2話・五歳
「バレット」
魔法を唱える。
途端、雷の弾丸が丸太に向かって射出された。
大きさは成人男性の握り拳程度。
雷を纏う魔弾は、設置した台上の丸太を撃ち抜く。
威力が足りなかったのか、破壊には至らない。
的当て訓練を始めて既に一時間弱。
台周辺には多数の木片が散乱していた。
俺は続けて魔弾を撃ち、今度こそ丸太を破壊する。
「ふぅ……」
一旦休憩し、額に浮かぶ汗を拭う。
今日はいつも以上に日差しが強い。
こんな日は冷たいコーラを一気飲みしたいところだが、生憎その夢はもう叶えられないだろう。
この世界に転生して、五年が経つ。
大人の精神で乳児期を過ごすのははっきり言って拷問だったが、普通は覚えてられない時期を再び経験出来るのはある意味貴重なことかもしれないと考え耐え抜いた。
まぁ……全部が全部苦痛だったというワケでもなく、時には役得だと思えることもあったけどさ。
その理由は育ての親に起因する。
「やあ、クオン。頑張っているね、調子はどうだい?」
「――師匠」
噂をすれば影がさす。
彼女は俺の元まで悠然と歩いた。
微かに漂う花の香りが風に乗る。
この女性こそ、俺を拾い今日まで育て上げた人物。
名前は知らない。聞いても教えてくれないから。
だからいつも「師匠」と呼んでいる。
彼女は美しかった。
光沢を放つセミロングの銀髪。
激しくも理性的な赤い瞳。
身長は恐らく170センチ手前。
常にフード付きの白いローブを羽織っている。
色白の肌は滑らかで柔らかい。
胸部に実る果実は更に柔軟かつ巨大だが、全体のバランスを損なわないスタイルの良さも併せ持つ。
加えてやや尖った耳は種族の違いを思わせ、事実エルフとサキュバスのハーフだといつか言っていたのを思い出す。
道理で人外の美しさだと、寧ろ納得した。
この世界には人間以外の種族も多数暮らしている。
エルフの神秘性とサキュバスの魔性。
本来は相反する二つの要素が混じり合い、超然的かつ退廃的な雰囲気を生み出していた。
師匠は割れた薪を見ると、微笑みながら言う。
「偉いね。まだ子供なのに、大した練習量だ」
「は、はい」
頭を撫でられ、年甲斐も無く照れた。
こちらを労わるような優しい指使い。
暴力とは無縁の所作に頰が熱くなる。
俯く俺を見て、師匠はくすりと笑った。
「ふふ、照れる必要もないだろう? ボクたちは師弟関係の前に親子でもあるんだ。そりゃあ本当の親子ではないけれど、キミはボクの立派な息子さ。だから言葉使いも、もっと気楽にしてほしい。家族の間に遠慮は不要さ」
「……う、うん。分かったよ師匠」
「素直でよろしい。さ、行こうか。午後は座学にしよう」
彼女は自然な動作で手を繋ぐ。
ドキリと、心臓の鼓動が一段と早まった。
……育ての親なのは理解している。
しかし、前世の記憶を持つ俺にとっては母親である前に一人の女性でもあることはどうしようもない。
体は子供でも心は大人。
ふとした瞬間に触れる体や吐息に異性を感じた。
これが役得の正体。倫理的にはアウトだが、異世界に日本の常識を持ち込んでも仕方ない。この背徳感を楽しもう。
あと、師匠本人もこう……わざとでは? と思わず言いたくなるような行動に出る時がある。
その辺はサキュバスの血が関係しているらしいが。
「師匠。俺、今日は新しい魔法を覚えたい」
邪な思考を振り払う為に話題を作る。
俺は約一年前から魔法を教わっていた。
師匠は優秀な魔法使い……魔女に区分される特別な使い手のようで、腕前も世界中で上から数えた方が早いとか。
彼女に弟子入りしてからは毎日魔法の修行に励んでいる。
夢にまで見たファンタジー世界。
好きこそものの上手なれ、だ。
「ん〜、この前『魔弾』を教えたばかりだろう? 魔法はね、沢山数を覚えればいいってものじゃあないよ」
「それは分かってる。でも、そろそろ属性変換以外の系統も勉強したい」
諭すような言葉に感情のまま返す。
こういう反応の方が子供らしい。
五歳が理論武装しても怪しまれるだけだ。
やがて師匠は小さくため息を吐いてから呟く。
「まぁ、気持ちは分かるけど……仕方ない。今日は属性変換とは違う系統を教えよう。特別だよ?」
「やった! ありがと師匠!」
無邪気に喜ぶ。嬉しいのは本心だ。
その後二人でログハウスへ戻り、早速準備に取り掛かる。
準備と言っても俺はテーブルの前に座るだけだが。
一方、師匠は本棚の前で唸っていた。
「基礎を学ばせるのは当然として…………これかな」
言って、一冊の本を抜き取った。
サイズはA4で厚みは辞書くらい。
表紙の色は濃い赤。
俗に言う魔法書を彼女はテーブル上に置く。
「お待たせ。でも新しい魔法を覚える前に、今までの復習もしようか」
「分かった」
「じゃあ、最初の問い。そもそも魔法とは?」
大雑把な質問。
だけど、師匠が最初に教えてくれたことだ。
もちろん覚えているとも。
「魔法は対価を払って起こす、擬似的な奇跡。この対価は何でもいいけど、殆どの場合は魔力を使う。最初に魔力って概念があったから、太古の人々は『魔』法と名付けた……でしょ?」
もっと詳しく語れるけど、今求められているのは簡潔で分かりやすい説明だ。
俺の答えに師匠は微笑みながら頷く。
「正解。付け加えるなら、魔力は何にでも変化しやすいエネルギーだね。次、魔法の系統とは何かな?」
「系統は魔法の役割。属性変換、強化、付与、精神干渉……他にも色々あるけど、それら全部を魔法って呼称するには多すぎる。だから似たような現象を纏めて一つの『系統』に分類した」
意気揚々と答える。
さっき俺が薪割りに使っていたバレット(各属性の弾丸を撃ち出す魔法)は属性変換の系統だ。
この系統は魔力を火、水、土、風、雷、闇、光のどれかに文字通り変換して現象を引き起こす魔法で、最もポピュラーかつ基礎的な術として知られている。
何故なら魔法の原則は等価交換。
対価を支払うことで成立する術理だ。
魔力をそのまま属性に置き換える属性変換は、魔法の基礎を学ぶ上で重要だと師匠も言っている。
「うん、真面目に勉強しているね。偉い偉い」
「これくらい普通でしょ」
「いやいや、キミはまだ五歳だからね? 遊びたい盛りだろうに……まぁ人間の育ち方はボクも知らないけど。とにかくクオンはとっても頑張りやさんだ」
「そ、そうかな」
師匠は事あるごとに俺を褒める。
そういう教育方針なのだろうか?
俺の知っている親とは随分違う。
殴らないし物を盗んでこいとも言わない。
……アレは親以前に人として終わっていたか。
前世の家庭環境が歪すぎて判断に困る。
「さて。約束通りに新しい魔法を教えるよ」
「っ!」
「いいかい? この系統魔法はね――」
こんな感じで日々を過ごしていた。
衣食住が整い、学びたいことを学べる。
信じられないくらい穏やかな日常。
俺がずっと、欲していたもの。
まさか死んでから手に入るとは思っていなかった。
何不自由ない暮らしに心身共に満足している。
ただ一つ、気になることがあるとすれば――
「あの、師匠……」
「ん?」
「俺、もう一人で風呂に入れるよ……」
ログハウスから少し離れた場所。
そこは天然の温泉が沸き出ていた。
おかげで毎日風呂に入れている。
しかし、何故か師匠も一緒に入浴していた。
わざわざ俺を膝の上に乗せて。
「ふふ。いいじゃないか、別に。減るものでもないし」
「……!」
耳元で囁かれる、蠱惑的な声。
身長差的に後頭部が胸に当たっていた。
彼女は遠慮無しに俺の体をペタペタと触る。
「んー、人間は体の成長が早いなぁ。きっとあっという間にオトナになっていくんだろうね、キミも」
「ちょっ、ししょ……! そこは……!?」
「大丈夫。落ち着いて落ち着いて……」
敏感な箇所を握られる。
俺は手足をバタつかせて抵抗したが、所詮は子供。
そのまま師匠の気が済むまで弄くり回された……
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