23話・褒め言葉
アムール先生の水着は――縦長の黒ビキニ。
細部の違いはあれ、ビキニタイプの水着は往々にして横長の布で胸を覆い支えている。
けれど目前のビキニは縦に布が伸びていた。
横幅は十センチもない。
そのまま首の後ろに引っ掛かっており、横から見れば乳房の側面どころか先端も危うく見えそうな構造。
胸の谷間、という概念が壊れるほどの解放感。
アムール先生の胸が大きすぎるのも問題だった。
僅かな衝撃で溢れてしまいそうだと思わせる圧倒的な重厚感の前に、ただの布では力不足。
そんな彼女の横にメロウ先生が立つ。
「相変わらず大きいわね〜。ほんと、どんな生活してたらこんな風に育つの〜?」
「し、知らん!」
彼女の胸も小さくない。寧ろ大きい。
なのに二人が並ぶと差は歴然。
重力に逆らい突き出た魔性の果実は、異性の垣根を越え見た者をただただ圧倒させた。
しかもスゴイのは胸だけに終わらない。
肉付きの良い太腿は、黒い水着のおかげでより色白の肌が際立ち魅力を引き出している。
俺はゴクリと生唾を飲み込む。
あまりにも艶かしい光景に妄想が止まらない。
ただ反応したら社会的に死ぬので必死に耐えた。
同時に、思ったことが一つある。
「アムール先生。よくそんな水着、着ましたね」
如何にも真面目で堅物な雰囲気の彼女が、用意されたからと言って素直に着るとは思えない。
アムール先生の水着を要求したのは俺だけどさ。
するとモジモジしながら小声で言った。
「……わ、私だけが着ないで雰囲気を壊すのも、どうかと考えてな…………き、今日だけだ!」
「流石アムール。えらいわ〜」
「ふ、ふんっ!」
腕を組み、そっぽを向いてしまうアムール先生。
成る程。真面目だからこそ、和を乱すようなことは出来ないと……彼女も損な性格をしている。
「あとはクラージュだけか」
先ほどの様子を思い出す。
コクヨウは例外として、同級生の水着姿を見るのは今日が初めて。しかもそこそこ仲の良い相手。
妙な緊張感を抱きつつ待っていると――
「ご、ごめんなさい。遅れた、わ……!」
赤いフリル付きのビキニを纏ったクラージュが、出入り口の方から静かにやって来た。
明らかに周りの視線を気にしている。
フリルが付いているのは胸元だけ。
下半身は通常のパンツスタイルで、氷柱のように流麗な脚線美を描いている。
全体のラインは控えめ。
だからこそスレンダーな美しさが生まれていた。
先生達がジャンクフードなら、彼女は精進料理。
どちらにも良さがあるってことだ。
「うんうん! やっぱり可愛いわ〜クラージュさん! もっと堂々としてもいいのよ〜」
「わ、わわっ! メロウ先生、落ち着いて……」
クラージュに飛びつくメロウ先生。
その最中もクラージュは俺の存在を気にしていた。
まるで何かを待つように、視線を向けられる。
「痛っ……」
「にぶい」
突然コクヨウに脇腹を突かれる。
鈍い? 痛みにはすぐ反応したぞ。
困惑しているとアムール先生が咳き込む。
「んんっ。おい、クオン」
「はい」
「お前、何か忘れてないか?」
「……あー」
怪訝な瞳で問われる。
これは、あれか。
女の子が勇気を出して異性に水着姿を見せたのだから、感想の一つや二つ言ってやれと。
しかし俺とクラージュはただのクラスメイト。
男女の中であればいざ知らず、単なる友達に褒められても嬉しいものなのか?
微妙な距離感故、二の句に戸惑う。
とは言え、だ。
まさにこういう人間関係を学ぶために、俺は魔導学園へ入学した――ならば選択肢は一つだけ。
「クラージュ」
「え? クオン?」
俺はクラージュの顔を真っ直ぐ見る。
視線が合わさった瞬間を狙い、顔を逸らされる前に素早く想いを口にした。
「その水着、綺麗だな。よく似合ってるぞ」
「〜っ!?」
元々、語彙力に優れてるワケでもない。
選ぶ言葉の正しさは分からないものの、とりあえず素直に抱いた感想を告げた。
実際、下半身に関してはこの場の誰よりも美しい。
けれど彼女は顔を再度赤く染め、固まってしまう。
困ったな。この次はどうしようか。
「わぁ! 言うねぇクオンくん〜!」
「まあ無難なところか」
「……はーれむ野郎改め、たらし野郎」
外野が煩い。
「クラージュ、大丈夫か?」
「え、ええ。だ、大丈夫よ……その……ありがとう? ちゃんと私のこと、見てくれて……恥ずかしいけど……あはは、ごめんなさい。なんか、変な感じ……」
冷凍状態から半解凍程度にまで回復した彼女は、照れ笑いを浮かべながら言った。
俺は彼女の様子に既視感を覚える。
恐らくは褒められることに慣れてない。
特別演習で知ったクラージュの過去。
まともな愛情を受けず、腫れ物扱いされながら育った光景は容易に想像出来る。
何故なら俺も、似たような境遇だったから。
けれどこの世界に転生し、師匠と出会えたことで人生をやり直すことが出来た。
しかし、普通はそんな奇跡起こらない。
彼女は親の愛を知らないまま人生を終える。
それが少し、不憫に思えた。
「たらし野郎? おなか痛いの?」
「……痛くない。ちょっとボーッとしてただけで、何でもない。あと俺の名前はクオンだ」
「そう」
コクヨウの言葉で意識を取り戻す。
ここで考えても仕方ない。
過去は過去。もう、取り戻せない。
「さて、そろそろ本格的に掃除の時間だ。私とメロウがプールの底を担当する。三人はプールサイドを頼む」
アムール先生が真面目な顔つきで言う。
水着姿であろうと、やることは変わりない。
「は〜……分かってたけど面倒ねー」
「メロウ」
「はいはい、やりますよ〜」
途端にやる気を失くすメロウ先生。
アムール先生が目を光らせているので、流石にサボるようなことはしない…………しないよな?
「俺たちも始めよう。クラージュ、いけるか?」
「も、勿論。今日はその為に来たものっ」
まだ本調子とは言えないが、それでも自分のペースを取り戻しつつあるクラージュ。
あとは時間が解決してくれる。
「コクヨウも頼んだぞ」
「了解」
コクヨウは相変わらず無表情。
本心は分からないけれど、普段の授業態度を見る限り仕事を放り出すようなことは無さそうだ。
「それじゃあお仕事、始めましょーか。アムール、プールに水入れてー。あ、半分くらいね?」
「分かっている。ちょっと待ってろ」
アムール先生がプールサイドへ立つ。
そして両手を突き出し、魔法を唱えた。
「ファウンテン」
数秒後――プールの底から、水が湧き始める。
湧き出た水はどんどん水位を上げ、三分と経たずに面積の半分程度を浸した。
続けてメロウ先生も唱える。
「流石アムール、分量ばっちりね。じゃあ私も……トルネード!」
彼女が唱えたのは風の属性変換魔法。
無風だった室内に、突風が吹く。
風は底に沈む水を舞い上げ、渦潮を作った。
渦潮は水飛沫をあげながら轟々と回転し、プールの底や壁に付いた汚れを流し落とす。
非常にファンタジーな清掃シーンだ。
やっていることは高圧洗浄機と同じだけど。
「息ピッタリだな、二人とも」
「そうね。今も水がプールサイドへ飛ばないよう、アムール先生が操作してるみたいだし」
渦潮を風魔法で擬似的に引き起こすメロウ先生。
その彼女をサポートするアムール先生。
二人とも、教師の名に恥じない実力者だ。
「俺たちも頑張ろう」
「ええ、負けていられないわ!」
先生達の魔法を見て向上心が刺激されたのか、競争でもないのにやる気を見せるクラージュ。
やはり彼女は勇ましい方が似合う。
――その後調子を完全に取り戻したクラージュの奮闘もあり、順調に掃除は進む。
水着美女がブラシ片手に駆け回る姿は珍妙だった。
もしよろしければブックマークと評価(☆マーク)をお願いします。作者のモチベーションアップに繋がります。




