22話・水着ファッションショー
――週末。
俺は着替えを詰めた鞄を肩に掛け、休日の魔導学園を訪れていた。正門の前にはまだ誰も居ない。
時計塔の秒針は八時四十五分を示している。
師匠に『いいかい? 女の子との待ち合わせは少し早すぎるくらいが丁度良いんだ』と教えられていたので、その言葉に則りこの時間を選んだ。
守衛さんに軽く挨拶をしてから正門を通る。
流石に休日ということもあり、人気は少ない。
中庭で待つこと五分。
「クオン? もう来ていたの?」
「クラージュ」
最初に現れたのはクラージュだった。
休日とは言え場所は学園。少しだけ私服を期待していたが、真面目な彼女はしっかり制服を着ていた。
俺も普通に制服だけど。
学生って身分は何かと便利だ。
制服はその恩恵を存分に活かせる。
「気にするな。俺も来たばかりだ、おはよう」
「なんかこういうやり取り、新鮮だわ。おはよう」
微笑むクラージュ。
思わず「デートの待ち合わせっぽいな」と言いかけたが、その後の空気を予想し口を閉ざす。
「先生達とあの子はまだ来てないのね」
「ああ。ただアイツに関しては未知数だな、本当に来るのかどうか……」
今日のプール清掃メンバーは『五人』。
俺、クラージュ、メロウ先生、アムール先生。
最後の一人は……一応、来てくれる約束だ。
ただ今日に至るまでの関係性が薄すぎるので、ドタキャンされる可能性も僅かにある。
別に困りはしないけどさ。
「皆んなおはよ〜う」
「おはよう。これで全員か?」
程なくして先生二人もやって来る。
「先生、おはようございます。あと一人、来る予定ではあります……一応」
「曖昧だな。誰を呼んだ?」
「実は――どわっ!?」
「……」
突然、背後に気配を感じた。
跳ねるように飛び退き、正体を探る。
そこに立っていたのは小柄な少女。
艶やかな黒髪ポニーテル。
無機質な緑色の瞳。
王都では珍しい黄色人種。
入学式以降、殆ど接点のないコクヨウ・ヤイバだ。
相変わらず幼い肢体ながらも大胆に肩、腋、太腿が露出した和服を着ている。
ポンチョを羽織ってないと魔導生には見えない。
彼女は何も言わず、佇むだけ。
「はぁ、驚かせやがって――というワケで、彼女が助っ人です。他にはいません」
「コクヨウ? また珍しい組み合わせだな」
「恥ずかしながら、交友関係がまだまだ狭くて。ダメもとで頼んだら何故か了承してくれました」
背の低いコクヨウを見下ろす。
見た目はただの幼女だけど、実技訓練ではタスクに次ぐ成績を残す侮れない相手だ。
「おはよう、コクヨウ。今日はよろしくね」
「……よろしく」
クラージュの言葉に返すコクヨウ。
感情の起伏に乏しいだけで、意思疎通は可能だ。
続けて先生達とも挨拶を交わしている。
彼女は最後に俺を見て言う。
「……よろしく、はーれむ野郎」
「ちょっと待て」
聞き捨てならない言葉を聞いた。
いやまあ、男女比的にはそうだけど。
もう少しオブラートに包んでほしい。
「普段は喋らないクセに……」
「……人の多い所は、苦手。だから黙ってる」
「それとさっきのふざけた呼び方、何の繋がりも無いけどな。とにかく普通に呼んでくれ」
「了解」
抑揚のない声は妙に不安を覚える。
「な〜んだ。仲良くやれそうじゃない、二人とも」
「本気で思ってます?」
「あはは。さ、そろそろプールへ行きましょ」
笑って誤魔化すメロウ先生。
彼女は一足早く施設へ向かう。
俺はため息を堪えながらも追いかけた。
◆
「これがプール……広い、ですね」
「一つの学年が一度に使える設計だからな。上部の観覧席も含めれば相当数収容出来る」
クラージュとアムール先生が言う。
前者はそもそもプールそのものが初経験なのか、若干声のトーンを上げて感嘆している。
学園のプールは良くも悪くも普通だった。
屋外ではなく屋内方式。建物の外観は長方形。
競泳用の作りで、長水路と呼ばれる五十メートルレーンの凹みが真っ直ぐ伸びている。
水はまだ注がれてない。
よく見ると壁や底がかなり汚れていた。
プールサイドも同様の状態。
もしこの広さを先生二人だけで掃除していたら、一日中の大作業になっていただろう。
するとメロウ先生が皆の前で言った。
「ねぇ、折角だしもう水着に着替えない?」
「おいまて、先に掃除だぞ? 教師のお前が遊ぶ気満々なのはどういう了見だ」
「分かってるわよ〜。でもどうせ汚れるし濡れるし、だったら最初から水着でもいいじゃない」
「それは……」
一理ある彼女の言葉に、アムール先生は渋々頷く。
「分かった。水着に着替えたい奴は着替えてこい」
「何言ってるの? アムールも着るのよ」
「私は水着なんぞ持って来てない」
「安心なさい、私が用意してるから。じゃあクオンくん、一人で寂しいだろうけど着替えたらまたここに集合ね〜」
「ふざけるな! おい、メロウ!」
騒がしい教師二人が更衣室へ消えて行く。
コクヨウもさっさと着替えに行った。
その様子を見送るクラージュは苦笑しながら言う。
「この前も思ったけど……メロウ先生って、自由を絵に描いたような人ね」
「全くだ。それで――クラージュは着るのか?」
「え? あー……うん、そうね」
少しだけ俯き、こちらの様子を伺うクラージュ。
うっすらと頰が赤く染まっている。
同級生の前で肌を晒すのに抵抗があるようだ。
「別に無理しなくていいんだぞ?」
本来の目的はあくまで清掃。
水遊びは副産物にすぎない。
そう言うと、彼女は肩から掛けているトートバッグを見つめながら呟いた。
「一応水着は、用意したの……だからその、勿体無いし………………い、行って来るわ!」
タタッと小走りで更衣室に向かうクラージュ。
恥じらう乙女の姿が、とても魅力的に映る。
「……俺も着替えるか」
掃除の時は授業で使っている訓練着を着るつもりだったけど、一人だけ水着じゃないのも居心地が悪い。
男子更衣室へ行き、手早く海パン姿になった。
そして待つこと数十分。
「コクヨウ。お前それ、水着なのか?」
「…………」
いち早く戻って来たのはコクヨウ。
その姿はいつも以上に軽装だ。
包帯だけの上半身に、丈の短いスパッツ。
未成熟の体は見事に真っ平。
スレンダーな体型とはまた違う幼さ故の造形は、倒錯的な危うい魅力を漂わせている。
「……防水仕様だから、問題ナシ」
「成る程……なのか?」
「裸の方がよかった?」
「そんなワケあるか」
俺はロリコンじゃない。
「それよりクラージュと先生はまだか?」
「もう来る」
直後、女子更衣室から二人の美女がやって来る。
正確には一人。もう一人は更衣室を出てすぐ、足を止めてしまった。
「お待たせ〜」
先に現れたのはメロウ先生。
彼女は白いクロスホルダータイプのビキニ。
胸部を支える紐が首の前で交差したデザインで、彼女の形の良い胸がギュッと凝縮されている。
頭頂からつま先までのボディラインも美しい。
理想的な凹凸具合は美意識の高さが窺える。
隠すべき箇所をしっかり隠し、それでありながら色気も感じる大人の水着姿だ。
「どう? 十代の女の子達には勝てないにしても、まだまだイケるでしょ?」
グラビアアイドルのようなポーズを取るメロウ先生。
十代の水着少女を見た経験は少ないけど、彼女が劣っているとは思えない。
「普通に勝ってますよ。目の保養になります」
「あははっ、ありがとねクオンくん」
「……でかい」
直球のコメントを漏らすコクヨウ。
二人を比べたら文字通り子供と大人だ。体も歳も。
「ほら〜アムール、貴女も早く来なさいよー。私たちしか居ないんだから、恥ずかしがる必要ないでしょ〜」
未だ更衣室の入り口に留まるアムール先生へ向け、メロウ先生は大きめの声で発破をかけた。
数秒後、顔を真っ赤にした先生が俺達の前に立つ。
「く、屈辱だ……生徒の前で、こんな卑猥な……」
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