言いつつクラージュの安否を確認した時。

 俺は、呼吸を忘れた。

 目前の光景に理性も本能も狂わされる。


「うぅ……目に水が……」

「……〜っ!」

「ん? クオン? どうした、の…………」


 本人も気づく。気づいてしまった。


 自らの体を隠す布が、役目を果たしてないことに。

 その布……赤い水着は近くを漂っていたコクヨウの体に引っ付いている。


 必然、彼女の上半身は生まれたままの姿に。

 恐らく水着の紐が緩んでいたのだろう……運悪く水飛沫が直撃し、流されてしまった。


 慣れない水着の着用が生んだ悲劇。


「――キ、キャアアアアアアアアアアッ!?」


 限界まで顔を赤く染めたクラージュは、即座に両腕で胸を隠しながら頭の先まで水中に沈む。

 残された俺は、呆然とその場に立ち尽くす。


 いやまあ、異性の裸なら師匠で見飽きているけど……クラスメイトの女子は別枠っていうか。

 突然の出来事すぎてどうしたらいいか分からない。


 これが人間関係……社会……少なくとも、前世の俺は良くも悪くもここまで刺激的な学校生活は送っていなかった――と朧げながらに思う。




 ◆




 空が夕焼けに染まる頃。

 俺とクラージュは並んで帰路に着く。

 コクヨウは一人で先に帰っていた。


「なんか、今日は疲れたな。色々あって」


 独り言のつもりで呟く。


 あの後――普段優しいクラージュも流石にキレたのか、仕返しとばかりにメロウ先生の水着を剥ぎ取った。しかも俺が居る前で堂々と。


 メロウ先生も最初は抵抗していたけど、脱がなければ収まらないと悟ったのか最終的には潔く裸になり……騒動は一応解決。遺恨も特に残ってない。 


 そこから先は普通に遊び、今に至るというワケだ。


「そうね、ホントウに色々起きたわ」


 隣に立つクラージュは本当を強調しながら言う。

 続けてほんのりと顔を赤く染めながら。


「……見た、わよね」

「……」


 横目でこちらの様子を伺う。

 正直言うと……まぁ、ハッキリ見えた。

 ただそれを伝えたところで事態は好転しない。


 考えた末に、俺は事実を濁す。


「確かに見た。けど、俺も水飛沫で目をやられていたからな……視認出来たのは赤い水着が無いってことくらいだ」

「そ、そう。信じておくわ、貴方の言葉」


 とは言うものの、彼女も薄々気付いてはいる。

 だが掘り返したところで不幸しか生まない。


「この話はやめましょう。そもそも悪いのはメロウ先生だわ」

「それは間違いない」


 ノータイムで肯定する。

 あの人は良くも悪くも自由だ。


「――でも、その件を除けばとても楽しかったわ。泳いだのも、誰かと一緒に大騒ぎしたのも。初めてのことだらけで嬉しかった」


 クラージュが小さな声量で言う。

 新雪を両手で包み込むように、優しく。


「今日はありがとう。掃除も遊びも、一緒に付き合ってくれて」

「……大袈裟だな」

「私にとっては大きなことだわ。クラスの他の友達も、まだ登下校を一緒にするだけだったし……初めて遊んだ相手は貴方ね、クオン」


 視線を横へ向けると、彼女は微笑んでいた。

 友達と遊ぶ、たったそれだけのことを尊びながら。

 大きすぎる感謝に背中が痒くなる。


「学園に通っていれば、いやでもトラブル……イベント続きだと思うぞ。だから気にするな」

「そう。なら明日からの学園がますます楽しみになったわ」


 希望に満ちた表情でクラージュは言う。

 彼女も数多の苦労を乗り越えて、今ここにいる。

 そのまま幸せな人生を歩んでほしいと思う。


「――あぁ。続くといいな、楽しい毎日」


 俺に出来るのは、こうして願うことくらいだ。

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